第11話 アブレスの剣
――きたか。
領主からそういう要望が上がるのは、アルファの想定の範囲内だった。『聖なる光』は光継者の証であり、それを確かめたいと望むのは、至って自然な思考だからだ。
ただし、現時点でそれを見せることのできないアルファは、領主を納得させられる妙案など、思い浮かばなかった。
できることはただ一つ、事実を伝えることだけだ。
「残念ながら、今はまだ、自分の意思で光を操ることはできません。ですが――」
ネカルの好意の欠片もない様子から、彼がアルファたちを光継者だと信じていないことは、嫌でもわかってしまう。
だが、この先アルファたちが光継者として歩む上で、ぜひとも領主の協力は取り付けておきたい。信頼を得なければならない。
「ガフトンの町に魔族が現れた時、自分は聖なる光でそれを倒しました。目撃者もたくさんいます」
ネカルは頭を振り、胡散臭そうにアルファを見た。
「生憎私は、この目で見たものしか信じない性分でしてな」
う……
よりによって、数日前のルミナスと同じことを言った。
「先日ルミナスめがこの私にわざわざ送りつけてきた文にも、そのような荒唐無稽な話が記してありましたが――証拠もなしに信じるような純粋ならぬ単純な輩が、一体この世に何人おりますかな?」
ネカルは言葉の端々に嫌味を散りばめている。
……ルミナスが嫌味っぽい性格なのは、こんな領主に仕えているせいなんだろうか。
と、アルファはちょっと思ったが、それよりどうにかネカルを説得しなければ。
「まだ力が目覚めていないだけです。自分たちが光継者なのは間違いありません」
ネカルには苦しい言い訳と受け取られるかもしれないが、それでもアルファは食い下がった。エクルもまた、領主の冷淡な眼差しに怯みながらも必死に訴えた。
「わ、私たちは確かに、『光』を操る力を与えられているし、いずれは使えるようになります……!」
「そう言われましてもなぁ……」
領主は窓の外を向いてしまった。
ルミナスはと言うと、黙ってこちらの様子を眺めている。アルファたちを援護する気はないのか。……いや、ルミナスは最初から、アルファのことを光継者とは認めていなかったけれど。それでもここまで連れてきてくれたはいいが、これから一体どうするつもりだ?
アルファがやきもきし出した時、
「では、こうしましょうか」
領主はアルファとエクルを振り返った。
「失礼ながら私からお二人に、ある課題を出させていただきたいと思います。もしそれを見事解決されたら、私は喜んで、あなた方を光継者だと認証させていただきましょう」
「課題――?」
話が少しは良い方向に流れたようにも思えるが、アルファは嫌な予感がした。領主の顔には、意地の悪い笑みが浮いている。
「最近、このサーチスワード地方では、ラッシュと言う名の魔族が幅を利かせ、町や村を荒らし回り、被害が拡大しています。騎士団でも対策を講じておりますが、ラッシュは神出鬼没でなかなか尻尾を掴めません。ですからお二人に、ぜひともラッシュを倒していただきたいのです」
――なるほど。そのラッシュを倒せば、光継者だと認めてもらえると。
「ラッシュは魔族の中でも、かなり高位に位置するようですが……なぁに、きっと楽勝でしょう。なにせ光継者であられるのですから」
コイツ……すげぇムカつく……
ネカルはアルファたちが光継者だとは信じていない上で、脅しているのだ。頭にきて、アルファはネカルを軽く睨んだ。これくらいの抵抗は許されるだろう。領主だか侯爵だか知らないが、先に相手を軽んじたのはネカルのほうだ。
権力者の余裕か、ネカルは動じる様子もなくアルファたちに尋ねた。
「では、早速今からでも出発なさいますかな? ラッシュ退治に」
アルファはすぐに答えられなかった。エクルもアルファの顔を見ながらうろたえている。
領主には腹が立つし、こんな奴の力を頼るのも悔しいが……アルファとエクルの二人では、旅の当てもなく、この先途方に暮れてしまうだろう。領主に認めてもらい、力を貸してもらうのが、やはり最善の道だ。
となれば、そのラッシュという魔族と戦わなければならない。が、二人で倒せと言われても、エクルは戦力にならないから実質アルファ一人で戦うしかない。しかも高位の魔族だなんて、いきなりそんなのを相手にして、自分は勝てるのか。それで死んでしまったら、本末転倒だ。
大体、騎士団でも追えない神出鬼没の魔族なんて、倒すどころか見つけるのだって大変だろう。ネカルはこう言えばアルファたちが引き下がるだろうと踏んで、適当なことを抜かしただけかもしれない。
「閣下」
沈黙を守っていたルミナスが、ようやく発言した。
「その必要はないかと」
「必要ないと? ではどうすると言うのだ?」
ネカルは苛立たしげにルミナスに問う。
その時、扉を叩く音が聴こえ、全員の視線がそちらに向いた。扉の外から声が掛かる。
「ルミナス様、例のものをお持ちしました」
「入れ」
ルミナスの命令で、執務室の前で番をしていた騎士団員たちが部屋の中に入ってきた。そのうち、先ほどルミナスに何やら耳打ちされていた団員ともう一人が二人掛かりで、長細い箱を胸の辺りに掲げ持っている。厚みはあまりなく、幅は手の平から前腕半分までに収まるくらいだが、長さは背丈の三分の二くらいあるだろうか。
中には何が入っているのか。金で縁取りされた赤い箱で、箱自体が豪華なのだが、そこに納められるに相応しい、よほど貴重なものに違いない。
アルファは中身が気になるのと同時に、何故か鼓動が早くなった。わけもわからず、無性にあの箱を開けたくなった。
「な……」
領主は箱を見るなり顔色を変えた。
「何故それがここにある……!?」
明らかに動揺しているネカルに、オロオロする団員たち。けれどルミナスは構わず、毅然と言う。
「私の一存で持ってこさせました」
「私に無断でよくもっ!!」
「あまり興奮なさるとお体に障りますよ」
「馬鹿者! 誰のせいだ誰の!? ルミナス、お前という奴はどうしていつもそう私を怒らせるのだ!?」
喚き散らして上気したネカルの顔とは対照的に、騎士たちの顔は蒼白になっている。
ネカルがどうしてそんなに怒り、あの箱が何なのかやはりアルファは気になるが、ルミナスの領主に対する態度もまた不思議だ。いやにふてぶてしい。それも『いつも怒らせる』って……サーチスワード騎士団はネカルの所有であり、そこに属する騎士であればネカルには服従するのが道理のはずなのに。
「ああ、眩暈がする……私が死んだらお前のせいだからな……」
窓際でしゃがみ込んでしまったネカルに、
「閣下、お気を確かに。ですが、これを使うのが一番手っ取り早いので」
ルミナスはしゃあしゃあと言い、団員たちが持つ箱に手を掛け、開いた。
箱の中身は――
剣だ。
鞘に収められた大剣。装飾などなく、実に質素な剣で、大振りであること以外には特徴らしきものは見当たらない。
だが。
その剣を目にすると、アルファの動悸は増した。これはそう、初めて光の書を見た時と同じくらいか、あるいはそれ以上にだ。
「ルミナス、その剣は――?」
アルファは思わず、剣に歩み寄って尋ねた。
ルミナスは答えず、剣を大事そうに両手で箱から取り出すと、四人の騎士たちを部屋の外へと下がらせた。
手の中の剣を見つめるルミナスの瞳は、何故か悲しげだった。剣ではなく、別の何かを見ているかのようにも見えた。
剣に視線を落としたまま、ルミナスはこう言った。
「これ、見た目は地味で、どこにでもありそうな剣だろう? でも――かつて剣神アブレスが愛用していたものなんだ」
淡々とした口調で告げられたが、アルファは驚愕し声を上げた。
「えっ!? アブレス王子の……!?」
「アブレス王子とエステル王女、双星が魔神ヴェルゼブルを封印して命を落とした後――ここサーチスワードの町は百二十年の間、この『アブレスの剣』を魔族の手から守ってきた。剣神アブレスの光継者に渡すためにね。……この剣は世界最高の威力を持つ剣と言われている。けど――」
ルミナスは右手を剣の柄に掛け、勢いよく引いた。
しかし、ルミナスの腕がわずかに振動しただけで、剣は鞘に収まったままだ。
「この通り、どんなに力を入れても抜くことができない。誰も抜くことはできないんだ。ただ一人、アブレス王子の力を継ぐ者以外にはね」
ルミナスの瞳がアルファに向けられた。アルファに対するものとしては、これまでで最も真剣な眼差しだ。
「アルファ。君が本当に剣神の光継者なら、この剣を鞘から抜くことができるはずだ。そして、見事剣を抜いて見せれば、誰もが君を光継者と認めるだろう」
ルミナスから目の前に差し出されたアブレスの剣を、アルファは受け取った。
重い。
まずそう思った。さすがに大振りだけあって、外見に見合う重量がある。
アルファは左手で鞘を掴み、右手で柄を握った。
その瞬間。
重かった剣が羽のように軽くなった。
それに、初めて手にするはずなのに、とても馴染んだ感触――いや、剣が自分の体の一部となったかのような、共に呼吸するかのような感覚。
この剣はきっと、アブレス王子の次の主人をずっと待っていたのだ。
剣が歓喜しているかのように、剣を通して自分の体に力が流れてくるようにも感じられ、アルファの心は躍った。
興奮を抑えながら、アルファは柄を引いた。
え……?
アルファは驚いた。
アブレスの剣は、鞘から――
動かなかったのだ。
アルファはもう一度剣を引いた。
やはり抜けない。
アルファは奥歯から呻き声が洩れるほど思い切り力を込めて柄を引っ張った。
だが、剣はどうしても抜けなかった。まるで溶接でもされているかのように、びくともしなかった。
なんで――!? どうなってんだ!?
質の悪いいたずらか何かかと、アルファはひどく混乱した。
「それ見たことか!」
呆然とするアルファの手から、ネカルが素早く剣を奪った。
「この剣に触れさせるに値しないと最初から思っていたが、やはり偽者であったな!」
嫌味ながらも丁寧だった言葉遣いはどこへやら、激しい剣幕で本音を吐く。
「待ってください……! これは何かの間違いで――」
「私たちは本当に光継者なんです……!!」
アルファとエクルは慌てて弁解したものの、
「この剣を早く元の場所に戻せ!!」
ネカルは部屋の外の騎士たちに命じて、アブレスの剣を持ち去らせてしまった。
「おいルミナス、何とか言ってくれ――」
アルファはどうにもならずルミナスに助けを求めたが、
「――って言われても……今のは決定的だし……」
ルミナスは眉根を寄せ、それから溜息をついた。
「君たちをここまで連れてきた時間と労力が切ないね」
「おいルミナス~っ!」
「お願いルミナス! 信じて!」
アルファの叫びも、エクルの哀願も届かず、ルミナスは黙ってしまった。
領主はすかさずアルファたちに言い放った。
「とにかく不愉快だ。偽光継者共はさっさと私の館から――いや、この町から出て行け」
アルファは言葉に詰まった。
出て行くしかないのか。偽者呼ばわりされて、領主の協力も剣も得られずに。何故剣が抜けないのか、わけもわからないまま。
ここで、ルミナスが領主に話し掛けた。
「――まぁ、彼らは遠路はるばるやってきたわけですし、一晩くらいはここに置いていただいても」
一応はアルファたちを取り成してくれるつもりなのだろうか。
「何だと!? 何故私がそんな詐欺師共に宿を貸さねばならんのだ!?」
憤慨するネカルを無視してルミナスは扉の外を見、回廊を通りかかった女性に声を掛けた。
「あ、カーラ! ちょうどいい所に」
紺の上下に白のエプロン姿の女。先ほど下でルミナスを取り囲んでいた娘たちと同じ服装だが、彼女たちとはずいぶん印象が違う。こちらは五十歳前後と見受けられ、顔も体型もずいぶんとふくよかだったりする。
「この子たちを客間に案内してあげて」
アルファとエクルはルミナスに肩を押され、回廊に出された。
「この方々は……?」
カーラと呼ばれた女が不思議そうな顔で問うと、ルミナスは一瞬間を置いて答えた。
「――僕の友人だよ」
「まぁ、ルミナス様のお友達ですか!? 喜んでご案内させていただきます!」
カーラは嬉しそうな笑顔を見せ、声を弾ませた。
「こらーっ!! 私は断じて許可しな――」
「じゃ、また後でね~」
執務室ではネカルが怒声を響かせているが、ルミナスは呑気にエクルに手を振っている。
「では、どうぞこちらへ」
カーラに促され、アルファとエクルは後ろ髪引かれながらもその場を後にした。
大丈夫か、ルミナス……
広い執務室の中には、ルミナスとネカルの二人のみが残された。
さんざん吠えて肩で息をしているネカルに近づき、ルミナスは頭を下げた。
「閣下、どうぞ寛大なお心でお許しを」
すると、ネカルは咳払いをしながら窓際へ退いていった。
ルミナスは知っている。ネカルは自分の身長に強い劣等感を抱いており、自分より背の高い人間が接近するのを嫌って、距離を置きたがるのだ。ルミナスの今の行動は、ネカルへの謝罪と見せかけて、実はちょっとした嫌がらせだったのである。
ネカルは窓際からルミナスを睨んで言った。
「偽光継者をここまで連れてきた上に、私の許可なく『アブレスの剣』を持ち出した落ち度……降格ものだぞ、ルミナス」
「お言葉ですが閣下。私は剣を握らせれば騎士団一、判断力や統率力においても騎士団長に引けを取りません。そんな私の力を、これ以上無駄になさるおつもりですか?」
ルミナスの返答にネカルは絶句し、深い溜息をついた。そして、いつもの愚痴をこぼす。
「まったく……容姿ばかりか、その自信満々余裕綽々の態度――死んだ兄にそっくりで嫌になる」
「それはどうも」
ルミナスは微笑んだ。それは、ルミナスにとっては褒め言葉なのだ。
ネカルは呆れ果てた顔で、
「百歩譲って今日のところは目をつぶってやるが、明日になったら有無を言わさずあの偽者たちを追い出すぞ」
と宣言した。
ルミナスは答えなかった。
エクルとアルファ。あの二人をこれからどうするか、ルミナスはまだ決めかねている。
とりあえずこの館に留めることにはしたが、アルファが剣を抜けなかった以上は――
ルミナスが黙っていると、ネカルは眉をひそめて駄目押ししてきた。
「問うまでもないが……お前の両親が命を懸けて守ったあの剣を――あんな詐欺師共に託すつもりはあるまい? よもやお前も、あの連中が光継者だとは信じていまいがな」
ネカルのその言葉に、ルミナスはやはり返事ができなかった。




