第6話 『友人』
あまり話が進まないため、書き溜めてからまとめて更新……したかったのですが、それだとかなり間が空いてしまいそうなので、結局1話ずつ更新することにしました。
「ごめんアルファ……! 治癒の術失敗した上、おぶって歩かせちゃったなんて……!」
道の彼方にマージの町の外壁が見えてきた頃、エクルが目を覚まし、状況を把握するなりアルファに平謝りし始めた。
眠ったおかげか、エクルの顔色は先ほどよりも少し良くなっている。気を失ったのはよほど霊力の操作に不具合があったのだろうが、思ったより元気そうでアルファはほっとした。
でも、ここで甘やかしたら駄目だ。アルファはことさらに厳しい表情を作ってエクルに命令した。
「いいかエクル! お前はもう二度と魔法を使うな!!」
あまりの言葉にエクルが面食らう。
「に、二度と!?」
――結局、エクルは相手の怪我を治せないだけでなく、自分を責めるし、自分の体にまで負担を掛けてしまう。
魔物と戦う場面においては――ガフトンの町でしたように、霊力を高めれば魔物への牽制にはなるだろう。けれどそれだけで、敵を倒すことはできないし、ラウザーがエクルの強い霊力に興味を示したように、より強力な敵を引き寄せてしまう場合もある。
だから、無理はしないでほしい。アルファは心を鬼にして言った。
「今さらお前が魔法を使えるようになる可能性はない!! お前が無理して疲れて、結局周りの迷惑になる!! きれいさっぱり捨てろ!! 今度オレの前で魔法使ったら、二度とお前と口利かねぇからな……!!」
傷つけるとわかっていながら、アルファはやはりそんな言い方しかできなかった。
エクルは真っすぐアルファの顔を見たまま、唇を結んでいる。少しでも下を向けばこぼれてしまう涙を、必死に堪えている。
しばし間をおいて、エクルはやっと答えた。
「わかった……もう使わない……」
泣きそうな顔のまま、小さな声で。素直な返事にアルファが喜んだのも一瞬、エクルはさらに小声で付け加えた。
「できる限り……」
できる限り?
……本当に強情な奴。
アルファは呆れ果てたが、これ以上話を続けると、せっかく泣くのを我慢しているエクルを確実に泣かすことになるだろう。そこは追求するのをやめることにした。
「魔法が使えなくても気になさることはありません」
これまで黙っていたルミナスが、エクルの横にすっと近づいて囁く。
「エクレシア様は私がお守りいたしますから。そうだ、まだ無理はなさらないほうがいい。町まで私がお運びしましょう」
屈んで背中へと促すルミナスに、エクルが慌てる。
「そんな、もう大丈夫だよ! 自分で歩けるから」
……いつものことだが、ルミナスがエクルにやたらと甘いせいで、ますますアルファが悪者みたいだ。それに何故か妙に苛々するのだが……何故なのだろう。
とにかく、アルファたち三人はマージの町に向かってまた歩き出した。
「これから、サーチスワードの騎士団員と合流します」
とエクルに話すルミナス。
「えっと、スプライガからサーチスワードに戻る馬車、だったよね?」
「ええそうです。実を言うと、私も元々は、スプライガの町に向かう予定で彼らと一緒にサーチスワードから出発したのです。支部であるスプライガ騎士団がしっかりやっているかどうか、本部からの監査です。ところが、私はスプライガに向かう途中で、『ソーラの村に光継者がいる』という不思議な夢を見るようになったため――スプライガには彼らだけで行かせ、自分はソーラの村に向かったわけですが」
「へー、そうだったんだ」
騎士団での仕事というのはよくわからないが、その話にアルファは違和感を持った。
「お前、二千人の大部隊の隊長なんだろ? 魔族と戦うのが役目じゃないのか?」
すると、ルミナスは長々と息を吐いた。
「そうなんだよね……本来の業務とは関係ない仕事を回されたんだ。僕はあまりにも早い出世を快く思われていなくてね。だからわざわざ、手柄を立てにくいような任務とか雑用を押し付けられることが多々あるんだよ。今回の任務はまともだからまだいいけど、ひどい時は食料の買出しとか」
「マジか?」
確かにそれはあんまりな気がする。ルミナスが珍しく弱みを見せるあたり、よほど扱いが不当らしい。
「まったく……武芸では僕の右に出る者はいないっていうのに。上ももっと僕の能力を活用すればいいものを。ま、僕は何を任されても上手くこなしちゃうから、それがいけないのかもしれないけどね」
「あ、そ……」
訊くんじゃなかった、とアルファは思った。気の毒に思う必要はないだろう。愚痴である前に自慢話だ。
ルミナスは再びエクルに話し掛ける。
「それはともかく……これから合流するのは、そういう調査や偵察などが本分の情報部所属の団員たちです。戦闘専門の団員たちより穏やかな者が多く、女性の団員もいますのでご安心を。それから――」
少々言いづらそうな顔をするルミナス。
「申し訳ないのですが、団員たちには、エクレシア様とアルファのことを私の友人として紹介させていただきたいと思います。サーチスワードに着くまでは、光継者であることは伏せておいたほうが良いと思いますので」
「うん。わかった」
と、エクル。
「私も含め、エクレシア様にご無礼な態度になってしまうこともあろうかと思いますが――」
「ううん、大丈夫。そんなの気にしないから」
頭を下げるルミナスに、エクルはやめろと慌てて手を振る。
ルミナスの案にはアルファも賛成だった。もし光継者であると紹介すれば、団員たちはおそらく、光継者の証とも言える『聖なる光』が見たいと言うだろう。それではアルファもエクルも困ってしまうし、話がややこしくなってしまうに違いない。
「ルミナス様、お待ちしておりました」
アルファたちがマージの町の市門前に着くと、濃紺の制服を着た、二十代後半から四十代後半の男女四名の騎士団員が整列して出迎え、ルミナスに礼をした。
「ガフトンではご苦労されたと伺っておりますが、ご無事で何よりです」
「いや、君たちにこそ苦労を掛けた。スプライガの調査を押し付けてしまってすまなかったな」
と、部下たちを労うルミナス。部下たちのほうがずっと年上だが、全く不自然さを感じさせないほどルミナスには貫禄がある。アルファは改めて感心した。
「いいえ。ルミナス様のお手を煩わせるほどのことはございませんでしたので」
「それは良かった。それと、予め手紙で知らせておいたが、私の友人たちをサーチスワードまで同行させてもらう。エクレシアとアルファだ」
ルミナスがアルファたちのことを名前だけ紹介すると、四人の団員たちもそれぞれ自分の名前だけを述べた。彼らはアルファたちのことを何も追及しないし、実にあっさりした顔合わせだった。
本当はマージの町で昼食をとる予定だったそうだが、アルファたちの到着が約束の正午よりだいぶ遅くなったため、そのまま出発することになった。夜は魔物の活動がより活発になり危険が増すため、なるべく日中に移動する必要がある。次の町に日暮れまでに到着するためには、町で休憩していては間に合わないらしい。
アルファとエクルは、市門の近くに停まっていた馬車へと促された。
四頭の馬が牽く、大きな箱馬車だ。前面に、サーチスワード騎士団の団章である白馬と青薔薇の図柄が小さく描かれているだけで、他は全く飾り気がない。豪華とは言えないが、それでも見るからに頑強そうで、立派と言えば立派な馬車である。
客室に入ると、合わせて十人ほど乗れる座席があった。前向きの三人乗りの座席が二列、その後ろには、横向きの二人乗りの座席が二つあり、向かい合わせになっている。
アルファとエクルは一番前の席に座らされ、昼食としてパンと果物を渡された。
一つ後ろの列にルミナスが座り、その後ろの横向きの席に、女性団員二人が並んで座った。
男性団員たちは御者台に座り、一人が馬車の操縦、もう一人が補佐を担当する。
アルファたちを乗せた馬車は、マージの町の脇を走る太い道を、東へと駆け出した。これが、サーチスワードへと続くサーガ街道だ。磨り減った石畳の道が、ほぼ真っすぐに伸びている。 アルファは馬車に乗るのなんか初めてだった。聞いた話だと、馬車は条件によってはひどく揺れて、長時間の乗車はきついのだそうだが、今回の場合、道が整えられていて馬車の造りもしっかりしており、乗り心地は快適だ。窓の外のマージの外壁が、みるみる遠ざかっていった。
ルミナスは早々と昼食を食べ終え、後ろの団員たちと向かい合わせの席に座り、何やら仕事の話を始めた。
「調査結果は私がまとめて騎士団に報告書を提出することになっている。まず、スプライガ騎士団の魔族対策は?」
「概ね及第点でしたが、近郊の山にいる魔物の群れとの交戦状態が長く続いているため、騎士団の負担も大きく――」
本来、部外者であるアルファたちがいる所でしてはいけない話のようだが、ルミナスの権限で可とされたのだ。
「では、財政は? サーチスワードでは以前、横領事件があったが」
「ええ、それも踏まえて調査しましたが、特に不正などの問題は見つかりませんでした。しかし、慢性的な財源不足が――」
アルファは昼食を食べながら、後ろから聴こえてくる話を何となく聴いていた。魔物の話などは気になったが、自分とは何の関係もなく興味も湧かない話がほとんどだ。だからと言って隣のエクルと話しても仕事の邪魔だろうし、仕方なく、窓から外を眺めていた。
今日もいい天気だ。街道の脇を、沿うように細い川が流れているかと思ったら、途中で街道と反対側に大きく曲がって見えなくなった。商人たちの馬車とすれ違ったり、光玉が設置された明るい隧道の中を駆けたり、崖のそばを通ったり、馬車の外の景色は次々に移り変わっていく。
ただ時折、魔物が現れると馬車は止まった。
アルファやルミナスが出るまでもなく、御者台の団員たちだけで倒している。情報部の団員とは言っても、やはりそれなりの戦闘技術は持っているらしい。
アルファは魔物退治は自分がしたいという気持ちがあるが、今日はもう魔物と戦うなとルミナスからきつく言われた。
マージの町までの道中で、アルファは我を張って一人で魔物と戦い、時間を食ったり負傷したりした。それで皆に迷惑を掛けたと反省しているし、体調もいまいちだから、今日のところは素直にルミナスの言いつけに従うことにしたのだ。
戦闘に参加できないのは少し物足りないけれど、窓の外を眺めているのも、故郷の近くでは見ることのできないものが見られて、何かと新しい発見や新鮮な驚きがある。馬車に乗っているだけで目的地に着くなんて楽だし、徒歩よりずっと速いし、悪くない。
「我々からの報告は以上です」
女性団員の声が聴こえ、仕事の話が終わったらしいとアルファは馬車の中に視線を戻した。
「ではルミナス様、こちらにご署名をお願いいたします」
ルミナスは団員から数枚の用紙を渡され、一枚一枚にペンを走らせていく。
その様子を見て、アルファはまた違和感を覚えた。この角度からでは書かれた文字は全く見えないが、『ルミナス=トゥルス』とだけ書くにしては、やけに手をたくさん動かしている……気のせいか。
と、ルミナスがこちらの視線に気がついて手を止め、遠慮なしに煩わしそうな顔をした。
そんな様子には全く気づかず、エクルが前面の小窓から馬車馬を見ながらアルファに声を掛けてくる。
「よく馬が魔物に怯えないね」
後ろの会議の邪魔をしないよう小さな声だったが、ルミナスは耳ざとくそれを聴き、にこりと笑って答えた。
「エクル。その馬たちはそういう訓練を受けているんだよ」
「そうなの?」
ルミナスを振り返るエクル。
「そう。魔物の邪気に慣れさせる訓練をしてあるんだ。でも、あまり魔物を近づけると、やっぱり怖がって暴れてしまうけどね。『騎士』って本来は、馬を駆って戦う者って意味だけど、魔物との戦闘では使い物にならなくて。現代の騎士団での馬の用途は、人と荷物の運搬ぐらいかな」
「へーっ。でもルミナス、ガフトンからスプライガに行く時、馬に乗って行ったけど、魔物が出るたびに降りてたの?」
「そうそう、面倒なんだけどね。でも行きはそんなに魔物出なかったよ」
ルミナスはすっかり、エクルの友人を演じている。いや、接し方が極めて自然で、演技には見えない。
これまでアルファは、ルミナスのエクルに対する慇懃な態度に、自分との待遇の差を感じて気分が悪かったが……これはこれで、何故かわからないがおもしろくない。
女性団員たちの調査報告が終わり、御者台の男性団員たちと交代した。今度は女性たちが馬車の操縦につき、男性団員たちがルミナスに報告を始める。
結局、次の町に到着するまでルミナスたちはずっと小難しい仕事の話を続け、アルファやエクルが団員たちと会話をする機会はなかった。




