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双星の光継者  作者: 明谷有記
第2章 サーチスワード編
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第5話 幼馴染

 アルファたち一行はアミットの町を後にし、次の町に向かった。

 アミットから目指すマージの町までは、舗装されていないながらも一応は道が繋がっている。だが、道幅は広くなく、三人が横一列に並んで歩くと、もうあまり余裕がない。道の両脇に草木が隙間なく茂り、なおさら道を狭く感じさせる。

「良かったね。町の人たちとっても喜んでた」

 エクルが笑顔で言うと、

「本当に申し訳ございませんでした。私としたことが、エクレシア様を人質に取られてしまうなど……」

ルミナスはまた深刻な面持ちでエクルに詫びた。

「そんな! ルミナスは悪くないよ。あれは私に力がないからで……それに、ルミナスのおかげで助かったんだから!」

「そう言っていただけると……」

 聞きながら、アルファの心中は複雑だった。

 ――ソーラの村を旅立つ前の晩、アルファは父アルーラから言われたことがあった。

 「エクルはお前が守ってやれ」、と。

 毎日アルファとエクルを修行させてきた父。アルファに『何もしてやれなかった』と自分を責めているが、エクルに対してはもっと、その思いが強いらしいのだ。

 父の願いに、アルファは「わかった」とうなづいた。

 だが。

 エクルが人質に取られても、アルファは助けてやれなかった。何もできなかった。

「ルミナスはほんとに強いよね。剣の腕だけでも充分すごいのに、法術も使えるし、頭もいいし」

 少し弾んだ、嬉しそうなエクルの声。

「一緒にいてくれると心強いよ」

「そうですか? よく言われますけど」

 調子に乗り始めたルミナスの声……

 耳障りだ。

 アルファはエクルとルミナスよりも数歩前に進み、立ち止まった。

「ほんと、ルミナス()頼りになるよな」

「え――?」

 アルファは勢いよく後ろの二人を振り返り、表明した。

「今からサーチスワードに着くまで、出てくる魔物は全部オレ一人で倒す! ルミナスは手ぇ出すなよ! いいな!?」

 突然の宣告に目をぱちくりさせている二人を尻目に、アルファはさっさと先に歩き出した。

「ちょっと……? も~、いきなりどうしたんだろ……?」

 エクルの困惑している声とルミナスの溜息が聴こえてきたが、アルファは無視して前に進む。

 オレだってその気になれば――

 

 何故か、その後から魔物の出現数が急増した。

 一度に出てくる魔物の数が三、四体くらいならばまだいいのだが、それより多いときつくなる。ルミナスと違い、経験不足のアルファはまだ多数の魔物と戦う際の身の運びが未熟なのだ。

 けれど、欠点は克服していかなければならない。

「君一人に任せるのって、けっこう時間食うんだけど?」

「うるさい黙ってろ!」

 ルミナスからの苦情を一蹴し、アルファはひたすら一人で魔物を退治する。魔物が出ては倒し、また道を進み、それを何度も繰り返す。

「アルファ大丈夫?」

「あのさー、マージの町で正午に待ち合わせしてるんだけど? たぶんもう遅れてるし」

 歩きながら、後ろからエクルとルミナスが声を掛けてくる。しかし、アルファは答えずに先を行く。

 またすぐに魔物の群れが現れた。鹿に似た魔物が、全部で八頭だ。

 きついな……

 そう思いながらも、アルファは自ら群れに突っ込んでいった。

 アルファは戦闘の繰り返しに昨晩の修練の疲労も出て、既に動きが落ちていた。俊敏な鹿もどきたちに苦戦しながら、それでも一頭、二頭と斬り払っていく。

 オレは――世界一の剣士、剣神アブレスの光継者なんだ。

 ルミナスに負けてられるか――

 残り三頭となった時、鹿もどきたちはアルファに一斉に襲い掛かってきた。アルファは一頭目を斬り伏せ、二頭目をかわしたが、三頭目の鋭い角の先端がアルファの左腕をいだ。

「アルファ……!」

 エクルの悲鳴が上がる。

 痺れを伴うような強い痛みに襲われ、アルファは思わずうめいた。傷はそこそこ深い。白い袖が赤く染まっていく。

「この……っ」

 アルファは三頭目に向き直ったが、先の二頭目の鹿もどきが横から突進してきた。その角に危うく突き刺されそうになったところを何とかかわし、アルファはまた攻撃に移る――

 つもりだった。

 しかしルミナスが後ろから抜け出て剣を振るい、残った鹿もどきたちを地に沈めた。速く、正確に、鮮やかに。

 その瞬間、アルファは頭に血が上った。

「何すんだよ……! 手出し無用って言ったじゃねぇか!!」

 だがルミナスは冷然と答える。

「馬鹿言わないでよ。少しは自分の力をわきまえるんだね」

 その侮蔑ぶべつの言葉と表情に、アルファはますますカッとなったが、

「アルファ、ケガ大丈夫!?」

駆け寄ってきたエクルの心配そうな顔に、再び怒声を上げる気力は奪われた。心を鎮める儀式であるかのように、無言で剣を鞘に収めた。

 けれど腹立しさはなお残った。ルミナスに対してではなく、自分自身に。ルミナスに助けられるのも、エクルに心配されるのも――結局アルファに力がないからだ。

「ほら、とにかく傷見せて。治すから」

 ルミナスも近づいてきたが、アルファは顔をそむけた。

「いい。こんなもん、ほっときゃ治る」

「こんなもんって、さすがにそれは痛いと――」

 ルミナスが少々驚いた声で言うが、アルファは右手で傷口を押さえて止血しながら歩き出した。

「ちょっと、どこ行くのさ?」

「次の町に決まってんだろ」

 早足で逃げるように進む。

「アルファ……! どうしたの? さっきから変だよ……!?」

 エクルが後ろから、ほとんど走るように追ってきた。

「何ムキになってるのかわからないけど――」

 しかし、おそらくアルファへの説教であろう言葉は、そこで途切れた。

 不意に邪気が生じ、道の横の茂みががさっと揺れた。次の瞬間、茂みの中から魔物が、エクルへと飛び掛かった。兎型の小さな魔物だが、不恰好に出っ張った門歯はいだように鋭い。

 まさか、近くにまだ魔物がいたとは――

「エクル……!」

 アルファは咄嗟とっさに、エクルの前に飛び出して背にかばった。剣を抜く暇はなかった。兎もどきが、アルファの左肩に思い切り噛み付いてきた。

「……っ」

 兎もどきの太く長い前歯が肩に食い込み、嫌な音を立てる。アルファは激しい痛みをこらえながら、兎もどきの首根っこを掴んで自分から引き剥がし、前へと放り投げた。

 地面に転がり、ぎゃん、と哀れな奇声を発した魔物は、起き上がるより速く、アルファが剣を抜くよりも速く、ルミナスによって仕留められた。

「大丈夫?」

 ルミナスがこちらに近づきながら訊いてくる。

「……ああ」

 アルファは左肩を抑えつつ答えた。魔物は自分が退治するなどと、この期に及んで言い張ることはできなかった。魔物たちによって負わされた傷がかなり痛むし、それなりに出血も多い。

 親たちが準備してくれた旅装束が、魔物の角で裂かれたり牙で穴を開けられたり血染めになったりと、早くもボロボロになりつつある。せめてもの救いは、外套マントが黒で血が目立たないことだ。しっかり羽織っていれば、赤い袖も隠せるだろう。

「ごめんアルファ……私のせいで……」

 エクルが謝ってくる。俯いたエクルの、今にも泣きそうな顔にアルファは焦った。

「別にお前のせいじゃねーし、大したことねぇよ」

 エクルは何も悪くない。アルファが勝手に魔物の前に飛び出しただけだ。

 ところが。


『愛に溢るる 我らが主よ

 我 身も魂も主に捧ぎ 唯願う――」


 エクルが指を絡めて祈りだした。もちろんこれは、癒しの聖術の呪文だ。

「バカ! だからやめろって! 効くわけねーだろ!!」

 アルファは慌てて止めるが、エクルは聞かない。強情を貫いて詠唱を続けた。

「『恵みの雨』!!」

 光の雨がアルファの頭上から降り注いだ。

 それは、とても暖かった。

 いつもの通り、傷はえず痛いままだが、アルファは知らず、強張こわばっていた顔が緩んだ。

 全身に注ぐ優しい光の雨と、自分の目の前にある、瞳を閉じて祈るエクルのひたむきな表情。

 エクルは変わらない。いつもそうだ。ただアルファのことを助けたくて――

 わかったよ。気持ちだけは、もらっとくから。

 と。

「う……っ?」

エクルがわずかに目を開き、呻いたかと思うと、突然地面に倒れ込んだ。

「お、おいっ!?」

「エクレシア様!?」

 アルファはエクルの肩を抱えて起こしたが、エクルは気を失ってしまっている。その顔色は真っ青だ。

「しっかりしろっ! 何で倒れるんだ!?」

「……朝、僕と合流する前、一人で聖術の練習をやり込まれてたみたいだけど」

 つまり、エクルは朝から霊力と体力を消耗しまくっていて、今のがとどめだったと。

「……ったく、才能ねぇくせに無理するから……」

 苦笑混じりにアルファが呟くと、ルミナスが冷ややかに一言。

「その言葉、そっくりそのまま君に返したいよ」

 耳が痛い。アルファがつまらない意地を張ったせいでこんなことになったのだ。

「……悪かったよ……」

 アルファが謝ると、ルミナスは一つ溜息をつき、訊いてきた。

「怪我、治していいかい? 君の傷がそのままだと、気にする人がいるから」

 アルファは眠るエクルの顔を一瞥いちべつし、再びルミナスに顔を向けた。

「――頼む」

「了解」

 ルミナスは笑った。

 彼の笑顔を、アルファは初めて見た気がした。

 それは、いつも彼がアルファに向ける、優越感や嫌味の浮いた笑みではなく、エクルに向ける、紳士的ながらもどこか芝居掛かったような笑みでもなく――素直で暖かい笑顔だった。

 

「あーくそ、重てぇな……本っ当に世話の焼ける奴だ」

 ルミナスに怪我を治してもらったアルファは、気を失ったエクルを背負ってマージの町へと続く道を歩く。

「替わろっか?」

 隣を歩くルミナスに尋ねられたが、

「べ、別にいい!」

アルファは断った。返答に妙に力が入ってしまったのを、自分で変に思いながら。

「――こいつ、一応オレのためを思って無理したわけだし……だから……」

 ルミナスはまた笑った。今度はニヤニヤと可笑おかしそうに。

「なんか、君たち見てるとおもしろいなぁ」

「なっ、何がだよ!?」

 

 *

 

 アルファの背に揺られながら、エクルは夢を見ていた。

 それは、記憶だった。幼い時の思い出から最近の出来事まで、いくつもいくつも断片的に現れたが、そのいずれの場面にも、常に幼馴染の少年の姿があった。

『ほんと手が掛かる奴だな』

『なんでお前はそんなにどんくさいんだ』

『お前には魔法の才能なんかない』

 アルファは子供の頃からずっと、エクルにあらゆる悪口を言いながら、エクルが困った時、危険な目に遭った時には、いつも助けてくれた。

 旅立つのを決意できたのも、アルファのおかげだった。アルファが一緒じゃなかったら、きっともっと、長い時間が必要だった。

『ねぇアルファ、私はアルファのこと――すごく頼りにしてるんだよ』


短めですが、切りのいい所で。


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