第4話 魔神の指令
(少し直しましたが、内容は変わっていないので再読の必要はないかと思います)
「オレらの標的ってのはぁ――ズバリ、光継者だぁ!!」
「何……!?」
思いも寄らない言葉に、ルミナスはつい声を上げてしまった。
エクレシアとアルファも顔色を変え、町の人々がざわめいた。
「光継者って、まさか……」
「今から百年以上前に魔神を封印して世界を救った、『双星』の力を継ぐって言う――?」
人間たちの反応を楽しむように、魔族はさらに顔をにやつかせた。
「『光継者を探し出して殺せ』。魔神ヴェルゼブル様がそういう御触れを出されたんだとさぁ」
人々のざわめきがより大きくなる。
「あの伝説……『魔神の封印解けし時、双星の力を継ぐ者たち、すなわち光継者もまた現る』って――」
「やっぱり本当だったのか……!」
ルミナスは言葉を失った。
ヴェルゼブルが、既に光継者の出現を知っている? にわかには信じがたい。
「だがなぁ、さすがのヴェルゼブル様も、光継者の『光』は感じても、それがこの世界のどこの誰だかまではわからねぇらしい。だからオレらは、とりあえず身近にある町で光継者を探してるってわけだぁ。まぁそう簡単に見つかるわきゃねぇし、その御触れ自体、回りに回ってきた噂だから、本当かどうかは怪しいもんだけどなぁ」
……そういうことか。
だからこの魔族たちは、手応えのある人間がいるかどうか試すために人々を襲っていたのだ。思考もそれに伴う行動も相当いい加減だが、まさかそのおかげで本当に目の前に光継者が現れるとは、連中は予想だにしていないだろう。
アルファとエクレシアは、『ここにいるんだけど』という複雑な表情をしている。ルミナスは思った。くれぐれも、要らぬ口出しはしないでもらいたい。
しかし、魔族の次の言葉がアルファを激昂させることになる。
「でもよ、例え光継者が見つからねぇとしても、楽しい暇潰しにはなるだろぉ? 人間いたぶってその悲鳴聴くのが、魔族にとっちゃ最高の娯楽だからよぉ」
「ふざけるな……! 何の関係もない人たちを巻き込みやがって!」
アルファは怒声を張り上げ、剣を抜いて魔族に猛進する。
「お前たちの相手はこのオレがしてやる……!! 望み通り光け――」
「待て……!!」
愚かにも名乗り出ようとするアルファを、ルミナスは大声で制した。
「上官の命令もなしに突っ走るな……!!」
するとアルファは、
「…………はぁっ?」
間抜けな声を上げながら足を滑らせ、危うく転びかけた。エクレシアも目を点にしているが……ルミナスはアルファの余計な発言を揉み消すべく、即興で芝居を打つことにしたのだ。台詞を続ける。
「とは言え――人々が魔族に苦しめられているのを見過ごすことはできない」
ルミナスは魔族たちを指差し、高らかに宣言した。
「お前たちは、我々『サーチスワード騎士団』が倒す!」
頭を含む四体の魔族が、一様に驚きの表情を見せた。
「何ぃ~!?」
「サーチスワード騎士団だと……!?」
町の人々もどよめいた。光継者の話題が出た時以上に。
「本当にサーチスワード騎士団なのですか!?」
「そんな少人数で――?」
人々から飛んできた質問に、ルミナスは適当に答える。
「最近魔族の活動が活発になっているということで、ちょうど視察に来ていたのです」
嘘も方便。ルミナスが騎士団員であることは本当だが。もう一つ、本当のことを付け加える。
「それに、数は少なくとも腕は確かですから」
単純な町の人々は、それだけで表情をすっかり明るくした。
「あの大騎士団から騎士様が来てくださるとは!」
「これでもう安心だわ!」
ルミナスは正直、あまりサーチスワード騎士団の名前を出したくはなかった。だが、魔族や町の人たちの意識を光継者から離すためには、それなりに強い印象を与える必要があったのだ。
「ちょっと待てよっ!」
アルファが詰め寄ってきて文句を言う。
「何だその設定は!? 誰が誰の上官――」
「いいから合わせて」
ルミナスは小声でアルファに耳打ちした。
「奴らのさっきの話を聞いただろう? 光継者だって知られた日には、世界中の魔族から狙われることになる。それをわざわざ自分から名乗る奴がいたら、馬鹿、としか言いようがない」
『馬鹿』の部分に妙に力が入ってしまう。
「でもこいつらを倒せば……!」
「相手は複数……一体でも逃げられたら? その一体からあっと言う間に全魔族に情報が広がる。もし全部倒せたとしても、これだけの観衆がいる。町から町へと噂は広がり、遠からず魔族の耳にも入るさ。ま、君に魔族と渡り合える充分な実力があるって言うなら、もう少し話は違うかもしれないけどね?」
「ぐ……っ」
言い返せないアルファ。ルミナスは冷ややかに釘を刺す。
「とにかく軽率な言動は避けてくれないか。でないと、エクレシア様にまで危害が及ぶことになる」
アルファはエクレシアを振り返り、じっとその顔を見た。
「……わかったよ」
と、小さく返事をし、魔族たちを向いて剣を構える。
「んじゃ、とりあえずこいつらを倒すぞ!」
上官にその口の利き方はなんだ、とルミナスは内心突っ込んだが、黙って剣を抜いた。
「何ヒソヒソ話してやがったんだぁ? 作戦でも練ってたかぁ?」
親玉の魔族はまたもニタニタと、頭の悪そうな笑みを浮かべる。
「だが無駄だぜぇ。いくらサーチスワード騎士団が強大ったって、ここに来てんのはたった三人のガキ――どうやってオレらに勝つってんだぁ~?」
三人――どうやらエクレシアまで騎士団員の数に入れているのは困ったことだ。
とにかく、もう連中から聞くべきことは聞いた。用済みの魔族は、迅速に始末せねばならない。
「『どうやって』――って、普通に倒すさ」
ルミナスは一息のうちに親玉の懐に潜り込み、鎧ごと胸を突き刺した。そして素早く剣を引き身をかわすと、親玉の巨体が音を立てて頽れた。
まずは一体。
「おっ、お頭……!!」
「よくもお頭を……!!」
三体いる手下のうち二体がルミナスに突進してきた。ルミナスは先の棍棒を持った者を斬りつけながら、もう一方の槍を持った魔族にも注意を払う。が、そちらの魔族には横からアルファが攻撃を仕掛けたので任せることにした。ルミナスは棍棒の魔族にもう一撃浴びせて息の根を止め、アルファが槍の魔族を斬り伏せたのと同時に、ただ慌てふためいていた残りの一体も一突きで仕留めた。
魔族退治は極短時間で完了した。
「やった……! さすがサーチスワード騎士団!」
「騎士団バンザイ!!」
町の人々が歓喜に沸いていると、
「あっ!」
一人がルミナスを見つめながら、急に驚きの声を上げた。
「青い瞳に、一つに束ねた長い金の髪、華麗な剣技――もしかしてルミナス=トゥルス様!?」
「ええっ!? 若干十八歳にして大部隊を束ねてるっていう――!?」
「ああっ、俺も噂で聞いたことあるぞ!」
「そいつはすごい! 強いわけだなぁ」
「きゃーっ、握手してくださーい」
「噂通りステキ……」
「ルミナス様ー!」
ルミナスは人々に取り囲まれた。先ほどルミナスが助けた少女を筆頭に、若い娘たちは特に沸き立ち、黄色い声を発している。
よくあることだ。ルミナスが剣を振るう姿を見せようものなら、大抵こうなってしまう。ルミナスは仕方なしに、
「いやー、まいったな」
などと言いながら娘たちと握手してやる。
「全然まいってる顔じゃねーぞ」
……アルファに白い目で見られてしまった。
女の子たちを邪険にするのも気が引けて、ついつい愛想を振りまいてしまうのは自分の悪癖である。
その点、ソーラの村はとても過ごしやすかった。あの村の娘たちは、ルミナスの剣技に感心こそすれ、ルミナスを憧憬の的として見ることはなかった。
そう、中にはルミナスの自慢の髪を「長すぎて邪魔じゃないんですか?」なんて訊いてきた失礼な娘もいたくらい……
不意に、ルミナスは邪気を感じた。
それは少し離れた所から、微かに。同時に悲鳴が響き――驚いて振り返ると、とんでもない事態が起こっていた。
あろうことか、エクレシアが魔族に捕らわれているのだ。
ルミナスとアルファに敗れた四体の魔族は、骸となって転がっているが、それ以外にまだ魔族がいた。
五体目も熊の顔をした魔族だが、他の魔族たちより二回り体が小さい。ルミナスは今の今までその邪気を感じることができなかったが――
五体目は片腕をエクレシアの首から肩にがっちりと回し、もう一方の手で握った剣を、エクレシアの顔に突きつけている。
奴はそのままルミナスたちに声を張った。
「お前たち、なかなか強いが残念だったな! この女は人質だ!!」
魔族の腕の中でエクレシアは、その人形のように整った顔に恐怖を張り付かせ、ただ震えている。
「エクル……!!」
アルファが叫ぶ。動揺を包み隠さぬ声で。
ルミナスは心の内で自分の迂闊さを悔やんだ。娘たちにいい顔をしたり、どうでもいいようなことを思い出している場合ではなかった。
何があっても守り抜くべき光継者をみすみす人質に取られてしまうなど、あるまじき失態である。
「……お前はどこにいた?」
冷静に、ルミナスは魔族に尋ねた。邪気は四体分しか感じられなかった。
「俺は後から来たんだ。お頭から、アミットの町襲撃で集合が掛かってたが、時間に遅れてな。この近くまで来たが、お前たちがサーチスワード騎士団だと言うのが聴こえたから……これは雲行きが怪しいと思ってな」
はっきりとは言いたくないようだが、つまり、この魔族は身の危険を感じて、姿を現さずに近くに隠れていたらしい。
「なんで……邪気は感じなかったのに……」
焦燥の滲んだ表情で、敵と幼馴染を見据えているアルファ。
確かに、隠れていたにしても邪気を感じられなかったのは不自然だが、考えられるのは……
「魔族の中には、邪気を抑える能力に長けた厄介な奴らもいる……たぶんこいつはそれなんだ」
ルミナスがアルファに答えると、五体目の魔族は得意げに嗤った。
「そういうことだ。そうして様子を窺っているうちにお前たちが隙を見せたから、一番弱そうなこの女を捕まえさせてもらったんだ」
そして、奴はまるで正義を遂行するかのように言い放つ。
「お頭と仲間たちの仇は討たせてもらうぞ! さぁ、覚悟しろ!」
……自分が隠れていたとか、味方を見殺しにしたとかいう負い目は全く感じていないらしい。
「とにかく今すぐエクルを放せ……!」
アルファが喚いたが、魔族は、
「バカを言うな。人質だと言ったはずだ。この女の命が惜しかったら武器を捨てろ!」
剣の切っ先をエクレシアの顔にさらに近づけた。
「エクル……!!」
「エク……――」
呼びかけて、ルミナスは飲み込んだ。『エクレシア様』はまずい。それだけで光継者とばれるはずはないが、ルミナスが上官ということになっている以上、敵や観衆に余計な関心を持たれてしまうだろう。
「さぁ、俺の前に武器を投げ捨てろ! 早く!」
魔族はさらに声を荒らげる。
どうすれば――
「だ、だめ……言うこと聞いたら、二人が……」
エクレシアは首を魔族の太い腕に巻かれ、震えながらもルミナスたちの身を案じた。
「うるさい黙れ……!!」
魔族がエクレシアの首を腕で絞め上げる。
「うう……っ」
エクレシアは苦しげに呻きながらもがく。
「やめろ……!! 言う通りにする……!!」
アルファは必死に叫んで、剣を魔族の足元に放り投げた。
魔族の思う壺だ。ルミナスの目には、アルファが何も考えていないように映った。言い成りになるしかないような状況ではあるが、それにしても、形振り構わずただ必死で、いかにも人質が大事だと敵に教えているようなものだ。これではますます付け込まれるというのに。
実はアルファが武器を捨てた行為には意図があり、この動揺した様子も演技で、敵を油断させている――のだったら大したものだが、その可能性は低かろう。
……仕方ない。
ルミナスも剣を放った。アルファの剣の上にルミナスの剣が落ち、冷たい金属音を立てる。
ルミナスは泣きそうな顔のエクレシアと目が合った。後ろからは、町の人々の息を呑むような緊張が、背を向けていても伝わってくる。
「よしよし。素直で結構なことだ」
魔族はにやりと嗤いながら、ルミナスたちの剣を足で後ろに払う。
「お前たち、そこから一歩も動くなよ」
片腕にエクレシアを抱えたまま、近づいてくる。ゆっくりと、焦らすように歩き、ルミナスとアルファの目の前に至ると、
「さて、こういう時は――先に腕の立つほうから片付けるのが筋だな」
と満足げに頷き、剣を頭上に大きくかざした。
そして、ルミナスに振り下ろしてくる。
「やめてーーっ!!」
「ルミナス……!!」
エクレシアとアルファの叫びが響く。
だが、ルミナスはおとなしく斬られるつもりなど毛頭ない。
勝利を確信し油断している魔族の隙を突き、ルミナスは瞬時に自らの霊力を起動させた。高めた霊力を手の中に集中させ、自然界の力と結びつけ――
エクレシアはルミナスの身に降り掛からんとする惨劇を思い、ぎゅっと目を閉じている。好都合だ。
ルミナスは振り下ろされた刃をかわしながら、魔族の顔めがけて法術を放った。ルミナスの手の平から、眩い光が放出される。
「な……ッ!?」
照明の法術だ。殺傷能力は皆無だが、その眩しさに魔族は目をつぶった。
緩んだ魔族の腕から、エクレシアがするりと抜け落ちる。
ルミナスは電光石火の早業で、目の眩んでいる魔族の脇をすり抜け、落ちている自分の剣を拾い上げ――背後から魔族を突き刺した。
突如として解放されたエクレシアは状況を理解できずに、魔族の足元に膝をついた。
魔族はどす黒い血を吐き――体を震わせながら、後ろのルミナスをどうにか半分振り返った。
「お、お前……魔法を、使えたのか……」
「まぁね」
実は入門程度の術しか使えないなどということは、わざわざ教えてやる必要がない。しかし例え簡単な術であっても、使い方次第で戦闘を有利にできる。
「エクル大丈夫か!?」
「うっ、うん」
呆然とするエクレシアの元へアルファが駆け寄り、彼女の腕を引いて魔族から遠ざけた。ルミナスはそれを見計らい、魔族の体から剣を引き抜く。
「ぐ……っ、こんな……はずでは……」
魔族は前のめりに倒れ、息絶えた。
「申し訳ございません。私がついていながら、あのような危険な目に遭わせてしまうとは――」
すぐさまルミナスもエクレシアに駆け寄り、謝罪した。自分たちの関係を上官と部下だと思っている町の人々には聴こえないよう、小さめの声で。
「そんな私こそ……! 私のせいで二人に迷惑掛けて……」
沈んだ顔で言うエクレシア。魔族の腕に拘束されるなど相当怖い思いをしたはずだが、それよりも、アルファとルミナスにすまないと感じる心のほうが強いらしい。
ルミナスは何か気の利いた言葉を掛けてやりたかったが、再び町の人々に囲まれてしまった。
「さすがはルミナス様!」
「いやー、お見事でした!」
「先ほど魔族に放った光――もしや、あなたこそ伝説の光継者では!?」
ルミナスは苦笑いしながら否定した。
「いえいえとんでもない。あれは照明の魔法を目眩ましに使っただけで、そんなご大そうな力ではありませんよ」
こういう反応をされるかもしれないと、ルミナスは少しは想像していた。できれば光継者を連想させたくなかったが、攻撃系の魔法ではエクレシアまで傷つけてしまう可能性があったので、他に選択肢がなかったのだ。
光継者であるはずのエクレシアとアルファの二人は、また複雑な表情でこちらを見ていた。
主人公はアルファです。念のため。




