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双星の光継者  作者: 明谷有記
第2章 サーチスワード編
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第2話 心の壁

 日没前、アルファたちはアミットの町に到着した。

 ソーラの村と同じような、丸太を組んで造られた防護柵に囲まれており、規模はガフトンの町よりも小さい。

 茶色を基調とした町並みが、どこか古めかしく歴史を感じさせる。馬車一台通るのがやっとであろう狭い道の両脇に、たくさんの小さな商店が軒を連ねている。

 一見して、食器の類の店が多く目に付く。こんな小さな町にそんなに需要があるのかと、アルファは不思議に思った。

 だが、町に入ってすぐ近くに宿があったし、もう日暮れの時間だし、三人はそのまま宿に入ることになった。

 アルファとしては、今まで隣町にしか行ったことがないし、初めての町に興味があるし、もっと見てみたかった。けれど、この旅はあくまで世界を救うための旅であって、遊びに来たわけではないのだと思うと気が引けた。そのついでにまた、使命の重みを思い出して押し潰されそうにもなった。

 赤レンガのその宿屋は、小さいながらなかなか瀟洒しょうしゃな造りだった。ルミナスが言うには、この町で一番良い宿らしい。

 高くないのかとアルファが訊くと、サーチスワード騎士団から経費が下りるとのこと。ルミナスが「君は野宿してくれたらありがたいんだけどね」と付け加えたから、今度はこちらが聴こえていない振りをしてやった。

 宿の手配はルミナスがしてくれ、三人別々の部屋を取った。それぞれ部屋に荷物を置いて食堂に集合した。

 客席に人の姿はまばらだった。まだ夕食には若干時間が早いからだが、旅の初日だし早く食べて早く休もうということで、さっさと料理を注文した。

 出された料理を食べながら、ふとエクルが呟いた。

「今頃、お母さんもごはん食べてるかな……」

「そうだな」

とだけ、アルファは答えた。

 「まだ村から出てきたばかりだぞ」なんてことは言えなかった。村に一人残された母親を心配する気持ちは、どうしようもないだろう。

 アルファはアルファで、これからずっと母の手料理が食べられないかと思うと、ものすごく淋しくなった。適当に注文したこの干し魚のスープやら豚肉の甘酢炒めやらもなかなか美味いが……やはり淋しい。

「グレース様は大丈夫ですよ。なにせ、エクレシア様のお母様ですから」

 ルミナスがエクルに微笑んだ。アルファには根拠のない慰めに聞こえたが、エクルは素直に礼を言う。

「ありがとうございます。……そう言えば、ルミナスさんのご家族は?」

 ルミナスはほんの一瞬だけ当惑の表情を見せ、それから答えた。

「……弟がおります」

「弟さんが」

「ええ」

 エクルにはあれこれ細かいことまで解説するのが常のルミナスが、珍しく一言ずつしか口を開かない。

「弟が、一人か? 親は?」

 ルミナスは訊いてほしくないのかもしれないと思いながらも、アルファは尋ねた。

 ルミナスが口をつぐんだ。

 この場にアルファだけなら、おそらく話を逸らされるか無視されただろう。けれど、返事を待つエクルの視線に負けたのか、観念したようにアルファに答えた。

「死んだ」

 やはり一言で。

「え……なんでだ?」

 驚いてアルファがまた尋ねると、ルミナスから睨まれた。いや、睨むと言っては大仰だが、ただ見るよりは厳しい眼差しだ。「まだ訊くのか?」と。

 アルファはただ、ルミナスのことをもっと知りたかったのだ。

 これまでアルファは、ルミナスにあまり彼自身のことを質問しなかった。自分が光継者だと確定するまでは、逆に自分のことをルミナスから訊かれるのが怖かったからだ。

 今はもう、自分はルミナスに隠し事はないし、少なくともサーチスワードに着くまでは行動を共にするのだ。そんな相手のことを知りたいと思ってはだめなのだろうか。

 アルファが少しも怯まずに無言で視線を返すと、ルミナスはまた一言で答えた。

「魔族さ」

 つまり、ルミナスの両親は魔族に殺された……

 ルミナスはアルファから目を逸らし、

「あ、エクレシア様、この果物おいしいですよ。どうぞ」

と、何事もなかったかのようにまたエクルの世話を焼き始めた。

 さすがに、アルファもそれ以上は踏み込めなかった。

 アルファはルミナスが最初にアルファの家に来た時のことを思い出した。ルミナスは、アルファの家族を見ながら何となく淋しそうな顔をしていた。その時父アルーラがルミナスに家族のことを質問をしたが、彼ははっきりとは答えなかった。今思えば、わざとはぐらかしていたのだ。

 確かに話しづらいことには違いない。アルファがルミナスでも話せないかもしれないけれど……

 

 夕食が済んで、明日の朝また食堂に集合と決めて、三人は解散した。

「ルミナス」

 アルファは自分の部屋に向かおうとしていたルミナスに声を掛けた。ルミナスはまたも聴こえない振りをして廊下をさっさと歩く。

 元々アルファには冷たいが、両親の話を蒸し返されるとでも思っているのか、かなりの速度で遠ざかっていく。

「待てよ! 外に出ろ。剣で勝負だ!」

 アルファが呼び止めると、ルミナスは立ち止まって振り返り、眉根を寄せた。

「勝負? 意味ないよね。僕が勝つのは明白だけど」

「う、その……」

 現状、アルファが腕を磨くには、ルミナスに協力してもらうのが一番早いと思われる。……やはり癪だが、ここで意地を張っても仕方ない。アルファは素直に頭を下げた。

「頼む。オレに剣を教えてくれ」

 しかし、ルミナスは難色を示す。

「教えるって言ったって、君と僕じゃ剣の型がだいぶ違うし。僕のはサーチスワード騎士団で教えているものに多少我流入ってるけど。君の型はこれまで見たことない」

 型――アルファのそれは、ただ父から教えられるままに習得したものだ。父も祖父から教わったそうだし、村には他に剣に秀でた者はなかったから、アルファはそもそも型だの流派だのを気にしたことはなかったが、確かにルミナスの剣技とは大きく異なる。

 アルファは剣を両手で振るうが、ルミナスは片手剣。そこからして全然違うのだ。

 だが、アルファはルミナスに食い下がった。

「ただ相手してくれればいいんだ」

 それだけで大いに意味があるはずだ。

 けれど、ルミナスはつれなく去っていく。

「面倒くさい」

「頼むって!」

 追いすがるアルファを再び無視し、ルミナスは自分の部屋の前まで逃げて、ついに扉の取っ手を回す。アルファはその背に声を張った。

「おいお前……! ホントはオレに追い抜かれるのが嫌なんだろ!」

 必死で、つい出てしまった言葉だ。そんなわけないのはわかっている。ルミナスは本当にアルファがわずらわしいだけだろう。ものすごい負け惜しみじみた台詞を吐いてしまった自分が悲しい。

 が。

 ルミナスはせっかく開いた扉を閉め、すたすたと廊下を引き返してアルファの眼前で立ち止まった。そして、無表情の中に微かな怒りを含ませながら、アルファを見下ろした。

 ……アルファも同じ年頃の少年たちの平均からすれば背が高いほうだが、そのアルファより頭半個分、ルミナスのほうが上背がある。

 願わくは、剣の腕だけではなく身長も追い越したい。が、今はルミナスの下目遣いの刺すような視線に、たじろぎそうになる。

 ルミナスはわずかに険のある口調で、

「そこまで言うなら相手をしよう」

と言うと、アルファの横を通り過ぎ、廊下を玄関へと向かっていった。

 ――予想外だった。無視されるか呆れた顔をされて終わりだと思ったのに。ルミナスともあろう者がアルファの言葉に乗せられるとは。

 あんな反応を見せたのは、まさか図星だったとか……

 いや、まさかそんなことはないだろうけど。とにかく、ルミナスの自尊心が相当強いことは間違いない。


 宿の裏庭を借りて、アルファとルミナスは互いに間合いをとって剣を構えた。とうに日は暮れているが、宿から漏れる明かりで視界は充分だ。

「それじゃ――行くよ」

 言葉と共に、ルミナスの中に見えざる力が生じた。

 えっ!? それって――

 突然のことにアルファは泡を食った。ルミナスの中の霊力が、急速に膨れていく。

「ちょっ……待て――」

 アルファの制止を無視し、ルミナスは問答無用で向かってくる。風のような速さで瞬時にアルファの目の前に迫り、剣を振り下ろしてきた。

 ルミナスの初手を、アルファはかろうじてさばいた。だが、霊力を宿した剣は重く鋭く、ただ一撃で腕が悲鳴を上げた。目にも留まらぬ速さで繰り出されるルミナスの二撃目。これもどうにか受けたが、続く三撃目――

 アルファは剣を弾かれ、手放してしまった。刀身が月の光を受けて、夜空に大きく銀色の弧を描く。

 それを目で追うアルファの首に、硬く冷たい感触が襲った。ルミナスに剣を突きつけられたのだ。耳の付け根から下顎にかけて、ぴったりと、傷つけないぎりぎりの力加減で。

 アルファは動けなかった。息を吸えば刃が喉に食い込みそうで、呼吸をするのさえはばかられた。

 遠く、アルファの剣が芝の上に落ち、鈍い音がした。ルミナスと目が合う。彼の表情には、いつものような得意げな笑みはない。無表情。勝って当然という自負さえ見受けられない。そこに何かあるとしたら――やはり静かな怒りだ。殺意には程遠いが、少なからぬ害意は感じた。

 ルミナスが剣を外し、アルファはようやく口を開いた。

「お前、霊技れいぎも使えたのかよ……驚かせやがって」

 アルファは正直かなり肝を冷やされたが、強気な態度を取る。ここで怖がっている様子なんか見せるのは、ますます癪だ。

「使えないとは言ってない。それに、全力じゃないと君に失礼だと思って」

 ルミナスは淡々と嫌味を言う。

 ――全力を以って、アルファの傲慢を打ち砕きに掛かったわけだ。

 あれが全力ならば、ルミナスが自分で言っていた通り、霊力自体はそれほど大きくはない。

 だが、緩急のついたその霊力操作は実に見事で一切の無駄がない。少ない霊力であっても、最大限の効果を発揮するすべを、ルミナスは身につけているのだ。ただでさえ鋭い剣にさらに破壊力を増し加え、しかも――

「霊技ってのは、速さまで上げられるのか?」

 アルファはルミナスに尋ねた。

「そうだよ。使い手の技量次第では、あらゆる身体能力を高められるから」

 ルミナスが霊技で腕力や剣の威力を高めたとしても、それだけならアルファはもう少し持ちこたえたかもしれない。だが、あの速さはどうしようもなかった。

 それでなくてもルミナスは速いというのに、あれでは敵は反撃もできずにやられるしかない。

 ルミナスに勝つためには、自分も霊技で速さを上げる必要がありそうだ。アルファは落ちた剣を拾いながらそう思った。

「じゃ、僕はこれで」

「あ、こら! 待てよ!」

 とっとと宿に引き上げようとするルミナスを、アルファは慌てて呼び止める。

「せっかく霊技できるんだから教えてくれよ!」

 霊技を習得できれば確実に強くなれる。ルミナスにまた力の差を見せ付けられてしまって当然悔しいが、嬉しくもある。彼が霊技を使えるのは好都合だ。

「話が違う。相手をするだけって言っただろう」

「ケチくさいこと言うなって! 一戦だけで勝ち逃げする気か!?」

 ルミナスを怒らせると危険だとアルファは身を以って知ったばかりだが、ここは引くわけにはいかなかった。

 ルミナスは顔をしかめたが、アルファのしつこさに断るほうが面倒だと思ったか、霊技のコツとやらを口頭で教えてくれた。

 とにかく嫌々といった顔で、投げ遣りな口調で、それでも説明は的を射てわかりやすかった。

 が、ルミナスはアルファがそれを実践してみる暇も与えずに、再び霊技で襲い掛かってきた。

 アルファは初戦では、思いがけず霊技を使えたルミナスに虚を衝かれたが、二戦目からはルミナスの動きに少しは反応できるようになった。しかし、まともに斬り結ぶまでには至らず、ルミナスは自分が五戦五勝を果たすと、部屋に戻っていった。

 アルファはまだまだと言ったのだが、剣を打ち合う音が近所迷惑になるからこれ以上遅い時間までは続けられない、と正論で逃げられてしまった。

 宿の裏庭に残されたアルファは、ルミナスに教えられたように霊技の練習をしてみた。

 目を閉じ、意識を自分の奥深くに集中する。これは魔法にも通ずる部分であるが、霊力を操ることを考える前に、まずは霊力を高め、活性化させなければならない。

 内に宿る静なるもの、魂に属するという力を、地上へと湧き出る泉のごとく――

 

 アルファはどうにか霊力を高めることができたが、アルファが本来持つはずの総量からすると、微々たるものだった。しかし焦っても仕方がない。少しずつ慣れて体に覚えさせていくしかないだろう。なかなか上手くいかないが、何度も繰り返して試みた。

 強くなりたい。ルミナスよりも。誰よりも。

 その思いに突き動かされながら、アルファは夜遅くまで修行に励んだ。

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