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双星の光継者  作者: 明谷有記
第1章 召命編
3/65

第3話 輝望の双星

誤字のみ修正しました。

 二時限目は世界史だ。

 この日の時間割は、アルファにとって最悪だった。

 世界史自体は好きだが――世界史の教師は地理と同じく、ファミリアなのである。立て続けに母の授業とは、本当についていない。

 朝の修行の疲労が抜けず、アルファは今、教室の真ん中の席で必死に睡魔と格闘していた。

 だが、死んでも眠ってはいけない。既に一時限目でこっぴどく叱られている。これ以上父を怒らせると本当に危険だ。

 意識が飛びそうになっては、恐怖心によって持ち直し――を何度か繰り返しつつ、アルファはどうにか授業を聞いていた。

 アルファたちの暮らしている国、ルナリル王国は、およそ百ニ十年前、隣国であるソーラレアと戦争をしていた。今授業では、その時のことを話しているのだ。

 ――アルファたちソーラの村の人間にとっては、ソーラレアを『隣国』と呼ぶのは相応しくないのだが――

「ソーラレア王国とルナリル王国の戦争は、長きに渡って繰り広げられましたが、この二国の間にランダイド共和国が介入するようになります」

 ファミリアが教科書を手に解説している。

「大国ランダイドは両者に、戦争をやめるよう呼びかけました。長年の戦争で疲弊しきっていたルナリル側はこれに応じましたが、ソーラレアの国王カストルは、ルナリルへの憎しみのあまりそれを聞かず、ルナリルに攻撃を続けました。そのため――」

 ファミリアと共に、みんなが教科書をめくる。一瞬遅れてアルファもめくる。

「そのため、ランダイド共和国をはじめ周辺各国が、カストルを討たんとソーラレアに派兵しました。追い詰められたカストルは自害し、それによって、ついに戦争は終結したのです」

 ファミリアは、物悲しい表情で生徒たちに問い掛けた。

「戦争は終焉を迎えましたが、平和は訪れませんでした。なぜでしょう?」

 一番前の席に座るジーンが答えた。

魔神まじんヴェルゼブルが現れたからです」

「その通り。ヴェルゼブルをはじめとする魔族のためです」

 魔神ヴェルゼブル――魔族の長である。その名を知らぬ者はない。

 ファミリアはおごそかに解説を続ける。

「カストル王は、死ぬ前に、禁断の魔術によって異界から魔族たちを召還していたのです。その魔族たちを利用し、ソーラレアを苦しめたルナリルに復讐するため、また、ソーラレアを妨害する他の国々に対抗するためでした」

 授業に限らず何度も耳にした内容だが、聞いているうちにアルファの眠気はどこかに行ってしまった。

「魔族たちはソーラレアを占領し、そこを拠点として、人間を滅ぼそうと攻撃してくるようになりました。いくつもの国々が、魔族たちを倒そうと大軍を派遣しましたが、その圧倒的な力の前に敗れ去りました。やがて、多くの町が滅ぼされ、あるいは魔族の支配下に置かれるようになりました」

 静まり返った教室に、かすかな吐息の音が生じる。

「――魔族の召還に成功しながら、なぜカストル王は自ら命を絶ったのか? 歴史研究家の間でも謎とされていて、諸説あります。『召還したはいいが、魔族のあまりの凶暴さ、残忍さが召還者であるカストルにも手に負えず、後悔して自殺した』とか、『召還の代償として、カストル自身の命を捧げなければならなかった』とか。本当のところは本人でなければわからないでしょうが……とにかく、カストルが魔族をこの世界に存在させてしまったことは、取り返しのつかない悲劇なのです」

 真偽のほどは、当然アルファにもわからない。

 だが、カストルが魔族の力を求めたのが、自国の敵を倒すためだけならば、魔族が世界までも滅ぼそうとするのは、カストルの願いをはるかに超えてしまっている。

 魔族は何のために人間を滅ぼそうとするのか? 召還者カストルの遺志に従ってではないのなら、それが魔族のさがというものか。

 ――異界より召還された魔族――異界なんてものが、本当にあるのかはわからないし、稀代きだいの天才魔術士だったとされるカストルが使ったその『禁断の魔術』とやらについても、詳細は歴史の謎だ。

 しかし、召還されて百数十年を経た今もなお、魔族は厳然として存在し、人間を傷つけ、苦しめ、命を奪っている。それは、紛れもない事実なのだ。

「魔族の出現は、この世界に大きな被害をもたらしました。現代を生きる私たちも、今なお魔族に脅かされていますが、それ以前に、このソーラの村の成り立ちにも、魔族の存在が大きく関わっていますね」

 ファミリアの言葉に、生徒たちが皆頷いた。

「百二十年前の戦争中、ルナリルは、ソーラレアの人々を捕らえ奴隷としてルナリルに連れてきて、鉱山や軍事施設で労役させました。ソーラレアの人々は、戦争が終わり自由の身となりましたが、故国の地は魔族に占領され、帰ることは叶わなかった。だから彼らは――仕方なくルナリルの各地に、自分たちの村を造りました」

 母は、確認するように教室を見渡した。

「皆さんが知っての通り、その中の一つがこの村です。『ソーラ』という名には、我々の先祖たちの、故国への思いが込められています」

 アルファは先祖たちの地を知らない。今もソーラレアは魔族の巣窟だという。アルファにとって故郷とは、最初からこのソーラの村である。それはルナリルの国に属するものだが、不思議と、『ソーラレア』という響きの中に、郷愁のようなものを感じてしまうのは、やはりソーラレア族の血のせいなのかもしれない。


「さて、話を百二十年前に戻しましょう。人々は魔族に虐げられ、絶望に打ちひしがれましたが、そんな中ついに、歴史上で最高の英雄が登場します。そう、アブレス王子と、その双子の妹エステル王女です」

 『アブレス』、『エステル』。ファミリアは大きな字で板書した。

「皆さんもよく知っている名前ですね。とりわけアブレス王子は、『剣神』と称されるほどの剣豪でしたが、彼らの本当の力は――」

 ファミリアは、英雄たちの名の上にさらに大きく、『光』と記入する。

「聖なる光を操る能力です。彼らはその力で偉業を成しましたが、アルファ、それは何ですか?」

 教師としての母からの質問に、アルファはもちろん生徒らしく答える。

「命と引き換えにして、魔神ヴェルゼブルを封印しました」

「そう、彼らはヴェルゼブルを封印しました。長が封印されたことによって、残りの魔族たちもその力を弱められました。アブレス王子とエステル王女は、その命を以って、この世界を救ったのです。人々は世界を救ったこの二人を『輝望きぼう双星そうせい』と呼んで讃えました」

 それは、何度も何度も聞いた、歴史の一遍。

 残念ながら、封印は百年で解けてしまい――魔神ヴェルゼブルは復活を遂げ、再び魔族は勢力を広げ、人間は危機に瀕するようになったのであるが。

 しかし、もしも双星が魔神を封印していなかったならば、世界は百二十年前に、既に滅んでいたに違いない。彼らの功績は、誰もが褒め称えるものだ。

 人々は子供の頃から、双星を題材とした絵本を読んで育ち、彼らに崇敬を抱く。

 アルファも例外ではなかった。特に双星の兄のほう、剣神アブレスは、アルファが剣を握るきっかけとなった。

 まさかその憧れが、自分の生活をこんなにも修行漬けにしてしまうことになろうとは、幼い頃は知る由もなかったけれど――。

 双星――

 この単語に、アルファはまた、このところ立て続けに見ている不思議な夢を思い出してしまった。

『あなたは、双星の光継者なのです――』

 エクルに瓜二つの少女から告げられる、お告げめいた言葉。

 アルファは心の中で、そんなはずない、と呟き、再びファミリアの授業に集中しようとする。

 気づくと、前のほうの席にいるライアンやリンの頭がこくりこくりと揺れている。

 それもわからなくはない。カストル王の魔族召還から双星の魔神封印までの流れは、現代にも密接に関わるためか、もともと有名な上に世界史の授業でも繰り返し取り上げられている。よく知った内容を何度も講義されるものだから、聞き飽きているのかもしれない。

 ふと、隣の席に目をやる。エクルはすっかり授業に聞き入っていた。

 実は聖職者の家系である彼女は、双星が世界のために命を捧げたということに、より一層感じるところがあるかもしれない。

「さて、輝望の双星には、これまた謎がありますね」

 ファミリアは、居眠りしている生徒たちにはかまわず授業を進めていく。気づいていれば起こすはずだから、たぶん気づいていないのだ。まあ、居眠りを強烈に叱られるのは、いつもアルファだけだけで、他の教え子たちは優しく注意を受けるのみだが。

「彼らの聖なる光とは何なのか? それは歴史上、他に使えた者のない特別な力で、魔族にとって最大の弱点だったとされていますが、詳しい記録は残されていないのです。それと、彼らの素性です。歴史は彼らをルナリルの王子、王女だと伝えていますが――実はソーラレア族だったという説があります」

 そうだ。この説があるからこそ、アルファは双星にいっそう憧れたのだ。

 ルナリルの王族が敵国のソーラレア族であるなど、そんなこと、普通に考えてあるはずはないのだが、幼かったアルファは素直に信じた。

 今もそうだと思うことにしている。英雄たちが自分と同族。きっと、都合の良いことは信じたいのだ。

「その説は、ソーラレア族の妄言として、ルナリルから徹底的に弾圧されました。ですからこの説が伝えられているのは、このソーラの村をはじめ、ソーラレア族の村だけのようですけどね。それに――」

 ファミリアは一呼吸おいてさらに話を続ける。

「魔神ヴェルゼブルは、双星に封印されてから、百年後には復活してしまい……現在に至っては、再び魔族におびやかされる世界となってしまいましたが……そう、伝説がありますね。『魔神の封印解けし時――双星の力を継ぐ者たち、すなわち『光継者』もまた現る』と」

 かつて双星が魔神を封印したという史実。

 それ以上に、人々が好むのがこの、光継者が現れるという伝説だ。そこには、過去ではなく、未来への希望がある。

『あなたは、双星の光継者なのです――』

 アルファは再び夢の少女の言葉を思い出し、どきりとした。思わず、服の胸の辺りをぐっと掴む。

「魔神ヴェルゼブルが復活してから、既に二十年近くになります。ところが、いまだ光継者が現れたという噂の一つもなく、中には『光継者などただの伝説に過ぎない』と言っている人々もいるそうです。ですが、もしかしたら私たちが知らないだけで、もうこの世界のどこかにいるかもしれませんね」

 ファミリアの声は、普段よりもやや低く、力強い。表情はこの上なく真剣で――もっと言えば、深刻にさえ見える。

 この伝説を語るときはいつもそうだ。まるで、この伝説を神聖視し、軽々しく口にしてはいけないとでも思っているかのように。

「光継者の伝説は真実で――きっとこの世界を救ってくれるでしょう」

 ファミリアが締めくくりにそう言うと、申し合わせたかのように、授業終了の鐘が鳴った。

 授業が終わり、教師が教室を後にすれば、解放された生徒たちは席を立つなり、雑談するなり思い思いの行動をする。

 だがアルファは、しばらく動けなかった。

 幼い頃から、双星に憧れていた。光継者の伝説も、本当だと信じてきた。

 けれど。

 だからってなぜ、自分が光継者だなどという夢を見てしまうのか。

 それも何度も――


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