第1話 前途不安
想像以上に忙しく、1ヶ月ぶりの更新となりました。
ようやく、第2章開始です。
感じる……忌々しい『光』の波動を――
ついに、双星の力を継ぐ者が動き出したか……
魔神ヴェルゼブルの名において、全魔族に命ずる。
光継者を探し出し――
抹殺せよ。
*
エステル王女より、魔族から世界を救えと命じられた光継者――アルファ=リライトとエクレシア=オルウェイスは、故郷であるソーラの村から旅立った。
共に戦う三人の仲間『三星臣』を探さなければならないが、今は彼らに関する手掛かりが何一つない。
そこでとりあえず、サーチスワード騎士団第三大隊隊長ルミナス=トゥルスの案内で、領主に会うためサーチスワードの町を目指すことになった。
三人は現在、右手側に名もなき森を臨みながら草地を進んでいる。
ソーラから南東方向に数刻行ったこの辺りは、人の往来などほとんどない地である。従って道もなく、一歩ごとに草を踏み分けながら歩いていく。だが、今の時期はまだ寒さが残っているからというのもあり、それほど丈の高い草もなく、歩くのに支障はなかった。
青い空に、雲はほとんどない。日差しは暖かく風もなく、まさに春らしい最高の陽気だ。
だが、アルファの心は曇っていた。と言うか、荒れそうである。
原因は――
「エクレシア様、お疲れになったら遠慮なくおっしゃってくださいね。すぐ休憩にしましょう」
「まだまだ大丈夫です。このために毎日鍛えてもらってたので」
アルファはうんざりしながら、声の主たちへと目を向けた。一人は、長い黄金の髪を後ろで一つに束ねた長身の青年、ルミナス。もう一人は、金色とも銀色ともつかない髪を旋毛の辺りで結った、華奢な体躯の少女、幼馴染のエクル。
右からアルファ、エクル、ルミナスの順で、三人はほぼ横並びに歩いている。
「さすがはエクレシア様です。ですがか弱い女性の身、くれぐれもご無理はなさいませんように」
「あのールミナスさん。あんまり私に気を遣っていただかなくても……」
「エクレシア様、私のことは『ルミナス』で結構です。気兼ねなくお呼びください」
「は、はぁ……」
うるせーな。エクレシア様、エクレシア様って……
ルミナスは何かにつけてエクルにかまい過ぎるのだ。
「エクレシア様、これからサーチスワードに向かうために、我々はまずマージという町を目指します」
それまでアルファとエクルは、ただルミナスに導かれるままに進んでいたが、行き先について説明してくれるらしい。
「マージ?」
問い返すエクルに、ルミナスは懐から地図を取り出して指をさした。が、エクルを挟んでアルファの位置からはよく見えない。
「サーチスワードとスプライガの町を結ぶサーガ街道沿いにある町です。そこからはサーチスワードまで騎士団の馬車で街道を移動できます」
「え? 騎士団の馬車が、そこまで来るんですか?」
「私が手配しておきました。明日の正午までにマージの町で待機するようにと」
「ええっ? どうやって騎士団に連絡を? 私たちがサーチスワードに向かうって決まったの、昨日の朝なのに」
「実は、スプライガ騎士団がエクレシア様たちをガフトンからソーラにお送りした際、私は団員の一部を、村の外に待機させておいたのです。エクレシア様をサーチスワードにご案内すると決まってすぐ、私は彼らに馬車の手配と、サーチスワード領主への連絡を頼んでおきました」
「へー……そうだったんですか」
驚いているエクル。知らぬ間にそんな手回しをしていたのかと、アルファも感心した。
「それと、我々が乗るのは、スプライガからサーチスワードに戻る馬車です。サーチスワード本部からスプライガ支部に使いに出されていた団員たちがいるのですが、彼らの用事がちょうど片付く頃でしたので。……エクレシア様にご乗車いただくからには、本来ならサーチスワードから特別な馬車をご用意すべきところですが、それでは馬車が着くまでに数日掛かってしまうため……」
「い、いえっ。そんなの全然かまいません……!」
すまなそうに言うルミナスに、エクルが慌てて首を振る。
「団員の使う簡素な馬車でも、せめて村までお迎えに上がれれば良かったのですが、ソーラの村は山に囲まれ馬車の通れる道がなく……エクレシア様をこのように歩かせることになってしまい、本当に申し訳ございません」
「ぜ、全然申し訳なくないです……!」
「おいルミナスっ!!」
アルファの忍耐が、あまり高くない限界点に易々と到達した。ルミナスに歩み寄って溜まった不満をぶつける。
「お前なぁ、オレをシカトしてることは申し訳ないと思わないのかよ!?」
村を出てからというものルミナスは、アルファのことを存在しないかのごとく無視し続けているのだ。ルミナスは冷めた表情で、ただ一言答える。
「思わないね」
「あのな――」
邪気を感じ、アルファは抗議を途中で切った。
進行方向に魔物が現れたのだ。
遠くに、大きな鎌のような角を生やした牛型の魔物が二頭。人間を見つけて興奮しているのか、鼻息を荒くしながらこちらに突進してくる。
ルミナスと言い争っている場合ではない。とりあえず魔物退治が先決だ。
アルファは剣を抜き、魔物に向かって駆け出した。
が、その横をすごい勢いでルミナスが追い越していき――瞬く間に二頭の牛もどきの巨体を斬り伏せた。
唖然とするアルファを振り返り、どうだと言わんばかりにしたり顔をするルミナス。アルファの胸にまたも怒りがこみ上げてきた。
「わー……やっぱりすごいですねー」
感嘆するエクルに、ルミナスは頭を振りながら答える。
「いえいえ、大したことありませんよ」
言葉自体は謙虚だが、表情と口調はどうも軽い。……思うに、アルファへの当てつけなのだろう。
「さあ、それより先に進みましょう。エクレシア様、先ほどのお話の続きですが」
再び歩き出し、ルミナスは地図を見せながらエクルに解説を始めた。
「マージの町の前に、今日はこの町で宿泊することになります」
「アミットっていう町ですね?」
「ええ。日暮れまでにそこに到着するのが今日の目標です」
エクルは地図を受け取り、アルファにも見えるように持ってくれるが、ルミナスはひたすらエクルだけに話し掛ける。
「なぁルミナス」
ムカムカくる心を抑えつつ、アルファはルミナスに声を掛けた。サーチスワードの町や領主のことを、詳しく聞いておきたいと思ったのだ。
「いやー、今日は本当に良い天気ですねぇ、エクレシア様」
……ルミナスは聴こえていない振りをする。
「ルミナス」
「あ、エクレシア様! あの花をご覧ください。あれはこの辺りではとてもに珍しい植物で、名前は――」
「おいっ!! いい加減にしろよ! エクルと待遇違いすぎるだろーが!!」
アルファがルミナスの行く手に立ちはだかって再度息巻くと、ルミナスは非常に面倒くさそうな顔をして溜息をついた。
「だって、君が光継者だなんて疑わしいんだから。仕方ないよね」
「何が仕方ないんだよ!? だから言ってんだろ、エステル王女が現れてオレのこと光継者って――」
「言ったよね。僕は自分の目で見たものしか信じないって。――君が光継者としての力を見せてくれるか――剣で僕に勝てたら認めるけど」
「……っ」
悔しさのあまり、アルファは言葉に詰まり――せめてもの抵抗で喚いた。
「今に見てろ! 絶対てめぇより強くなって見返してやるーーっ!!」
「ルミナスさん! アルファは本当に光継者なんです! 確かにエステル王女がそう言いました」
取り持つようにエクルが訴えるが、
「ですからエクレシア様。『ルミナス』とお呼びください」
ルミナスは笑顔ではぐらかして取り合わない。
「あ、そうだ……!」
アルファは急に思い出して、背中の荷を下ろし、中から一冊の本を取り出した。白い革表紙の、小さく薄い本。ソーラの教会の祭壇下から見つかった、『光の書』だ。
「これを読んでみろ! 初めは気がつかなかったけど、後から開いてみたら、エステル王女がオレとエクルに話した内容が書いてあったんだ」
『――……エステル王女はアルファとエクレシアに告げた。エクレシアはエステルの、アルファはアブレスの光継者であることを』
『三星臣を探し世界を救うよう命じると、エステル王女は姿を消した』
『光の書』を、いつ誰が記し祭壇の下に在らしめたのか――
教会の管理者である神官のグレースも、その存在さえ知らなかったという全く謎の本である。それに文章も非常に簡潔だが、今のアルファが提示できる唯一の証拠だ。
ルミナスは黙ってそれを読み、アルファに突き返しながらまた溜息をついた。
「そりゃ僕だって、信じてあげたいとは思うよ。エクレシア様が嘘をつかれるはずはないし、グレース様と君の両親が口裏を合わせてるとか、わざわざこんな本を捏造したとか考えるほうが不自然だしね。でも――」
「でも?」
「君はからかうとおもしろい」
「ふざけんなっ! てめぇ、ほんとにいい加減に――」
喚き散らすアルファをかわし、ルミナスはまた歩き出す。
「さっ、エクレシア様。アルファなんかほっといて、さっさと行きましょうか」
「なんかと何だっ。あーもー、お前はいちいち癪に障る!」
怒りながらルミナスの後を追うアルファの横を、エクルが困った顔で歩く。
そこへ。
また魔物が現れた。今度は群れで、先ほどと似たような牛もどき三頭と、小さな兎もどき四羽だ。
「七体か。少しはアルファの出番があるかな」
とルミナス。
「ま、のんびり見学しててくれてもいいけどね」
言いながら、ルミナスは魔物の群れに突進していく。
「それじゃいつまでもお前に追いつけねぇだろが!」
アルファは後に続く。
「へー、追いつくつもりなの?」
牛もどき一頭を斬りつけながら、また人を小馬鹿にするルミナス。
「当たり前だ……!!」
アルファは別の牛もどきの角をかわしつつ声を張る。気合だけは負けない。牛もどきを横から突き刺し、次の獲物に向かう。
兎もどきの中の一体。見た目はただの野兎とほとんど変わらず、殺すのをためらいそうになるが、微弱ながらも邪気を持っているから間違いなく魔物だ。
牛もどきよりはるかに小さい体に、アルファは剣を振り下ろした。
が。
かわされた。兎もどきは跳ねてアルファの剣をかわすと、とんでもない跳躍力でそのままアルファに向かってきた。
アルファは自分の背丈ほどにも飛び上がった兎もどきの爪に、右頬を引っ掻かれた。
「アルファ……!」
エクルの声が上がる。
小さな爪だから大した傷ではないが、それなりの痛みと、傷から一筋血が流れるのを感じる。野兎と変わらない見た目に、アルファは知らず油断していたらしい。魔物である以上、動物よりも高い身体能力があるのだ。
兎もどきはスッと着地し、アルファを嘲笑うかのように縦に横にと飛び跳ねる。
ルミナスと言い、こいつと言い……
アルファは頭に血が上りかけたが、冷静に狙いを定め、今度は兎もどきを一刀両断にした。
「さあっ、残りの魔物は――」
仕留めた魔物から視線を移すと――もう、生きた魔物はいなかった。皆、ルミナスの足元に音もなく転がっている。
アルファが二体相手に手こずっている間に、ルミナスは五体倒してしまった。アルファはまたしても、力の差を痛感させられた。
だが、いちいち落ち込んではいられない。
今はまだ敵わないけれど――絶対に『剣神』の称号に相応しい剣士になってみせる。
「アルファ。傷大丈夫?」
エクルが心配そうな顔で近づいてきて、祈りの形に指を絡めた。
『愛に溢るる 我らが主よ――』
「こら……!」
治癒の聖術の詠唱を始めたエクルを、アルファは怒鳴って止めた。
「どうせ効かないってわかってるだろ! 霊力と体力の無駄遣いだ」
エクルはしゅんと下を向いてしまった。
アルファはいまだにしつこく魔法を使おうとするエクルに呆れながら、きつい言い方しかできない自分にも嫌気が差す。
ああ……そんなカオするなって……
「その程度の怪我は放っておくのがいいかと思いますが、エクレシア様が気になさるなら」
ルミナスが横から口を挟み、アルファの右頬に手の平をかざした。
アルファはルミナスの中に見えざる力――霊力が動くのを感じた。するとルミナスの手がほのかに光り、その暖かい光に照らされて、アルファの顔から痛みが引いていく。
すぐに光が止み、ルミナスはかざしていた手を下ろした。
アルファが右頬に触れると、傷は完全に消えていた。
ルミナスが法術を使えることは話には聞いていた。魔族との戦いで重傷を負ったアルファを治してくれたそうだが、アルファはその時は気を失っていたから、見るのは初めてだ。ルミナスは呪文を唱えずに術を発動させているあたり、熟練のようだ。
「……ありがとう」
アルファは一応礼を言ったが、
「エクレシア様のためだから」
と、案の定ルミナスの返事は素っ気ない。
「……ルミナスさんって、本当にすごいですね」
エクルは感心しつつ、どこか複雑な表情を垣間見せている。ルミナスはアルファに対するのとは全く違う調子のいい笑顔で、
「やだなぁ、『ルミナス』ですよ」
と、またしょうもない返答。
それはともかくとして、ルミナスは本当に大した奴だとアルファも思う。あの剣の腕に加えて魔法も使えるなんて、ほとんど無敵ではないかと思える。
だが、ルミナスは緩んでいた表情を急に引き締め、エクルに告げた。
「申し上げにくいのですが……この先、万一強力な魔族に遭遇するようなことがあった時のためにお話しておきます。実は私、法術はあまり得意ではないのです。法術に関しては当てにならないとご承知おきください」
「え、でも、詠唱抜きで使えるくらいなのに……」
エクルが驚く。
「ええ。器用なのか霊力を操作するのは得意なのですが……最大値が高くはないようで、強力な術は使えないのです。特に法術の訓練を受けたこともありませんので。ですから戦闘では専ら剣に頼り、法術を使うのは稀です」
つまり、強大な霊力を持ちながら上手く操れないエクルと逆なのだ。でも、ルミナスは少しでも魔法を使え、生かすことができているのだから、全く魔法が使えずに『霊力の持ち腐れ』状態のエクルよりずっといい。
「訓練を受けたことないんですか……」
長年努力しても一つの術も使えないエクルには、皮肉に聞こえたかもしれない。ルミナスもエクルの胸中を察したらしく、若干気まずそうな顔をしながら歩き出した。
「さあ、行きましょう。先は長いので」
「あ、はい」
エクルが後に続き、何か話題を変えようと思いながらアルファも歩き出した。
と。
目の前で、エクルが大地に飛び込むかのごとく盛大にこけた。
「エクレシア様! お怪我は?」
急いで近づくルミナス。
「……大丈夫です。草の上だし」
エクルは情けなさそうに、ゆっくりと体を起こす。
「お前また何もねぇとこで躓きやがってー」
アルファはここぞとばかりにエクルを馬鹿にする。
「ったく気が重いぜ。旅に出てまでドジでトロくてマヌケな幼馴染のメンドー見なきゃならねーかと思うと」
「なぁっ! 気が重いのはこっちだよ! 旅に出てまで口の悪い幼馴染から嫌味言われなきゃならないかと思うとねっ」
いつものように、むきになって言い返してくるエクル。
「仕方ねーだろ。お前がどんくさいのは明白な事実だからな」
「ひっどーい!!」
アルファの視界の端に、言い争う自分たちを呆れた顔で見ているルミナスが映った。
のんびりと始まりました。
主人公たち、いろんなことが起きる中で、能力的にも精神的にもだんだんと成長していってくれる予定です。




