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双星の光継者  作者: 明谷有記
第1章 召命編
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第27話 運命

 気がつくと、アルファは教会の中にいた。

 そして目の前に、光り輝く少女が現れた。幼馴染に瓜二つの、ドレスのような白い衣をまとった少女だ。

 白くまばゆい光に照らされながら、彼女は微笑にほんの少し非難を織り交ぜたような表情――まるで、聞き分けのない幼子おさなごを優しく諭す母親のような表情で、アルファに告げた。

「時は既に到来しています。アルファ、あなたの運命が、祭壇の下で待っています」


 言葉が終わると同時に、少女の光が輝きを強め、アルファを包み込みこんだ。そして――

 

 光の温もりを感じながら、アルファは目を覚ました。

 自分の部屋の、寝台の上で。時間はわからないがまだ真っ暗で、夜が明けていないのは間違いない。

 頭がぼうっとする。

「祭壇の……下……?」

アルファは横になったまま呟いた。

 ガフトンに行く前の晩にも、これと同じような夢を見たが――少女から告げられる言葉がまた少し変わっていた。内容がより具体的になったというか。

「祭壇の下……」

 アルファはもう一度呟き、飛び起きた。

 枕の下に入れていた光玉を取り出して部屋を照らすと、急いで寝間着を着替える。そして家族を起こさぬよう、物音を立てぬように気をつけながら、外に飛び出した。

 もう、いても立ってもいられなかった。夢の中で言われた言葉を、確かめなければならない。

 夜の暗さも冷気も気に留めず、アルファはほとんど走るように突き進んだ。家からほんの数十歩、あっと言う間に目指した建物の前に到達した。

 白い石造りの建物。教会だ。

 鐘楼の時計を見上げたが、暗くて時間が見えない。だが、空を見れば月がだいぶ西に傾いている。

 神官のグレースは、夜明け前から祈祷と奉仕のため教会を訪れるだろう。アルファはなるべくなら彼女が来る前に、しなければならないことがある。

 繊細な紋様の刻まれた正面扉を、アルファは開いた。

 いつでも誰でも教会を訪れ、祈りを捧げることができるよう、教会の扉には錠がない。

 そして、常に明かりが灯されている。教会の内部は、天井から吊るされた光玉によって隅々まで照らされている。

 遠い昔から人々が至誠を捧げてきた清廉(せいれん)な空間に、今はアルファが一人。

 アルファは内側から扉を閉め、時間から切り離されたような静寂の中、左右に数多くの長椅子が並ぶ通路を進んだ。

『あなたの運命が、祭壇の下で待っています』

 確かめなければならない。自分の『運命』とやらを――

 けれど、いざ目の前に迫るとやはり怖くて、歩みは遅くなった。『運命』への、ささやかな抵抗なのかもしれない。

 ギィ……

 突然、閉ざしたはずの教会の扉が開く音が聴こえ、アルファは驚いて振り返った。

 その扉の向こうから現れたのは――

「エクル!?」

アルファは声を上げた。

 エクルは普段修行の時に着ているズボン姿だが、朝の修行が始まる時間にはまだだいぶ早いはずだ。早起きして祈りに来たとも考えられるが……

 エクルはエクルで、アルファがここにいたことにかなり驚いている。

「え? アルファ? どうしてここに……?」

 アルファは答えられずに、逆に訊く。

「お前こそどうして――」

「そ、それは……」

 エクルが口ごもった。祈祷しに来たのならそう言えばいいはずだが、何故かうろたえている。

 まさか――

 ()()可能性が、アルファの頭に浮かんだ。

「まさか、エクル――」

 アルファの中には、実は前からある一つの仮定があった。

 できれば、そうであってほしくはなかったが……仮にアルファに特別な力があるならば――アルファと同等の強い霊力を持つエクルにもまた、備わっていると考えても非論理的ではないだろう。

 そして、エクルが夢のお告げの少女に瓜二つであることも、偶然ではないのなら――

 アルファは真っすぐにエクルを見、問い掛けた。

「お前も夢を見たのか? 運命が待ってるって」

 エクルはそれを聞くなり、

「どうしてそれを……!? お前()って――?」

顔色を変え、ますますうろたえだした。

 やっぱり……

 アルファは小さく息をついた。

「オレも見たんだ。たぶん、お前と全く同じ夢」

「え……?」

 意味が呑み込めていない様子のエクルに、アルファは言葉を続ける。奇妙に淡々と。

「夢にお前そっくりの女が出てきて、『運命が祭壇の下で待ってる』って言った」

「同じ……だけど……」

 エクルは信じられないような表情をしてアルファを見る。

「もう一つ当ててやろうか。お前は今までにその女の夢を何度も見ただろ。それでその度に――」

 エクルの顔に、はっきりと怯えの色が浮かんだ。

「『あなたは双星の光継者』――そう言われたな」

 エクルは声を震わせる。

「……どうして……誰にも、話してないのに……」

「だから言ったろ。オレもお前と同じ夢を見たって」

「……え?」

「オレも夢の中で光継者だって言われた。お前に似たあの女に、何度もな」

 エクルはしばし言葉を失い、

「どういうこと……?」

呟くようにまたアルファに尋ねる。

「さあな。わからないから、ここに来たんだ」

 曖昧に答えながら、アルファは思った。

 ルミナスが『ソーラの村に光継者がいる』という夢のお告げで村に来た時……あらかじめ夢を見ていたアルファは内心とても怖かった。自分が見た夢のことを誰にも話せずに、一人で悩んできた。

 でも、エクルも同じだったのだ。アルファと同じように、一人で抱え込んで、苦しんできたのだろう。

「とにかく、あのしつこい夢からは逃げられそうにねぇからな。調べてみよう。祭壇を」

 アルファは緊張した様子のエクルと共に、祭壇に近づいた。

 祭壇には白い布が掛けられており、上には燭台や経典が据えられている。アルファは祭壇の下方の布をまくって見た。

 白い大理石で作られた祭壇。ほこり一つなく掃除を行き届かせている神官グレースに感心しつつ、特に変わったものは見られない。

 『祭壇の下』というのは――

 少々気がとがめたが、アルファは祭壇を押して位置をずらした。

「……」

 教会内部の床は、正方形の白大理石の板を一面に敷き詰めてある。祭壇が置かれていた場所を見ても、同様に白い大理石の床で、やはり変わった様子はない。

「何もない……よね……」

 エクルが小さく、けれどどこかホッとしたように呟いた。

 しかし、あれだけ何度も夢を見たからには、何もないはずはないのだ。

 アルファは祭壇の置かれていた床の上を触ってみた。

 と。

 正方形の板が、一枚だけ、他の箇所よりほんの少し浮いている場所があった。アルファはそのかすかな段差にやっと指先を掛け――そんな状態ではうまく力が入らないが、上に引いてみた。

 板が動く。どうにかして持ち上げ、板は外れた。

「あ……っ」

 エクルの驚きの声が上がる。

 外れた正方形の床の下は、一回り小さい正方形に深さ人差し指程度の極小空間で、そこになんと、一冊の本があった。

 どくり。本を目にするなり、何故かアルファの鼓動は増した。

 手の平程度の小さな、古めかしい本。白の革の表紙に書かれている題名は――

『光の書 運命の巻』。

 息を呑み、アルファは本を手に取った。革表紙であるのに、子供の絵本のように薄い本だ。重量も見た目以上に軽いが、それでいて、不思議な存在感がある。

「この本は……?」

 アルファの手にある本を、怖々した様子で覗き込むエクル。

 一体、何が記されているのか。

 アルファは表紙に手を掛け――開いた。

 その刹那。

 本が発光した。

 本からまばゆい白い光が溢れて広がり――驚いたエクルが両手でアルファの左腕を掴んだ。アルファも思わず、本を手放し、目をつぶって右腕で顔を覆った。

 あまりにもまぶしく、しかしあまりにも暖かな優しい光に、アルファたちは空間ごと覆い尽くされた。

 夢の中で何度も体験したのと同じだ。でも今のこれは、紛れもなく現実――

 と。

 光の中で声が響いた。

「ついに、運命の扉は開かれた――」

 眩しくて何も見えないが、この声は――聴いたことがある。やはり夢の中で、何度も。

 徐々に光が収まってゆき、アルファの腕からエクルの手が離れた。アルファはそっと、目を開いた。

 すると目の前に、白い光に包まれた一人の娘の姿があった。

 ドレスのような白い衣を纏い、編みこんだ髪を後ろで丸くまとめた――アルファの隣で呆然としている幼馴染に、そっくりな少女。

 いや、少女と呼ぶには失礼かもしれない。夢の中で見るよりさらに大人びて見える。

 こうしてエクルと見比べてみると、やはりよく似ているが、彼女のほうが三、四歳上だろうか。落ち着きと気品を備え、神々しいまでに美しい。

 だが、どう見ても生身の人間ではなかった。白い光を纏わせた体は、腰の辺りまでしか見えない。

 アルファが床に落としてしまった本の上に、浮いているのだ。

 いわゆる霊魂――でもない。霊であるなら、霊力の感度の高いアルファには、彼女の存在を感じ取れるはずだが、それがないのだ。

 ただ視覚的に見えているだけ――光による幻影なのか。『光の書』というこの本によって映し出されているのか。

 驚いているアルファとエクルに、彼女は優しく微笑み、言った。

「私の名はエステル――輝望きぼうの双星の片割れ――」

 驚愕の言葉に、アルファたちは同時に声を上げた。

「エステル王女……!?」

 百二十年前、輝望の双星、即ちアブレス王子とその双子の妹エステル王女が、聖なる光によって魔神ヴェルゼブルを封印し、世界を救った。

 まさか、エクルにそっくりなこの娘が、エステル王女だったなんて――

 目の前に見えるのは幽霊ではなくあくまで虚像だが、双星は百二十年も前に、しかも命と引き換えに魔神を封じたのだから、彼女がこの世の者ではないことは間違いない。

 エステルは言葉を続けた。

「百二十年前……私たちは世界を守るべく、魔神ヴェルゼブルと戦いましたが……ヴェルゼブルの力はあまりにも強大で、封印するのが精一杯でした」

 その時のことを思い出すのか、エステルは優しげな顔に似合わぬ口惜しさを滲ませながら語る。

「封印によってもたらされた平和は限定的なものに過ぎません……復活を遂げた魔神を倒し、本当の平和を取り戻すため――私たち輝望の双星の力と遺志を継ぐ者たち――『光継者』が現れなければならない」

 エステルの瞳が、アルファとエクルを見つめる。

「あなたたちこそ、その光継者なのです」

 アルファは言葉を失った。

 夢の中で幾度も光継者だと宣告されたが、それがいよいよ、現実に展開されてしまった。

 しかも、やはりエクルまで……

「エクレシア=オルウェイス。あなたはこのエステルの力を継いでいます。そしてアルファ=リライト。あなたは、アブレス王子の力を受け継いでいるのです」

 ……アブレス王子は剣神と讃えられた世界最高の剣士だ。自分がその力を継いでいると言われても……

 だがアルファは、全く覚悟していなかったわけではない。特に、ラウザーとの対戦で光の天使を呼び出してしまってからは。

 当惑しながらも、心のある部分では既に現実を受け止めていた。

 しかし、エクルは青冷めた顔で、エステル王女に異議を唱えた。

「まさかそんな……私には、何の力も……」

 そんなエクルに、エステルはわずかに語気を強くして明言する。

「いいえ、あなたは確かに光継者です。アルファがガフトンの町で見せたように、あなたもまた、『光』を操ることができます」

「……あんな力が……私に……?」

 それでもやはり信じられないような顔で、弱々しく呟くエクル。それを余所よそに、アルファはエステルに質問を投げた。

「それじゃ、双星が操った、『聖なる光』っていうのは――」

意外と冷静に、けれども力なく。

「ええ。双星の『聖なる光』とは、『光の天使』の力を借りて発動される光なのです。ただし、霊力の感度が低く天使を見ることができない人間が多いため、世の中ではあまり知られていませんが」

 確かに、ガフトンの町の人々には、光は見えても天使の姿は見えていなかった。

「光の天使の力を得られるのは、世界を救うため選ばれし者のみ……天使の力を借りるという点では聖術に似ていますが、いかなる聖術によっても、光の天使を呼び出すことなどできません。そして――」

 訊いていないことまで、エステルは丁寧に説明してくれる。

「聖術を含めた魔法の行使には、霊力を高め、集中させ、自然界の力及び天使あるいは悪魔の力と連結させ、発動させる――というそれぞれの過程で、術者は相当に複雑な霊力操作を行う必要がありますが、聖なる光にはそれがない。光の天使は、術者の『想い』に感応し、術者の霊力を格段に増大させ――その内なる霊力を、聖なる光として外にあらわし、魔を払う――正式名称は『霊輝光れいきこう』と言います」

「霊輝……光……」

 知らず、アルファは復唱した。

「それから、あなたが呼び出した『フレイム』――『赤の光』の天使以外に、『青の光』と、『緑の光』をつかさどる天使もいて、『光の三天使』と総称しています」

 ……そう言えば、フレイムは自分を『光の天使のひとり』と紹介していたが……

「アルファ、エクレシア、あなたたちは三天使の力を操ることができます。あなたたちは与えられたその力を以って、使命を果たさなければなりません。魔神を倒し、世界を救うのです。それが、あなたたちの運命なのです」

 運命……

 アルファは眩暈めまいを覚えた。膝から力が抜け、立っているのがやっとだった。

 ある程度の覚悟はしていた。わかっていた。けれど。

 あまりにも重過ぎる。

 そんな運命、自分がどうやって背負えるというのか――

「――運命には二通りあります」

 エステルはアルファの心の内を見透かすように、厳しさの中に哀れみを浮かべたような表情で言った。

「人の力で変えられるものと、変えられないものです。前者は、ある人物がある道を歩みやすいという、傾向に過ぎぬもの。本人の努力や、何かのきっかけで変えられる、あるいは変わり得るもの。ですが後者は、生まれながらに定められた不可避のものです」

 強さと哀しみの混在した瞳で、エステルはアルファたちを追い詰める。

「あなたたちが光継者であることは後者です。あなたがアルファ=リライトであり、あなたがエクレシア=オルウェイスという人間であるのと同様に、変えることのできない宿さだめなのです」

 アルファは何も、言葉が出ない。エクルと同じ顔で、そんな表情で、そんな言葉を言わないでほしい。エステルから目を逸らすように、下を向く。

「ですが、恐れないでください。あなたたちには、運命を共にする仲間がいます。即ち『三星臣さんせいしん』が」

 三星臣……

 聞き覚えのない言葉だ。ろくに働かなくなった頭の中で、アルファは反芻はんすうする。

「私とアブレスには、三人の従者がいました。私たちに命懸けで従ってくれ――霊輝光を操る権能の一部を授けられた者たち、それが三星臣です」

 双星にそんな臣下があったとは、初めて聞いた。

「三星臣の力を継ぐ者たちもまた、既にこの世に生を受け、あなたたちと出会う運命にあります。エクレシア、アルファ、どうか仲間たちと共に、この尊い使命を果たしてください」

 何か異変を感じ、アルファは顔を上げた。

 なんと、目の前のエステル王女の姿がかすんでいく。

「あ――」

 アルファが小さく声を洩らす間にはもう、その姿は白い光と共に消えてしまった。

「さあ、旅立ちなさい。この世界を救うために――」

 声だけが頭の中に響き――礼拝堂は再び、静寂に包まれた。

 取り残されたアルファたちは途方に暮れ、その場に立ち尽くした。

「私が……光継者……?」

 エクルは顔面蒼白で、唇を震えさせている。

「そんなはず――」

 突如、エクルが扉に向かって駆け出した。

「おい……!?」

 アルファが止める間もなく、エクルは扉を開け放ったまま外へと走り去っていった。

 アルファは後を追うことができなかった。アルファ自身、気持ちの整理がついていないのだ。

 とりあえず、床に開かれた状態のまま落ちている『光の書』を拾おうとしゃがみ、そのまま座り込んでしまった。

 どうすればいいのか、わからない。

 魔神を倒せなんて言われても……

 隣の町に現れた魔族にさえ殺されかけたのだ。魔族の総大将なんかと戦えるわけがない。

 確かに、光の天使の霊輝光は凄まじい威力だ。あの光を放っていた時は、勇気も湧き、何でもできそうな気になった。

 だが、今となってはどうやってあの力を使うことができたのかもわからない。

 ……魔族にはラウザーみたいな奴がゴロゴロしているのだろうか。いや、もっと強力なのが……だとしたら、今後また幾度も、この身を危険にさらすことになる。

 死ぬかもしれない。魔神の元まで辿り着くことさえできずに。

 アルファは一度は死にかけ、死を受け入れた。けれど、せっかく助かった命をまた投げ出さなければならないなんて……

 やはり、命は惜しい。

 ラウザーの黒魔術によって負わされた傷の激痛、呼吸さえままならない苦しみ……思い出すだけで耐え難い。例え死なないまでも、あんな苦痛はもう……

 怖い。とにかく怖い。

 でも一番怖いのは――たぶん、傷を負うことでも、死ぬことでもない。使命の重さだ。

 ガフトンの町で見た血の海や、滅んだゴウズの町の惨劇が脳裏に蘇る。もし、自分が使命を果たせなかったら、世界中がそんな風に――ひいては滅ぶことになるというのか。

 どうやって、世界の命運なんかに責任を持てるだろう。こんなちっぽけな自分に、そんな大きなものを託されても到底背負えない。

 様々な感情が胸の中に渦巻く。物事を順序立てて考えることができない。

 これからこの村を、離れなくてはならないのか……

 これまで、生まれた村を守るために修行してきたのに。守る対象が、故郷から世界へと一気に拡大してしまった。

 それに、両親にどう話したらいいのだろう……

 皮肉なものだ。幼い頃、絵本を読みながらあんなにも憧れていた双星、なりたかった剣神なのに。

 今は自分がそれであることを、こんなにも否定したいなんて。


次が第1章の最後です。

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