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双星の光継者  作者: 明谷有記
第1章 召命編
24/65

第24話 帰還

 地上に何が起こるとも、時の流れは一定のもの。

 空の色はいつものように、刻々と移り変わっていく。

 夜の黒が白んでいき、昇る朝日に赤く染められた。


 やがて昼のまばゆい青空となり、時間と共にまた赤き夕空となり、星の瞬く夜空となり。


 そして再び夜が明け、徐々に日が高くなってゆく。


 顔に当たる光を感じ、少年は瞼を開いた。まぶしさに目を細めて見れば、春の柔らかな日差しが窓から注ぎ込んでいる。

 少年は、寝台に横になっていた。顔をわずかに横に動かして、周囲を伺う。

 そこは、質素ながら清潔感のある、きれいな部屋だった。自分が横になっている隣に、もう一つ寝台があり、小さな丸テーブルに、背もたれのない丸椅子二脚もある。

 見覚えがある。ここは、ガフトンの宿だ。

 上に掛けられた毛布をめくりながら、少年はゆっくりと上体を起こしてみた。

 頭がくらくらし、全身がだるい。だが、自分が身に着けていたはずのボロボロの服は、まっさらな寝間着に変わっていた。上衣の裾をまくって見てみると、脇腹に負ったはずの深い傷が、跡形もなく消えていた。それだけではなく、切り傷がたくさんあった腕を捲っても、顔を触っても、すっかりきれいになっている。

 一体、何があったのか。

 自分は死んだものだと思っていた。でも生きている。胸に手を当てずとも、はっきりと自分の鼓動を感じられる。

 がちゃり、と音が聴こえた。見ると、部屋の扉を開いて、口髭を生やしたたくましい体格の男が入ってきた。

 それは自分の父、アルーラだ。

「アルファ……! 気がついたか……!」

 父はこちらを見ると、扉を開け放ったまま、すごい勢いで駆けてきた。

「良かった……良かった。お前は丸一日以上眠っていたんだぞ」

アルファは父に、きつく抱きしめられた。その力に思わずうめきそうになったが、耐えた。こんなに心配を掛けてしまったのは自分だし、父の力強さとぬくもりが、生きている喜びを、いっそう感じさせてくれるから。

 生きている。自分たちは、生きている。

 村に帰れる。母たちにも会えるのだ。

 不覚にもつい、涙が出そうになった。アルファは慌てて、気を紛らわすために何かを言おうとして、思い出した。

「町はどうなった? エクルは……!?」

 アルファは顔を上げて尋ねた。少し落ち着いた父は、アルファから体を離し、微笑んで答えた。

「心配ない。魔物はスプライガ騎士団が全部倒してくれて、怪我人もみんな治療された。エクルはお前が助かったのを見届けた後、自分も気を失って……いったん目を覚ましたが、体調が安定しなくて今は休んでいる。でも心配することはない」

 そうか、みんな無事か。アルファはほっとし、ぽつりと言った。

「でも、助かるとは思わなかったな」

 口に出すと、本当に不思議になった。あの重傷で死なずに済んだとは。

 すると、父が意外な言葉を口にした。

「ルミナスさんが治してくださったんだ。治癒の法術で」

 チユノホージュツデ……?

 意味がわからない。何だそりゃ。ホージュツ。法……

「……はぁっ!? 法術ぅ!?」

 アルファは思わず、間抜けな声を上げてしまった。

 だって、ルミナスが法術を使えるなんて、そんな話――

「目が覚めたみたいだね」

 呑気な声が聴こえてそちらを見ると、開けっ放しにされた扉から、当のルミナスが入ってきた。

「お前、法術使えたのかよ!?」

「まあね」

 責めるように問うアルファに、ルミナスは実にあっさりと答える。

「そんな話聞いてねぇぞ」

「だって言ってないし」

 ……まったく、この男は。

 なら、なぜその力をすぐに使わなかったのか。

 ……町の人々が負傷した時は、数が多すぎて、さすがにルミナス一人では手に負えなかっただろう。力の温存も必要だっただろう。それはわかるけれど……

「お前、最初に会った時、オレの怪我ほっといたよな」

そう、彼は、エクルやグレースが聖術でアルファの怪我を治療しようとするのを、黙って見ていただけだった。

「だってあんなの、全然大した傷じゃなかったし。それに」

 ルミナスがしたり顔を見せた。

「『能ある鷹は爪を隠す』、ってね」

「お前な~」

 そう言えばルミナスは、グレースの聖術で現れた天使が見えた。霊力の感度をそれ相応に持っているということはわかっていた。

 霊力の感度の高い者ほど、霊力を扱う術に通じやすいという説がある。それを踏まえれば、聖職者の聖術や、禁呪である黒魔術はさておき、ルミナスが法術を使えるということも、ある程度想像できたかもしれない。

 だが、他ならぬアルファ自身が、感度は高くとも魔法は使えない。だからそこまで考えなかったのだ。

 と。

「君は大した度胸だなぁ……」

聞き覚えのない、半ば呆れたような声がアルファに掛かった。

 今気づいたが、ルミナスの斜め後ろに誰かいたのだ。紺色の制服の上に銀の胸当てをつけた、スプライガの騎士団員らしき中年の男だ。

「命懸けで魔族と戦うのも勇気がいるが、まさか大隊長殿をお前呼ばわりとは……」

苦笑いしてアルファを見ている。

 父も、少し困った顔をしている。その態度はないだろうと言いたげだが、意識を取り戻したばかりのアルファを叱れないという感じだ。

 そうだ。ルミナスは、騎士団の大隊長だ。

 こんな中年の団員からも敬われるような地位なのだ。それを年下の村の少年からぞんざいな口をきかれては、立場がないというものだ。団員の手前もある。今さらだが、彼への態度を改めるべきだろう。

 何より、ルミナスは自分を救ってくれた、命の恩人なのだ。

 いろいろ驚かされたりしたが、本当は質問や文句などより先に、彼に言わなければならないことがあったはずだ。

 座ったまま、腰から下は毛布を掛けたままの姿勢だが、アルファはルミナスに丁寧に頭を下げた。

「ルミナスさん。助けていただいて、ありがとうございました」

 意外なほど、言葉はするりと出た。心から素直に言えた。

 しかし、ルミナスは顔をしかめてこの一言。

「……う、鳥肌立った……」

 こいつ……一発殴りたい……

 頭に血が上っているのを感じつつ、アルファは震えるこぶしを毛布の下に隠して堪える。相手は命の恩人なのだ。感謝こそすれ、殴るなどもっての他ではないか。

 アルファが気分を悪くしているのがわかったのか、ルミナスは肩をすくめて言った。

「……お礼なんていいよ。僕だけの力じゃないし」

「え?」

「ひどい怪我だったから、僕一人じゃ治しきれなかった。実はあの時、すぐ近くまで救護班が来ていてね。結局彼らの力を借りたんだ」

 ……そうだったのか。いろいろあったが、何だかんだ自分は運がいいのだろう。

 でも、それはルミナスに感謝しなくていいということではない。ルミナスもアルファのために尽力してくれたことに変わりはないのだから。

 死ぬと思ったのが助かったのだから、今は何もかもが感謝だった。

 そしてもう一人、特別に礼を言わなければならない相手がいる。

 アルファはその顔を思い浮かべた。アルファを助けるために、最後まで必死になってくれた、幼馴染の少女――

「アルファ……?」

 不意に名前を呼ばれ、アルファは声のしたほうを見た。

 開け放たれたままの扉の向こうに、幼馴染その人が立っていた。

「おお、来たか」

「体調はどうですか?」

 アルーラやルミナスの掛けた言葉が聴こえていないのか、エクルは答えない。アルファと視線が合うと、目に涙をいっぱいに浮かべ、アルファのほうに歩いてくる。

 足取りはふらついている。大量の霊力と共に消耗された体力は、まだ戻っていないようだ。

 と、エクルの体が前のめりになった。何もない所でいきなりつまづいたのだ。

「危ね――」

 アルファは思わず寝台の上から身を乗り出したが、エクルは倒れはしなかった。

 手前にいた、金髪の美青年が伸ばした手に、その体を支えられたから。

「大丈夫ですか?」

 例のごとく、エクルの顔を覗き込み、優しく微笑むルミナス。その瞬間、アルファの中に原因不明の苛立ちが湧き上がった。

「す、すみません。ルミナスさん……」

 エクルはそろそろと体を立て直しながら、ルミナスに詫びた。前のように赤面したりはしない。まだ半分寝ぼけているのかもしれない。でも、うつろにも見えるエクルの視線は、すぐにアルファを探した。再び、アルファとエクルの目が合う。

「良かった……アルファ……」

 エクルはアルファの横まで来ると、泣きそうな顔のまま微笑んだ。

 アルファは嬉しかった。

 エクルにもずいぶん心配かけた。ルミナスとの話が済んだら、すぐに顔を見せに行こうと思っていた。それが向こうから来てくれたのだ。

 なのに。

「『良かった』じゃねーだろ!」

気がつけば、アルファはなぜか怒鳴っていた。自分の中の謎の苛立ちを、エクルにぶつけてしまう。

「どうしてお前はそんなにどんくせぇんだ……! 注意力ってもんがねぇのか!! いい加減にしねぇといつか転んで骨折るぞ……!!」

 エクルがびくりと身を固くしてけ反った。立っているエクルに対し、アルファは座ったまま、やや下から見上げて怒鳴っているのだから迫力には欠けると思うのだが、充分怖かったらしい。

 ……しまった。

 我ながら、今のはないだろう。せっかく来てくれたのに。また泣かれるか。アルファは内心慌てた。口をつぐみ、エクルの顔を見ながら覚悟する。

 が、意外にも。

 エクルは小さく吹き出したかと思うと、にっこりと笑った。

「そんなに元気なら、もう本当に心配ないね」

 窓から降り注ぐ日の光を受けて輝くそれは――見ているこっちが幸せになれるような、心から嬉しそうな笑顔だった。

 

 *

 

 時間は少々さかのぼり、アルファが『光』によってラウザーを下した翌朝のこと。

 スプライガ騎士団からソーラの村に使いが送られ、アルファとアルーラ、エクルの無事がその家族たちに伝えられた。

 アルファの母ファミリアとエクルの母グレースは、それまで心配のあまり一睡もできていなかった。

 ガフトンが魔物の群れに襲撃され、アルファが重傷を負ったというかなり衝撃的な報告もあったが、とにかく命に別状ないとの知らせに、ひとまず胸を撫で下ろした。

 その際、ファミリアは使いの騎士団員から、夫アルーラが預けたという手紙を受け取った。

 騎士団からの使いは、用件が済むと早々に帰っていった。

 そして、しばらく後。

 ファミリアは教会を訪れ、扉をくぐった。

 祭壇の前でちょうど祈りを捧げ終わった神官グレースは、その気配を感じて振り返った。

「あら、ファミリア。どうしたの?」

 普段、幼い子供にも敬語を使うグレースであるが、娘であるエクルと、このファミリアは数少ない例外だった。

 グレースとファミリアは、ソーラの村と同じく、ソーラレア族の造ったソルという村の出身で、子供の頃からの親友である。ソーラに嫁いで来たのもほぼ同時期だった。

 二人きりの時は、グレースはファミリアに対して自然と、友人としての言葉遣いになるのだ。

「大丈夫? 顔色が悪いけれど……」

 左右に長椅子の並ぶ通路を、二人は互いに歩み寄った。

「これ、うちの人が書いてよこしたものなんだけど……」

 ファミリアは封を切られた手紙をグレースに渡し、告げた。

()()()の天使が現れたそうよ」

 その言葉に、グレースの顔がわずかにこわばった。

 ファミリアは今にも泣き出しそうな表情で言葉を続ける。

「やっぱりアルファは……いえ、あの子()()は……私、どうしたらいいのか……」

 俯くファミリアの肩に、グレースは励ますように優しく手を添えた。

「……ごめんなさい、グレース。私より、あなたのほうがつらいわよね」

 詫びるファミリアに、グレースは微笑んで首を振り、静かに呟いた。

「全ては神の御心のままに――」

 しかし、その瞳には涙が滲んでいた。間近にいるファミリアでさえ気づかぬほど、微かではあったが。

 

 *

 

 ガフトンの町の四階建ての宿屋、一階食堂にて、アルファは父とエクルと共に食事をとった。

 日当たりの良い窓際の席に座るアルファたち以外に、食堂に人の姿はない。まだ昼前の時刻のため、他の宿泊客たちは来ていないのだ。

「あー、食った食った」

 目を覚ましたアルファのために、宿の主がご馳走を準備してくれたので、つい食べ過ぎてしまった。

「ほんと、よくそんなに食べれるね」

 呆れているのか感心しているのか、よくわからない風にエクルが言う。

「お前人のこと言えねーだろ。食後の菓子食い過ぎ」

「だっ、だっておいしいんだもん……」

「注意しろよ。太ると余計にコケやすくなるかもしれねぇぞ」

「ちょっと何それ! 太るとか失礼なっ。しかも普段から転んでばっかみたいな言い方――!」

「事実コケ過ぎだろーが」

「アルファの気のせい!」

 からかうアルファに、むきになって言い返してくるエクル。

「まぁ、二人とも食欲があって何よりだ」

と苦笑いする父。

 良かった。

 今までと、何も変わらない。

 いつもと同じ空気に、アルファは心が安らいだ。

 あんな大事件があったけれど――何も変わらない。変わってほしくない。

「さて、そろそろ部屋に戻るか」

 父の言葉に、アルファたちが席を立とうとした、そこへ。

「お食事はお済みですか?」

 食堂の扉を開き、ルミナスが近づいてきた。

「落ち着いたら、皆さんにお話を伺いたいと思っていたんですけど……よろしいですか?」

 ルミナスは席に着いた。

 長方形の卓で、アルファの隣に父が座り、向かい側にエクルがいるのだが、ルミナスはエクルの隣に座った。

「お話とは?」

 父がルミナスに尋ねる。

「今回の一連の事件について、整理して上に報告しなければならないのですが……いろいろ不明な点がありまして」

 上。たぶん、騎士団の上官のことだろう。

「ガフトン自警団の目撃証言で、アルファが赤い光を放って魔族を消滅させたと聞きましたが、事実ですか?」

 確かに、それは間違いない。

 だが、アルファが目を覚ましてから食事の間中も、誰もこの話題に触れようとはしなかった。アルファが死にかけたのもあるし、父もエクルも気を遣っていたのかもしれない。アルファもまた、訳のわからないあの力のことを自分から持ち出す勇気はなかった。

「……ええ。事実です」

と、どこか神妙な面持ちで父が答えた。

「魔族が、『光の天使』と叫んでいたそうですが?」

「……確かに、アルファの体に赤い光が生じたのと同時に、その背後に天使が現れましたが……」

とまた父。

「そうですか。いえ、おそらくガフトン自警団には霊力の感度が高い者がいなかったのでしょう。誰も天使の姿を見た者はなく、異様に怯える魔族を不思議に思ったと証言していますので……では」

 ルミナスは隣に座るエクルに視線を向けた。

「天使が現れたということは、それはあなたの聖術ですか?」

「まっ、まさか……!」

 エクルは即否定した。

「私がアルファに掛けようとしたのはただの癒しの術です。それさえ失敗したし――それに、あんな立派な天使……父や母の聖術の中でさえ、見たことないし、あの時何が起きたのかさえ――」

「わからない――ということですね」

 確認するルミナスに、頷くエクル。

「じゃあアルファ、君にはわかる? そんな立派な天使と、赤い光が何なのか」

 質問がアルファに回ってきた。

 訊かれたくなかったが、アルファは重い口を開いた。

「――正直、よくわからない……ただ」

「ただ?」

「あの時、どうにか魔族に対抗しなきゃいけないと思って――その前に倒した魔族が使ってた霊技れいぎってやつをやってみようと思ったんだ」

「霊技を?」

「ああ。で、集中してたら、いきなり体が赤く光って――天使が出てきたんだ。あとは、よくわかんねぇ」

「……はぁ……? 何それ?」

「何それって言われても……ホントのことだし」

 確かに本当のことだ。だが。


『運命に選ばれし者よ。――いや、いまだ運命を確信できぬ者。なれど、そなたの想いが我を呼んだ』

『我はそなたの見えぬ内なる霊力を増大させ、光として外界に顕現させる。魔を滅する、聖なる光として』


 光の天使フレイムに言われたことに関しては、アルファは口に出せなかった。

 言えない。

 未だ、確信なんてないのだ。――そう、あんなことが起こっても、なお。

 あるいはあの時、自分の隣にいたエクルにも、もしかしたら父にも、フレイムの言葉は聴こえていたのではないかと思う。

 だけれど、二人ともそれについて何も言わない。そのことを二人に訊く勇気が、アルファにはやはりなかった。

「うーん……」

 ルミナスは溜息交じりの唸り声を上げた。

見様みよう見真似みまねで霊技を使おうなんて無茶というか馬鹿というか……でも、それで霊技以上の結果を引き出すとは……」

「だっ誰がバカだ……!」

「しかし困ったな。肝心の力についてはわからない……騎士団に何て報告すればいいやら。

まぁ仕方ないか」

 アルファの抗議は無視し、ルミナスは席を立った。

「お話を聞かせていただき、ありがとうございました」

優美な笑みを浮かべ丁寧に礼をし、食堂を去って行った。

 その礼儀はエクルとアルーラに対してのものだ。アルファのルミナスに対する態度にも問題あるだろうから文句は言えないと思うが、この対応の差はどうもいただけない。

 けれど、とにかく、光と天使の話をそれ以上追求されなくて良かった。

 アルファは溜息をついた。父にもエクルにもわからないほど、小さく。



 翌日、アルファたちはようやく、ソーラに帰ることになった。

 アルファもエクルもまだ体力が回復しきってはいないが、山道を歩くことはできる。

 魔物と遭遇した時のために、スプライガ騎士団の団員たちが十人ほど、村まで護衛としてついて来てくれることになった。父はそんなにいらないと断ったのだが、騎士団は、もしものことがあってはいけないと父を説得したのだった。

 いつも、ソーラの村から来る時も、帰る時も北門からだ。北門の前に、町の多くの人々が見送りに来てくれた。

 団長をはじめとした自警団の面々。サムとハンナ。ジルとペーター。宿屋の夫婦。その他、本当に大勢が来てくれた。

 サムは、今回の戦いの貢献によって、スプライガ騎士団への復職が許されたが、母親の遺した畑を守ると言ってそれを辞した。代わりに、ガフトン自警団の一員として、町の安全のために尽力するそうだ。

 霊力の消耗によって一時は衰弱していたハンナも、すっかり元気になっていた。相変わらず、サムに毒のある言葉を吐いているが、サムがガフトンに残ってくれたのが嬉しそうだった。

 魔物に襲われ負傷し、眠ったままだったというロバートの息子も目を覚まし、ロバートと一緒に見送りに来てくれた。アルファと父はロバートと握手を交わし、またガフトンに遊びに来ると約束した。

 見送りの人々から次々と感謝の言葉を掛けられたが、アルファは少し申し訳ない思いがあった。

 アルファは九死に一生を得た。だが、もう戻らない人々があまりにも多くいるのだ。この町が抱える悲しみは、手放したくともずっとついて回るものだろう。

 この町は、また元のように活気ある町に戻れるだろうか。

 この町のため、アルファにできるのは戦うことだけだったかもしれない。

 でも、せめて願う。みんなが過去を乗り越えて、未来に向かっていけるようにと。

「さあ、そろそろ……」

 護衛の騎士団員たちと共に、アルファたちは北門からガフトンを後にしようとした。

 その時。

 ルミナスがこちらに向かって来て、言った。

「それでは、行きましょうか」

 ……は?

「お、お前も来るのか……!?」

アルファは思わず声を上げた。

「もちろん。僕、しばらくソーラの村に滞在するって、君のお父さんからも許可もらってあるし」

 確かにそんな話を、市場に魔物たちが襲ってくる前にしていたが……

「でもお前、この町の事後処理してるんだろ?」

「スプライガ騎士団に引き継いだ。もともと、ガフトンはスプライガの管轄かんかつだしね」

「サーチスワードに帰らなくていいのか? 隊長のクセに部隊放っておくのかよ!?」

「大丈夫。騎士団に長期休暇もらってるから」

 ルミナスは淡々と質問に答え――さりげなくエクルに顔を向けて、にっこりと笑いかけた。エクルは、助けを求めるような情けない表情でアルファを見る。

 このガフトンの町ではいろんなことが起こったが……

 結局と言うか何と言うか、ルミナスは引き続きエクルに付き纏うつもりらしい。

 これからの日々を思うと気が重い。アルファは口の端が引きつった。

 そんなアルファに、父が真剣な顔で言う。

「アルファ。これから、ルミナスさんに剣を教えてもらえ」

「えーーーーーーっ!?」

 晴れた春の空に、アルファの声がこだました。



 今後にいっそうの不安を抱きながら、アルファは皆と共にソーラへの帰路についた。

 穏やかな日差しの下、野花の咲き誇る丘をゆっくりと越えていく。

 魔物など出る気配はない。ガフトンでの激闘が嘘のような、平和な光景だ。

 けれど、アルファは歩きながら、決して忘れることができない今回の出来事を思い返した。

 いつも訪れていた町で、多くの人々が犠牲になった。自分自身も死にかけたし、自分の大事な人たちも失うかもしれなかった。

 当たり前にあったものも、いつ失われるかわからない。日常は儚く壊れ得ることを、改めて思い知らされた。

 ――これから迎える日々には、何が待っているのだろう。先のことは、何もわからない。

 『運命』、『光の天使』、『聖なる光』――それらは自分に何をもたらすのか。あらがえぬものに追い詰められていくような、恐ろしささえ感じる。

 それでも、今は。

 大切な人たちと共に、大切なもののる、大切な場所に帰ってゆく。

 それで充分だった。


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