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双星の光継者  作者: 明谷有記
第1章 召命編
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第23話 魂の光

「我は『光の天使』のひとり、赤の光を司るフレイム――」

 中性的な、けれど威厳に満ちた声が響いた。

 自己紹介――のようだが、何のことやらアルファにはよくわからない。

 『フレイム』は構わずアルファに呼びかけ続ける。

「運命に選ばれし者よ。――いや、いまだ運命を確信できぬ者。なれど、そなたの想いが我を呼んだ」

 何を言って――?

 ますます訳がわからない。だが、『運命』の言葉にどきりとする。

『アルファ。運命の時が近づいています』

 幾度となくアルファの夢に現れた、エクルによく似た少女の言葉――

 さらにフレイムの声が響く。

「我はそなたの見えぬ内なる霊力を増大させ、光として外界に顕現させる。魔を滅する、聖なる光として」

 頭の中の混乱に追い討ちがかけられた。心拍数が上がり、呼吸が浅くなる。

 だが、アルファは確かに力を望んだのだ。それが何であろうと――

 そうだ。今は。

 この力の行使だけを考えよう。

 アルファにとって、光の天使も自分から湧き上がる光も未知のものだが、どこか懐かしいような、不思議な感覚があった。そして本当に不思議なことに、アルファは本能に近い何かで、自分のすべきことを悟った。

 アルファは魔族たちのほうへと向き直り、両手で剣を構えた。そして、握る剣の切っ先に意識を集中させる。

 アルファから湧き出る赤い光は、たちまち刀身に集い、さらに強く大きく揺らめいた。

 アルファは光を纏った剣を頭上高くに掲げ、力強く振り下ろす。

 くうを薙ぐ刀身から、赤き光は解き放たれた。

 光は、巨大な鎌のの形となった。夜の闇を斬り裂きながら、魔族たち目がけてまっすぐに飛んでゆく。

 光の刃は立ち尽くすアルーラの脇を通り過ぎ、ラウザーに直撃した。

 赤い光がいっそうまばゆく輝く。

 光を浴びると、ラウザーは裂けんばかりに口を開き、喉が潰れんばかりに絶叫する。

 光の刃はなおもくうはしり、ラウザーの後方にいた狼もどきたちにもに容赦なく襲い掛かった。魔物たちは光に照らされるなり、瞬く間に消滅していく。

 あの告げ口の黒い狼もどきも含め、三十匹もの魔物が、まるで蒸発するようにはかなく消えた。

 赤い光は、その通過線上にいた魔物たちを消し去ると、自らも消えてしまった。

 光の通り道の両脇で、残った魔物たちはさらに怯えている。

 手下の魔物たちよりはるかに強い邪気を持ったラウザーは、さすがにすぐに消えてしまうことはなかったが、腕で自分の体を抱きしめるようにしながら悶え苦しんでいる。

 が、それも幾ばくも続かなかった。ラウザーは絶望を絵にしたような顔のまま、結局は消滅した。

 ラウザーが身につけていた黒のローブが、中身を失い、ふわりと地に落ちた。

 あまりにも呆気ない最期だ。

 光の刃を受けても、ローブは一切傷のない状態で残されたが、今やそれだけが、ラウザーという魔族がそこに存在していたというあかしだった。

 アルファは目の前の出来事が信じ難かった。他の人々も言葉を失っている。

 魔族は死ねば、時間と共に灰と化していくものだ。しかし、こんな風に、一瞬にして消滅してしまうなど、見たことはもちろん、聞いたこともなかった。

 『光』の難を逃れ生き残った魔物たちが二十ほどいるが、もはや戦意など欠片かけらも残っていなかった。人間たちに背を向け、一目散に南門へと逃げていく。

 そして、我に返った自警団の男たちが歓声を上げた。

 ……これでもう大丈夫だ。

 この凄まじい光について疑問はあるし、それを深く考えたくはないものの、アルファはとりあえず光の天使に礼でも言おうと後ろを振り返った。

 だが、その姿もまた、夜の闇に溶けて消えてゆくところだった。

 単に姿が見えなくなったのではなく、本当にいなくなった。肉体を持たず魂だけの存在である天使は、召還され力を貸したら、後はもう、天界に帰るのだ。

 光の天使の残光が消えると、アルファの体にわずかに残っていた光も消滅した。同時に、アルファは全身から力が抜け落ち、前のめりに倒れた。

 あれほどみなぎっていた力が、嘘のように、空っぽになってしまった。

 何かひどく重いものが自分にし掛かっているようだ。自分の身を預けている石畳の冷たさを感じながらも、体を全く動かせない。脇腹の痛みの感覚は失われたままだが、呼吸の苦しさは戻ってしまった。息を吸うのも吐くのも、満足にできない。

「アルファ……! しっかりして……!」

 すぐ近くで、エクルの声が響いている。肩に触れられている感覚はあるが、顔を上げて答えてやることができない。もう、指一本動かす力さえ、残っていない。

「アルファ……!」

 今度は父の呼ぶ声が聴こえてきた。二人の声を聴き、アルファは自分の失念に気づいた。

 魔物たちが逃げ、このガフトンの町は確かに安全だろう。だが、その逃げた二十ほどの魔物が、もしソーラの村に流れてしまったら――

 故郷の村が魔物の群れに襲撃される様を、アルファはありありと想像できてしまった。

 このまま、魔物たちを逃がしてしまってはたまらない。

 しかし、遠ざかっていく魔物たちの足音と鳴き声を聴きながら、アルファは何もできなかった。全ての力を失った体は、魔物たちを追いかけて退治することはおろか、歯噛みすることさえできない。

 もう一度、光の天使の力を借りることができたら――

 アルファがそう思った時だった。

 遠くから突然、魔物たちの叫び声が聴こえてきた。それに混じって、男たちの雄叫びも聴こえてくる。

 一体、何が起こっているのか。

 地面に突っ伏したまま、顔を上げることもできないアルファには、全くわからない。

「アルファ!! 大丈夫か……!?」

 父の声が聴こえたかと思うと、不意に、うつ伏せのアルファの体が仰向けへとかえされた。父の腕によって。それで、アルファは見ることができた。

 大通りの南側で、それは起きていた。

 いつの間にか現れた無数の男たちが、剣を手に、逃げた魔物たちを次々と斬りつけている。

 皆、暗っぽい色の服を着、金属の胸当てをつけている。彼らは魔物相手に怯まず、的確に倒していく。その身のこなしは、ガフトン自警団の団員たちよりも格段に上だ。

「紺の制服に、銀色の胸当て――?」

 自警団の団長の呟きが聴こえた。次にサムが叫んだ。

「スプライガ騎士団だ……!」

 それを聞くなり、自警団の男たちが歓声を上げた。ずっと待ち続けていたスプライガ騎士団が、やっと来てくれたのだ。

 駆けつけたスプライガ騎士団の中に、一人だけ異なった装いの男がいた。

 旅装束をまとい、腰に届くほどの長い髪を後ろで一つに束ねた、端整な面立ちの長身の青年。

 遠目にもわかる。ルミナスだ。

 ルミナスは華麗な剣技で魔物たちをほふりながら、騎士団員たちに声を飛ばす。

「一匹残らず仕留めよ! 逃せば後の憂いとなる! ただし、町の安全が最優先だ……!!」

 上の者から下の者への、堂々たる命令だった。さすが、サーチスワード騎士団の上位にいるだけのことはある。

 これでもう、ソーラの村も心配ない。

 アルファは安心すると共に、今度はひどく眠くなってきた。騎士団の男たちと魔物の争う喧騒が聴こえはするものの、実際の距離以上に遠く感じる。

 何だかもう、まぶたを開けていることさえ苦痛だ。

 けれど、このまま眠ってしまったら、二度と目を覚ますことができないような……

「アルファ! もう大丈夫だ! 何も心配いらない……!」

 父が必死に呼びかけてくる。

 アルファは懸命に、父に焦点を合わせた。父の目には、涙が光っていた。それなのに、大丈夫だと返事ができない。アルファにはただ、かすかに微笑むことができるだけだ。いや、それさえできていないかもしれない。

 父の隣に、幼馴染の姿も見える。何度もアルファの名前を呼びながら、ボロボロに泣いている。

「そうだ……! 騎士団の中にはきっと、治癒の術を使える人がいる。呼んでくるから待ってて……!」

 エクルは立ち上がって、魔物と戦う騎士団員たちのほうへと、まろぶように駆けていった。聖術で霊力を使い果たしたであろう体で、無理をしながら。

 いっつも泣いてばっかだな。お前は……

 アルファはまた、昔のことを思い出した。



 ――アルファが初めて魔物と戦った、八歳のあの日のことだ。

 魔物を倒した時、居合わせた大人たちは皆、笑顔でアルファを讃えた。

 さすが、村一番の剣士アルーラの息子だ、と。

 アルファは、素直に嬉しかった。

 だが、エクルだけは泣きじゃくっていた。

『アルファが死ななくて……ケガしなくてよかった――』

 そう言って。

 泣かれるのは嫌なのに、笑った顔が好きなのに、アルファはその時なぜか、嬉しかった。褒められたことよりも、もっと。



「えっ!? 救護班がまだ着いてない……!?」

 倒れているアルファの耳に、遠くエクルの声が聴こえてくる。

「はい……実は、我々はこの町に駆けつける前にも、魔物の群れと交戦したんです。フロムの森のそばを通った時に大群に襲われて……負傷者をたくさん出しました。救護班はその手当てに追われていて、まだ到着していないんです」

 これは騎士団員らしき男の声。

「そんな……!」

悲鳴のような、エクルの声……

 ――ああ、死ぬのかな。

 ぼんやりと、アルファは思った。

 既に覚悟している。不思議と怖くはない。だが……

「しっかりしろ……! アルファ……!」

 父が泣いている。ベータが死んで以来、一度も涙を見せたことのなかった父が。今、滝のように涙を流している。

 アルファが助からないであろうことを、父ももう、わかっているのだ。

 ――アルファは、父にとって自慢の息子でありたかった。父の願うことは、何でも叶えてあげたかった。

 でも。

 結局、消えることのない傷を負わせてしまうのか。

 ……ごめん。父さん……

 そして脳裏に、故郷で待つ母と弟たちが思い浮かんだ。朝、村を出てきた時には、それが今生の別れになるとは夢にも思わなかった。もう、会えないのか。

 父とエクルと、一緒に帰りたかった……

 父が泣きながら、アルファに何かを必死に訴えてくる。だが、薄れゆくアルファの意識は、すぐ目の前にいる父の声さえも、もはや言葉として認識できない。

 それでもアルファは、ない力を振り絞って、あえぐように口を動かした。どうしても、遺したい言葉があった。

「とう……さん……」

 自分の声も聴こえない。声になっていないかもしれない。でも、一つだけ伝えたい。それは、謝罪の言葉ではなく――


『オレ……父さんの子で良かった――』


 少年は静かに目を閉じた。

 少年の父は、呆然と息子の顔を見、呼びかけた。

 息子は瞼を閉じたまま、動かない。

 父は涙をさらに溢れさせ、唇を噛み、そして叫んだ。息子の名を、声も枯れよと。

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