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双星の光継者  作者: 明谷有記
第1章 召命編
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第22話 光の天使

 エクルは己の無力を恨んだ。

 私も一度くらい、アルファを助けられないの――?

 さらに涙が溢れる。

 いったんは宿に戻ったものの、嵐のように襲う悪い予感にじっとしていることができず、こうして来てしまった。けれど、自分が来ても結局、何もできないではないか。

「エクル……逃げ……ろ……」

 息も絶え絶えに、アルファが言った。こんなに苦しそうなのに、その顔はどこか優しかった。

 エクルはアルファの言うことを聞けなかった。こんな時まで自分のことを心配してくれるアルファを置いて、どこに行けるというのだろう。

 小さく無力な自分。何もできない自分。それでも。

 祈りの形に指を絡めたまま、光の雨に力を送り続ける。奇跡が起こることを願って。

 できるとか、できないとか、無謀だとか何だとか、もう考えられなかった。ただ、アルファを助けたかった。

 

 

 アルファはエクルの光の雨を、全身全霊で感じた。とても暖かい、優しい光だ。エクルがどんなにアルファを助けたいと思っているかが、痛いほど伝わってくる。

 もう充分だ。なのに、エクルは自分のそばから離れようとしない。

 眩しい黄金の雨の向こうに、暗い炎が揺れている。

 ラウザーの黒魔術だ。ラウザーが頭上に掲げた両手の間に、黒みがかった赤い炎の玉が燃え盛っている。いつの間にか、人の頭四個分ほどの大きさになっている。


「尽くること無き我らが怒り 黒き火と燃ゆる

 其の火 てきの血・涙を干上がらせ

 其の火 この目にえいずるを皆焼き払う」


 ラウザーの詠唱はまだ続いている。呪文が長い魔法ほど、難度が高く強力だと言われているが、相当の大技らしい。炎はまだ、大きくなる。

 その黒魔術は、見た目以上に、そこから感じられる見えざる力も凄まじい。こんなものを喰らったら、全身が吹き飛ぶだろう。

 自分の隣にいる少女を、アルファはどうしても死なせたくなかった。前のほうで、魔物に囲まれながらもまだ戦おうとしている父のことも。

 自分だって、死にたくない。死ぬわけにはいかない。

 ベータが死んだ時、両親がどれほど嘆いただろう。もう二度と、あんな思いはさせたくない。

 だから、魔族たちに立ち向かわなければならない。

 ラウザーは黒魔術を操るとんでもない化物で、数多くの手下たちもついている。普通に考えて、勝算など微塵みじんもない。わかっている。

 でも。

 まだ、希望は残っている。

 ルミナスだ。

 サーチスワード騎士団第三大隊隊長ルミナス=トゥルス。魔族にも一目置かれ、これまでにいくつもの魔族の集団を壊滅させてきたという。

 そのルミナスがスプライガ騎士団を連れて戻ってきてくれることを、そしてラウザーたちを倒してくれることを、信じるのだ。

 このガフトンの町とスプライガの町との距離は近い。順調ならば、もうとうに到着しているだろうと思う。それがまだと言うことは、おそらく何らかの障害が生じた可能性が高いが……彼とスプライガ騎士団を信じ、賭けるしかない。

 だが、その前に、自分に賭けなくてはならないだろう。

 ルミナスが来てくれるまで、持ち堪えなければならない。時間を稼ぐ必要がある。

 

 アルファは左手で傷を押さえたまま、地面に転がっていた自分の剣を右手に取った。

 少し気を抜けば落としてしまいそうなほど、指に力が入らない。血を流しすぎたせいか。

 傷の痛みは最初ほどではない。もはや、感覚がわからなくなりかけているが、指だけでなく、全身に力が入らない。立ち上がろうとするも、思うように体が動かせない。呼吸さえ苦しい。ガラクタのような、自分の体。

 でも、絶対に、父とエクルと一緒に、ソーラの村に帰りたい。その心の願いを果たすには、このからだに言うことを聞かせるしかない。

 自分を叱咤しったするようにしながら、アルファは足を踏ん張り、少しずつ体を起こしていく。

 エクルが驚いてアルファを見た。術者の集中が切れたためか、光の雨は消失した。エクルは泣き顔をさらにくしゃくしゃにさせながら、アルファの左腕を両手で掴んで叫ぶように言う。

「アルファ……! その体で動いたら……!」

 止めようとするエクルの、小さなはずの手の力が、とても強く感じられる。自分が、立つのも難儀なほどに弱っているのだから当然か。

 ……もう、エクルのことを無謀だなんて言えなくなる。

 エクルは魔物相手に一度も成功したことのない聖術を試みたが、アルファは今、成功どころか一度も修練したことさえない技に、挑もうとしているのだから。

 エクルの治癒の術を受けている時、アルファは彼女の霊力を感じながら、第二の人狼の力を思い出したのだ。

 霊技。

 活性化した霊力を操り、身体能力や武器の威力を高める技術。

 自分の霊力を認識したことさえないアルファが、いきなりそんな技に挑戦しようなど、無謀を越えた大博打(バクチ)だと、自分でも思う。

 けれど――

 アルファはエクルに腕を掴まれ中腰のまま、目を閉じた。

 そして意識を自分の中に集中させていく。

 霊技を操る第二の人狼と剣を交えているうちに、そして、エクルの霊力に触れながら、アルファは霊力の流れる感覚を何となく掴んでいた。

 他者のものと自分のものとではまた違うだろうが――

 アルファはその感覚を、自分の中に呼び起こそうとする。

 ――もし、アルファが霊技を使えたところで、敵に対してどこまで有効なのか。

 せっかく霊力を高めたとしても、魔法と違い、距離を保った敵には攻撃できない。かと言って、重傷を負ったアルファが立ち回るのは、今の状態を鑑みても無理だろう。

 対してこちらは、ラウザーに黒魔術を放たれたら終わりだ。

 だが、その前にアルファが、霊力で威力を強化した剣を投げ、ラウザーを貫くことができれば……

 果たして、術者の手を離れた武器が、その霊力を維持できるのか。

 狼もどきたちがラウザーの盾となっているのに、剣がラウザーに届くか。

 当たったところで、倒すことができるのか。

 疑問だらけで、本当に博打としか言いようがない。

 だが、アルファが霊技を使えば、ラウザーや手下たちを少なくとも驚かせることはできる。既に、黒の狼もどきによって、アルファは霊技を使えないと報告されているのだから。

 果たしてそれが時間稼ぎになるのかさえわからないが。

 ……ルミナスが助けに来てくれると期待することからして、自分の都合のいいように考えようとしているのだと自覚はしている。

 けれどもアルファは諦めたくなかった。エクルが治癒の術を止めようとしなかったように。とにかく、何かがしたいのだ。

 諦めれば、大切なものを失ってしまう。このまま、ただ殺されるわけにはいかない。


 アルファは力を欲した。自分の中に眠る霊力の目覚めを望んだ。

 守りたい――

 強く強く、そう願った。

 その時。

 アルファの中を、目に見えぬ力がはしった。

 かつて感じたことのない、強く荘厳な力。

 これは――!? 

 とてつもない何かの力が、縦横無尽に体の中で暴れまわる。

 自分に何が起きているのか、全くわからない。だが、戸惑いはするが、不快ではない。決して自分を害する力ではない。

 そして、その力に誘発されるように、また一つ、別の力が生じた。

 いや、隠されていたものが顕れたというべきか。

 それはアルファの中に初めから存在していた――アルファ自身の霊力だ。

 霊力は、内に宿る静なるもの。霊力への感度を人並み以上に持ちながら、魔法の修練を積んだことのないアルファは、自分の霊力を感じたことなどなかった。

 かつて、エクルの父であるドラルに、エクルと同じくらいの霊力があると言われたことはあったが、今初めてそれを実感した。自分の中にある霊力が、まさかこんなに大きかったとは。



 エクルはアルファの左腕を掴んでいた手を離した。

 意識的にではなかった。驚きのあまり放心してしまったのだ。

 突然アルファの中に、見えざるとてつもない力が生じたから。

 何が起きたのか、エクルは考えようとしたが、ひどい疲労感に襲われて石畳に手をついた。

 エクルは治癒の聖術で、大量の霊力と共に体力も相当に消耗していたのだ。まともに体を起こしているのがつらくなってきた。

 けれど、事の成り行きから目を離すわけにはいかない。エクルは自分の体を支えるようにして手をついたまま、辛うじて頭を持ち上げ、幼馴染の少年を見た。



 アルファの中で、二つの力が一つに交わった。

 力は全身を駆け巡り、さらに高まり、強く脈打ち――そして、弾けた。

 次の瞬間、アルファの体は光に包まれていた。

 否、アルファの体が、光を放っていた。

 赤い光が、アルファの全身から、燃え盛る炎のように立ちのぼり、揺らめいている。

 ラウザーの黒魔術による炎のような、暗い赤ではなく、燦然と輝く美しい赤だ。

 自分の体から放出されるこの光が何なのか、予想もしなかった事態にアルファは戸惑った。

 霊技を試みたが、得ようとした結果とは違う事象が引き起こされたのだ。何が起きているのか、全くわからない。

 だが、体中に力がみなぎっている。

 脇腹を押さえていた手を離すと、いつの間にか流血は止まっていた。傷は治っていないが、痛みは完全に消え去っている。

 アルファは苦もなく立ち上がることができた。剣を握る手にも、力を込めることができる。不思議な高揚感までもある。

 もしかして、あまりの危機的状況に、自分の頭がおかしくなってしまったのだろうか。光の幻覚を見、ありもしない力を感じているのだろうか。

 そんな一抹いちまつの不安が頭をよぎった時、アルファの目の前に、ひらりと何かが降ってきた。

 一枚の羽。赤い光に照らされ染められているが、おそらく本当は白――

 アルファは思わず、羽を受け止めようと左手を伸ばした。しかし、それに触れることはできなかった。羽はアルファの手をすり抜け、地面に落ちる前に消失した。

 その羽は、実体ではない――この世に存在するものではないらしい。霊力の感度が高い者にはその形が見えるとしても、肉体を以っては触れることができない――

 アルファは見上げるように後ろを振り返った。

 そして見た。

 自分の背後で、赤い光をまとい、翼を広げ、宙に浮いている存在を。

 天使だ。

 体は人間の大人と同じくらいの大きさがあり、神官のような衣を身に着けている。そして、中性的な美しい顔立ちをしている。

 アルファは驚かずにはいられなかった。

 天使を見たことは何度もあったが、いずれも、手の平くらいの大きさでしかなかったし、その姿は光の中でおぼろげに見えるだけだった。こんな風に、顔つきまでわかるほどはっきり見えたのは、初めてだった。

 間違いない。先ほど感じた荘厳な力は、この天使のものだ。

 ……天使が現れたということは、これはエクルの聖術なのか。

 いや、違う。エクルは治癒の術以外は使おうとしていなかった。それに、エクルは今までまともに聖術を成功させたことなどない。こんな風に他者に力を与える術も聞いたことがない。

 当のエクルは、天使の姿をただ呆然と眺めている。やはりエクルにとっても予期しなかったことが起きたのだ。

 前方にいる父アルーラも、信じ難いというような顔でアルファの背後を見ているが、天使が見えているらしい。

 ロバートやサム、自警団員たちはざわめいているが、天使のほうではなく、アルファから湧き出る光を見ている者が大多数だ。

 このすごい力を持った天使も、やはり霊力の感度の高低によって、見える者と見えざる者がいるようだ。

 だが、一番驚いているらしいのは、ラウザーだった。

「そっ、そんな馬鹿な……!! まさか、『光の天使』……!?」

 目をき、口を大きく開き、戦慄わななきながら叫ぶ。先ほどまでの冷徹な落ち着きはもはやなく、ひどく取り乱している。

 あまりの驚きのためにか、その手に集っていた黒い炎は、飛び散るように消失してしまった。

 光の天使? これは光の天使というのか。

 何だか、いかにも特別な感じがするとアルファは思った。

 ラウザーは光の天使を凝視し、首を振りながら後ずさっている。少しでも天使から自分を遠ざけようとするかのように。

 手下の狼もどきたちも皆、怯えている。

 アルーラたちを取り囲んでいた魔物たちも、ラウザーを守るべく壁になっていた魔物たちも、慌ててラウザーの背後に回っていく。南門へと逃走を図るのもかなりいる。


 光の天使は、アルファとエクルをどちらともなく見つめて、次にはっきりとアルファに視線を移した。そして、その唇が動いた。

「我は『光の天使』のひとり、赤の光をつかさどるフレイム――」


言うまでもありませんが、某CMとは何の関係もございません。

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