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双星の光継者  作者: 明谷有記
第1章 召命編
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第13話 暗き夜

 路地を進むと、アルファたちは間もなく、サムが教えてくれた赤い屋根の建物の裏側に行きついた。

 側面の路地を通って、建物の正面に回り込むと、広い通りに出た。

 道幅は、町の南北を走る大通りと同じくらい。東西の大通りだ。

 東西の大通り沿いに建つ宿は、四階建ての立派なものだった。通りから玄関までは、小さな庭になっている。庭木は剪定されたばかりで、花壇も手入れが行き届いている印象を受けた。

 宿の向かって右側には雑貨店が、左側には衣類の店があり、通りを挟んで宿の向かい側にも、様々な商店が建ち並んでいる。

 この辺りに来るのは初めてで、つい周辺を見回してしまう。

 アルファたちがガフトンに来るのは四回目だが、過去三回は北門と市場を往復するだけだった。ソーラとガフトンを行き来するだけで半日近く費やしてしまうため、夜までに村に帰ろうと思ったら、とてもゆっくりなどしていられなかったのだ。

 南北の大通りと町並みはそうは変わらないのに、それでも何だか新鮮だ。エクルも同じくきょろきょろとしている。

 ただし、通りにも商店にも、人の姿は見えなかった。ここに来るまでの路地でも、誰にも会わなかった。

 もう日が暮れる時間なのだから人通りが少ないのは当然だが、全く見えないとなると少し不気味だ。たぶん、ここらは魔物が襲った市場から近いため、皆遠くに避難したり、建物内に身を隠しているのだろう。

 アルファたちは宿所に入った。

 宿の主人と女将おかみはとても感じの良い人だった。気を失った男を連れた少年少女の姿に初めは少し戸惑っていたが、アルファたちが町に侵入した魔物と戦った経緯を話すと、労いの言葉を掛け、暖かく迎えてくれた。

 宿屋の主人は、エクルのために四階の一人部屋を、アルファ親子のために二階の二人部屋を用意してくれた。

 調度品は寝台が二つと、小さな丸いテーブルに、背もたれのない丸椅子が二脚。質素ながらも、清潔感のあるきれいな部屋だ。

 アルファは父を運び、寝台に横にした。宿の主人が、使い古しだがと服をくれたので、ありがたくいただき、血まみれの父の服を着替えさせた。父が風邪など引かぬよう、しっかり布団をかけておく。

 エクルはいったん自分の部屋に荷物を置きに行ったが、一人では落ち着かないとアルファたちの部屋に来た。

 アルファとエクルは丸椅子に腰掛け、女将が淹れてくれた紅茶を飲みながら、眠っているアルーラが目を覚ますのと、町の様子を伺いに行ったルミナスが戻ってくるのを待つことにした。

 エクルはいつもより口数が少ない。怪我をしたアルーラを治してやれなかったことを申し訳なく感じているのだろう、とアルファには察しがついたが、励ましてやるどころか、いつもの説教さえできなかった。

 父の負傷は自分のせいだし、ルミナスとの力の差に受けた打撃も思った以上に強く――つまりは、自分も落ち込んでいるのだ。それを悟らせまいと平然を装うのがやっとで、エクルを気遣ってやる余裕がなかった。

 しかし、そんなぎこちない時間は長くは続かなかった。

 何か、慌てているような人々の声が聴こえ始めた。それは外からで、遠くてはっきりは聴こえないが、あまり良いことではなさそうだとはわかる。

「何かあったのかな……?」

 エクルも紅茶を飲む手を止めて、不安そうな顔をする。アルファが答える前に、今度は、蹄の音が響いてきた。石畳を駆る音がだんだん近づいてきたかと思うと、馬のいななきが聴こえた。この宿の間近で。

 アルファは部屋の窓に駆け寄って開き、外を見た。

 室内は照明の魔法が込められた光玉のおかげで明るいため気がつかなかったが、外はいつの間にかすっかり日が落ちて暗くなっていた。

 宿の玄関前にも光玉が設置されているので見えるが、庭に一頭の白馬がいた。遠目にも頑丈そうで見事な馬だ。鞍をつけている。その上は無人だが、今の今まで誰かが乗っていたのではないのか――

 コンコン。

 突如、アルファたちの部屋の扉が叩かれた。窓の外に気を取られていたアルファは、すぐに視線をそちらに移し、答えようとしたが、

「失礼します」

扉はアルファたちの返事を待たず、勝手に開かれた。

 そして扉の向こうから、金の長髪と青い瞳を持つ美青年が姿を現した。

「ルミナス……!?」

 ルミナスは真剣この上ない表情をしている。さっと部屋に入って扉を閉めると、驚いているアルファには目もくれず、椅子に腰掛けているエクルのほうへと進んだ。

 寝台のアルーラを一瞥いちべつし、まだ眠っていることを確認すると、エクルに向かってこう切り出した。

「先ほどいちを襲った魔物たちは、市壁の南門から侵入したようです。南門のやぐら番と門番が矢で殺されていました」

「え……!?」

「おそらく、あの狼の魔族が、遠くから弓で彼らを射殺した後、手下を率いてこの町に入り込んだのです」

 信じられない言葉に、アルファは動揺した。

 だからあの時、魔族たちはやぐらの警鐘を鳴らされずに町に侵入できたのか――と、頭のどこかである種の納得をしつつ、死者が出ていたことなど受け入れがたかった。エクルの顔色も青ざめている。

「さらに……奴らが侵入した目的はガフトン市の品を奪うことだったようですが、市場に向かう前に、近くにいた人間たちを手当たり次第襲っていたのです。南の地区で、多数の死傷者が出ていました」

 多数の死傷者――

 衝撃はさらに強くなる。

 自分たちは、町を襲ってきた魔族たちを倒した。町を助けることができたのだと思っていた。それなのに、そんなにも犠牲が出ていたなんて――

 しかしルミナスは真剣かつ冷静な様子のまま、一方的に話を続ける。

「現在、自警団と町の人々で、怪我人たちの手当てを行っていますが、負傷者の数が多くて治療が追いつかない状況です。ですので、私がスプライガ騎士団に救援を求めに行くことになりました」

「スプライガ騎士団に?」

 アルファはようやく言葉が出たが、ルミナスはやはりエクルに向かって話す。

「それと――おそらくこの町を襲撃したのは、フロムの森に巣食っていると噂されていた魔物たちであったと思われます」

 ガフトンの町の南東に位置するフロムの森。五日前、近くを通った行商人を襲ったという森の魔物たちが、町をも襲ったということか。

「しかし町の人々の話によれば、あの森には、まだ他にも魔物の群れが潜んでいる可能性が高いのです。もしかしたら、その魔物たちによってこの町は再び襲われるかもしれない――あくまで推測ですが、備えるに越したことはないので」

 アルファはまた言葉を失った。

 それだけの犠牲者が出て、また魔物たちが来たりしたら……

 だが、言われてみれば、確かにあり得ることだ。

 そして、もし本当にそうなった場合、魔物の数によっては、いかにルミナスが天才剣士でも対処しきれないだろう。

「誰か町の人間を伝令としてスプライガに送ることも考えましたが、外は魔物も出て危険ですし、私が直接出向いたほうが騎士団に話がつけやすいので……エクレシア様のおそばを離れるのは心苦しいのですが」

 なるほど。ルミナスの剣の腕を以ってすれば道中出くわす魔物など問題ないだろうし、スプライガ騎士団はサーチスワード騎士団の支部だから、サーチスワード本部で大部隊を率いているというルミナスならば、スプライガでも幅を利かせられるはずだ。

 ルミナスは切実な表情で、

「それではエクレシア様、くれぐれもお気をつけて」

と、エクルに向かって挨拶すると、素早く扉に向かっていく。

「あ、えっと、ルミナスさんこそ……」

 アルファと同じくルミナスの話に衝撃を受けたであろうエクルが、何とかそう口にした。

 ルミナスは扉の手前で振り返ってエクルに会釈すると、部屋に入ってから初めてアルファに視線をよこした。

「エクレシア様をお守りしてくれ。絶対に」

 一方的に言って、ルミナスは立ち去った。

 それから間を置かず、再び馬のいななきが聴こえた。アルファが急いで窓に駆け寄り外を見ると、先ほど宿の玄関前にいた白馬が、ルミナスを背に乗せて駆け出したところだった。

 馬は町の人から借りたのだろうか。その姿は、遠ざかる蹄の音と共に、瞬く間に大通りの向こうへと消えていく。

 あまりの速さに呆気あっけに取られながら、アルファは彼の去り際の言葉を思い返した。

 『エクレシア様をお守りしてくれ』、か。

 自分はエクルとかれこれ十六年、つまり年齢と同じだけ付き合いがある。兄妹同然で育ったエクルのことを、エクルと出会ってまだ二日のルミナスから頼まれるなんて、何だかものすごく違和感がある。

 そんなこと、言われなくたって――

 けれど、これからどうしようか?

 魔物が再び襲ってくるかもしれないというのは、まだ推測に過ぎない。

 なら、今すべきことは何か。

 治療が追いつかないほど怪我人が多いと聞いてしまった以上、その手当てを手伝いに行きたい。

 ルミナスが応援を呼びに行ったが、いくらガフトンとスプライガが近いとは言っても、助けが来るまでにはそれなりに時間が掛かってしまうだろう。

 眠っている父はエクルに看てもらうとして――

 でも、もしそうやって二人と離れている時に、本当に魔物の群れが襲ってきたら。二人に危険が迫っても、助けることができないかもしれない。

 どうすべきかとアルファが迷っていると、突然エクルが椅子から立ち上がった。

「アルファ。私、怪我した人たちの手当て手伝いに行ってくる」

 エクルは当然のように言う。

 思わぬ不意打ちにアルファは慌てた。

「お、おい。お前治癒の術使えないくせに――」

傷を負った人々を治せずに、自分の心が傷ついてしまうのに。エクルは行かせたくない。

 だが、

「うん。使えない」

エクルはあっさりとうなづいた。

「でも、私たち昔、応急処置の仕方もアルーラ先生に教わったじゃない。魔法は使えないけど、少しは役に立てるかもしれないから」

そう言う表情は、つらそうで、けれども意外な強さも浮かんでいる。

「あ、えっと、アルファも来てって言ってるわけじゃないよ! アルファはちゃんと先生とここにいて!」

 エクルは自分の言葉が誤解されたと思ったか焦りを見せつつ、

「じゃ、私行って来るから」

一歩を踏み出した。たぶん、部屋から出て負傷者の手当てに向かうための一歩を。

 が。

「わぁっ!?」

エクルはテーブルの足に自分の足を引っ掛け、盛大に倒れた。小さなテーブルを道連れに、大きな音を立てて。

 いつものアルファならエクルを馬鹿にするところだが、あんまり大きな音がしたのでそれを忘れた。

「おいっ、何やってんだ大丈夫か!?」

「うぁ……びっくりしたー……」

 痛そうにそろそろと起き上がりながら、マヌケな声を出すエクル。

「あのなー、びっくりしたのはこっち――」

「――ここは……?」

 思わぬ方向から声が聴こえ、アルファはエクルへの文句を途中で切った。

 見れば、父が寝台の上で体を起こしている。

「父さん、気がついたんだ……!」

「アルーラ先生……!」

 父が目を覚ましたのは嬉しいが、少し複雑だった。近づいて見ると、父の顔色はあまり良くない。傷は法術で治してもらったとは言え、出血が多かったせいかもしれない。

「ごめんなさい。うるさくして……」

 自分のせいで起こしてしまったのだと、エクルが申し訳なさそうにアルーラに頭を下げる。

 けれど、アルーラは状況が飲み込めないらしく部屋を見渡している。

「ここはどこだ? あれからどうなった?」

父は少なからず戸惑っているようだ。

 市場を襲った魔物たちを全滅させた後、宿を取ったこと、死傷者が大勢いること、ルミナスがスプライガ騎士団に救援を求めに行ったことを、アルファは簡潔に話した。

 ただし、ルミナスがサーチスワード騎士団の大部隊隊長だということは伏せておく。そんな地位にある人間が、わざわざ田舎であるソーラの村に来て自分たちと行動を共にしている理由を、どうにも説明できなかったのだ。

 アルファの話を聞くと、父は寝台を降りて靴を履こうとする。

「父さん?」

 父の行動が、一瞬理解できない。

「怪我をした人がたくさんいるんだろう? なら、することは決まっている」

 つまり、助けに行く、ということだ。

「父さん、あんな怪我して倒れたばっかなのに――」

「問題ない」

言いながら、父は寝台の脇にあった自分の剣を見つけ、腰のベルトにくくり付ける。再び魔物が襲ってくる事態にも備えて。

 父に無理をしてほしくなかった。

 でも仕方ない。父の性分では、こんな時にじっとしていられるはずがない。それが、自分の父なのだ。

 結局、アルファは不本意ながら、父とエクルと三人で、負傷者の救援に向かうことになった。


 *


 日中は良く晴れていたが、次第に雲が多くなり、今宵の空に月の姿はない。

 暗闇の中を、小さな金色の光が二つ、小刻みに上下しながらはしっている。

 狼の目だ。

 闇に溶け込む、真っ黒な体色の狼――いや、狼に似た容貌の魔物だ。

 ガフトンの町から抜け出した黒の狼もどきが、草原を駆け抜け、鬱蒼うっそうとした森の中に入っていく。

 ガフトンから南東に位置する、フロムと呼ばれる森だ。

 同じく真っ暗闇の森の中で、光る無数の金色の点が、黒き魔物を迎えた。

「ひとりか? あいつらはまだガフトンで暴れてるのか?」

 無数の光の点の中から、黒い狼もどきに向かって声が発せられた。

 その問いに答えるように、黒の狼は短く数回吼えた。

 それを聞くや、

「何……!? あいつが殺された!?」

声は叫びに変わった。

「しかも、人間のガキに……!? そんなバカな!!」

 声の周囲にも、動揺が広がる。獣の、哀愁を帯びた鳴き声のようなものや唸り声が起こった。

「くそっ、よくも……!!」

 激昂する声の主に、黒の狼もどきは再び数回、調子を変えて吼えた。

 すると。

「――何っ?」

 一時的と言えど怒りを忘れた、純粋な驚きの声が上がった。

「あのルミナス=トゥルスが、ガフトンの町にいるだと? しかも、騎士団抜きでか?」

 しばしの沈黙の後、呟きがあった。

「上にお伝えしておいたほうがいいかもな」

 声の主は、鋭い金の瞳を持つ、狼の顔をした化物。ただし、体の造りは人間に近く、鎧を纏い、切り株に腰を下ろしている。

 その背後には、同じく金の瞳を持つ、数多あまたの狼の魔物たちがひしめいていた。

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