3話
ゴーゴリオは爆音で目を覚ました。なにがあったかと家から飛び出すと、街の中は炎の灯りと熱で包み込まれていた。ついに戦争が始まったのか。ゴーゴリオは確信する。街の真ん中に公園がある。緑豊かで池もあり、昼間では子供達がよく遊んでいる場所だ。そこは街の緊急時には皆が集まる場所になっていた。ゴーゴリオはそこに向かって走りだした。五分も走れば公園までつくだろう。公園までつくまでの街並みは酷いものだった。家は崩れ落ち、人がパニックを起こしている。
「皆公園に集まれ!」
ゴーゴリオは叫んだ。人が多すぎる。全員を先導するのは無理だと感じた。そのとき、目の前に子供が倒れているのを見つける。十歳くらいの男の子だろうか。ゴーゴリオはその子供に駆け寄った。
「大丈夫か?」
だが、返事はない。息はしているか?口に耳を預ける。小さな息遣いが耳の奥まで入り込んだ。大丈夫だ。生きている。
「しっかりしろよ!」
そう言うとゴーゴリオは辺りを見回す。この子供の家族を探すが、それらしい人は見えない。近くに見えたのは崩れた家だけだ。この家の子供だろうか。この家の崩壊のしかたでは残された人は助からないではないか。そう思うがゴーゴリオは少ないほうの可能性に望みを求めた。子供と崩れた家の間に立つと両手を前に出す。子供くらいの大きさの瓦礫が二つ宙に浮いた。手を外側に、なにかを放り投げるような動きをすると、瓦礫もそれに応えるように横へと動き地面に落ちた。ゴーゴリオはそれを何度も繰り返す。まるで子供が気に入りのおもちゃを探すため、ほかのものを回りに散らかしていくような動きだ、動きが止まった。目の前にソファーくらいの大きな瓦礫が見える。とても大人一人の力で動くようなものではなかった。ゴーゴリオはそれに両手を向け、ゆっくりとそれに力を込めた。すると瓦礫はゆっくりと宙に浮く。だが、さっきまでの瓦礫とは違い、簡単にはいかない。あまりの重さにゴーゴリオの顔がゆがむ。それでもゆっくりと体ごと両手を横に回すと、瓦礫の山からそれを取除くことができた。ゴーゴリオはそこで中に人影が見えた気がした。魔法を使い体に負担が残っているなか瓦礫の中へと入っていく。そこには信じたくない光景が広がっていた。ゴーゴリオは体の前で手を合わせ目を瞑る。きびすを返し子供のところへと戻ってきた。まだ意識はない。ゴーゴリオは子供を背負うと公園へと向かって走りだした。いくら子供だと言っても背負えば重荷になる。走るスピードはあからさまに落ちていた。辺りでは魔法で水を出し、家の消化をする者が見える。協力したい気持ちはあったが、それよりも背中の子供を早く公園へ運ぶという判断をする。
ゴーゴリオは公園へと向かってひたすらに走り続けた。公園につくと、そこには街の人が集まっている。泣いている者、怒り叫んでいる者、黙っている者、様々だ。公園の中でもとくに人が集まっているところを見つけると、そこに向かって進む。男達がなにやら言い争いをしているように見えた。
「どうなっているんだ?」
ゴーゴリオは人ゴミの中を割って入り皆に問いかけた。皆がゴーゴリオを見る。
「大丈夫だったか?」
小さな男がゴーゴリオの安否に嬉しそうに声を出す。
「ああ、俺は問題ない。それよりもこの状況はどうなっているんだ?」
今度は目の前の小さな男だけに問いかけた。
「サジンが攻撃してきた。」
小さな男が真っ直ぐにゴーゴリオを見ている。サジンとは科学者が多く居る街だった。科学の進歩が魔法を凌駕するようになってくると、生活の道具を作っていたのが、戦争の道具を作るようになってきた。前までは魔法使いがサジンにも居て街の警護をしていたのが、今では科学で生み出されたピストルの普及で魔法使いは用無しになっている。今では科学の力がサジンを支えていた。それに比べソーキンの街はまだ魔法使いが重宝されていた。科学の力も入ってきてはいるのだが、住民のほとんどが魔法使いということもあって科学に頼り切るというまでにはいたっていなかった。
「戦力は向こうが上だろう。」
ゴーゴリオは呟いた。あまり大きな声ではなかったが、周囲の人々には聞こえていたようだ。ゴーゴリオは背中に子供を背負っているのを思い出した。辺りを見回し、寝かせるのに良いところを探すが、どこを見ても適当なところが見つからない。
「トームス。この子をどこかに寝かせたいんだが、どこか場所ないか?」
目の前の小さな男に問いかけた。
「それならこっちが良い。」
トームスはそう言うと、ゴーゴリオにとって右のほうへと歩いていく。少し歩くと林があり、その下は草が生えている。寝かせるのに最適とは言えないが、さっきの人ごみのところよりは良い。
「この子供どうしたんだい。」
子供を下ろすゴーゴリオにトームスは問いかけた。
「親がね・・・」
ゴーゴリオはそれだけ言う。トームスはそれだけで事態を察した。
「トームス行こう。街を、住民を守らないと。」
ゴーゴリオは近くに恰幅の良い女性を見つけた。その女性に子供を半ば強引に任せるとさっきの人ごみの中へと戻っていく。
「サジンはどっちにいる?」
「あっちさ。」
ゴーゴリオの問いにトームスは指で示した。なるほど。街の表の入り口とは反対側か。「そうか。そしたら俺も行こう。」
いきなりゴーゴリオの背後から声が聞こえ驚いて振り返った。
「デニス。おまえ・・・」
そこにはデニスという男がいた。この男がキルクの父だ。
「皆で対抗すればなんとかなるさ。皆行こう。」
デニスの声は人々が好き勝手喋る公園の中でもよく通った。皆がデニスの声に耳を傾ける。それもそのはずである。デニスはこの地域では名の通った男だった。この事件よりさらに前、サジンとの戦闘があった。まだ科学がそれほど重宝されていない頃戦闘は魔法使いの独壇場だった。その中でもデニスは戦場では誰よりも活躍をした。活躍をしたというのは多くの人を殺したということだ。味方からすれば頼りになるものの、敵からしたら顔を合わせたくない男だ。その時の記憶が皆に頭から消えてはいない。
「行こうゴーゴリオ。」
デニスはゴーゴリオの背中をポンッと叩いた。さっきまで子供を背負っていたところだ。この手にかかれば子供なんて虫を潰すかのように簡単に殺してしまうのだろう。デニスがゴーゴリオに声をかけたのは他でもない、その前の戦闘のときにデニスと一緒に活躍した男だからだ。デニスと比べると見劣りするかもしれないが、ゴーゴリオは一級の魔法使いだ。デニスの活躍もゴーゴリオが背中を守っていからと言える。
「死ぬなよ。家族のためにもな。」
「誰に物を言っている?」
二人はこの戦闘の真っ只中にいるのにもかかわらず笑い合った。二人だけが別世界にいるかのようだ。同時に笑いを止めた。遠くでまた爆音が聞こえたからだ。
「あっちだ!行くぞ!」
デニスの声を合図に二人は駆け出した。後ろから街の男達も後に続く。向かう先はサジンの部隊がいる街の裏口側。地獄絵図のような街並みを進みT字路に差し掛かったとき、デニスがいきなり足を止めた。そして一歩後ろに下がる。皆もそれに合わせて急停止するためぶつかりそうになった。
「ここの先にサジンがいる。」
デニスがT字路の左を指す。
「二手に分かれよう。ゴーゴリオはここで待っていてくれ。俺は部隊の裏に回り攻撃をしかける。そして部隊の意識が裏に向いたとき。表からゴーゴリオが攻撃してくれ。皆も二手に分かれよう。」
そう言うとデニスは男達の半数を連れ、今来た道を戻っていく。デニスの方には街の地理に詳しいトームスもいるので迷うことはないだろう。ゴーゴリオはT字路から覗き込みサジンの部隊の様子を伺った。大部隊だ。つい口に出てしまう。距離にしてまだ100Mはあり、兵士達の手にはライフルを持が見えた。。生身の人間ならあっという間に動かぬ物へと変えられてしまうだろう。人数にして100人は下らない。いま攻撃を仕掛けようとする街の者は全部で50人くらいだ。その差2倍。不安な気持ちが大きくなりそうになる。その時サジンの部隊の後方で火の手が上がった。間違いない。デニスだ。ゴーゴリオは確信する。部隊が慌てているのが見える。部隊の者が後ろを向きデニスの攻撃に気を取られていた。
「デニスの攻撃が始まった。」
振り返り後ろにいる街の人達に伝える。大きな声で発破をかけたかったが、もしサジンの部隊に気付かれたら元も子もない。ゴーゴリオの声にやる気を見せる者もいたが、恐怖で顔を歪めているものもいる。
「俺が道の左側から先に攻める。皆は道の右側から攻めてくれ。」
これはゴーゴリオが先に部隊の前に顔出しおとりになろうということ。そうすれば街の男達の恐怖が少なくなればと思ったのだ。
「皆行くぞ。」
ゴーゴリオは言い終わると同時に両手を後ろに向けた。ゴーゴリオの背中で空気の流れが変わる。風がゴーゴリオをT字路へと勢い良く押し出した。まだ部隊はこちらに気付いていないみたいだ。ゴーゴリオは飛び出した勢いそのままで道の左端までくると、部隊に向け一直線に突き進む。途中後ろを振り返り街の者たちの様子を伺うと、指示したとおり道の右側を部隊へ向け突き進んでいた。ゴーゴリオと部隊との距離が一気に縮まる。一人の兵士がこちらに気付きライフルの先をゴーゴリオに向けようとする。後ろに向けていた両手を前へと出した。
「イカズチ!」
そう叫ぶと両手から電気が走る。向かう先は兵士の持つライフル。銃身を通り弾丸の火薬へと電気が走るとライフルが暴発した。倒れ込む兵士。他の兵士も異変に気付きゴーゴリオへと意識が向かう。意識のあとに銃身をゴーゴリオに向けようとする。だが、それよりも先にゴーゴリオの手から再び電気が他の兵士達のライフルへと向け突き進む。さっきと同じ現象が起きた。兵士がバタバタと倒れていく。右から爆音が聞こえてきた。目を向けると街の者たちがゴーゴリオと同じように兵士のライフルを暴発させていた。ゴーゴリオは兵士への攻撃を続けようとしたが悪寒が体中に走る。倒れた兵士達の向こうで無傷の兵士達が一斉にゴーゴリオへとライフルを向けていた。「まずい!」心の中で叫ぶ。
「カゼ!」
左へ手を向け叫ぶと、体の左側で強い風が起こりゴーゴリオの体を右へと吹き飛ばした。さっきまでゴーゴリオが居たところを弾幕が通り過ぎる。着地の瞬間左足に激痛が走った。足に銃弾が当たったのだろう。だが、それを確認している余裕はない。いくら魔法が使えると言っても放たれた銃弾を止めるだけの力はない。銃撃に対しての最善の対抗策は逃げるだけだった。右を見ると街の者たちの中を銃弾が通り過ぎて、数人が人間から物へと変わり地面に向かっていく。
「カゼ!」
今度は兵士に手を向け叫ぶ。すると、風が起こり兵士達の顔目掛けて進んでいった。兵士達は皆突然の風に目開けていられない。だがその風も長くは続かなく、兵士達は目を開けライフルを構えた。だが、そこにはすでにゴーゴリオの姿はない。兵士達は辺りを見回しゴーゴリオを探す。ゴーゴリオは街の者を銃撃している兵士達の側にいた。
「イカズチ!」
再びゴーゴリオの手から電気が走り兵士のライフルへと向かう。
「大丈夫か!」
街の者達に声をかけるが、ライフルの暴発の音で声は掻き消される。十人は殺されている。生き残っている者達も恐怖で顔を歪めていた。倒した敵の数もこちらの被害と同じ十人程度だろう。このままでいけばこちらは全滅してしまう。その時、敵の部隊の中央から大きな音が聞こえた。ゴーゴリオにはこの音に聞き覚えがある。デニスが得意の爆発する魔法を使ったのだろう。見ると部隊の中心から兵士達が放射線状に吹き飛ばされていくのが見えた。あれでは中心部にいた兵士は助からないだろうが、吹き飛ばされた兵士達はまだ生きている。
「聞け!お前達の指揮官はこここにいる!」
デニスの声が辺りに響いた。見るとデニスの前に一人の男が立っていた。この男がこの部隊の指揮官なのだろう。デニスは指揮官の首筋に誰からか奪ったのか、ピストルを当てていた。サジンの部隊と街の者達は戦闘の手を止め、皆が二人に注目している。
「この部隊を撤退させろ。」
デニスは会話するときと同じ声量で指揮官に指示する。指揮官はピストルを向けられている恐怖と部隊の敗北を悟って屈辱の表情をしている。
「わかった。」
戦闘時とは打って変わって静かになったせいで二人の会話は皆に聞こえた。
「撤退だ!本陣へ戻れ!」
デニスにピストルを向けられながら指揮官はこれ以上出ないというだけ声を張った。その声にサジンの部隊は無言で反応する。一斉に街の外へと向かって走り出した。ゴーゴリオは撤退する兵士達を眺めていた。屈辱の表情をしている者が居る中、安堵の表情をしている者もいた。走りながら悔しい表情で仲間の兵士の遺体を目で追う者がいる。それを見たときゴーゴリオは戦闘の虚しさを再確認させられる。部隊が街の外へ出たのを確認するとデニスは指揮官に向けていたピストルを離した。
「いいぞ。お前も部隊に帰れ。ただし、お前らの大将のところへ連れて行ってもらう。」
デニスは指揮官に顔を近づけ脅迫する。それを聞いたゴーゴリオはデニスへと駆け寄った。
「デニス!何を考えているんだ。殺されに行くようなものだ!」
ゴーゴリオはデニスに掴みかかった。
「わかってるよ。だが、サジンの本陣が街を攻めてきたらこの街はあっという間にやられてしまうだろう。サジンの本陣を見たか?千人はいる。」
ゴーゴリオはデニスを掴んでいる手を離した。サジンの数を聞き、気持ちが折れそうになるのを必死にこらえていた。
「交渉の場を持ってもらう。何とか戦闘を止めるんだ。犠牲者を減らすためには早いほうが良い。」
「だったら俺も付いて行こう。」
ゴーゴリオにはこの交渉がうまく行くとは思えなかった。サジンとしては戦闘を止める理由などない。このまま多勢でソーキンの街を攻撃すれば多少の被害は出るだろうが制圧することなど簡単だろう。交渉が成立するとも思えなかったし、デニスが無事に帰ってくるとも思えなかった。
「駄目だ。俺一人で行く。」
デニスはゴーゴリオの提案を断った。
「死ぬのは一人で良いだろう?」
微笑を浮かべデニスは言った。ゴーゴリオが次の言葉を発しようとしたその時、デニスは動き出した。ゴーゴリオの胸にデニスは手を当てる。
「ボルト・・・」
ゴーゴリオの体に電気が走る。体が痺れ口から発した音が言葉にならない。そして次第に気が遠くなってきた。
「デニス・・・」
ゴーゴリオの意識が遠のいて行くのを確認したのか、デニスは電気を止めたようだった。口から一言ひねり出すことができた。
「俺の家族を頼む」
薄れていく意志の中でデニスの声が遠くで聞こえた。




