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2話

キルクはソーキンの街に来ていた。この街が襲われてからすでに六年。あの事件ではこの街の住民の半数近くが命を落としていた。それでも月日の経過の力で街はほぼ再興している。キルクは朝母さんと顔を合わせたくなかったため早く起きて家を出てきた。そんなキルクの行動が母さんには分かったのか、玄関には「キルクへ、」と書かれた紙袋が置かれていた。中には母さんの二月分の給料に当たる金額が入っていた。キルクはそれを見たとき涙が零れるのを止められなかった。

 この街にキルクが来たのは合いたい人が居たからだ。キルクにとって親戚に当たる人で、名前はゴーゴリオ。確かもう50歳くらいになるはずで、昔からゴーおじさんと言って慕っていた。何度か来たことがあるためゴーゴリオの家には迷うことなくたどり着くことができる。辺りの家に比べて年期の入った家がゴーゴリオの家で、町が襲われたときにも残った数少ない一つだった。その古びた扉をゆっくりと明け中を覗きこむ。

「おはよう。キルクです。ゴーおじさんいますか?」

 キルクの声が家の中で反響し、キルクの耳へと返ってくる、

「キルクか、久しぶりだな。遠慮しなくていいから入れ。」

 キルクの声に続いて、野太い声が家の中に響き渡った。キルクは扉を開け中に入る。そこには体の大きいヒゲ面のゴーゴリオがソファーに座っていた。

「お久しぶりです。元気ですか?」

 もう一年以上顔を合わせていなかったためか、少しゴーゴリオが老けたように見えた。

「体は元気だぞ。だがこっちは元気じゃないな。」

 満面の笑みを浮かべながら右手で親指と人差し指で輪を作る。お金という意味だ。

「そろそろキルクも仕事しなきゃならない年になるんだな。魔法使いはやめたほうがいいぞ。もう昔みたいにはいかないからな。」

 キルクもゴーゴリオも魔法使いの家系だった。親から知識と技術を学び、それを後世に伝えてきた。今は科学が進み、学問ができる人が重宝される世の中になってきている。少し前は、火を起こすのも、物を運ぶのも、なにもかにも魔法使いの仕事だった。それが火を点ける道具ができ、車が発明され、今度は空を飛ぶ物が開発中だと聞いたことがある。魔法使いとしての仕事が昨今激減してきていた。

「それでも俺は魔法使いになるよ。そのために今までやってきたんだから。」

 それを聞いてゴーゴリオは一瞬嬉しそうな顔をするが、すぐに険しい顔になる。

「そうか。大変だぞ。間違ってもお前の親父みたいなことにはなるなよ。」

 険しい顔から今度は悲しそうな顔になる。

「ゴーゴリオ。今日は父さんの話を聞きたくてここにきました。」

「昔話か、デニスは優秀な魔法使いだったからな。皆も知っている英雄だぞ。どの武勇伝を聞きたい?」

 ゴーゴリオの笑顔の向こうに悲しみが見える。キルクは質問で返した。

「父さんは生きているんですか?」

 ゴーゴリオの笑顔がぴたりと止まった。

「デニスはあの夜に死んだよ。」

 目線を下に向け呟く。間髪入れずキルクは叫んだ。

「いや、違う。父さんは生きている。ゴーゴリオが母さんと話をしているのを俺は聞いていたんだ。」

 ゴーゴリオの顔つきが変わった。あきらかにキルクを睨んでいる。まるで別人のように恐い顔をしているゴーゴリオの迫力にキルクは怯み、後ずさってしまった。それを見たゴーゴリオは諦めの表情を浮かべた。

「そうか、聞いていたのか。」

 キルクは黙ってゴーゴリオを見つめている。父さんのことを話してくれるのを待っていた。

「あの夜の話をしよう。少し長くなるから飲み物でもどうだ。」

 そういうとゴーゴリオは左手を軽く持ち上げると冷蔵庫へと指先を向け、手をゆっくりと手前へと引く。すると冷蔵庫の扉が手と同じ速さで開いた。次にまた左手を軽く動かすと冷蔵庫の中から缶ジュースがふわりと宙に浮かび、二人の前へとゆっくり飛んでくる。

「こんな力じゃ何の役にも立ちやしなかったんだ。」

 ゴーゴリオはそう言うと缶ジュースを開け、一口つける。そして、あの夜のことをゆっくりと話し出した。


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