あなたはいったい誰なんだ?
とある電車内。
一人の男が疲れた顔をして、座席でぐったりと項垂れていた。
彼の名は滝健太。
面接が終わって帰宅途中である。
「今回も、ダメかなぁ…」
外は雨が降っていて、車窓から見える夜景は暗い。
車両内に健太以外の人影はなく、静かなもので、窓に打ち付けられた雨粒の音がうるさく聞こえるほどだ。
「考えても仕方ない、なるようにしかならないんだ…」
自分に言い聞かせるように、独り言を呟く。
彼は今まで幾つもの会社を受けたが、それら全てから御祈りの手紙しか来ていなかった。
「はぁ~疲れた、本当に…」
ふと外に目を向けるが、車窓についた雨粒が流れるだけで、暗闇しか目に入らない。
まるで今の気分のようだなと、更に気が滅入ってくる。
「ダメだ…、少し寝よう」
健太は再び俯くと、すっと目を瞑った。
どのみち目的地は終点だ、乗り過ごすことはないし、それに寝てしまえば、少しは気分が落ち着くと考えたからだ。
しかし疲れているのに、眠ろうとしても一向に意識が落ちない。
考えないようにしても、どうやっても今後の事を考えてしまう。
眠ることも満足に出来ないのかと諦めて目を開くと、視界に飛び込んできたのは真っ白な空間であった。
───明らかに電車内ではない。
「え?あ?…なんじゃこりゃ?」
聞こえていた雨の音すら、いつの間にか消え失せている。
ひょっとして、自覚がないだけで既に寝てしまったのか?
いや、夢にしては意識がハッキリしすぎているように思う。
自分の頬っぺたをつねるとハッキリと痛みを感じるし、夢ではないと思えた。
かなり混乱しているが、今の状況が普通ではないくらいは分かる。
何が起こったのか調べなくてはならないと考え、先ずは辺りを見渡してみた。
辺りは白く輝くだけで、腰掛けていた場所…そこにある出っ張り以外は何もなく、頭がおかしくなりそうだ。
ここは部屋なのか?それとも先があるのかないのか?
全てが判断につかない白い空間、見ているだけで上下左右の方向感覚さえも狂いそうになる。
「おーい!おぉーい!誰かいませんかー?」
声を上げてみるが、反響しているのかどうかも良く分からない。
空間は明るく恐怖はあまり感じないが、磨り減っていた精神だけは心細さと不安で潰されていく感覚に陥ってゆく。
「ダメだ、誰も居そうにないし、何もわからない…。だからって、ここにいても仕方ないよな」
腰掛けていた出っ張り部分に硬貨をおいて、そこを目印にする。
よほど遠くへ行かない限り、これで元いた場所は見失わないハズだ。
あとは、とにかく目印を基点に周りを調べてみよう。
調べなければ何も始まらない、そう考えて一歩を踏み出した時───
「迷える魂よ、どちらに行かれるのですか?」
「うわっ!?」
背後から急に声をかけられ、ビクッ!と健太の身体が跳ねる。
そのまま振り返ろうとしたが、慌てた勢いで尻餅をついてしまう。
「あいてて…っ」
転倒したまま声の方を見上げてみると、そこには絶世の美女がひとり立っていた。
肌は絹のように繊細でスタイルも抜群に良く、ブロンドの長髪に青い瞳。
普段着じゃ見ないような薄い布地を身に纏っていて、妖艶さを感じる。
「大丈夫ですか?」
「あ、すいません。少し驚いただけなので、平気です」
健太は身体を起こし、美女へと向き合った。
見渡した時は確かに誰も居なかったはずが、突如として人が現れたのだ。
第一声が「迷える魂」とか言っていたし、かなり怪しい。
(───いや、こんな美しい人が怪しい訳などあろうか?)
「あなたはいったい?」
「私は魂を司る女神───ルモネラ」
「女神…様?」
健太は首をかしげた。
それなりに神話関連について知っているつもりだが、ルモネラという名の女神は聞いたことがない。
やはり怪しいか?
宗教の勧誘なのかと身構えるが、こんな妙な場所に連れ込んでまでやることだろうか?
一般的な家庭で育ったし、金持ちでもないから手の込んだ勧誘をして騙す価値はないはず。
(───怪しい訳がない)
ただ一つ確実なことは、目の前の女神を名乗る女性が、人ならざるものだと本能が悲鳴をあげている事だ。
見目麗しいが、見惚れすぎて意識を持っていかれる感覚があり。
美しい声だが、聞くだけで思考が鈍る気がした。
女神という存在が本物で、何かしらの理由で現れた可能性があると考えてもいい…のだろうか?
この状況、頭が回っていないからか、理解しがたい。
(───女神様なら、人間が理解できなくて当然だ)
健太は地面に膝をつき、深々と頭を垂れる。
「自分は滝健太と申します。先ずこちらから名乗るべきでした、大変失礼を致しました」
もし相手が神様であるならば、礼節はわきまえなければならない。
「良いのです、おそらく混乱していたのでしょう。顔をおあげになって」
「お、恐れ入ります…」
(───なんと寛大な言葉なのだろう)
健太は感謝し、恐る恐る顔を上げた。
女神様の姿を見れば、この世のものとは思えない美しさに意識がクラクラする。
しかし今は惚けている場合ではない。
自分の状況を知らなければと、何とか言葉を振り絞った。
「女神様にお尋ねしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「…いいでしょう、哀れな魂に救いの言葉を与えるのも女神としてのつとめですから」
「ありがとうございます。早速ですが、ここはいったい何処なのでしょうか?」
「ここは死後の世界です」
「…えっ?」
「三途の川を渡る前の状況と言えば、分かりやすいでしょうか」
「いや、ハハハ…そんなまさか。帰りの電車で目を閉じただけで、そんな」
これはやはり夢なのだろうと、ほっぺたを再びつねってみる。
…が、やはり痛い。
「あの…。死後の世界って事は、ここにいる自分は死んでいるという事ですよね?」
「えぇ」
「ほ、本当に?」
「残念ですが本当です」
「頬をつねってみたんですけど、痛みを感じるんですが」
「魂だけであっても、痛覚の錯覚はあります。例えば、手足を失った人間が失った部位の感覚が残っている…という話を聞いたことはありますか?」
「…たしか、そんな話をどこかで聞いたことがあるような」
「魂だけになったばかりですから、生前の姿形が残滓になって、そう感じているのでしょう」
「なるほど…」
(───女神様が言うのであれば、そういうものなのだろう)
「では、女神様が来て下さったのは、死んでしまった自分をあの世へ導く為という事でしょうか?」
「いいえ、そうではありません。貴方には素敵な提案をしに来たのです」
「…提案ですか?」
「私の力を使い、新たな世界…異世界へと貴方の魂を送り、新たな肉体とチート能力を与え、第二の人生を歩めるようにすることです」
(───なんと素晴らしい提案なのだろう)
…いや、これは素晴らしい提案か?
自分は今、何故そう思ったのだろうか?
言っている意味が分からない。
チート…。
ゲーム用語として覚えがあるが、自分はチートというものに忌避感を持っていたはずなのになぜ…それを何故、疑問も持たずに素晴らしいものだと思ったのか?
未だ思考が定まらないフワフワとした意識を繋ぎ止め、健太は口を開く。
「再び質問をする事をお許しください。その提案は女神様にとって、何の特があるのでしょうか?」
質問を投げ掛けた時、一瞬の間があった。
女神様の顔がその一瞬だけ歪んだように感じられた。
だが女神様は即座に気を取り直し、品定めするような視線を健太に向けて言葉を紡ぐ。
「異世界には、世界をより良い方向へと導き救う救世主が必要なのです。その役割を貴方に託したい。チート能力や新たな肉体は、これまでの…不幸なだけの人生を送ってきた貴方に対する正当な餞別であり、祝福なのですよ」
「祝福…」
「えぇ…。幼い頃から勉学も運動も努力しても上手くいかず、持病はあれど才能はなく、友人も彼女にも恵まれず、現在は就職もままならない。
いわゆる負け組の人生。
そんな哀れな魂を女神として救済し、新たな世界で今度は英雄としてやり直し、これまで不幸だった分を幸せで清算して謳歌できるようにできるのです」
(───ありがたい話だ、こんな不幸なだけの自分に幸福を掴む機会を与えてくれるなんて…なんと素晴らしい女神様なのだろう)
健太は拳を握り締め、そして自分の額に思い切り叩きつけた。
───ガツン!という衝撃音が聞こえたが、痛みはない。
女神様の言うように、本当に死んで魂だけの存在になったのかもしれない。
しかし今、ようやく思考は自分自身に戻れたような気がする。
「ふふふ…、はっはははは!そりゃあ傑作ですよね!」
言われている事も一概には間違っていない。
そして目の前にいるのは女神様だ。
失礼がないようにしなければならないし、なにか言い返したくても堪えなくてはならないのだろう。
だが黙って聞いて、「はいそうですか」と言いたいとも思えなかった。
「順風満帆な人生じゃなかったですよ。
仰るように就職もままならなくて、バイトをしながら食い繋いでる状況でしたし。
負け組の人生?たしかにそうかもしれませんね。
不幸なだけの人生?いいや違う、それは否定させてもらいますよ。
それだけじゃないからです、自分というものは!」
健太の脳裏に、これまで歩んできた人生の記憶が溢れた。
幼少期の友人、学校の行事、親兄妹との祭事、今は亡き祖父の姿、様々な思い出が甦る。
死んでいる状態であっても、走馬灯というものは見えるらしい。
「短い時間、子供の頃ですが、少ないけれど友達もいました。
友達と呼べる人がいない時だって、家族が傍にいてくれた。
ささやかな幸せや、楽しいことだって、確かにそこにはあって…それらは思い出として確かに残っているんです。
それを他の誰かに、たとえ相手が神様であっても!
不幸なだけの人生だったなんて決め付けられる筋合いはないんですよ!
ツラい事もあった、確かにあったけど、それが何だって言うんです!?
自分よりも酷く追い込まれ、心が折れて打ちひしがれた人たちを知っている!
先が見えず絶望し、自らの命を絶った人。
おにぎり一つさえ食べれなくて、飢えて死んだ人!
酷い親の元に生まれ、助けも呼べず死んだ物心つかない子も!
災害に巻き込まれたり、事件に巻き込まれたり、そういう目に会った人達だっているんです!
世界を見れば、自分よりもはるかに不幸な人など、ごまんといるでしょうに!
彼らだって、もっと生きたかったかもしれないし、好きで不幸になったわけじゃない、悪いことをしたわけでもない!
自分の世界だって厳しい事や辛いこと、苦しい事が沢山あって、その中で必死で生きている人もいるのに!
そんな状況の世界を放っておいて、他の世界?異世界の救済?
自分より不幸な人たちを差し置いて、自分にだけ餞別?祝福ですか?
なるほど、凄くオイシイ話だ!
あるわけないだろう!自分ごときにそんなものが!
あなたが女神様で、そんなチート能力を与えるような力があるのなら!女神様が世界を救えばいいんですよ!
そして、救済がどうとか御題目があるんなら!自分たちの世界も、その力で救って下さいよ!
でなければ、あまりにも、あんまりじゃないか!
自分は新たな肉体も、チート能力もいらないです。
死んだと言うのであれば、それでいい。
受け入れて、あの世に行くしかないでしょう。
少なくとも、自分はこれまで必死で生きてきました。
親父やカーチャンより、先立つことに未練はありますけど、死んでしまったのなら結果だ。
一度きりの人生で、それは誰もがそうなんだ。
きっと、あの世にいる爺ちゃん達に会ったとしても、この死を受け入れた選択を否定しないと思いますよ。
残念とは思われるかもしれないけど、これまで必死で生きてきた事はきっと認めてくれる。
だからもう、それだけで十分なんです」
───そこまで言って、健太は我に返った。
「…はっ!し、失礼しました!大変無礼な物言いを」
地べたに這いつくばり、健太は再び頭を下げる。
変な場所、そして自分が死んだのだと聞かされて冷静でなかったこともあるが…。
それを加味しても、話の途中で女神様に対して失礼な態度をとってしまった。
健太の人生を不幸と断じたことそれ自体、女神様に悪気はないのかもしれない。
新たな人生の提案というのも、純粋に善意で言ってくれた可能性がある。
それに考えが及ばなかったこと、思慮が足らなかったと、健太は深く反省した。
「いいえ、気にしてませんよ?それらの疑問も当然でしょう。しかし、それには理由があるのです、私が世界を救いたくても出来ない理由が…」
「そ、そうなんですか?」
「…えぇ。かつて私は、異世界に転移してきた邪悪な人間と戦い相討ちとなり、その反動で大半の能力が失われ、異世界に散らばってしまっいました。ですから本来の力がない今、私の力で世界を救うことは出来ないのです」
「そんな事情も知らず、申し訳ありません。お恥ずかしい限りです…。気持ちの高ぶりを抑えられない、未熟者でした」
健太は頭を下げた。
自分の未熟さゆえの言動を今は恥じている。
その気持ちに偽りはない。
…だが、同時に警戒を続けるべきとも思った。
女神様が自ら世界を救えない理由は一応納得した。
しかし健太を救世主として選んだ理由…その答えは言っていない。
「ふふ、まだ少し疑っているようですね?」
「…いえ、はい。恐れながら、異世界を救う為だとして、自分などを選んだ理由が分からないんです」
「貴方だけを特別に選んだ訳ではありませんよ、安心してください。貴方以外の不幸な者達も全て私が導き、みな異世界で元気にやっていますから」
「…えっ?そうなんですか?自分が言ってたような人たちが」
「えぇ、哀れな魂は全て私が救済し、新たな肉体とチート能力を与え、異世界へと送り出しています」
「なるほど、だとすれば…。昔からそのような救済を?」
「そういうことです、救世主は多い方がいいですから」
「安心しました。それなら、自分の祖父も同じように魂の救済がされていたり?」
「はい」
「まさか、亡くなった自分の兄さんも異世界に!?」
「えぇ、もちろんです───」
この女神様の返答を聞き、健太は思考がクリアになった。
「…すみません女神様。自分は先程、ひとつだけ嘘をつきました」
這いつくばっていた身体をゆっくり起こし、健太は女神様から…少し距離をとりながら話す。
「───嘘、ですか?」
女神様は相変わらずニコニコとした笑顔を見せているが、返す言葉からは温もりは感じられない。
悪寒がする、足元の感覚が失くなるような錯覚。
足がすくむというヤツだ…。
健太は深呼吸するように深く息を吸い込んで、そしてゆっくりと吐き出すように、女神様の疑問に答えた…。
「自分に"兄さん"なんていませんよ…」
兄妹はいる、妹はいても兄はいない。
亡くなった兄という言葉は、健太のデマカセだった。
「存在しない者を、あなたはどうやって救済したんですか?」
試すような真似をした。
だが、それはお互い様だろう。
目の前にいる、女神ルモネラと名乗る者は嘘をついていて。…理由は分からないが、こちらを騙そうとしているのだから。
───いや、そもそも本当に女神様なのか?
人ならざるナニカであると、本能が警鐘を鳴らしているが、それが女神様であるという証拠にはなり得ない。
疑問が疑問を呼び、健太は最後にもう一つ、重ねて質問を投げ掛けた。
「───あなたはいったい誰なんだ?」
健太が言葉を発した後、女神様の笑顔が崩れた。
その言葉通り、ぐにゃりと女神様の頭部が歪み、顔であった部分が崩れて失くなったからだ。
グネグネと…ネバネバと、顔であったものが液状化して混ざり合い、赤黒く濁ったヘドロの塊になっていく。
それに目を奪われ呆然としている間に、濁った塊には無数の口が現れ…。
ぐちゃりと音を立ててそれが開いた。
「ケタケタ」、「ひゃははは」、「きゃっきゃっ」、「ゲラゲラ」、「くすくす」と…。
老若男女の笑い声をあげながら、反芻するように、今度は健太の言葉を繰り返し始める。
「貴方は一体だれナンダ…?
アナタはイッタいダレなんダ?一体ダレ?
あなたハいったイッタイいったイダレ誰だれダレダレなんだ?
アナタハ一体だれなんだ?アナタハいったい?
貴方はイッタい?ダレなんダ一体だれナンダ?
アナタはあなたは…アナタはアナタあなたは貴方アナタアナタあなた貴方───」
一つの言葉を無数の口から呪詛のように吐き出される笑い声と疑問の言葉。
それらが響き渡るたびに、周りの風景も徐々に黒く塗り潰されていく。
健太は身体が強張り動けず、変貌した女神を見続けることしか出来なかった。
変貌した頭部と裏腹に、身体は妖艶なままの…人の形を保っているだけ余計に不気味に思えた。
不快感が全身を蝕み身体が震え、健太がガチガチと歯を震わせながらも目を離せずにいると。
今度は変貌した頭部から、幾つもの眼球が生えてくるのが見えた。
真っ赤な血眼、黄色く濁った目に、空洞のように黒い眼球…、中には幼く澄んだ瞳。
女神の頭部がそれらを蓄え、不揃いのブドウのように膨らむと、生えた眼球を触手のようにこちらに伸ばして、健太を取り囲むようにしてギョロギョロと覗き込んでくる。
さらに禍々しくなった姿は、見れば見るほど恐怖という感情が湧いて出て、健太の全身を這いずり回る。
そして同時に、未だに女神を美しいと感じている自分自身にも吐き気がした。
人は美術、芸術品に触れた時、琴線に触れて感動することがあるが、それとは違う。
琴線に触れられて、無理矢理に感情を操られている感覚。
これは見惚れているのではない!警戒から目を離せないのだ…と己に言い聞かせて意識をつなぎ止めた。
───しかし、どうすればいい?
───自分に、なにができる?
つなぎ止めた意識で思考を巡らせる、一瞬だが長い時間。
しかし状況を打破する考えは思い付かない。
繋ぎ止めていた意識も再び女神に魅了され始め、もはやこれまでかと半ば諦めかけた時。
ふと、亡き祖父の昔話を思い出した。
それは、怪異の話。
甘言で人を騙し、誘惑し、破滅へ導く存在の話。
あった、最後まで足掻く手段は。
───それは、拒絶だ。
怪異というものは、こちらから呼ばなければ…こちらから立ち入らなければ、そうそう手を出せないものだと祖父は言っていた。
もし傍までやってきたとしても、受け入れなければ此方へ中々手を出せないものだ…と。
自分は怪異を呼んでいない。
相手のテリトリーに入った…わけでもない。
そして今のところ、目の前の怪異を受け入れていないし、歓迎もしていない。
むしろ拒否している。
健太は覚悟を決めて女神を…いや、怪異を見据えた。
無数の眼球がこちらを見返してくる。
(───なんて美しいのだろう、この女神様を受け入れさえすれば、自分は第二の人生で幸せになれるのに)
…本当に頭にくる、癪に障る、反吐が出る。
こいつは自分の人生を、不幸の一言だけで片付けて否定した。
こんなヤツが美しいものか。
「自分は何があっても、どんな理由があろうと、貴方の提案は受け入れない」
恐怖を怒りで塗り潰す。
「拒絶する、絶対に」
恐怖も本物だが、この怒りもまた本物だ。
もう打つ手はないが、口は出す。
『───そうだ、よく言った』
「えっ?何?誰だ!?…うわっ!」
何者かが、怪異ではない別の誰かが、健太の肩を掴んで後ろへと引っぱった。
その行為に敵意は感じず、怪異を目の前にした時のような悪寒もない。
それどころか、懐かしささえ感じた。
「っ、ととと…ぉ!」
しかしだ、引っ張られたのは事実だし、何者かに対しては文句の一つでも言うべきだ。
そう思って踏ん張ろうと試みたものの、いつの間にか足元は完全に崩れさっていて…。
踏ん張ろうとしていた足は、虚しく空を切る。
「うわっ、うわあぁぁー!!?」
健太は何もない空間へと落ちてゆく。
勢いよく、しかしゆっくりと…。
落ちる…。
「───客さん…。お客さん、起きて下さい!」
「はっ!?…あれっ?」
「お客さん、終点ですよ。駅、閉まっちゃいますよ?」
「あっ、すいません…」
落下する夢を見ていた、落下する夢を。
縁起でもない、面接を受けたばかりだというのに。
健太は駅員さんにペコペコと頭を下げ、電車を降りた。
頭を掻いて、寝惚けた頭で思う。
落下する夢って、なんで落下する前の内容は覚えてないんだろう…。
「まぁいいか、あぁ~疲れたぁ…。帰って寝なおそ」
時間を確認しようと、折り畳み式の携帯電話を開く。
丁度そのタイミングで着信音が鳴った。
「おぁ!?カーチャン…」
面接があることは伝えていたから、その話だろうか?
少し気が重いが電話を取る。
ピッ───
「もしもーし…。うん、面接は終わった。いま駅に着いたとこ」
就職難の時代とはいえ、定職につけていない事に負い目があった。
「うん…それは大丈夫、ちゃんと食ってるから。…お盆?あー、そうね。久しぶりに帰るわ」
特に責めるような言葉はなく、心配している言葉を掛けられる。
「そうだ…。その時さ、墓参りと掃除、俺もついて行くから。お盆に帰った時くらいはね…」
そうしたくなった理由は分からない…。
ただなんとなく。家に帰っても、長居することもなかったし、気分転換も兼ねてと思ったのかもしれない。
「じゃあ、また今度ね。うん、ありがとう。親父にもよろしく、おやすみ」
駅を出ると雨はすっかり上がっていて、空を仰ぐと星空が浮かんでいた。
何とかなる、カーチャンは最後にそう言ってくれた。
決して前向きにはなれないが、それでも自分はまだ生きていて…抗おうと思う。
先が見えない暗闇でも、星屑ほどの明かりがあるのなら、それを信じて前へ…。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
私が書いている【風来の奇譚録】に関係する話を短編ホラーとして仕上げたつもりです。
少しでも楽しんで貰えたなら嬉しいです。




