厨二猫と社畜のおはなし
「なぁくりぃむ、俺、明日の仕事行きたくないんだ……」
目の前の猫に言った。コイツは真っ白で蒼目の喋る猫。自分のことを気高いと思っている。
「ふふ、われはこの公園でキサマと出会った。少しだけなら愚痴を聴いてやろう。何故なら、われは神ニャントゥナから選ばれし使徒だからなぁ〜ん!」
いわゆる厨二猫ってやつだ。思春期特有の特徴を持つ奴が、猫にも居ることを最近知った。
仕事で落ち込んだ日に公園に寄って地面を見ていたら突然現れた喋る猫。俺は「くりぃむ」と呼んでいる。
名付けた日から何故か話せるようになった。だからと言って何か好転したわけでもない。俺の仕事にいきたくない気持ちは、一向に消えない。
俺はため息をついて言った。
「くりぃむは良いよな。野良だから好きに生きれて。労働とかお金とか見栄とか地位とか。そういった人間の汚い部分を感じなくていいから」
くりぃむは、首を傾げる。
そして真顔で言った。
「キサマにはニャントゥナの加護が無いのか、可哀想に。だからそんなしみっ垂れた目をしているのだな。なるほどわかったぞ。キサマは堕天使ニュシファーだなぁん!」
「顔の話はしてないぞ」
俺のツッコミはお構いなしに、くりぃむが後ろ足で頭をかきながら目を細めている。キツネのように切れ長な線がふたつ。しばらく眺めていると、海がこぼれたような水色の瞳がぱっちり映る。
「……なんだ」
「いや、ニャントゥナの使徒の瞳は綺麗だなって」
「ふ、ふん。キサマの漆黒の垂れ邪眼も、覚醒すれば強くなるだろう」
くりぃむは、嬉しそうに、先ほどと同じ仕草をした。褒めてほしそうにしている。実にわかりやすい厨二猫。
俺は、時計を見た。
「そろそろ帰らないとな。あぁ、明日会社に行くのが憂鬱だ。飯も掃除も、何の準備も……なんなら風呂も入りたくない。くりぃむ、ニャントゥナに伝えてくれ『俺だって猫になりたい』って」
くりぃむはキョトンとした顔で言った。
「くだらないこと言わずに働け」
厨二猫の突然の正論。
結構効いた。
効いただけに腹が立つ。だから反論をした。
「野良猫のくせに。生意気な」
「キサマは社畜。われはニャントゥナの使徒。自由にのびのび生かせてもらうなぁん」
刹那。
カラスが鳴く。
くりぃむが低く伏せながら警戒する。やはり野良としての本能があるのだな。
(仕方ねぇなぁ……)
生意気な口をきいても猫は猫。弱いもんだ。そう思いながらくりぃむを狙うカラスを追っ払おうとした。
「ゃ、やめろ、社畜……」
「?」
くりぃむが先ほどとは打って変わって、か細い声で言った。しかし、その水色の瞳にはハイライトがあった。
「これは、ニャントゥナの使徒と漆黒のカラスとの戦い。よその種族は黙って去るのだ」
「くりぃむ……」
くりぃむは、カラスに向かってシャーと威嚇していた。
(そっか、コイツは現実から逃げていない)
諦めたら死ぬのだから。
それに比べて俺はなんとくだらない理由で社畜を辞めたがっているのだろう。
(諦めても死なない、ただ『恥』だけが残る。そんな人間の苦しみなんて、最初から猫には解らなかったんだな)
猫と人間。
違うベクトルで、毎日を必死で生きてるんだもんな。
「負けるな、くりぃむ。明日会えたらまた、愚痴を聴いてくれ」
俺は勝負の結果を見ることなく、その場を去った。どうなるかわからないが、俺は俺なりの明日を生きる。
生き残る。
……だからくりぃむも……というのはご都合主義だろうか。だが俺はきっと、どんなになっても、くりぃむの水色の瞳の美しさは忘れないだろう。
「がんばれ……そうだ、がんばれ」
仕事用の大きな鞄を持つ俺の影を眺めながら、自分に言い聞かすように、そう呟いた。
End.




