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第13話 祈ればきっと彼は来る③

 ずっと王都を駆け抜けていたリシェルとカイルは、ようやく、足を止めた。



「これで、王都全域のゾンビに声は届いたはず。条件は整いました」



 王都全域から、畏怖の念があふれ出る。

 それらはイクリプスの真下に収束し、渦を巻く。

 十五万人の恐怖心から、今、新たな怨霊が生まれた。



挿絵(By みてみん)


「何かすっごいフワフワしてる!」



 リシェルが目を丸くしていた。


 それは、白く、丸く、何だかこう、フワフワしていた。

 綿の塊のような身体に、小さな手足、つぶらな目。それが、ふよふよと空に浮かんでいた。



「ちょっと、フッワフワじゃないですか!?」


「怪談をしっかり練らなかった結果だな。俺たちの、何かこう、強くて飛べるやつっていう、フワッとしたイメージが具現化したんだ」


「いやだからって、あそこまでフワッとしてなくても」



 フワフワは、巨大な綿毛のように空を漂い――その頭をレーザーに貫かれた。



「フワフワさぁぁぁん!」



 ちょっと愛着の湧いていたリシェルが叫ぶ。


 フワフワさんは一瞬だけ停止し、そのままポフッと弾けた。

 白い粒子が、空に散る。



「……フワフワさん」


「感傷に浸ってる場合か、また新しいピンチらしいぞ」



 カイルが空を見上げる。

 リシェルも遅れて気づく。


 ――そうだ、フワフワさんのインパクトで忘れてたけど。

 ――巨大戦艦(イクリプス)は今、レーザーを撃てないはずじゃ……。


 さっきまで沈黙していた砲台が――再び、光を帯びている。



「……レーザーが、復活してる?」





 王都東方、交易地跡。

 ギャング団の肉片が散らかっていた。

 銃も車も、何もかもが破壊されていた。

 死体の隣に、影が立っていた。

 人型だが、その身体は三メートル近くあり、黒い外骨格のような装甲に覆われている。

 その腕は、まだ一人、息のあるギャングの首を握っている。


「ま、待て……! 話せば――」


 言葉は途中で終わった。死体は無造作に投げ捨てられる。

 影は輪上の装置を拾い上げ、耳元の通信機に手を伸ばした。


「こちらガロン。貸し一つですよ、ムー?」





 飛行船内。

 アゼルは煙草をくわえながら、全滅した部下たちを眺めていた。黒い装甲に身を包んだエイリアンが彼を指さしてくる。



「残ってるのは貴様一人だ」


「リルケお前、単身で来たのか? 艦隊も連れずに? ひょっとして、殴り合いが好きだったりする?」


「殺すぞ」



 アゼルは知らなかったが、それは最悪の煽り文句だった。

 リルケもやりたくて単騎で乗り込んだわけでもない。リルケ自慢の艦隊は、昨日ギャングの一団に全滅させられている。

 アゼルが笑う。



「俺は嬉しいね」


「嬉しい?」


「俺はいつも悩んでいる。俺は艦長でありながら、指揮官として致命的な(さが)を抱えていてな」


「あ? 何の話……」



 アゼルは一瞬で距離を詰め、リルケの顔面を殴り飛ばした。

 リルケの頭部に大きな亀裂が入る。

 床に転がるリルケを、アゼルは冷たい眼で見下した。



「自分が前に出て、殺したくなる」


「ッ……舐めるなよ、地球の原始生物め!」





 王都にて。

 ムーが両手を広げた。



「重力使いはガロンが殺した。アゼルはリルケが抑えている。もう私の邪魔をするものはいない」



 イクリプスのレーザー砲がエネルギーを充填していく。

 最初にリシェルのドローン艦隊を仕留めたときよりも、光が強い。目に見える形で、これまでとは比べ物にならないエネルギーを貯めている。



「あの白いフワフワが君の策かい? あれが貯めたエネルギーも霧散した。もう残滓も残ってないね」



 カイルは半壊した塔の上に立ち、まっすぐムーを見つめた。

 拡声器を手に、命令を送る。



『畏れろ』

『膝を折れ』

『天を仰げ』

『震えて祈れ』

『ただ願え、誰かが救ってくれるはずと』

『希望に縋れ』



 ムーが肩をすくめる。



「悪あがきかな? 皮肉だよね。八王国もかつて、誰かに救ってもらおうと祈ってた。結果的に、彼らは災厄を招いただけ。それなのに、君は何も学習しないのかな?」


「祈ればきっと、彼は来る」


「もういいよ。すべてを消し去れ、イクリプス」



 結果から先を言えば、イクリプスは命令を無視した。

 本来、AIが命令を遵守しないなどあり得ない。

 唯一の例外は――司令官の命を脅かすほどの存在が現れたときだけだ。


 イクリプスの砲台が、一斉に(きし)んだ。

 本来であれば地表に向けられる数百の砲門が、ゆっくりと動く。

 上空へ照準が引き上げられていく。

 ホログラムの警告文が次々と点灯する。


『高エネルギー反応を検知』

『危険度評価――更新』

『更新』

『更新』

『更新』


 照準は、空の一点に固定された。

 カイルがボソリと言った。



「祈ればきっと、災厄(かれ)は来る」



 大空に、()は浮かんでいた。

 レーザーが放たれる。

 一筋で山切り裂き地形を変え、王都の一部を蒸発させたレーザー光線。

 その数百の光の筋は、すべて、彼一人を殺すためだけに集束した。

 ただ、イクリプスとカイルだけは知っている。

 彼を殺すには、それでも火力が足りないことを。


 黒いマントを翻しながら、彼は片手を上げた。

 ただ、それだけだった。

 それだけで、王都を消し飛ばす威力のレーザーが、彼の掌で止まっていた。

 空気が震える。

 地面が軋む。

 それでも彼は、中空に浮かんだまま、微動だにしない。


挿絵(By みてみん)



「僕が、来た」



 そう言って、ダークヒーローは地表近くに降りてきた。

 塔の上のカイルと二人、まるで長年の友のように、目線を合わせて笑いあう。



「来ると信じてたよ。俺、お前が初めてこの世界に来たときのこと、見てたんだ」


「来るよ。だって僕は、みんなのヒーローなんだから」



 ダークヒーローの眼から放たれた赤いレーザーが、カイルの身体を真っ二つに引き裂いた。


 血しぶきが舞い、カイルは上半身だけになって塔から落ちていく。それでも、まるでそんな暴力なんてなかったように、二人は笑いあったままだ。



「俺たちは、”助けを求める顔”してたかな?」


「ああ、もちろん……ずっとずっと、殺したかった」



【ホワイトボードの記述】


ギデオンハート王国

侵略者:ダークヒーロー

備考:『助けを求める顔』をすると、ヒーローが殺しに来る。



 ギャングたちの重力操作で、リミットはさらに早まっている。

 月が地面に落ちるまで、あと一時間と三二分。

畏れて、膝を折って、天を仰いで、震えて祈って、誰かが救ってくれるはずと願って、希望に縋る人はさすがに助けを求める顔してるでしょう。

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