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第11話 祈ればきっと彼は来る①

《リシェル視点》

 空を覆う巨大戦艦(イクリプス)を、私はぼーっと見上げていた。

 やがて地面に目を向ける。


 ――これ、死んだな、私。


挿絵(By みてみん)


 ――はい、人類はもう終わりです。

 ――あれはもう、兵器じゃないです。

 ――月と同じ、存在が終末です。


 人類の希望はもうない。

 どれだけ足掻こうが、結果は変わらない。

 そう思った瞬間だった。



「あれ、だいたい直径四キロある」



 カイルさんが巨大戦艦(イクリプス)を見上げて言った。



「欲しい」



 意味がわからない。

 言葉の意味はわかるんだけど、わからない。



「いや……いやいやいやッ! アレを魔方陣に使う気ですか!?」


「侵略者から月に対処できる力を奪い取る。最初はそういう方針だったろ?」



 カイルさんは平然としている。

 確かにそれはその通りであるけど。



「拡声器貸してくれ」



 説明はない。

 それでも私は、迷わず差し出していた。

 この人はリスクの冒しどころを間違えない。恐れもしない。初めて契約を交わしたときからそうだった。



 カイルさんは拡声器を受け取ると、瓦礫の上に立った。



「……ムーに居場所がバレますよ」


「だろうな」



 (まと)になることは承知の上。それでも、ゾンビに出すべき命令がある。


 策は、あるんだ。


 カイルさんが拡声器を口元に構え、叫び始めた。



(おそ)れろ』



 拡声器を中心に波紋(はもん)が広がる



(ひざ)を折れ』

『天を(あお)げ』

(ふる)えて祈れ』



 ゾンビたちの動きが変わった。

 地下から這い出し、屋根を渡り、瓦礫を越えて移動する。

 その顔には恐怖が刻み込まれている。



「……畏れ、祈り」



 数刻遅れて、理解が追いつく。



「ゾンビ十五万人総動員巨大怨霊創造大作戦!」



 アラン・スミスの提案。

 でも、計画とのズレが多すぎる。

 ここは怨霊世界(ノルディア)とは環境が違う。ふ力というエネルギーがどの程度集まるのかは未知数だ。

 そして何より、怪談(かいだん)を用意していない。ゾンビ十五万人に同じ怪談を語らせ、全員に畏怖の対象の同一イメージを(いだ)かせる必要があるはずだ。



「……でも、何とかなる?」



 元の仮想敵が月なら、さすがの巨大戦艦(イクリプス)も格落ちだ。


 クラスダウンした巨大怨霊と、巨大戦艦(イクリプス)。パワーバランスがつり合い、相打ちに持ち込めるだろうか。


 わからない、でもやることは決まってる。


 怨霊の強さは「信者の数×恐怖心×怪談の出来」の掛け算による。


 王都全域のゾンビが恐怖心を抱かないと、話が始まらない。

 一か所からゾンビ全員に命令するのは無理だ。彼らに「畏れろ」の命令を届けるには――。



「走るぞ」



 瓦礫を蹴り上げ、カイルさんが走る。

 炎に包まれた市街を、屋根から屋根へ飛び移る。

 火事で半壊した通りを抜け、消えかけた街区をかすめる。私たちの軌跡を追うように、市街地で爆炎が上がった。

 拡声器がキーンと響く音を上げる。



『畏れろ』

『祈れ』

『ただ願え、誰かが救ってれるはずと』



 王都のあちこちで、ゾンビが膝をつく。

 焼け焦げた広場で。崩壊した鐘楼の下で。地下水路の暗闇で。

 腐った手を胸に当て、空を仰ぐゾンビは増えていく。


 順調ではある。

 だが、常に死の(ふち)にいる。

 私たちは今、ハリケーンに立ち向かう紙飛行機のようなものだ。風の気まぐれで即座に粉々になる、ちっぽけな存在にすぎない。


 今まで走り抜けられたのも、運命が味方しただけ。

 当たれば消滅、余波でも即死のレーザー砲が怖すぎる。



「ああ、もうっ! メリーさんがいればまだマシに移動できたのにっ!」


「さっきの協力と引き換えに解放する約束だからな。もう戻って来ねえよ」



 眩い光が走る。

 目がくらむ、一瞬転びそうになるものの、何とか、持ち直す。



「危なかったですよ、今の。けっこう近かっ……」



 私の台詞は、途中で止まった。

 カイルさんの右上半身が消えていた。


 焼け焦げた身体が崩れる。再生が始まる。カイルさんはまだ立てるまで回復していないのに、拡声器を手に取る。



『畏れろ』



「それ、意味があるのかい?」



 上空に浮かぶムーが聞いてきた。

 口調と身にまとう空気で分かる。

 巨大戦艦を味方につけた彼は、さっきまでと態度が違う。明らかにこちらを見下している。



「まったく、あの砲は大味(おおあじ)すぎるよ。ただ、標的を視認した今、どうにでもなるか。無知な君たちに教えてあげよう。狩りのコツは、獲物を正確に狙うことにない。狙った場所に追い込むことにあるんだ」



 逃げようとした路地にレーザーの光が走る。爆風で石畳がめくれ上がり、建物の壁面が削ぎ落とされていく。あっという間に瓦礫と炎の壁が道をふさいだ。


 私たちは逃げ場を失う。地形を変える、理不尽なまでに暴力的な包囲網だ。



「……空も飛べない下等生物の君たちは、壁を越えられない。さあイクリプス、この一帯を焼き払え」



 イクリプスの砲門が私たちの居る区画全体に照準を合わせる。

 四方八方を瓦礫と炎で塞いだ上での、回避不能の広域攻撃が、今、始まる。

 私は息を止めた。

 けれど。

 カイルさんはまだ拡声器を握り、命令を出している。



『希望に(すが)れ』



 ――その瞬間、身体が浮いた。

 私は目を見開いた。

 カイルさんも、私たちも、燃え盛る街並みも、かつて街の一部だった瓦礫の山も、祈りを捧げるゾンビたちも、みんなみんな、空に浮かび上がった。



『「……は?」』



 私と、ムーの声が重なった。


挿絵(By みてみん)



 遅れて、閃光と轟音が訪れる。レーザーが地表を焼き払ったのだ。でも、空振りだ。だってもう、みんな空にいるのだから。


 私ははるか上空から、マグマの色をした地上の地獄を見下ろしている。もし空を飛べなかったら、あの中で死んでいたのだろう。


 私は隣に浮かぶカイルさんを見る。



「これが……カイルさんが呼び出した、怨霊の力」



 カイルさんが自身の身体を眺めて言った。



「何これ浮いてる? 怖っ」


「あ、これ別にカイルさんの仕業じゃないんですね」



 私が思う以上に、運命は私たちに味方している――のかな?





「ヒャッハァ!」


 王都から少し離れた交易地。

 髑髏の装飾が施された改造車が停まっていた。


 改造車の車両上に、黒光りする輪状の装置を手にした男が立っていた。

 男が輪を操作すると、空間が歪む。


 王都の一帯の重力が反転していく。


 瓦礫も、死体も、炎も、街灯も、遠目で見てもわかるくらい、高く高く持ち上がっている。巨大戦艦(イクリプス)も、空に巻き上げられていく。


「堕ちろ」


 男が言う。


 ギャングたちはワクワクしていた。あれほどの大物戦艦。今度はどんな玩具(オモチャ)が転がり出るのだろうと、心躍らせている。


 彼らにも、巨大戦艦の下に王都が――人の居住区があるのは見えている。

 普通の人間の神経なら、そこに宇宙船は落とさないだろう。


 ただ彼らは普通の人間ではない。エイリアンや怨霊やゾンビやサメ、異世界からの侵略者と、たった一つだけ、共通点を持っていた。


 彼らは、人を人と思わない。





 カイルも、リシェルも、ムーさえも(あずか)り知らぬところ。

 重力はまた、反転する。

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