あの日の夢と、死の予習。
何かを失った気がする。
でも、それが何だったのか、もう思い出せない。
夢だったのか、希望だったのか。
ただ確かなのは、今の僕には「生きたい理由」が見当たらないということ。
今日も、死の準備をする。 日課のように。
首に縄を通そうとする。手が震え、冷たい汗が背中を伝う。
心臓が、まるで逃げようとしているみたいに暴れる。
生きたくないと思ってるのに本能的な恐怖が僕の体を支配した。
「無理だ…」
諦めて床に横になり、そっと瞼を閉じた。
夢を見た。いつしかのショッピングモールだ。自分が何者にもなれると思っていたあの時行った、夢の象徴のようなショッピングモール。昔買ってもらった筆ペンがあったな。ここのハンバーガーはおいしかったなと昔に浸りながら周りを見渡していると、身に覚えのない店があった。ほかの店はにぎわっているのに人が誰も入っていかない一つの店だった。静寂に惹かれて、無意識にその店へ入っていた。
何の店だろうか。真っ白い内観にマッサージチェアのようなものが並んでいる。
それに、時間が止まっているかのようにこの店だけは静かだった。つい気になって、店員に声をかけた。
「ここは何をやっているのですか?」
店員は答えた。
「ここは死体験コーナーでございます。」
「死体験コーナー…?」
「はい。その名の通り死を体験できるコーナーで、死を、ちょっとだけ味わっていただけます」
「ちょっとだけ…」
「深すぎる死は、現実に戻れなくなる方がいて…困るんです」
「な、なるほど」
何を言っているのか分からない。店員は続けた。
「死とは、記憶の静止です、脳の働きを極限まで遅延させて死を疑似再現します。遅延させるためには…」
「失礼。死を体験なされますか?」
「お願いします。」
その言葉は自然に口をついて出た。
「わかりました。では準備をするのであの椅子にお座りください」
僕は椅子に座った。準備は長引きそうで、沈黙の中で機械のカチャカチャとした音が室内にこだました。気まずい。気まずさを紛らわすように、店員に話しかけた。
「僕、昔は小説家になりたかったんです。昔から物語を考えるのが好きで。」
そうだ。僕の夢は小説家だ。なんで忘れていたのだろう…
店員は少し驚いたように目を見開いた。 でもすぐに、柔らかく笑った。
「いいですね。今は創作系のお仕事をされてるんですか?」
その言葉が思いのほか優しくて、 僕の中の何かが、少しだけほどけた気がした。
「いえ、結局才能がなかったみたいで、今はニートです。」
「…」
黙ってしまった。失敗した。空気が重い…僕は焦って言葉を継いだ。
「えっと正直、今を生きるのを…やめたいです」
「昔は…周りから何をしても褒められて、夢もあって楽しかった。でも…でも……」
自分でも、もう何が言いたいのかわからなかった。それでも伝えなければ。なぜかそう思った。
店員は、少し黙ってから言った。
「人生なんてそんなもんですよ。昔のこと考えるより、未来に目を向けたほうがいいですよ」
その言葉は、慰めにも、叱責にも聞こえた。
僕は何も言葉を返すことができなかった。
そして店員は機械につながれた透明なヘルメットのようなものを頭につけてきた。
「それでは行きます」
店員は機械のボタンを押した。
何も考える間もなく、僕は死んだ。三途の川、走馬灯、そんなものは見なかった。
ただ、気づけば終わっていた。
「はい、終わりです。お疲れ様でした。」
散々怖がっていた死は思ったよりもあっけなかった。そのあっけなさが何だか嬉しかった。
帰ったら、また、小説を書いてみようかな。僕は店を後にした…
そこで目を覚ました。奇妙な夢だった。
記憶の奥底に眠っていた、失ったと思っていた夢が、なぜか夢の中では思い出せた。
こんな奇妙な体験もうない。もう同じ夢は見れない。そんな気がした。
けど夢の終わり際。
「またのご来店をお待ちしております」
と店員が言うのが聞こえた。その言葉が耳から離れなかった。
今日も僕は、瞼を閉じる。日課のように。
希望も未来もない中であっけない死と出会えた、あの日の夢をまた見るために。
またのご来店をお待ちしております。




