幼馴染の天才魔法使いは、何度でも俺を追放する。
「ノエル、パーティから抜けてくれないか」
それは提案のようで、宣告と同じだった。
酒場の騒々しさが耳につく。多くの冒険者たちはその日の仕事を互いに労って、次の冒険への活力を得るのだろう。俺たちも、少なくとも俺も、賑わう冒険者たちと同じだと思っていた。
ナイジェルの言葉に、俺たちのテーブルだけがしんと静まり返っている。
「……理由を聞かせて欲しい」
俺は少し考えた後に、声を絞り出した。先ほどの宣告したナイジェルは、煩わしそうに顔を顰める。
「分からないんですか? あなたがパーティのお荷物だって言ってるんですよ」
そう言ったのはロドニーだ。眼鏡の奥の瞳は、俺への嫌悪感をしっかりと向けている。
「俺も、ロドニーに同感だ。リーザもそう思うだろう?」
強く頷いたナイジェルが、二人の間――俺の真正面で縮こまっているリーザに、同意を求めるように声をかけた。
「わ、私は……」
伏せていた視線が上げられ、長い睫毛が震える。鈴のような声は自信がなさそうで、やがてリーザと視線がかちりと合った。だが、どこか居心地悪そうにその視線はすぐに外される。
「リーザさんは優しいから強くは言いませんが、ノエルさんがパーティに迷惑をかけていることは事実です」
俺はあんまりなロドニーの言い方に、大きくため息をついた。ぴくりと、リーザの肩が震える。それに目敏く気付いた二人が、ナイジェルはリーザを庇うように手を上げ、ロドニーは俺を睨みつけた。まるで騎士か何かのようだと、他人事のように思う。現実逃避だ。
リーザは先ほどナイジェルの問いかけに言い淀みはしたものの、俺がお荷物だということを否定することはしなかった。
俺の幼馴染、故郷から共に旅立って冒険者になった。だがめきめきと実力をつけて、今や天才魔法使いと呼ばれるようになったリーザ。だが今はずいぶんと、遠くにいるような気分だった。
「幼馴染だかなんだか知らないが、その程度の実力でリーザについていけると思うなよ」
「ナイジェルくん、そんな言い方って……!」
ナイジェルの嘲笑混じりの言葉に、リーザが慌てて諫めようとする。だが、ナイジェルは当然と言うように、鼻を鳴らした。
「ちゃんと現実を分かっていないと、ノエルのこれからにも悪いだろ」
その言葉に、リーザは口を噤んでしまう。大きな瞳を潤ませているものの、その口は開かれず、視線も俺に向けられることはない。
俺は、ぐっと膝の上で手を握りこんだ。
いいパーティだと思っていた。機動力と手数の多さがうりの剣士である俺と、爆発力のある魔法使いであるリーザ。ナイジェルが敵を引き付けている間に、俺たちが敵を倒し、そのサポートと回復をロドニーが担っていた。
バランスも良く、このパーティならもっと大物を狙えるだろうと思っていたのは、どうやら俺だけだったようだ。
「分かった。今までありがとう。パーティからは抜ける」
俺は一息でそう告げて、ナイジェルに手を差し出す。するとリーダーのナイジェルから、冒険者の証を渡された。そこには俺の名前が刻まれていて、二つ揃いの片方は本人が持つことになっている。その二つが揃ってなければ、冒険者ギルドにパーティから抜ける申告をすることができないのだ。
木彫りのそれを握りしめ、俺は立ち上がる。その証をナイジェルに渡した日のことが頭を過ぎった。何度かパーティを転々としていた俺たちを、ナイジェルとロドニーは頼もしく迎えてくれた。だが、それも忘れなければならない。
踵を返し、酒場の入り口へと歩き出す。俺が酒場を出るまで、背中にかけられる声はなかった。
*
俺がギルドのドアを押し開くと、賑やかな雑踏がすぐに耳に届く。だが、酒場のそれとはまた違う雰囲気だ。酒場はどちらかというと煩雑としているが、こちらは活気という方が似合う。
元々酒場には寄り付くことがなかったのもあるが、俺にはどちらかというと冒険者ギルドの雰囲気のほうが肌に馴染んだ。飯を食うのは好きだが、あまり酒も得意じゃない。
軽く辺りを見回して、馴染みのギルド職員を見つけて、俺はそちらの方へと歩いて行った。クラーラさんは俺の姿を見てひらりと手を振ったが、すぐに俺が一人であることにも気付いて、困ったように眉を下げる。
「またパーティを追い出されたのかい?」
俺がカウンターに着くや否や、開口一番ひどい言い草だ。まあ事実なのだから、否定はできない。
「ああ、つい昨日」
俺の返答に、クラーラさんは呆れたとばかりに大きなため息をついた。
証拠とばかりに、昨日返された俺の冒険者の証を二つ見せる。するとクラーラさんはやれやれと首を横に振って、その片方を受け取ってくれた。次のパーティに入るまでは、ギルドが預かることになっている。
「そろそろどこかのパーティに混ざるのも難しくなってくるだろう。どうするんだい?」
確かにクラーラさんの言い分も一理ある、俺は少し考えを巡らせた。パーティ募集に応募するのは自由だ。入る前の顔合わせでは、今までのパーティ歴、自分の能力などを聞かれるが、基本的に俺は包み隠さず答えるようにしている。
パーティを追放されたというのは聞こえが悪いが、嘘をつきたくもない。
「俺がパーティを募集してみるのも悪くないか」
「いいんじゃないか? 冒険者としての経験も実力も、あんたはそこそこある。自分がメンバーを選ぶ側に立ってみるのも経験になるねえ」
クラーラさんの言葉に、俺は頷いた。確かに、そう考えるといい思いつきのように思える。
「入ってくれるやつがいればいいんですけど」
「ははっ、まあそれはそれだ。焦ったっていいメンバーが集まるかどうかは分からないんだ。気長に構えなよ」
思わず茶化すように弱音を吐くと、鷹揚にクラーラさんはそれを笑い飛ばしてくれた。
「確かに」
誰も集まらなかったら、その時考えよう。
「クラーラさん、パーティを作る時ってどうすればいいですか?」
「はいよ、この紙に募集人数と、希望職。それから他にも要望があるなら、それも書いておきなよ」
俺の疑問に、クラーラさんはペンと紙を渡してくれた。言われるがままにペンを取るが、何を書いたらいいのか全く思い浮かばない。募集するメンバーを考えると、ナイジェル、ロドニー、そしてリーザの顔が浮かんでくる。
きっとあいつらのことだ。違うメンバーを探しているはずだ。そう思っても無意識のうちに、俺の握るペンには力がこもる。そんな時だった。
「私が入るわ」
凛とした声が背後から響く。俺がゆっくりと声の方を見やると、同じくらいの年頃の少女がカウンターの隣に並び立った。
「クラーラさん、はいこれ」
華奢な体の割に堂々とした少女が差し出したのは、二つのギルド所属の証である。クラーラさんはどこか肩を竦めてそれを一つ受け取った。
すると少女は俺に向き直る。密と生えた金の睫毛に縁取られた目は、どこか熱っぽい。
「私、パーティを抜けてきたの。だから、あなたのパーティに入りたい」
ずい、と少女は一歩詰め寄って、俺の手を掴んだ。剣士ほどではないが鍛錬の形跡が分かる少し固い手の感触と、魔法使い特有の仄かな薬草と、甘い匂い。思わず後ずさるが、すぐにその間を彼女が詰める。
「腕には自信があるのよ。あなたもそうでしょ? だから他のメンバーなんていらないわ、私とあなたで十分――」
「リーザ」
朗々と語る少女、もといリーザの言葉を遮って、俺は彼女を制止した。
するとリーザは不服そうに一瞬口を尖らせたが、すぐに口角はゆるく弧を描く。
「なあに、ノエル。昨日振りね。私、とっても寂しかった」
当然のようにリーザは言った。その花開くような笑みは、端から見れば愛らしくまるで告白のような現場に思えるだろう。だがその様子に、俺は頭が痛くなる。
「一体誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ」
俺の言葉に、リーザは首を傾げる。客観的に見ても可愛らしい仕草に見えるが、とぼけているのではない。本気で分かっていないのだ。
リーザはしばしの沈黙の後、口を開く。
「ノエルのことを全然分かっていない、あの人たちのせい?」
「お前のせいに決まってるだろ」
俺がため息交じりに言うと、リーザはきょとんと目を瞬かせた。
すると、リーザが握られたままの手にぎゅっと力を込める。潤む瞳が上目遣いにこちらを見上げた。庇護欲をそそられ、自然と罪悪感が沸いてしまう。大抵の人間ならば。
「ノエル……私、何にもしてないわ」
甘えた声ですり寄るリーザを、俺はばっさりと切り捨てる。
「嘘をつくな。俺たち以外がパーティにいることに、また耐えられなくなったのか」
事情を知らない人間からすれば、とんだ自惚れとも取れる発言だ。しかし、俺は心底呆れ交じりにそれを告げる。すると、リーザは先ほどまでの態度から一転、眉を吊り上げた。
「そんなの当たり前じゃない!」
俺の言葉を肯定しながら、リーザは肩をいからせる。俺は手を握られたまま、がくりと肩を落とした。そんな俺たちを見る、クラーラさんが見つめる視線が痛い。
リーザはまるで俺が悪者のように睨みつけているが、昨日の追放騒動を仕組んだのはリーザだ。
そして、俺がパーティから追放されるのもこれで何度目になるか分からない。その度にリーザもパーティを抜けて、後からこうやって合流してくるのだ。
「あの人たち、ノエルが足を引っ張ってるとか、ほとんど戦ってないとか言って!」
「お前が俺に、防御魔法だのなんやらを大量にかけてるからだろ」
俺は戦闘中のことを思い出しながら、ごきりと肩を鳴らす。
確かにリーザのサポート魔法は優秀だ。だがサポート魔法は代償として、一人の人間に多くかけられればかけるほど動きに制約がつく。それは機動力が命の俺にとっては致命的だ。
その上、俺にバフをかけ続けている間、当然だがリーザは攻撃が一切できない。俺が足手まといと言われたって、しょうがないだろう。
「あれのせいで、どれだけ動きづらいと思ってるんだ」
サポート魔法は重要だが、適切な使い時がある。俺は魔法については門外漢だが、それでも俺にサポート魔法をかけ続けるのが無駄なのは間違いない。
俺の抗議に、リーザは慌てて言葉を重ねる。
「だ、だって! 万が一にでもノエルが怪我でもしたら大変じゃないっ!」
「冒険者だろ、怪我くらいする」
昔は俺たちも未熟で、怪我なんてしょっちゅうだった。リーザがいつも必死に治癒してくれていたことも、とても感謝している。だが、今は俺たちも成長していた。パーティで連携を考えて動き、無謀な相手に挑むこともない。
だから大袈裟だと何度言っても、リーザは納得しないのだ。現に今も、頬を膨らませている。
「それが致命傷になったらどうするの!」
僅かに瞳を潤ませて――今度は演技じゃないだろう――、リーザは食い下がってきた。だが、いくら防御が固められていても、俺は前衛だ。魔物を倒せなければ意味がない。
「心配しすぎだ。それにあんな状態なら役立たずって言われたって仕方ないだろ、戦えないんだから」
「だからあの人たちは分かってないのよ!」
癇癪を起こしたように、リーザは声を荒げる。幼い頃から変わらないが、懐かしさに浸れるような状況でもない。
リーザは俺を睨んで、こう言い放つ。
「ノエルは! 戦ってなくても! 存在するだけで意味があるの!」
また話が通じなくなってきたと、俺はげんなりした。こうなったら何を言っても聞かない。故郷の村でも、同年代の子供は俺たちだけだった。だからか、リーザは少し、いやかなり盲目的なところがある。
「とにかくパーティに入れて!」
「……はあ」
根負けしたように、俺はため息をついた。リーザの手を解き、カウンターに置かれた紙に向き直る。ねえってば、と言い募るリーザのほうを振り向かず、返事をした。
「……それはいいけど、他のメンバーは入れる」
「どうしてよ!?」
何も分かっていないリーザを軽く横目で睨むと、びくりと肩を震わせる。
「俺とお前でできることなんて、たかが知れてる。安全性も段違いだ」
これも、耳にタコができるほど、リーザに言い聞かせたはずだ。だが、リーザはくしゃりと顔を歪める。
「もう! ノエルの分からずや……二人っきりになるまで、また追放してやるんだから!!」
そう高らかに、不穏な宣言をしてリーザは駆け足にギルドを飛び出していった。きっと宿屋に帰るんだろう。過ぎ去った嵐にどっと疲れが肩にのしかかる。そんな俺に、最初から全部見ていたクラーラさんが声をかけた。
*
「いいの、あれ?」
あたしは、ばたんと乱暴に閉じられたギルドの扉を見ながら、ノエルに問いかける。リーザちゃんは、まるで子供のようだった。涙目で何度もノエルを振り返っていたが、ノエルは気付いていない。
「拗ねてるだけだから、後で俺も追いかけます。多分、宿にいると思うんで」
理解はしているのに、今追いかけてはやらないのかとあたしは肩をすくめる。ノエルは先ほど渡したパーティ募集用の紙に書き込みをしているようだった。
「端から見ると、相当迷惑かけられてると思うけど。あの子とパーティ組むのはやめないのねえ」
先ほどのリーザちゃんを思い出す。先ほどノエルに声を掛けられる前に、鋭い目で睨まれた。だがまあ、日頃がらの悪い冒険者の相手をすることも多いから、あんなものは子犬が頑張って警戒しているようなものだ。
それに、とふっとあたしは思わず笑みをこぼす。朝からずっと、ノエルが冒険者ギルドに来るのを待っていたのだ。そわそわとしながら、いても立ってもいられぬ様子で待っていた姿を思えば、あんなもの可愛くてしょうがない。
だが、ノエルに関わる人間に対して常日頃からああでは、どちらも大変だろう。
二人への気遣いも込めて、あたしは親切心でノエルに言う。すると人の目をまっすぐ見つめることの多いノエルにしては珍しく、一瞬カウンターの端に視線を落とした。
「……まあ、あいつが俺より強いのは事実です」
歯切れ悪く続く言葉は、どこか言い訳じみている。あたしは珍しく、なおかつ面白いものでも見た、と目を細めた。
「あいつが、俺を追いかけてくるうちは、一緒にいます」
言外に、いつかは飽きるだろうと突き放すような。それでいて自分から離れる気はないと。そんな意図が透けて見えるのに、本人だけはそれに無自覚なようだ。にじむ幼馴染では片付かない親愛、いや執着だろうか。淡い感情の名前は、すれたあたしには想像もつかない。
すぐにノエルはぱっと視線を上げて、紙を渡してきた。
「もちろん、あいつ以外にもメンバーは募集しますけど。これ、貼っておいてもらってもいいですか」
「はいよ」
あたしは受け取った紙に目を通す。
募集は盾役、ヒーラー。攻撃に特化した二人を補う編成だ。前のパーティと構成は一緒である。
空きスペースに、魔法使いをサポートできる人優遇、と書いてあった。
「ん、確かに受け取った。また顔出しておくれ」
「ありがとう、クラーラさん。じゃあよろしく頼みます」
ノエルはそう言って、くるりと踵を返した。ひらひらと手を振って見送り、あたしはカウンターにだらしなく頬杖をつく。
「あれで、付き合ってないの。不思議よねえ」
そんな呟きも、ギルドの雑踏に紛れていった。