20話
赤い髪が炎のように輝き、聖女として讃えられるアリシア姫。その美しさと高貴な立ち振る舞いには、誰もが一度は心を奪われる。しかし、彼女が命じたのは、私にとって全く異なる運命だった。
「お前は容姿がいいわね!私、この子を奴隷にするわ!」
その言葉が、私の世界を一変させた。何もかもが闇に飲み込まれるような感覚。私はアリシア姫に従うことを運命づけられ、首に重たい首輪を付けられた。目の前に広がる豪華な宮殿の中で、私はただ「犬」として扱われることしか許されなかった。
「ねえ、犬なのに何故テーブルで食べるの?だめよ?」
アリシア姫は冷ややかな目で私を見下ろす。彼女の言葉は、私をさらに地獄へと引きずり込む。
「貴方は…ほら、床で!豪華なお肉よ、私って優しいでしょ?」
言われるままに、私は床に膝をつき、姫の前に置かれた肉を食べるしかなかった。その肉は確かに美味しいけれど、それを食べることがどれほど屈辱的であるかを感じずにはいられなかった。私は無言で食べることしかできなかった。心はただ、沈黙の中で凍りついていた。
「はい、ご主人さま」
その言葉が、私の口から無意識に漏れた。私は何も考えたくなかった。ただ生きることすら面倒で、何もかもが嫌だった。生きる意味を失い、心が死んでしまったかのように感じていた。
しかし、ルカ様と出会うまではーー
彼との出会いが、私のすべてを変えることになるなんて、その時の私は想像もしていなかった。
「アリシア、面白い事をしてるね」
銀髪の少年は突然現れて、アリシア姫とそばにいたアリシア姫の兄オリバー王子もいた。
オリバー王子は彼を睨み、アリシア姫は頬赤らめてる。
「ルカお兄さま!」
彼女の笑顔とは反対にルカと呼ばれている少年は彼女を見る目は何処か冷ややかだった。
ルカ……名前でしか聞いた事がないけれど、確かな亡くなった国王の実子であり、この国の第一王子であり次期国王に1番近いもの…。
「アリシアが今犬と遊んでるんだ!邪魔するな!ルカ」
「え?なら雑魚オリバーが犬になればいいじゃないか」
ルカ様は騒ぎたてるオリバー王子の顔に、
床に叩きつけて先程の肉をアリシア姫にも食べさせようとしていた。
「る、ルカおにーさま!私はーー」
「…君に兄と呼ばれたくないけど」
「ひっ!うえ…ふえんーん!おかあさまあああ!」
そうアリシア姫は走りだし、オリバー王子は気絶。
近くにいた執事達はルカ様を捕まえようとしたけれど、小さな少年の気迫に彼らは負けていた。
「さあ、いこうじゃないか」
銀髪で青い瞳に吸い込まれるかのように、私はその手を取る。そこからずっとルカ様のそばにいた。アリシア姫が騒いでいても、私はルカ様の従者として仕えるようになる。
ルカ王子の境遇を知れば知るほど、悲惨だった。
叔母のメリンダからの虐待、それを無視する貴族と城内の者達。私よりも無数の傷跡……
唯一の味方はクラナス公爵であり、たまに公爵邸に寄っていた。
「君の名前はそうだなあー…ソル!どうだい?」
私に初めて名をくれた人。
この方のずっとそばにいると決めていた。
そしてルカ様はずっと、ご自分の片割れを探していたため、城から出ていた。そのためか、遊んでばかりと言われ続けていたのが悔しかった。
実力は明らかにオリバー王子より上なのに。
「ソル、僕はそれよりも妹を早く見つけることが優先なんだ、……早く会いたいなあ。夢の中でね、会ってるんだ。僕に似た少女が」
貴方にとても似たルナ様を見つけ、喜び、私も内心嬉しかった。
ルナ様はルカ様に似てるが、性格は反対だった。
環境が悪いところにいたためか、消極的な部分はあったものの、ルカ様のおかげで笑顔が増えて私とも普通に接してくれるようになる。
『‥えっとね、私たち、お友達なれる?』
初めて会った時、鴉姿の私にそう話すルナ様を思い出し、
スヤスヤと眠るルナ様を見て笑う。
可愛らしい方だ……ルカ様が大事にしたいというのもわかる。
「あの……さっきからなんですか、ルカ様」
隣りにいたルカ様は、私の方を見て忠告をする。
「……ねえ、好きにならないよね」
「はい?」
「僕の妹は可愛いんだ!好きになるなよ?ハッ!でも…君なら任せられ……うーん」
「……貴方と同じ顔のルナ様に、何をどう見ろと。まあ、同じ顔でも、一人は人の話しを聞かず手に負えない方ですがね」
「あはは!僕達は天使のように可愛いらしいからね」
いや、貴方のその笑顔は少し悪魔っぽいと言いたいのを堪えた。
たわいもないその会話、短いが三人で過ごした日々は穏やかで優しく幸せだったと言える。
ルカ様が殺されたあの日まで。
ルナ様は変わられた。
ルカ様となり、メリンダ様や貴族達に嫌がらせかのように、魔獣討伐をしろなど『しね』と言われてるようなものだった。
彼女は、ルカ様の仕草、好み、力、全てをマスターし、ルカ様となっていく。
これが正しい事なのか、ルカ様ならなんと言うのだろうか。
学園へ行くと言いだしたルナ様に、クラナス公爵は貴族の者達が沢山いるから自分の目で味方を見極めろと仰っていた。
「ソル、どうしたの?僕の制服姿は似合うだろう?」
自信満々にそうルカ様のような立ち振る舞いに、話す貴女に私はただ頷くだけだった。
「君は相変わらず無反応だね」
そう廊下に歩き、教室で自己紹介をし終わった時。
貴女の表情が一瞬、『ルカ』ではなくなっていた。
金髪の男子学生が現れた事で、一瞬動揺をしていたのだから……。
フと頭によぎった。昔ルカ様が言っていた言葉。
「どうやら、ルナに男友達がいるらしい、男だぞ?男。クラナス公爵邸に着いたら、まずは、そいつを探そう。そして二度とルナに近づけないとーー
あ!こら!まて!話を最後まで聞いてよ!?」
あの時は無視していたけれど、
もしかして……彼がそうなのだろうか。
その一瞬の表情を見た時、少しだけ、胸がざわついた。




