17話
薄い緑色の髪が、優雅に揺れる。
ソフィア・マゼンタ。彼女は、かつてルカの婚約者だった。聖力を持ち、癒しの力を授かれた彼女は「聖女」と呼ばれ、今でも多くの人々に愛されている存在だ。
そんな彼女が今、紅茶を優雅に一口すするその姿を、私はじっと見つめていた。
「久しぶりだね!元気そうで良かったよ」
ルカのように振る舞い、思わず口から出た言葉に、ソフィアさんは手を止め、私をじっと見つめた。
彼女の瞳は、まるで何かを見抜こうとしているように鋭く光っている。
「……へえ、そう。そうくるの」
その一言に、私は何かを感じ取った。普段は柔らかい笑みを浮かべる彼女の顔が、今はどこか冷たく感じる。ひどく嫌な予感が、胸を締め付けた。そう、今、彼女から黒いオーラを感じるけど、彼女はやっぱり笑っている、よね?
「婚約破棄を一方的だったわ。どうしてかしら?」
その言葉が、私の胸を鋭く突き刺した。だが、答えは出せなかった。言葉が詰まる。
幼いとはいえ、その時の私では彼女に会ってボロが出そうで怖かったし、ルカの大事な人だからこそ、巻きこみたくない。そう思い婚約破棄をしたのだ。
「……ごめん。いえないかな」
彼女は、オレンジケーキをフォークに刺し、私の口元へとそのフォークを近づけてくる。だが、そのオレンジケーキは――ルカが苦手だった食べ物だ。
私は首を横に振り、そのケーキを避けると、彼女は小さなため息をついた。
「…はっ!質問を変えるわ。アナタ、だれよ?」
その一言に、私とソルは固まった。どうして彼女がこんな質問を――?
「どうしたの?急に……君が怒るのも無理がないーーだけどーー」
彼女の言葉に動揺を隠せずにいると、ソルが視線で私に確認をとるが、私は必死に無言でソルを制止する。
――絶対にバレてはいけない。
「馬鹿ね、あなた達。バレバレよ。普通に。」
ソフィアの声が、空気を切り裂くように響いた。私は何も言えなかった。
「……な、何が…」
彼女の冷たい眼差しが、私を貫くように見つめている。
「私が間違うはずないでしょう。ねえ、ソル……お前は私をバカにしてるのかしら。今目の前にいる奴はだれ」
その言葉を聞いた瞬間、私の心臓は一瞬止まりそうになった。今まで、誰にもバレたことがなかった。ルカが使いこなしていた変身魔法を私も学び、体型や声、すべてを変えてきた。けれど、どうして…どうして彼女は気づいてしまったんだ?
「ルカの匂いを私が間違えないわ。」
その言葉が、耳の中で響く。私は凍りついたようにその場に立ち尽くす。
「え、こわ…」
思わず声が漏れた。
「……あ?」
ソフィアは冷ややかな視線を投げかけてきたが、その目には確信が宿っている。その目に、私は何も言えずにただ頭を下げるしかなかった。
「………すいません」
沈黙が流れる中、私はとうとう顔を上げることができず、ソルの方を見た。ソルは諦めたように肩を落とし、ゆっくりとソフィアさんに向かって説明を始める。ルカの死を、そして、今の私がルカではないことを。
その説明を、私は何も言わずに黙って聞いていた。久しぶりに、ルカの名前を耳にする。そのことが、胸に鈍く痛みを残していくのを感じる。
「そもそも、その変身の術は私のお母様がルカに教えてたものじゃない。……あなた、髪色とかだけならまだしも、体つきとか変化させるって……それを長く続けてるたびに体の痛みがあるでしょうに。ばかね」
そう、この男性の格好し、女性に戻るたび酷く体から激痛が来る。鎮痛剤を飲んではいるけれど……。
「顔をあげなさいよ」
そうソフィアさんが声をかけたので、私が顔をあげると
パァン!と私は右頬を叩かれた。
「ルカ様!」
ソルは慌てて私にハンカチを渡そうとしたが、私は断り、ソフィアさんを見る。ソフィアさんは立ち上がり、私を見下ろして話す。
「………特に誰かには言わないわ。けどアナタ、これからさき女性として生きていけないじゃない。ルカになる、というのはこの国の王よ。女性はなれないわ」
「…僕はルカだよ」
「……また叩かれたいの?あのオリバー王子達は軍を集めている、税をあげ民を苦しみ、教会にまで魔の手を出してきたわ!英雄とかもてはやされてるようだけど、貴族の間ではまだオリバー王子達の味方なのよ!!」
「だからこそ、王になる。これは僕の夢だ」
ソフィアさんは、何かを言いたげな表情を浮かべながらも、口を閉ざしていた。
その顔には、確かな決意と、どこか呆れたような感情が入り混じっている。彼女はゆっくりと立ち上がり、部屋を出る準備を始めた。
私たちは、ただその姿を見守ることしかできなかった。
ソルも、彼女をただ見つめている。
沈黙が部屋に広がり、まるで時間が止まったかのように感じられた。
そして、ソフィアさんは最後に立ち止まり、振り返った。
「私はあなた達の敵にはならない」
その言葉が、私の胸に重く響いた。彼女は続けて、冷たく言い放つ。
「だけど、味方にもならないわよ、それと、ソル……昔からの幼馴染みたいな関係だったけど、長年私を騙したのだから、あとで覚えておきなさい」
「…承知しました」
その言葉を最後に、ソフィアさんは振り返らずに部屋を出て行った。ドアが静かに閉まる音が、空間に響く。私とソルは、しばらくその場に動けずに立ち尽くしていた。
その後、静けさが戻り、私の胸にはまだ彼女の言葉がこだました。
私の頬にハンカチを当ててくれたソルに、私はお礼を言う。
ねえ、ルカ…みてる?ソフィアさんとは良いお友達になるには難しそうだよ。




