14話
あれから3日が経ち、私は引きこもっていた。部屋の中は静まり返り、外の世界がどれだけ動いているのかも感じ取れない。食事はソル君が持ってきてくれるけれど、喉が通らない。どんなに口に運んでも、味を感じることができない…‥。
私だけが生き残ってしまったなんて――
「ルナ様、スープだけでも食べましょう。」
ソル君の静かな声が、どこか遠くから私に届く。
けれど、私はその声に答えることができなかった。心の中の何かが、私を無力にさせていた。そして、抑えきれない怒りが、ふと口をついて出てしまう。
「…んで…ソル君は平気なの!!私よりルカ兄と一緒に過ごす時間が長かったじゃない!!」
その言葉を吐いた瞬間、ソル君の顔に変化があった。いつもの冷静な表情が、ほんのわずかに歪む。その変化に、私は自分が何を言ったのかに気づく前に、口を閉ざしてしまった。
ソル君はしばらく黙っていた。そして、ようやくポツリと呟いた。
「…平気なわけないでしょう」
その言葉に私は目を見開く。彼の瞳に浮かんでいるのは、決して冷静だけではなく、どこか切ないものだった。
「私はずっと、主人であるルカ様をお守りすると決めていたのですから…彼は私の命の恩人であり、主君です!」
彼の声が震え、そして目に涙が溢れていた。
その涙を見た瞬間、私の胸が痛む。ソル君も、ルカの死を受け入れられずに苦しんでいた。
彼だって、私と同じように心の中で何かを抱えている。それでも、彼はその感情を抑え、ただ黙々と私を支えてくれていたのに。
「…ルナ様、貴女はルカ様の大事な方です。これを食べたら、すぐに数人いるメイドと屋敷を出てください」
ソル君の言葉は冷静で、どこか確信を持っているように響いた。私はその意味を理解することができず、質問をする。
「…え、どうして?」
私の問いかけに、ソル君はほんの少し考え込むような表情を浮かべた後、ふっと微笑みかけてくれた。その微笑みは、どこか安心させるようで、私を落ち着かせるかのようだった。
まるで何も問題がないかのように、ルカがいつも私にしてくれたように、そっと私の頭を撫でてくれる。
「生きてください」
その言葉が私の胸に響いた。今まで感じたことのない重みを伴って、私の中に深く刻まれた。
彼は何も言わずに、静かに部屋を出ていった。私はその背中を見送ることしかできなかった。何も言えなかった。ただ、瞳の奥で涙が溢れるだけで…。
その後、私は屋敷の裏口から、静かに馬車に乗り込んだ。周りに何も言わず、私はただ一人、その場に座り込むようにして身を縮めた。何もできなかった、ただ、ここにいるだけだ。私はルカを失い、今度は私自身の命も危うい。
一緒に馬車を乗っているメイド達は私を励ましてくれた。
「ルナ様、貴女様の命は私達が守りますからね」
その言葉を聞いた瞬間、メイドの一人が私の手をしっかりと握ってくれた。先日、私は彼女達に攻撃をしたはずなのに。それでも彼女達は、私の手をしっかりと握り、温かく包み込んでくれる。その手のひらの感触が、私の中で少しずつ心を温めていく。
私はその手をぎゅっと握り返すことしかできなかった。
その時だった。突然、王宮の騎士団たちが一斉に現れ、クラナス公爵達を囲んだ。彼らは鋭い目つきで、無言でその場に立ち尽くしている。
「クラナス公爵!!貴方は我が騎士団たちを殺害している容疑がかかっている!ご同行願おう!行方不明のルカ王子の殺害も企てているともな!」
騎士団の団長の冷徹な声が響く。クラナス公爵はその言葉を聞くと、微笑みを浮かべて答える。
「…はっ、これまた、私はご立派なことをしたわけだ」
その言葉と共に、クラナス公爵とソル君、そして彼に仕える騎士たちが次々と連行されていった。私の目の前で、彼らが次々に捕らえられる様子に、心臓が激しく動悸を打っていた。
「私達は早くこの場から逃げないと!」
メイドの一人が叫ぶ。
その言葉に反応するように、私は馬車に乗るのではなく、足を動かし森の中へと駆け出した。
「ルナ様!逃げましょう!」
別のメイドが私の後ろを追いながら叫ぶ。
「う、う‥‥ん…」
逃げる?なぜ? どうして私は逃げるべきなのか、頭の中でその疑問が渦巻く。体は自然と動いているけれど、心の中は混乱していた。
「クラナス公爵に全部罪をなすりつけるつもりなんだわ!なんて恐ろしいことを!怖いでしょうが、ここは国境から近いので大丈夫ですよ!」
そのメイドの言葉が耳に入るが、私の胸はただただ悔しさでいっぱいだった。怖いという感情よりも、今はただその胸の奥に膨れ上がる悔しさを感じていた。
「きゃっ!」
その時、私は足を滑らせて水溜りに転んだ。冷たい水に足を取られ、泥まみれになった自分を見つめる。その水溜りに映る泥だらけの顔が、まるで…ルカが見える。
私は…また逃げるのかな。
そんな自問が頭をよぎり、しばらくその場にうずくまっていた。
ルカ‥‥貴方なら‥
その思いが私を奮い立たせ、私は意を決して立ち上がった。泥だらけの服を払いながら、メイドたちに問いかけた。
「あの‥‥ナイフある?お願いがあります」
その質問に、メイドたちは一瞬戸惑った様子を見せた。しかし、すぐに冷静に答える。
「え?」
「ナイフ、あるの?ないの?」
冷静に、そうもう一度尋ねると、メイドたちは互いに目を見合わせながらも、しぶしぶ応じた。
私の心は固まった。逃げるわけにはいかない。何としても、ルカのために、今こそ立ち上がらなくてはならない――そう決意した瞬間だった。
城内では、連行されるクラナス公爵の前に、メランダは高笑いをしていた。
「私の可愛い甥っ子ルカを殺したそうね?あぁ、なんて悲しいの」
「嘘泣きも下手ですな、メランダ」
「メランダ陛下でしょう!」
勝ち誇るメランダの後ろには息子のオリバーと、オリバーの妹であるアリシアがいた。アリシアはソルを見つけると、ツカツカと歩いて、ソルの頬を思いっきり叩いた。
「元々私の奴隷おもちゃだったのに、生意気な顔になったわね?」
「…生まれつきなもので」
ツンとした態度に、苛々するアリシアは鞭を取り出す。
「お母様、コレは元々私の物ですわ!さあ!ルカは死んだのよ!犬は犬らしく私のためにーー」
そうアリシアがソルに首輪をつけようとした瞬間、氷の氷柱が彼女の手に攻撃する。
「きゃあ!なに!?」
「な、なんだ!?」
ザワザワと城内が騒ぐ中、一人の【少年】がやってきた。
オリバーは顔を青ざめていた。
「は?え、なななんで‥‥」
「ねえ、久しぶりに我が家に帰ってきたら、面白いことをしてるじゃないか。誰が死んだって?」
その声が、空気を引き裂くように響いた。銀髪の少年が、部屋の扉を開けて現れると、微笑みながら一歩一歩進んでいく。その瞳にはどこか冷ややかな光が宿り、まるで自分の家に戻ってきたことを楽しんでいるかのようだった。
「え?ルカお兄さま?いきーーあ」
アリシアが思わず手を差し出すも、少年は無情にもそれを払いのけた。その動きに、周囲は一瞬で静まり返り、まるで時間が止まったかのようだった。
鋭く冷徹な目を持つその少年は、まるで昔と変わらぬ姿で、誰にも気づかれることなく足を踏み入れた。
「…あなたは…」
ソルは震える声で呟いた。
少年はソルと公爵達の縄を解く。
メリンダもその場にいたが、彼女もまた言葉を失い、目を見開いたまま固まっていた。死んだはずの王子が、目の前にいる。信じられない光景に、思考が追いつかない。
「あぁ、驚くのも無理はないよね。そうだろう?雑魚オリバー」
ルカ王子は、笑顔でそうオリバーに話しかける。
まるで、何事もなかったかのように現れた。




