11話
クラナス公爵邸の空に、一匹の黒鴉が舞い降りた。羽音が静かに響くと、館の前に立つ眼帯をした男性がその鴉に視線を向けた。
「…ソルか?お前達はまた一体どこへ行っていたのだ」
低い声で呟いたその男性こそ、クラナス公爵だった。
鴉の目の前に立った公爵は、驚いたようにその姿を見守った。しばらくすると、鴉がその姿を変え、人の形に変わり現れたソルだった。
ソルはポケットから手紙を取り出し、公爵に差し出す。
「これをお預かりしました、クラナス公爵」
クラナス公爵はその手紙を受け取ると、すぐに目を通し始めた。手紙の内容を読み進めるうちに、彼の顔に驚愕の表情が浮かぶ。
「これは…まことか?本当に見つかったのか?生きていらっしゃるのか!あいつの、娘が…!」
彼の声には、まるで信じられないといった驚きと興奮が込められていた。顔色を変えた公爵は、即座に決断を下す。
「すぐに兵を出せ!!王宮の者達に見つからないように、慎重に行動を。すぐにルカ王子とその姫を保護せねばならん!」
クラナス公爵は立ち上がり、辺りを見渡して命じた。やがて、庭に待機していた翼が生えた馬が駆けつけ、彼はその馬に飛び乗る。
「行け!急げ!」
「「「ハッ!!!」」」
クラナス公爵はそのまま、ルカたちがいる場所へと向かっていった。風を切る馬の足音が、ますます遠くに響いていく。
「カキン!」
鋭い音が響き渡り、剣と剣が激しくぶつかり合う。その音は、まるで戦の合図のようだった。
周囲の騎士たちが、次々にルカに向かって攻撃を仕掛ける。だけど、ルカはその攻撃を一つ一つ、冷静に、そして華麗にかわしていく。彼の動きは無駄がなく、まるで剣そのものが彼の体の一部であるかのように感じられた。
私はその様子をただ見守るしかなかった。
圧倒的だ、ルカは。
誰も彼に攻撃が出来ない、炎の壁も騎士達は焦り、躊躇っていた。
ルカからのオーラは絶対的な君主ともいえる。
騎士たちの数が多くても、ルカの剣はひとたび振るわれれば、全てを粉砕するかのような勢いを持っていた。
沢山の騎士達を倒し、オリバーは悔しそうな顔をするが、その後ろから現れたたもう一人の騎士の顔を見て、ルカは驚いてた。
「トラスト騎士団長…我が師ではありませんか」
ルカの言葉が、冷たい空気の中に響く。彼の目は、かつて自分を導いてくれたその人物を捉え、無言の問いかけを投げかけていた。
しかし、騎士団長は何も言わず、ただ黙って剣をルカに向けた。その表情には、確固たる決意と、どこか悲しみが浮かんでいるようにも見える。
「月の騎士団所属でありながらも…裏切るとは!!」
ルカは声を張り上げた。その言葉には怒りと疑念が滲んでいる。かつての師が、自分を裏切り、別の道に進む決断をしたことが信じられなかったのだろう。心の中で、深い葛藤が渦巻いているのがわかる‥‥。
「ルカ様、貴方はいつもよそ見をするときがあります。己の力を甘く見過ぎなのがまた、、何を庇っているのです?貴方の後ろ側に誰かいるのですか?」
何故か、私の方向をめがけて騎士団長は、ピュン!と剣を投げつける。
「くそっ!」
ルカは一瞬だけ、振り返ってしまった。
そのせいで…‥‥
「‥‥ル、…カ‥」
剣をもう一本、隠し持っていた騎士団長はルカを刺した。そして、もう一度、背中に傷を負わしたのだった。
「‥‥ガハッ!!」
さっきまで‥‥あんなに楽しく笑い合ってたのに。
「あはは!トラスト騎士団長!よくやったな!よし、もう身動きできなさそうだな」
オリバーという男は、沢山血が出て瀕死状態のルカを何度も何度も何度も…‥蹴っていた。
私の家族を‥‥‥ルカを‥‥
ヒュウと冷たい空気となる瞬間、ルカは私の方を見つめる。
口をパクパクしながら‥‥
【にげて】
何、言ってるの?一緒に仲良く暮らすんだよね?
心の中で、ずっと一緒にいられるはずだと信じていた。そのはずなのに、目の前で起こっている現実が信じられなかった。
目の前で、ルカが苦しんでいるのに、私は動けなかった。オリバーはただ笑っている。その笑顔は、私にとって悪夢そのものだった。
私は…私はどうすればいいのか、わからない。
その時、オリバーは黒いブローチを取り出して、ルカの額に当てた。
「あはは!これね、正教会の奴らに作ってもらったんだよ!魔力を吸収するやつね。妹のアリシアはお前が自分を振ったと怒っていたぞ?まあ、なんだ、あの生意気な婚約者は俺がいただくよ」
「‥‥おま…‥ソ‥フィアに手をだしたら!!ガハッ!」
彼の声は、何もかもが嘲笑に満ちていた。
そして、ルカの顔にそのブローチが触れた瞬間、彼の体が微かに震え始める。オリバーはその様子を楽しんでいるかのように、もっと強く、ブローチを押し当てる。
ルカの魔力が、オリバーの手のひらから吸い取られていく!!
「やった!!炎の魔力は!俺のものだ!!俺が次期王になるんだ!」
「‥‥雑魚‥オリバーがなる‥わけないだろ」
「くそが!しーー」
オリバーはルカを殺そうとしたのを、私は氷の氷柱を作り無我夢中で攻撃しはじめる。ゆるさない!!
「な、なんだ!?」
焦るオリバーと、トラスト騎士団長は周りを見渡す。
「!!オリバー王子、クラナス公爵がこちらに向かってくる気配を感じます。やつに見つかれば、ややこしいことに。いずれ、ルカ王子は魔力もなく死ぬでしょう」
そう二人はスッと消えていく。
二人が消えたと同時に私は震えながら、ルカの元へ走る。
「‥‥ルカ‥‥ルカ…」
「‥‥っ‥ルナ‥‥きみだけ‥も…にげて」
「いやだよ!一緒に暮らそって…‥ルカ…約束したじゃない‥ヒック‥‥やだよ…‥また‥‥一人になっちゃうよ…せっかく家族にあえてーー私…」
私が沢山涙を流すと、急に私たちに刻まれたあのアザが、まるで命を持つかのように光り始めた。
その光は穏やかで、けれどもどこか力強く、私の心を震わせる。
一瞬だけ、目の前に小さな器のようなものが浮かび上がった。
その器は不思議な形をしていて、何かの暗示のように感じた。
「ぐすっ…な、なに、これは…?」
私がその器を見つめていると、ルカの方からも涙が静かに流れ落ちてきた。
ポタポタと、私の頬に重なりながら、ルカの目にも涙が滲んでいるのが見える。
先程見えた、不思議なものはまた消えた。
「はは‥‥せー…はい、…ここに‥‥」
ルカは笑いながら涙を流し、弱々しくも優しい手つきで私の頭を撫でてくれた。
「ルナ‥‥」
そう私を優しく呼ぶ声がかすれはじめてる。
そっとルカは私の額に人差し指を当て、ほんの僅かながらも温かな炎の魔力を流し込んでくれた。
その温かさが、私の体にじんわりと染み渡り、ルカの魔力が私の中にしっかりと根付くのを感じ取った。
その瞬間、私たちの心がまた一つ、繋がった気がした。
「ルカ、まって…‥わ、わたしね、血を止めてあげれるかも、ほら、氷を使って…‥ね?そうでしょう?早く良い国をつくるんだよね!ルカは良い王様になるんだもの!
私はわかるよ!素敵な王に貴方はーー」
ルカは私にほほえみかける。
「あぁ‥‥‥‥‥ルナ…‥愛してるよ」
そう呟いて…‥ルカは冷たくなった。
その瞬間、私の周りは炎と氷に囲まれていた中。
全て壊した方が良い。そう思った瞬間ーー
「ルナ様!!!」
ソル君の顔が見えた。
こうして私は気絶した。




