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ムーンフィッシュ

冬の魚

作者: 夜久刹

 白雪が街路に揺れて、濁る息が少しの間留まっては体に触れて消える。常夜灯がぽつりぽつりと灯り、まつ毛に降り立った雪がじわり解ければ、そこに反射する光の斑点が夜の小道を彩る。


 瞬きを繰り返し、確かなものを見ようと目を細めれば斑点は消え、モノクロの世界が姿を現す。シャッターが板についた大通りから裏路地に抜けると、往来する赤や青の傘はなくなり、隠遁の地を追い求めた、足の先から傘の先まで黒い平和の狂信者達が時々すれ違うだけになった。常夜灯の僅かな灯りも正道を一本隔てれば届くことはない。


 暗がりに微睡むこの場所では、陰鬱な音が響いている気がして、盲目の中に慟哭の音を聞いた。雪が降りしきる中辺りを見渡し、身を震わす冷たい風が突如として吹き込めば誰の涙かわからない。辛辣と我が心を抑えつけている儚き結晶は果たして真なのか。


 雪と色の境のないコートを羽織った路傍の女性は、これまた雪と同色の手を擦り、温めては、降りしきる雪の壁に見え隠れする。女のあまりに真正な白さは不気味で死人が甦ったと思い身震いする。――空に舞った一粒に触れてみる。寒さで赤く腫れた掌でふわり踊り、解けることなく女のもとへと舞った。女はこの確かな結晶には目もくれず、私は寒くて凍え死にそうなの、とでも言いたげに手を擦り合わせている。現し世のものに意識を向けず、人の営みに合わせようとする必死な様子は見るに堪えなかった。生人と死人が入り混じる世で、唯一真であるのはやはりこの結晶だけであろうか。


 妖の傀儡となったあのお淑やかそうな女に「もう一度、私と共に偽りより美しいあの星たちを嗜みに参りませんか」と紳士な大人を装ってみれば、


「星に手をかける大人ほど厄介な人はありませんよ」といつものごとく怒られてしまった。私こそが黄泉の妖だとでも言いたいのか、女の瞳は実に冷やかなものだった。


 女が消えた後、ふと空を見上げた。灰色の分厚い雲から純白の結晶がゆっくりと漂うようにして降りてくる。傘に隠れた顔にひらり、はらりと着地し体温を攫って解ける。頬を伝った水滴が、降り積もった雪に模様を落とし、歪んだところにまた雪が舞い降りて、春になればひとつ残らず解けてしまう。


 寒い冬の間だけ、それも暖かい陽が昇るまでの短い間だけ雪は降り積もり、気温が上がればまるで夢でも見ていたかのように消えてしまう。


 冬の刹那の幻が雪ならば、その泡沫の存在をあの女に照らし合わせてしまうのは仕方のないことだろう。あまりに血色の悪い肌は雪との境がなく、今夜のように大雪の日には、姿見でも持ち歩かない限り見つけようがない。誰にも正体がばれないように息を顰め、けれど誰にも発見されない孤高の寂しさはついに雪と同色になって、雪の舞う日にのみ姿を現すようになる。


 ――誰にも気づかれずに解けて消える。


 黄泉の住人である女は他人に触れられず、そちらの世界に近い人間以外には知覚されることもない。どうしようもない寂しさを抱えて過ごし、雪が舞い降る刹那の間のみ、孤独の妖として現の世界に紛れ込んでいる。


 俄かに信じがたい、お伽話だけの存在が雪の降る間に確かに存在し、こうして実在しないと思われていた存在が、実は真実であるということは、よくある話である。


 お読みいただきありがとうございます。

 冬の魚は「ムーンフィッシュ」シリーズの1つです。シリーズとしていますが各話完結となっております。

 他にも「~の魚」という表題がムーンフィッシュシリーズですので合わせてお読み頂けると嬉しいです。この冬の魚を含め、~の魚で語られる「ムーンフィッシュ」以外の物語は、酔っ払いのために作られた道化話です。

 「ムーンフィッシュ」という物語だけが真実です。

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