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第一章 再びこの世界で生きるという事 一章8 生きるためにツルツルとなった男

「そんなこんなで故郷の山で人狩りにあって剣奴にされたが、まー俺が言うのもアレなんだが残念なほど弱かったからここに連れてこられたんだ」

「……」

 配給の待ち時間、自分の身の上話しを少年にしたところ、無言でこちらを見上げられた。

 気まずい空気を茶化すために、お道化てみせた。


「で、俺は足が遅かったから、その時にタッド《のろま》って呼ばれるようになった。それまで名無しだったから、ちょっとは貫禄が出ただろ?」

「…………」


 気まずい沈黙が続いた。視線を前に固定した少年の横で、この世界での話題って結局余暇の多い上層民にしかないので、田舎者かつ下層民で金も自由も無い、自分のような人生経験の少ない年少の奴隷には話題などこれっぽっちも無いのであると境遇に責任転嫁する。


 初対面、と言うかまだ赤の他人ほどの関係なので、余りぺらぺら話しかけるのもどうだろうかと思いしばし黙る。大人しく腹の音を数えていると、配膳待ちの最前列になっていた。


 なお、何時もの薄い塩味の麦粥を半分ほど少年に分けると、少し目を合わせてくれるようになった。

 ただ、副菜の干しブドウの方が欲しかったようで、早々に食べてしまったところ物欲しそうな視線を向けられるようになってしまった。

 会話は一方通行だが、少年の性格が少しだけ分かった気がした。少年はどうやら甘党のようだ。


 朝食後は直ぐに仕事へ駆り出される。職場が隣だと通勤は楽だが、気分は最悪である。

 少しでも気を紛らわすため、採掘作業をしながら体力を回復させる魔術を考える。


 肉体に栄養が足りていないので、それを補給すればいいのだが圧倒的に供給される食料が足りない。

 ならば簡単な話しだ。食料を生産すればいいのである。


 そこでシンプルな魔術を考えた。それを実行するにはいくつか物資がいるので、労役が終わったら集めに行こうと思う。


 少年と一緒に作業をしつつ、石炭クズや石ころが増えたら、怪しまれないよう幾つかを代償に変換し宝座を埋めていく。


 クズ石を捨てに行くのも重労働なのだ。採掘作業を効率的に進められているのでお咎めもなかろう。

 石炭を集積場所に持っていけば、その量を記録される。量が前日と同じなら何も言われない。


 警邏けいらが見ていない間は、クズ石と石炭を選り分けるふりをしながら少年と一緒に休む。

 休んでいる間はお互いの背後に注意することも忘れない。


 作業中もぽつぽつ話しをする。もちろん自分の話しが九割を占め、少年の話しは少ない。しかも単語だとか、ハイかイイエの返事ぐらいなので会話と言っていいのかわからなくなってきた。ちょっと寂しい。

 そんなふうに少しずつお互いの故郷や、家族の話し、ここに来る前の話しなんかをした。


 少年の年齢は十一歳。家族は両親と、姉が三人いるのだとか。

 職業ジョブは一般職の道案内ナビゲーターだとか、故郷は果樹が多くて花盛りの頃がきれいだとか。


 家族の話しをしている少年は、声に張りがあり表情も嬉しそうだ。でも、話しの途中途中に悲しそうな眼をしていた。


 何度目かの休憩中、流石に腹が減って辛かったので魔術で何かできないか真剣に考えた。

 腹が減るなら満腹中枢を刺激すればいいのでは?


 そんな閃きと共に、体内にある消化を終え後は排泄を待っているご不浄に意識を向ける。

 食べた量が少ないのであまりないが、消化吸収しきれないものや、大腸内の共生菌に分解された物質などを思い出す。


 ふと、魔術で分解して吸収し、体内で再合成すればリサイクルできるのでは、と考えが到る。


 先ず炭化水素ガスやら、セルロースやらを吸収しやすい物質にして、血流内でグルコースに合成してみた。

 できたみたいで徐々に空腹感が薄れている。血糖値が上がったようだ。


 次に膀胱を意識する。無機態窒素のアンモニア(この場合水溶液中にあるのでアンモニウムイオンだが)、や有機態窒素の尿素だとか、あと大腸内の細菌の死骸だとかを魔術で分解し再合成して必須アミノ酸やら必須脂肪酸やらを合成し取り込んでいく。


 これは特に実感がわかなかったので、ペプチド化して神経伝達物質のノルアドレナリンやドーパミン、オキシトシンやセロトニンを合成してみると、それが増えた時の生体反応を感知することができた。


 まさにこの魔術は生化学魔術と呼ぶにふさわしい。分解、合成する物質の量も、普段扱う魔術の物質変換量に比べ遥かに少なく、用法用量さえ守れば長期間飲まず食わずでも生存に必要な物資を確保できる。

 もちろん体内にある物質をやりくりするので、寝ている間に呼吸をして、水分や二酸化炭素がガンガン抜けていってしまうが、水を飲み食事を取れば補える。


 今は痩せているから余裕はないけれど、絶食耐性を付与する魔術とでも言えばいいか、それほどの魔術を創ってしまった。

 やっていることは高分子の分解、低分子の合成、有害物質の再生利用、作った物質を体内へ吸収し、生理反応を調整しているだけだ。

 当然ビタミン類も合成できた。細胞内で合成できなくとも、魔術で合成すればいいなんて、盲点であった。


 ヘルスケア無双始まったなと、ついほくそ笑んでしまう。残念ながら体内で循環しているだけなので一向に体格は変わらないし、むしろちょっとずつロスはでているので、栄養を摂取しないと死ぬ。

 単なる延命措置でしかないのだ。


 これを他人に使えたらいいのに、と思いさらに閃く。この世界、ヒーラーがいるのだ。

 少年に聞く。


「実験に付き合ってくれないか?」


 ――ところで少し話しは変わるが、人間がサルから種分化した生き物であることは疑いようもない説だ。


 その名残とも言うべき祖先的な形質が人体のいたる所に残っている。おおよそそれらは、人間が二次性徴をむかえるころに顕著になる。

 まあ、ムダ毛とも言われるアレ。

 腕だとか髭だとか、腋、胸、腹、腿、脛、指、背中、あとは恥部か。


 うん、何が言いたいかというと、栄養が足りていないと、もちろんこれらの毛が抜けたり伸長が阻害されたり、色素が薄くなったりする。

 実に無駄ではないか?

 じゃあ、無駄なく使ってしまおうと思い、これらの毛を分解し吸収、さらに毛球部の細胞、毛母細胞とか毛乳頭細胞を自食するよう促してみた。


 結果ツルツルになった。


 やってしまった。男がツルツルなのは嫌という女性には絶対受け入れられないほどツルツルだ。


 お髭が素敵とか、もう二度と言われないと思うと残念だが、髭を衛生的に保つのは難しいので仕方がない。


 それにケジラミに寄生されるのは嫌なのだ。誰だって嫌だと思う。


 あと体毛がほとんどなくなったので体表の感覚、触覚が悪くなってる気がする。

 まあ、別にいいかと思い直す。魔術でなにか代用しようそうしよう。


 ヘルスケア魔術、セルフメディケーション魔術、生化学魔術と呼び方はなんでもいいが、これらが完成したおかげでちょっとだけ自分は元気になった。

 勘違いしないでもらいたいが眉毛や髪の毛、鼻毛はまだ健在である。最後の砦なのだ。耳毛? もう死んだよ。


 それでも不足している栄養素はまだまだ多い。大事なことなので何度でも言うが、これらを十分満たせるように、食料の摂取を急がなくてはならない。

 考えはあるので、当初想定していた虫や雑草をそのまま食うなどと野蛮極まりないことはしなくてよさそうだ。


 ――そんなわけで少年に自分を使って人体実験した結果を説明したら。


「や、止めてくださいっ……」


 と、本気で拒絶された。

 うん、真っ当な思考ができているといえる正常な反応だ。


 その後、ちょっと本気で拒絶されたことが心の傷となった自分は、息を吸って取り込んだ空気から窒素分子と二酸化炭素分子をアミノ酸の合成に使えないか挑戦していた。

 残念ながら一呼吸で肺に吸い込まれる気体は500mℓ以下、さらに地球と同じ大気の組成なら窒素は78%だ。1molの窒素分子を取り込むのに深呼吸を1000回以上しなくてはならない。


 そしてまどろっこしいからと一気に窒素を取り込もうとすると、肺の中身がなくなって大気圧でつぶれるので気を付けようね(死にかけ)。


 そんな命懸けで実験して得られた結果があまり芳しくなかったので、気体を使うのは微量栄養素を合成する時だけと決めた。

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