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第一章 再びこの世界で生きるという事 一章6 スタート

 意識が現実に引き戻される。一瞬も一瞬の事だった。


 触媒の化石が幻の様に掻き消え、触れていた指先に砂塵が集まり一枚のカードを形成した。

 大きさは縦20cm、横10cmほどでそこそこ大きい。


 カードには文字列とデフォルメされたセピア色の植物のイラスト。

 そして足元の地面にちょこんと盆栽の様に生える植物があった。


 しかし、今のビジョンはなんだ。まさか、この植物の最期の瞬間を垣間見たのだろうか。


 強張った体から力を抜くように、大きく息を吐きだす。

 驚いて悲鳴を出さなかった自分を褒めておく。早朝も早朝から鶏の如く雄叫びを上げていたならば、兵士に串刺しにされてしまうかもしれない。


 謎ビジョンについての考察は後だ。目の前の植物を見る。


 化石の葉にそっくりで、幹はソテツの様にずんぐりしている。樹皮はガサガサで、幹には小さな蕾のようなものが一つついている。

 なんか登場演出が地味だなと思ったが、光ったり音が鳴ったりしたら騒ぎになるのでこれでよかった。現実はゲームではない。

 うん、少し早計過ぎた。


 さて現状確認。十の宝座の一つから光が消えている。召喚コストは一等星一つ分のようだ。

 カードのイラストの背景に、六重の後光が描かれている。


 おそらくこれが召喚された古生物の活動時間とかだろう。スマホのバッテリー残量だと思えばいい。この辺りの表記は自分の前世の知識に引っ張られていそうだ。でかめのスマホサイズだし。そもそもカードだし。


 それからイラストの上に名前欄があった。

 ムカシハナニセソテツと読める。それから横に100.000%という表記がある。


 これは、どっちだろうか。バッテリー残量は後光だと思うので、こっちはライフとか、損傷率とかだろうか。


 いや、それはあっても無くてもどっちでもいいので、情報確度とか受肉率的なものだろうか?

 うーむわからん。再現度とかかもしれない。今は保留。


 カードには特にめぼしい表記が無く、空欄が多い。あとから追加で情報が載るのだろうか。これはまだわからない。


 検証したいことは色々あるが、特に知りたいことは召喚持続時間と召喚者への負担、後は送還と再召喚のコストだ。

 触媒はカード化されたので化石を持ち運ぶより遥かに嵩張らなくなったが、これを持ち歩く手段も考えなくてはいけない。


なんせ自分は上裸で、太腿の半分ほどを覆う腰巻に下帯、後はボロボロの革サンダル。所持品は木の深皿と匙だけだ。食器は水場の棚に置いてある。

 カードの入れ物をどうするか。


 とりあえず腰巻と下帯の間に挟んでおく。魔術で作られたものだから自分のマナで肌に吸着させられないだろうか。引力や磁力みたいな感じで。

 カードに念じる。磁力や引力に倣って、カードが自分のマナに応じてくっつくように。

 魔術式起動。体とカードに不可視の繋がりができたのを感じた。成功だ。


 召喚術を使った後でも内なるマナを十分に感じられる。まだまだ魔術を使えそうだ。

 ステータスという指標がないのでマナの保有量を調べる手段が無い。使い過ぎには気を付けなくてはいけない。


 そもそも人間も動物もその日のコンディションでパフォーマンスが変わるのだから、当たり前と言えば当たり前だ。

 ステータスの数値に毎日プラスだとかマイナス補正がついているなんて思うとうんざりする。

 いや、逆に休むタイミングの指標になっていいのか?

 休ませてもらえればの話しだが。


 とりあえずムカシハナニセソテツ(以下ニセソと呼ぶ)を目立たない場所に移すためにえいやと引っこ抜く。


 幹の部分が30cm、葉が40cmほどなので意外とデカい。グッと力を入れると地表に張っていた根が土を捲って抜ける。

 自分みたいなヒョロヒョロの体でよくすんなり抜けたなと思ったが、どうやら召喚者の意思を酌んで自分から離れたようだ。


 それと、ニセソが伝えようとしていることがよく分かる。

 直ちに埋め戻してほしい。何なら水も欲しい。という意志がビシビシ伝わってくる。


 確かこういうのはテレパシーと言ったか。もしかしてと思いカードを見ると、スキル欄が追記されていて精神感応Lv1とある。


 スキル名とレベルがわかるだと!

 驚愕した。まさか職業判定の儀以外にステータスの一部を見る方法があるとは思わなかった。


 もしかすると未だに発見されていないだけでステータスを見ることができる魔術があるのかもしれない。


 ちなみにスキルには説明が一切書かれていない。

 見れば分かるものをわざわざ説明する必要ある? と言わんばかりのふてぶてしさだ。誰だこれ考えたやつ。


 さて、丁度喉も乾いていたので水場の側に行って目立たない場所に埋めてやった。


 自分の食器置き場から深皿を取り、ニセソに水をかける。

 水は水源から引かれている。帝国の傘下にある国では、コンクリートやレンガの水道が整備されているのだ。もちろんこのコンクリートは前世の近代以降の物ではなく、古代に使われていた物に近い。


 ここも一部はコンクリートだが、奴隷用の水場は木樋だった。

 ノコギリで製材されているが、規格などそろっておらず端材や使えるものを組み合わせたことがうかがえる。


 こんなライフライン一つとってもここでの奴隷が如何に雑に扱われているかが分かると言うもの。


 きっとメインの水道を壊されないように、必要最低限の設備を用意したのだろう。

 いちいち水汲みに行かせて採掘の効率が落ちるよりもマシだと思ったのかもしれない。それとも金の採掘を想定して水道を引いたのか。うん、どっちでもいい。


 そんなことを考えながら深皿の中の水を加熱して、それを飲む。


 いちいち火にかける必要はない。マイクロ波のように水分子を振動させれば事足りる。

 熱エネルギーのロスも少ないのでマナも少ししか減らない。


 瞬間湯沸かし器じみたことをしながら一杯目を呷る。当然分子振動を抑えて丁度いい温度に冷ましている。


 魔術の基本はエネルギー制御だ。マナを使ってエネルギーを増幅したり、整えたり、逆に打ち消したり、奪ったり、移したりする。


 属性という概念は結局のところ、このエネルギー制御を物性に合わせて体系的に効率化した魔術式のことだ。


 そっちの方が覚えやすいし、個人によって現実を捉えるセンス、つまり五感の偏りがあるから属性魔術という概念が先行した。

 そんなこんなで記憶が戻る前は、発火だとか空気砲しか使えなかった自分も、前世の科学知識のお陰で現実の解像度が上がり、こうして魔術を大した労も無く使えていた。

      

 むしろこの世界はマナという余計なものがあるせいで、物理現象と魔術現象を分離して観察することが難しく、学術的な蓄積が思うように進んでいないのではなかろうか。いや、そもそも学者を囲ってその知識を外部にできる限り漏らさないようにしている特権階級がいるわけだから、学術が遅々として進まないだけかもしれないが。


 まあ、だからこそ魔術が属性で分けられて、この世界の学術になっているのだろう。

 召喚術とか死霊術とかイレギュラーな魔術もあるが、これらは職業ジョブと魔法領域――所謂ダンジョン環境――などを研究した副産物である。

 話が逸れた。その話は置いておこう。


 もうすぐ夜が明ける。


 朝食の後は過酷な現場だ。


 先ずは少年とコミュニケーションをとって、こちらの考えを聞いてもらおう。


 相手の意思を尊重したいが、できれば一緒に逃げてほしいと思う。

 物語の主人公の様に、圧倒的な力で人の運命を変えられたらいいのだが、こればかりはどうしようもない。


 きっとこの逃走劇は痛快な物にはならないだろう。

 泥臭くて、惨めで、取るに足らない。どこかで野垂れ死ぬのが見えている。


 それでもここで死を待つより、一縷の可能性を選んでほしいと思う。


 だけれども、自分のこの頼りなさはどうだろうか。

 痩せ細った自分の腕と、あばらの浮いた身体を見る。


 前世の自分とかけ離れた姿に心が苦痛を感じている。


 ――まだ死にたくない。

 タッドと呼ばれていた頃、何度も強く望んだ言葉が頭の中に響いた。


 ――まだ、死ねない。

 手札が配られたのだ。


 手取辰登はまだ終わっちゃいない。

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