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第一章 再びこの世界で生きるという事 一章5 Progenitor flos

 時間は分からないが、夜明け前であることは分かる。


 日が昇ると炊き出しが行われる。と言っても振舞われるのは昨晩の麦粥を水で伸ばしたものだ。

 燃料を節約し、調理の手間を省く実に的確な倹約運営である。労働者としては実に憤りを感じることだが。


 今宵は半月だ。白み始める空と月明かりのお陰で、周囲は薄ぼんやりと見えていた。

 寝床からそっと抜け出す。

 周りの奴隷たちは少しも動かない。極度の疲労で夢すら見ずに眠っているのだろう。


 何人かは目を覚まさず、冷たくなっているかもしれないが……まあ、まだ大丈夫だろう。

 自分と同じくらいの時期にここに来た連中だから。


 ゆっくり厩から外に出る。

 ボロボロの革サンダルが荒んだ地面をザリッと撫でる。この心許ないサンダルでどこまでいけるのか。草鞋の製作は急務と言える。

 この炭鉱の敷地は疎林と藪で囲まれているから材料はある。

 寝床の干し草を増やしつつ草鞋をこしらえよう。


 そんなことを考えながらクズ石捨て場を眺める。

 一抱えもある白っぽい大岩がいくつも無造作に捨て置かれていた。


 傍には堆積岩に混ざった石炭クズもある。どれも地下に眠っていた太古の植物遺骸の痕跡であり、今は風化に任せて土壌に還るのを待っている。


 一番近くにあった腰掛けるのに丁度よさそうな珪化木にそっと手を触れる。


 これが代償になるはずだ。術式を組めば、それが解るはず。

 脳内で召喚術式を思い浮かべ、代償としての役割を珪化木に与えてみる。


 瞬間、掌に感じていた冷たい珪化木の感触がかき消えた。


 成功だ。脳内で組んだ術式の中心に、代償から得られた情報やマナが蛍火のような光点となって配置された。


 光の強さは一等星ほどでそこそこ強い。これでどの程度の召喚獣を出せるか検証する必要がある。

 UIユーザーインターフェイスなど便利な物は無いので、全て実験で数値を出さなくてはならない。


 さて次だ。本来召喚師は魔石を現物で持ち歩く。

 これは代償を一度支払うと術式が起動してしまうからだ。


 なぜかというと、彼らは魔獣の死骸を纏っているからだ。

 この世界の生物はマナに適応して生きている。

 このマナをより効果的に操り、生態系の上位に君臨している者たちを魔獣と便宜的に呼んでいるのであって、実際はすべての生物、それこそ人も菌類も植物もマナに適応した生物なので魔獣と呼んでも差支えは無いはずだ。


 そこまで分類すると魔物と呼ぶのが正しいだろうか。情報が断片的にしか収集できない時代故に、核心を知るのは神のみだろうが。


 前世の知識で生命の共通祖先は一個ないし何億年内外で生じた原核細胞生物の幾つかが融合し、複雑な細胞小器官を獲得した真核細胞生物であるからと定義されていることを学んでいる訳で、実際この世界の生物が何に由来するかなんて当然知らない。

 マナに適応した生物で生態系が確立していることが重要なのだ。マナの存在下で生きている時点で、それは魔物なのだ。


 まあ、つまり、召喚術師が術式を組んだ瞬間、先に触媒が組み込まれていなければ、身の回りの魔獣由来の物質に反応し、それを触媒として魔術が発動してしまうというわけだ。


 どの程度あれば魔術が発動するのかはわからないが、魔獣の牙や爪、皮革ですら触媒で使えるのだから、サンダルが片足あれば事足りるはずだ。

 きっと初期の頃はそうやって召喚術の秘された知識が紐解かれたのだろう。実に奇天烈なものだと思う。


 さて考察を止めて、魔術式にアイドリングされた代償をどうするか考えなければ。

 まだ使うつもりが無いので、これを術式の外に出して保存したいと思うのだけれども。


 だからそれを実行する。


 脳内で組んだ魔術式の上に浮かぶ一等星を天に打ち上げるようなイメージを与える。


 するとそれが発光する術式から解き放たれ、暗闇に向かって飛翔していった。


 その暗闇には十もの鉛色の輪が車座に配置されていた。


 星図とも、神殿の宝座にも感じられるそれの一つに、代償の星を填め込むと、それはぴたりと安定した。とりあえず宝座と便宜上呼んでおく。

 どうやらこれは代償を保存する機構のようだ。

 現状十個までしか保存できないが、巨大な岩石を持ち歩かなくてもよくなったのは素直に喜ばしい。


 ただし、この代償一つで果たして何頭の召喚獣を呼び出すことができるのか未知数なのだ。

 できる限り宝座を埋めてしまうのがいいだろう。


 せっせと代償になりそうな石炭と珪化木を拾って、ふと思う。

 クズ石捨て場から大きな岩が消えるのは怪しまれるだろうなと思い、石炭クズの山から無くなっても気が付かれない量を収集させてもらった。


 その際、小さな葉っぱの化石は三等星ほどの輝きで、拳大まで集めた石炭クズは二等星ほどの光になった。

 どうやら代償に保存された情報やマナの量と質などで、輝きが違うらしい。


 また植物の葉の化石で、博物館の標本にできそうな、つまり同定形質がはっきりとわかるようなものは二等星だった。


 爪ほどの石炭片で、薄ぼんやりとしか光が見えない六等星程度だから、やはり量と質で異なるのだろう。


 これを等級に直すとややこしくなるので、明るければ質のいい代償、暗ければ質が悪い代償と覚えておく。

 また、宝座に移す時に輝きが弱いもの同士を合わせて入れると六等星は二から三個で少し明るくなった。星の明るさは2.5倍で一段階上がるので何とも安直なイメージだ。

      


 そうこうしているうちに空がだいぶ明るくなってきた。まだ時間はある。構わず次の実験だ。


 この世界でもおそらく史上初となる古生物召喚をおこなってみよう。


 目の前には代償を集めている途中に見つけた化石がある。この薄ぼんやりとした明るさでも、はっきりと堆積岩に刻み付けられた植物の組織と分かる化石だ。


 葉、幹、樹皮。

 そしておそらく樹皮から直接生えているような花の痕跡だ。それらがはっきりと見て取れる。


 これほど状態のいい化石なら記載論文を出せるレベルかもしれない。


 一回羽状複葉でパッと見はソテツに近いと思われるが、葉脈が一筋しか見られず、細く鋭い小葉が放射状に生えている器官は、間違いなく花だ。


 となるとソテツ様で花がある植物。

 もし顕微鏡があれば気孔を見ていただろう。間違いなくこれは絶滅裸子植物、ベネチテス目の一種だった。



 ベネチテス目の植物は、地球だと中生代に栄えた裸子植物である。しかし中生代の終わりの白亜紀には絶滅したようだ。


 となると、ここの石炭層は中生代ごろ、すなわち約2億5千万年から6600万年前のいずれかの地層という事になる。もちろん地球と同じ時間を辿っていればの話しだが。


 まあ、異世界なので色々違うところもあるだろうし、麦だとかオリーブだとか、デーツがあるのだからおおよそ同じような流れで植物も種分化しているだろう。


 単に自分の知識と異世界の近似しているものを勝手にそう認識しているだけなので、この際年代とかはどうでもいい。

 この世界での新目新科新属新種を発見したのだから勝手に名前を付けたらいいのだ。

 そもそもリンネがいない世界なのだから二名法で名前を付ける必要もない。

 ここは異世界で、近代的分類など存在しないのである。


 そんな訳でとりあえずさっさと名前でもつけておこう。太古のプロシェニトルフロスを持っていてソテツに似た植物だから、ムカシハナニセソテツと呼ぶことにする。略してニセソ。


 召喚!

 雑なネーミングを終えて早速魔術を行使すると、途端、イメージが頭に浮かぶ。


 召喚術式の球体に向かって、宝座から黄緑色の一等星が流星のように飛び出した。

 そして召喚術式の中心に収まるビジョンが見えた。


 突然、視界が切り替わった。

 眼前に広がる黒々とした曇天。

 その切れ間から細ぼそと射す陽光を見た。

 周囲はシダやソテツの様な巨木の樹林があり、自分の周りにヒラヒラと舞う虫がいる。


 茫然自失。

 今まで視ていた日の出前の薄ぼんやりとした炭鉱の景色と、全く違う事に動転してしまった。

 

 蒸し暑い風が林を撫で、ザワザワゴウゴウと音が聞こえ振動が伝わる。


 これは、なんだ?

 自分は今何を見ている。


 疑問が湧くが答えは出ず。


 その間に場面は劇的に進む。

 ゴウゴウと鳴いていた林が突如赤褐色の濁流に飲み込まれ、幾千幾万もの植物が土石流と共に自分を根こそぎ押し流した。


 ――閉塞感、窒息感、悶えることすらできない苦痛が押し寄せた。

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