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第一章 再びこの世界で生きるという事 一章30 日向の先へ

 ボンノ曰く、迷宮白蟻ラビリスターマイトと呼ばれる魔獣が巣を創ると、その地はいずれ魔法領域化するとのこと。


 事実、ここは距離や空間が変質してしまっている。少年の村の近くと、交易都市ビーフル郊外の丘陵地帯が繋がったのは、そういう事らしい。


「儂のこの貫頭衣には、迷宮白蟻の王蟻が落とした翅が縫い込まれておる。これを纏うと、白蟻たちは身内と看做みなして襲ってこなくなった」


 ボンノは迷宮白蟻の巣を彷徨い歩き、穴を抜けるたびに丘陵地帯が広がる光景を見たそうだ。

 つまり、北の丘陵地帯一帯は迷宮白蟻の広大な巣になっていたのだ。植生や地質が違う理由が魔獣にあったなんて壮大な話しだ。


「儂が見た王道の先は、丘に繋がっておった。もし迷宮白蟻が村に巣食ったとすれば、恐ろしいことになっていただろう」


 当時村に現れた白蟻の新王は、自警団と流れの狩人が共に討ち取ったとのこと。新王自体はそれほど強くはないのだろうか?

 ボンノは齢のため、村長職を後継に譲り、単身迷宮白蟻の巣に潜り込み長い時間をかけて調査したのだと言う。


 お守り代わりに王蟻の翅を外套に縫い込んだことが、彼の命を守ることになるとは――本人もただその幸運を喜んでいた。


「お陰で様々なことを知ることができた。今回のように人里の周りで王道が開通することが、たまに在るらしい。古い遺跡が1つ、坑道に埋もれていた。おそらく、迷宮白蟻の所為で放棄せざるを得なかった人里なのだろう」


 この魔獣、そんな危険な代物だったとは。交易都市ビーフル周辺の羊飼いはあの丘で家畜を放牧していたし、脅威はないと思ったのだが認識を改めなくてはならない。

 迷宮白蟻たちは巣を創り終わったら、外に出てこないのかもしれないが、それが本当なら何とも出不精な生態だと思う。


「さて、儂の話しはこんなところか。次は其方らの話しを聴きたい。世捨て人であっても外の話しは気になる。ああ、言いたくないことは言わんでいいからな」


 何から話そうかと逡巡していると、少年が奴隷になった話しから、逃げ出して姉を助けに行って捕まった話し、そして現在に到るまでの話しを身振り手振りを交えながらボンノに伝えていた。


 おおよそ自分の話しも途中から増えたので、少年の話しを補足しながら自分も会話に加わった。


「左様か……実に波乱に満ちた時を過ごしたようだな。召喚師の君よ、この子が世話になった。村人はみな儂の家族であった……帝国の魔手から守り切れなんだ儂がいう事でもないが、感謝を伝えたい。ありがとう」


 心の中でほっと息を吐く。まだ少年の願いは叶えていないが、一先ず少年の両親に無事な姿を見せられそうでよかったと思う。

 あの時、助けたいと強く抱いた思いと、死なせたくないという決意、そして覚悟が報われたことに、それまで感じていた重圧と緊張がほぐれるのを感じた。


 何とかなった。今は喜びよりも一時荷を下ろすことができた解放感に身を委ねたい気分だった。


「それでね、村長。ボクね、お姉さんたちを助けに行きたい」


 少年がすっくと立ちあがってボンノに詰め寄る。

 ボンノは苦笑いだ。少年のやや向う見ずだが、家族を思う強い気持ちは村にいた頃から同じだと嬉しそうに言う。


「先ずは痩せ細ったその体を労わってやりなさい。召喚師の君も遠慮せず休まれていかれよ」

 自分も少年も傍目で長旅ができるような姿をしていないので、ボンノの申し出はとてもありがたい。自分は余所者なので、最悪村の外かここで暫く過ごすかもしれないと思っていただけに、素直に受け入れられたことを感謝した。

「ありがとうございます。少年、そういうわけだ。先ずは長旅に耐えられるぐらいに養生しよう。恐らく姉御さんたちは帝国の首都周辺まで連れていかれた可能性がある。今回想定していた旅程よりも遠いからしっかり休もうな」


 帝国は遠い。今の体力や資源、資金力では途中で倒れるのが関の山だろう。


「道案内の職を持つのなら、其方にも困難な旅路だとわかろう。心がせいておっても、十分休むがよい。さて」

 ボンノは立ち上がると、光差す洞窟の出口を指さす。


「何も持たぬ隠者の身ではあるが、君を案内して進ぜよう。先ずはその子の両親の元へ参ろうか」


 しっかりとした足取りでボンノは自分たちを先導する。

 魔法領域の中で数年過したらしいボンノは、見た目は老人であっても肉体の強度と言えばいいか、運動能力は姿よりも遥かに若々しかった。




 少年の村は家々が果樹に囲まれているように建っていた。森の中の樵小屋や出作り小屋に似ているなと思った。


 なだらかな平地に健やかに育った果樹が並ぶ光景は圧巻だ。老木から実生苗みしょうなえまで様々な樹齢のものが青々としている。

 地面はとても柔らかい。炭鉱や荒野の感触と大違いだ。あの周辺は砂漠土だったので、迷宮白蟻の巣のお陰で随分長距離を移動できたのだと分かる。


 それにしても足を踏み出すたびに僅かに沈むここの土地は、家の周りは固めてあるのだろうが、もしこのまま基礎工事をせずに家を建てたら傾くだろうなと、どうでもいいことを考えてしまう。


 木漏れ日の中をゆったりと歩く。日差しの強さは炭鉱のあった場所とそれほど変わらないが、樹々が葉を茂らせると肌に当たる日光の質まで変わったように感じる。

 おそらく植物型の特性やスキルのようなものなのだろうが、それを知るすべはない。


 枝の方々に色とりどりの果実がついている。赤、橙、黄、紫、白、緑、それらの色がグラデーション様に球体や楕円を鮮やかに染めている。

 確か季節的には秋だったと思うのだが、前世の知識から亜熱帯に分類される気候区分なのだろうと、植生やこれまでの天候を思い出して結論付ける。


 花が咲いている樹があり、花の甘い香りがする。他にも腐葉土の匂い、腐熟した果実の生ゴミのような臭いも混じる。正に果樹園らしいニオイだ。


 パッと見ただけでも前世で見たことのある果物も多い。ザクロ、イチジク、シトロン、オレンジ、クワ、アンズ、黄桃、マルスグリ《グースベリー》、サクランボ、ナツメヤシ《デーツ》そしてブドウ棚もある。畑にはスイカやメロンもある。


「すごいな。これほどの種類を管理できるなんて」

「いやいや、その分失敗も多かった。何もしなくても育つのは、ザクロとクワとナツメヤシくらいだ」


 樹が育つのと美味い実をつけるかは別の話しだが、魔獣に荒らされることも無く景観良く生い茂る果樹は、手塩にかけた跡が窺える。


「むう、圧巻の光景だ。食うものに困らないなこれは」


 風吹けば花の香りが運ばれ、暖かい木漏れ日と合わさり何とも眠気を誘う空間だ。


「山に行けばクリやらヤマイモも取れる。川には魚も多い。海も近いし貝も獲れるが、儂は余り食わんな。昔、あたってなぁ」


「あー、貝の中には焼いても消えない毒のあるやつがいるからな……」

シガトキシンとかテトロドトキシンとか。もっとあるが、有名どころはこの2つか。


「解毒の魔術や魔術薬を作れる人間はいないのか?」

 魔術師職や一般職の薬師メディスンマン薬草調剤士ハーバリスト医師ドクター魔術薬師ポーションマスター治癒術士ヒーラーがそれにあたる。それから祈祷師シャーマン野伏レンジャーなども呪いや薬草を使った治療ができる。


「3年前に皆、帝国に連れていかれたな」

「そうか。俺も簡単な魔術薬の作製や応急手当はできる。村に滞在している間は手を貸そう」


 魔術薬と言っても、解熱剤だとか鎮痛剤、活力剤と造血剤、あとは傷薬ぐらいか。だいたいが前世の知識と剣闘士、魔術戦士時代に教わった知識だ。

 できることを告げると、とても助かると言って再び握手を求められた。


「其方には何から何まで苦労を掛けてしまうな。この村で不快な思いをせんように、隠居した身ではあるが最大の便宜を図ろうぞ」


 元村長のお墨付きを貰えたので、これで村に滞在している間はトラブルに巻き込まれることもないだろう。異国の地であり、言葉も若干違うせいで細かいニュアンスを伝えたりできるか分からないからとても助かる。

 身分を保証し後ろ盾になってくれる訳だから、自分ができることは頑張りたい。


 滞在中にこの村の周辺で、石炭や化石が採れる場所も調べたい。チャートや珪藻土もある意味化石の類なので、おそらく代償にできるはずだ。

 あるのならばの話しだが、珪藻土の中から様々な海生生物の化石が見つかっていたりするし、そちらも期待したい。


 あと、大理石なんかにも化石があったな。あれもアンモナイトやウミユリの化石が入っていたりするので代償にもなるだろう。


 少年の休養が終わったら是非案内してもらおう。


 ふと先程から黙っている少年が気になる。

 隣を歩いていたはずの少年に視線を向けるも、4、5歩後ろをついて来ているのに気が付く。ふらふらと覚束ない足取りで、目も焦点があっていない。

「どうした少年⁉」


 慌てて近付いて少年の体を支える。


「少年ッ? 熱い……熱があるのか。具合が悪いなら遠慮せずいってくれよ」


「うぅむ急がねばな。幸いこの子の家の近くまで来ておる。アダニア! おるかアダニア!」


 少年をいつものように背負うと、ボンノが少年の家までもう直ぐそこだと言って先導してくれた。


「アダニア! ペディオ! お主らの末子が帰還したぞ! 子に熱がある、直ぐに寝床の支度を頼むぞ」


 どうやら少年の両親らしい二人が一瞬呆けた後、慌てて篭と鉤のついた杖を家の中に放り込んで、こちらに走ってきた。


 少年の意識は既に落ちていたので感動の再開とはいかなかったが、少年の事を二人が泣いて心配しながら、帰ってきたことを喜んでいる姿を見て、達成感と安堵を感じた。

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