第一章 再びこの世界で生きるという事 一章3 ゴミとも言える手札が一枚
他にできることは何だろうか。いや、この場合やらなくてはいけないことが沢山あるが正しいか。
どれほどの距離を移動するか分からないので、今履いているサンダルをどうにかしなくてはならない。
ボロボロのサンダルはまだ原形を保っているのが不思議なくらいだ。これを補修したり、時間を見繕って草鞋を作る必要がある。
それから靴擦れ程度は治せるように、治療用の魔術も必要だ。治癒魔術も初歩の初歩なら知識にあるので大丈夫だろう。
できることが少ない分やることは多い。命を守るのだから当然とも言えた。
逃走先での食糧調達は周辺環境に詳しい人間から聞き出すとして、まあ最悪、魔獣を食うのでそれはいい。
どうせ外界は魔獣がうろつく過酷な環境だ。人の領域と野生の領域の境界を見極める必要がある。
これは運と勘に任せるしかない。
経験は不足しているがこの世界に生を受けてからの十四年ほどの知識がある。
人の領域と魔獣の領域の境界は、弱い魔獣が住むというのでこれを信じるしかない。
人里には必ず狩人がいる。彼らがそこそこ強い魔獣を狩ったり追い払ったりしてくれているお陰で、人の領域には小型で弱い魔物しか生息していない。
もしくは弱い魔物の領域に人が入植したともいう。
そもそも危険な魔獣の住む場所に居を構えるなど集団自殺になるのだから、指導者は身内に殺されても文句は言えない。その前に全滅しているだろうが。
さて、丸腰で上裸の弱った人間にとって、外界はどれほど過酷な世界であろうか。野外演習の時は弱い魔獣しかいないような場所だったので、記憶は当てにはできない。
ただし、自分は一頭も魔獣を狩れなかったのでそれ以前の話しなのだが。
そんな場所で少年も守らなくてはいけない。自分が死ねば少年も死ぬ。一蓮托生だ。
逃げると決めたが葛藤は未だ拭えない。
少年を置いて逃げれば、自分のペースである程度自由に逃避行ができる。
だが、置いて行けば少年は炭鉱で死ぬ。
弱気になるな。
少年に死んでほしくないから行動を起こそうと思ったのではなかったか。そうだ、結果は同じことだ。迷う必要はない。
自分も生き残れるか分からない。――だから最善を尽くさなきゃならない。
でも、と心の内で言葉が浮かぶ。
上手く逃げられても、その後はどうだろうか。自分はその時どんなことを考えるだろうか。
最悪の事態。裏目に出る行動。様々な障害。そもそも少年は自分と逃げてくれるのだろうか。
思いつく限りの消極的な想像が頭の中に溢れる。
――やってやろうじゃねぇか。
それらは問題提起であって、中止の言い訳ではない。一つ一つ課題を解決していけばいいのだ。
後は、この切り札とも、ゴミとも言える手札が一枚ある。――廃絶の召喚師。
詳細不明。前例無し。魔術師職ということ以外は何も解っていない謎の職業だ。
固有戦技も固有魔術も不明である。
召喚師というくらいだから、魔術師職のさらに小分類である召喚師職の派生だということはその名の通りだ。
まあ、魔術戦士の訓練中に召喚師の職を持つ先輩に指導を受けたものの、このように炭鉱に落ちてきたわけだから察して余りあるというもの。
廃絶の召喚師は、召喚師と異なるのだ。
受け売りだが、召喚魔術とは代償と触媒、そして術者のマナを用いて力ある存在を使役するというものだ。
代償は魔石、触媒は魔獣の一部が必要になる。大抵は殺した魔獣の魔石と一部を使う。武器を鹵獲して使うような感じだ。
召喚獣はマナによって生前の姿が再現される。死霊魔術にも似ているのだが、召喚術はマナで作られた擬似的な肉体を作るのであって、死骸を動かすわけではない。
籠めた魔力が尽きれば、召喚獣は消滅する。
もちろん、魔石の量や触媒の質、召喚術師の練度(端的に言えばレベルと基礎ステータスだが詳細は不明で、組織によっておおよその目安が付けられている)で召喚獣の性能が変化するわけだ。
術者の力量が低ければ再現度の低い、色や輪郭が朧気な召喚獣が呼び出される。当然そんなものは本物の爪や牙などに到底及ばないし、耐久力も無い。
なお、そんな低練度の召喚獣を運用する方法については詳細を省くが、召喚獣の戦技を召喚者がマナを支払って発動している。例えば一時的に牙や爪を発現するだとか。
術者の力量が高ければ、召喚獣は本物と遜色が無く、意志を持つとさえ言われているし、自律行動すら可能となる。
だからこそ自分が廃絶の召喚師と判明した時に魔術戦士の道へ即時に舵が切られたわけだ。
高練度の召喚師は、単体で何十人分もの働きができる。権力者が欲する能力として申し分が無かった。
磨けば光る璞だったらここにはいなかったと言うわけだ。
さて、話は少し変わるが、自分はこの世界で生まれ育ったが、魂は前世の記憶を持っていた。
故に自分はこの世界の言葉や文字を見ると、脳内で自然と翻訳されて認知している。
判定の儀の際に告げられた廃絶の召喚師という言葉は、日本語副音声のように聞こえていた。
いや、正確にはその時の記憶を思い出して今そう認知しているわけである。当時は何のことか全然わからなかった。
そして、ここからが重要だ。自分は卒業旅行で海外に一人旅する程度の語学力があった。卒論を書くために英語の論文も読んできた。
だからもう一つの副音声で認識した廃絶の召喚師という言葉は、このように聞こえていた。
Extinct creatures Summoner.
古生物もしくは、絶滅生物の召喚師、と。
これは運命なのかもしれない。
前世は生物学部の学生であったし、海外旅行の目的は、琥珀に閉じ込められた太古の生物を見たかったからだ。
自分はこの世界にそんな因果で転生したのかもしれない。
そしてこのタイミングで記憶が甦ったのは、きっと何か意味があることなのだろう。
その意味が開示されようがされまいが、これはきっと千載一遇の好機であり、最後の機会でもあった。
死ぬか生きるか。この手札が命運を握っている。




