第一章 再びこの世界で生きるという事 一章28 補給の無い旅路
結局、村に1日滞在したが、炭鉱の兵士たちが追ってくることはなかった。
当然だが彼らの管轄はここではない。この村の兵士に引き継いだとは思うが、バカ正直に関所を通っていたのならまだしも、密入域しているので村の中にまで目が行くことは暫くはないだろう。
そもそも自分たちは徒歩で別の方角へ向かっていると思われている(そのように誘導した)ので、警戒は外に向くはずである。
布石通りに行けばよし。不測の事態が起きれば、その時はその時だ。
朝のうちに新たに赤銅貨10枚を稼ぎ、食料と中古の布、青銅のナイフをそれぞれ2本購入した。
食料の中には鉛筆ほどの長さの桂皮が5本。ヤギのチーズが拳1つ分ほど。3人前1袋分の干しデーツ。ショウガ1個。ニンニク4個。
クミンシード小袋いっぱい。ローリエ小袋いっぱい。オレンジ1個。ナツメ10個。ツノメロン8個。計赤銅貨10枚。
青銅のナイフが1本で赤銅貨10枚だった。中古の布は値切って赤銅貨10枚だった。初日に稼いだ赤銅貨40枚は無くなったが、10日以上の旅程に硬貨の出番がどれだけあるか分からないので、最低限の手持ちにする。
「オレンジは少年の故郷でも作っているんだってな」
何軒も露店を梯子して、色々な品物を買い集めたのには理由がある。市場で買い物をしつつ、西方の情報を集めていたのだ。
そんな折、いくつかの果物が少年の村周辺で作られていることを知り、言い値で買ったのがこれ。もう半額ぐらいには値切れただろうにと内心後悔する。
「うん。でも、すっぱくて苦手かも」
「ちっちぇころは酸っぱいのツライよな。わかる」
少年は甘党なので、デーツを好んで食べている。干しブドウも好きらしいが、偶に醸造用の渋みの強い品種が混ざるので少し警戒しているらしい。
昼前には少年の故郷周辺の情報が集まったので、村を出ることにした。
堂々と村の関所を抜ける。身分証は無いが、そもそも衣服の高価さなどでおおよそ判断されるため、ほぼ素通りに近かった。
これが都市の周辺であればもう少し厳重なのだろうが、隊商の経由地が所以といったところか。
中古とは言え、頭布に身体を覆う布を纏った旅装で、そしていくつもの食料をいれた布袋。駆け出しの商人や近隣の村人に見えてもおかしくはない。
隊商は多国間を行き来する商人集団であるし、当然合流や離脱もよくある。異性の伴侶を見つけて村や街に腰を落ち着けるものもいる。
自分たちがそういった常識に含まれる人間だと思われれば、この対応は当然であった。
踏み固められた土の道だが、街道を歩くのでいつもより楽だ。
少年もゆっくり休めたようで、一歩一歩しっかり歩いている。
灌木林を歩いていた時は何度も転んでいたし。
普通の人間は障害物だらけの天然自然のフィールドを素早く移動するなんてできないのである。トレイルランナーやレンジャー部隊のように、余程の訓練を経なければ、ああは動けない。
ただし山菜採りの爺さん婆さんは除く。年季が違う。
昼に出発して日没前には街道から逸れて野営する予定だが、どうなるだろうか。
西に向かう街道は、右手側に緑の稜線が幾重にも連なる丘陵地帯。
羊飼いが数頭の羊と牧羊犬の後について歩くのが、見える範囲の丘全てで視認できた。多い時には数十頭が縦に横にと広がって、一斉に移動する。
左手側は飛び地的に草や灌木が茂っている。それ以外は砂礫と岩石だ。
砂漠化が進んでいるのだろうか?
街道を跨いでこうも植生に違いがでるのは、そういう土地柄なのか、また別の曰くがあるのか。
そんな土地なので街道を様々な魔獣が横切っていく。
小鳥型、野鶏型、双角偶蹄の大型哺乳動物なんかも群れで通り過ぎる。猛禽や中型猫は単独で行動しているものが数頭見られた。
猛禽と猫は肉食っぽいが、他は植物食だとか昆虫食いだろうと勝手に想像する。
サファリパークを徒歩で移動している気分になる。なんでキャラバンはこんなところを平然と横切れるのだろうか。
基本的に襲ってこないが、時折真横から突進してくる魔獣もいる。
しかも凶悪なことに、大型偶蹄類が通り過ぎると、擦過傷ができるほどの風が一瞬吹く。
スキルか何かで空気の密度を変えたり、土や草の破片を風に乗せてぶつけているらしい。
クラブスの入っている水の珠がゴッソリ削られた時は驚いた。
不意打ちだったので今は受け流せるようだが、もしこれが自分や少年に当たっていたらと思うと背筋に冷や汗が流れた。
魔獣侮るなかれ。
街道はほぼド平地なので、魔獣の接近は余裕で知覚できる。進行方向が重なったり、目の前を横切ろうとしない限り、足を止めて過ぎ去るのを待てばいいだけだ。
自動車が走っている道路を横断するのと何も変わらない。
そんな風にトコトコ歩いて、西の空をゆっくり移動する太陽が行く手に差し掛かるころ、野営の準備をすることにした。
あまりにも西日が眩しくて歩くのが億劫になったともいえる。もし市場で頭に巻く布を購入していなければ、熱中症になっていてもおかしくないほど日差しが厳しかった。
今日は南側の荒れ地で枯れ草を集め、木生の植物を4体配置して野営場所を作った。
日があるうちに風呂に入り、草鞋の補修をする。
夕飯はナツメを1個、デーツを1掴み、後は干し肉を一切れ齧る。自分も少年も粗食と少量の食事で長いこと暮らしていたので、胃が小さくなっている。これだけで満腹だった。
クラヴスとキャテナに草刈りを頼み、食糧を入れるための空のヒョウタンにタピオカ粉を補充していく。
食べ物は入手できるときに確保しておく。荷物にはなるが、クラヴスに持たせているので負担は少ない。
残りの行程は9日から14日ぐらいか。クラヴスとキャテナを毎日出した場合、今の後光は3画なので明日の夜には召喚が切れる。
宝座は1等星7つ分。2つで6画、3日分だから、残り6日で限界が来る。植物たちは10種いるので、交代で出せば余裕がある。それに夜間半日だけだし、後光の減りもクラヴスとキャテナの半分だ。
しかし節約しても3日から5日間足りない現状を、どうしたものか。魔獣を狩るか?
カエルのように突っ込んでくるだけなら楽なのだが、警戒心の強い植物食性タイプの魔獣はどうにも視線に敏感だった。習性を掴めれば罠にかけることもできるだろうが、余りに不規則な動きを見せるので初見ではまず無理だった。
やはり節約するか。日中をクラヴス、夜間をキャテナにすれば9日間はいける。ギリギリだが、その分自分がしっかり少年を守ればいい。
寝ていてもできる魔獣対策を考えながら、夜は更けていった。




