第一章 再びこの世界で生きるという事 一章26 水道
朝食が終わったので干し草の一部を食糧に加工した。ここには戻ってこないので、使えるものは有効活用してしまう。
カードを確認して召喚時間《後光》の残量を確認する。植物も一晩だけだったので一画分減り、ニセソはちょいちょい出していたので二画減っていた。
クラヴスとキャテナは酷使した割に一画しか減っていない。どうやら魔獣を食べたことで代償と同じ効果があったようだ。キャテナの存在確度も200%になり、塩分保持を覚えた。
ニセソは四画、他の召喚獣たちは五画を残している。今日中にキャラバンが滞在している村まで行けるかわからないが、とにかく進むしかない。
「よし、出発するか。少年、方角は分かるか? 先ず川に沿って北上して、ある程度進んだら西進するつもりで」
「うん、だいじょうぶ。案内は任せて」
少年を先頭に一晩過ごした野営地を後にした。
雨後2日も経つと、川周辺の水溜まりは嘘のように無くなっていた。
あれほどいたカエルも姿が見えず、たまにオオトカゲが寝そべっている場面に遭遇するが、近づかなければ全く干渉してこない。腹が膨れて満足したのかもしれない。
歩きながら周囲を見回す。疎らな低木が砂地に乱立し、どの樹木も歪曲して立っている。
灌木林はたびたび氾濫する川によって攪乱された土地に多い。中ほどからへし折れたり、根返りをしているものも少なくはない。
全体的に乾燥した泥砂に塗れ、道を塞ぐ流木をどかせば、もうもうと砂埃が舞った。
そんな悪路を黙々と進み、小さな昆虫型の魔獣がちょくちょく襲ってくるも、クラヴスとキャテナのコンビの前ではなすすべもなく溺れ死んでいた。
群体型魔獣である小型の昆虫もそれなりに脅威なのだが、水の膜に捕らえられる姿は、FITに落ちたサンプル《昆虫》でしかなかった。
そもそも水生動物が陸上を浮遊しているなんて、内地の魔獣は思うまい。
少年は移動途中、ちょいちょい溺死した昆虫型の魔獣から綺麗な翅をもぎ取って集めていた。小さい子は光物が好きだねえとほっこりした。クラヴス達はそのおこぼれをバリバリ食べていた。
日が中天からやや下がったころ、昼食の干し肉を齧って一休みしていた時だった。
『主さま、この先に人工物がある。コンクリートと焼いた粘土で組まれた水路――水道ではあるまいか?』
周囲の索敵に放っていたクラヴスから交信があった。精神感応のレベルが上がったことで、言葉数が少なかったクラヴスも今ではこの通りだ。
それでも必要時以外はほとんど喋らないので寡黙な性質なのだと思う。やっぱりあの植物おかしいよ。おかしいよね?
「ん、この先に人工物があるな。川が不自然に分かれているし、とするとここが水道の始点だな」
休憩を切り上げてクラヴスにその場所へ案内してもらう。
そこには、クラヴスが見つけた水道と、それの傍には2枚の土壁が水道の起点を挟むように建てられていた。
土壁には魔術式が描かれている。魔術による陣地構築がなされているようだ。
「近づかない方がいい。これは、迎撃術式が書き込まれてあるな。なるほど、水の流れを利用して浄化する、浄水と洗浄を合わせた術式ってやつだな」
水路が流木や岩で塞がったら、おトイレのように流しちゃおうってコンセプトのようだ。本来は水車の管理に使われ、そこに水道が付随したから同じように使われるようになったのだろう。
魔獣の侵入もこれの術式範囲内であれば防げるようだ。クラヴスは水域操作があるのでたとえ迎撃されても無傷だろうが、慎重かつ抜け目のない性格のためか、不用意に近づかなかったようだ。陣地の魔術式が発動した様子はなかった。
「下流側にカエルやヘビがいたのはここから流されたやつらかもしれないな」
自分たちもここの水道に特別用があるわけではないので、早々に立ち去るつもりだ。
「ここから西に向かいましょう」
「ああ、引き続き先導を頼む」
北上を止め、西に折れて進む。
ひたすら藪漕ぎして――ほとんどキャテナが草刈りをして進路を広げている――進むと、断層のように川の一部が落ちくぼみ、小さな滝のようになっている場所に出た。
そこから西と南西に向かってコンクリートとレンガで作られた帝国式の水道が接続されている。
西はキャラバンがいる村の方へ、南西は炭鉱に向かっているはずだ。
偶に出てくるヘビに熱湯をぶっかけ、樹上から飛び掛かってくる全身ヤマアラシのようなトゲを持ったイタチのような魔獣には、キャテナが全部対応してくれた。
仮称トゲイタチは単独行動をしているようで、動きは素早いが自分が注意を引き付けている間に、横からキャテナが通り抜けざまに鋭利な鰭で首を斬り裂く。小型の魔獣ならば、先手を取られなければ難なく対処できるようになった。
例えトゲイタチがキャテナを迎撃しようと、ボールペンを大きくしたようなトゲを飛ばしたとしても、水域操作された海水の塊と硬化で強化されたガノイン鱗の前では無力だった。
また一匹、トゲイタチが突っ込んでくると、その間に準備が終わっていた誘電加熱を付与した幻惑で眼球を破裂させ、ぐったりしている所にキャテナが真上から先程撃破したイタチのトゲを降らせていた。エグい。
「人里に近いから、魔獣もそんなに強くないのが救いだな」
疎林とは言え、動きが制限される場所で、さらに接近戦しか手段が無かったとしたら、おそらくカエルにすら殺されていただろうが。
生憎と自分は召喚術師なので相性がよかったとも言える。
植物だけでもやり様はいくらでもあるし。
何度目かの魔獣の襲撃を返り討ちにしたころ、出口が見えてきた。日没前には灌木林を抜けることができた。それもこれも召喚獣が文字通り道を切り開き、少年が最短ルートを選んでくれたお蔭だった。
周囲を見回すと、西の方にいくつも煙の筋が昇っている。炊煙だ。キャラバンが滞在する村はあそこだろう。
昨日今日でここまで来た。今から出発すれば夜中には村の外周に到着できるだろう。だが、流石に強行軍すぎたか少年の体力が切れかかっていた。
「ここで野営をしよう」
植物達を周辺に呼び出し、続いて寝床用の草集め。ニセソは再召喚だ。これで宝座の星が残り7つとなった。
キャテナがサクサク草叢を切り取り、クラヴスが水域操作で運んでくれる。
「お前たちには頭が上がらんな」
ニセソが誇らしげにふふんといった。ニセソは電話交換手だよね、肉体労働はしてないよね……この距離だと特に何もしなくていいし。
タピオカを作って少年に渡す。もにゅもにゅ咀嚼しながら半分寝ている。目がとろんとして、舟を漕いでいる。喉に詰まらないか心配だ。明日は落雁にしておこう。
「風呂に入ったほうがいいんだがな。まあ、少年は朝でいいか」
完食後、完全に電池が切れたのか、こてんと干草の上に横になってしまい、すぐに寝息が聞こえてきた。
予定を遅らせることに決める。夜中に出発すれば朝には到着するだろう。方角を忘れないために地面に矢印を書いて、自分だけ風呂に入って寝ることにした。
夜中。月がさめざめと青白く輝いている。少しだけ欠けているので小望月か。明日か明後日辺りに満月だろう。
そんなこんなで少年を背負って西へ、キャラバンが滞在するであろう村に向かう。
植物達をカードに戻し、クラヴスとキャテナの二枚看板を左右に侍らせる。
召喚コストがある以上、召喚獣たちは有限だ。魔獣を狩って多少は補給できたが、消耗を少しだけ軽減したに過ぎない。
少年の村までキャラバンの村から徒歩10日から15日と言ったところ。
どう考えても途中で資源が尽きる。
悠長にしてはいられない。




