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第一章 再びこの世界で生きるという事 一章25 服

 太陽が真上から西へ少し傾いたころ、ここを野営キャンプ地にすることに決め、今日は休むことにした。


 周辺一帯に手持ちすべての植物を召喚する。ニセソは命令を無視してその場に生えたのでテントの屋根代わりになってもらった。

 他の魔獣が接近しても、植物たちが直ぐに警報を出してくれる。

 手持ちの召喚獣をすべて出すことでどのような副作用が起きるか身構えていたが、精神感応をニセソに集約することで脳の直接的な負担が軽減されたように思う。


 まあ、植物たちは召喚者である自分の脳を使って演算をしているわけなので、負担はあるのだろうが。ニセソのように勝手にあれこれ考えなければ負担は無いに等しかった。


 逆に言えば一体でどれだけ自分に負担を強いるつもりだと言いたいこの地雷植物。



「少年、身体を洗っておこう。風呂は分かるか?」


 きょとんとしているのでお風呂を知らないのだろうか?

 いや、こんな川原に風呂があるイメージがわかないせいか。

 この世界では公衆浴場が一般的で、剣闘士時代にも使ったことがある。少年の話しでは人口の少ない村、俗に言う田舎出身らしいので、そういったところには無いのかもしれない。


 確かにタッドの出身地では雨か川で水浴びか、冬場はサウナだった。

 それにしても場所によっては川で温泉が湧いている場所もあるだろうに、やはりそういった場所は珍しいのだろうか。と、この話は今は関係ないか。


 実際に見てもらった方が早いので、クラヴスにいつもの水塊を頼む。巨大なクッションともいえる透明な水の塊が地面から数㎝浮かんでいるのは実に不思議な光景だ。自分はもう見慣れたが。

 湯を沸かし、気泡で真っ白になるまで数秒待つ。マナで理を誤魔化しているお陰で、あっという間に見た目で言えば白い巨大クッションが出来上がる。


「もういいか。少年、俺が先に入るが、かまわないか? だいたい1、2、3って数えて、10ぐらいに出ると丁度いい」

「数は、ちょっと、わかんない、かも」


 あー、そうか。国や地域で数え方とか言語が違うんだったな。少年の出身も最近帝国に組み込まれたところだから、自分が常用している言語や数字の読み方で違うこともあるのか。

 とりあえず10までの数え方を教えて、自分が出てくるタイミングを計らせてみた。時間があるときに数字の読み書きも教えておこう。買い物とかするのに必要だろうし。


 水塊に入る。水滴も飛沫も出ないので、室内だろうがどこだろうが好きな時に入れるのはとても良い。

「――8、9、10」

「よいしょぉー! ああ、サッパリした! どうだ少年、いい感じだろう」

「おにいさんピカピカだー。ボクも入っていいの?」

「おう、入れ入れー、何度でも入っていいぞ。服のまま入ると洗濯してくれるから最高だ」

「おぉ~」

「入る前に息を止めないと溺れるから、注意してくれ。クラヴス、汚れだけ抽出できるか?」


 クラヴスの触腕が了承を示すように挙げられ、水塊から黒い水滴がぴちゃっと地面に向けて発射された。やはり半日も歩くとそこそこ汚れるようだ。

 少年は元気よく水塊に突っ込んでいく。タックルバックのような水塊は揺れることもなく少年を包み込む(どちらかと言うと飲み込むか?)。


 中に入った少年は気泡で見えなくなったが、水流が渦を巻いているのが分かる。なるほど、外から見るとこうなるのか。

 コインランドリーで洗濯の様子を見てるような、ガソリンスタンドの洗車機の様子を見ているようなそんな気分だ。そこまで激しくはないが。


 きっかり10秒後、少年がぽんっと出てくる。ぷはーっと深呼吸して、満足そうに頬をぺちぺちしている。

「おにいさん! おにいさん! とっても気持ちよかった!」


 ボロボロの布も何とか形を保っていた。もしかしたら分解されるのではとも思ったが、生地が分厚いのか今回は大丈夫だった。

 黒ずんでいた汚れが少し薄れ、セピア色の日焼けしたような布地が分かるほどだ。


 髪も皮脂と汗でしんなりしていたが、今は赤みの強い茶褐色の短い髪がすっと真っ直ぐ流れている。

 毛先は荒いが、短く切りそろえられているので大人しい印象が強調されている。

 健康的な褐色の肌、そして端正な顔も相まって実に美男子だ。筋肉がついて身長も伸びればさぞモテるだろう。


「こうして見ると、少年は美形だから村にいた頃は人気があっただろう」

 そうなると少年の姉たちもきっと美人に違いない。帝都やその周辺の領地に連れていかれている可能性がある。

 ――奪還作戦は厳しくなりそうだ。そう思案していると、少年がこちらの顔をじっと見上げてきているのに気が付いた。

「お、おにいさん、も。かか、かっ、かっこいい!」

「えー、少年がこんな骨みたいなヒョロノッポになっちまったら世の婦女子が泣いちまうよ」


 俺みたいになんなよ、と言って頭を撫でてみる。水気は水域操作で肌が乾燥しない程度に脱水されているので、湿ってはいない。

 髪の質が全然違うな。自分の髪はどちらかというと巻き毛というか癖があって、ふわっとしている。

 少年の髪はサラサラだ。よくみると枝毛や毛先の痛みも目立つが、栄養状態が改善すればきっと髪質もよくなるだろう。


「そんじゃあまあ、寝床作ってしっかり休もうか」


 少年の方にキャテナをつかせて、寝床に使う草を採ってきてもらうことにした。

「キャテナ、硬質化したひれで草刈りを頼むぞ。少年は刈った草を集めてくれ。クラヴスは水域操作で寝床の排水作業だ」


 ニセソ達に周囲の安全を確認させる。特に何もいないそうだ。安全に作業ができるだろう。

 焚火は居場所がバレるかもしれないから使えない。そもそも火を使わない加熱調理はお手の物なのでどうでもいい。


 すると本当に寝床しか作るものがない。ふと視線を彷徨わせると、ヘビとミズオオトカゲの皮が折り畳まれて地面に置いてある。


 流石に皮は固くて食べなかったか。そこでふと思う。ヘビ皮もトカゲ皮もなめしたことはないが上手く処理すればそこそこいいものになるんじゃないかと。

 植物が沢山あるのでタンニンの鞣し液は作れるだろうな。故郷の山岳地帯でもヤギ皮の鞣し作業は経験しているし(もちろん手伝い程度だが)、剣闘士時代にも何頭か馬の皮を鞣す手伝いをしている。


 クラヴスたちが残した皮を手に取ってみると、綺麗に肉や脂肪が削ぎ取られている。

 ヘビもトカゲも皮を剥くのが哺乳動物より比較的楽らしい。べりべりっと剥けるんだとか。それでもそこそこ時間は掛かるのだが。


 皮下組織も綺麗に取り除かれているし、海水に浸かり、水分も水域から出る際に奪われている。

 いい状態だと思う。これなら鞣し液に入れて革にしてしまえるのではないだろうか。


 少年が運んできた草も生なので、水域内で水分を抜く。ついでにポリフェノールを抽出して別の水球に入れる。これでタンニン鞣し液はできた。

 皮を突っ込んで魔術式を考える。ポリフェノールがタンパク質などに沈着すればいいので、要は接触速度を上げればいい。分子の動き、電荷の偏りをマナで誘導する。


 もっと簡単にするために薬液中のタンニンが濃度の低い皮に速やかに移動することを考えればいい。

 取り出してみると、内側の皮が真珠光沢のあった白から、茶褐色に変じている。たぶんこれでいいのだろう。


「……魔術って理不尽だな」

 マナが理外なので仕方がない。いや、この世界だと道理であるが。

 取り出した革にはまだ鱗がついている。使っていれば勝手に抜け落ちるだろう。


 光に翳すとポツポツ穴が開いているが、小さな穴は無視してもいい。大きな穴は紐を通す場所にすればいいだろう。これなら体に2巻きぐらいはできるか。上裸から少し進歩した。

 見ようによっては網タイツだ……考えるのを止める。


「カエルの皮も意外と伸縮して丈夫だから肌着にしてみるのもいいな」

 そんなことを呟くとクラヴスがくしゃくしゃになったカエルの皮を持ってきてくれた。どうやらその辺に吐き捨てたものらしい。

 ちょっと目がしょんぼりしている。水の中なのでウルウルしているのは当たり前だった。


「なに、ヌメリが取れて加工しやすくなってるぞ。いい仕事だクラヴス」

 確か先史時代の鞣し革は毛皮についた脂肪や筋肉を歯で引き剥がして作ったと言うし。カラストンビで齧られていたら穴だらけでどうしようもなくなっていたが。

 10頭分のカエルの革を繋ぎ合わせて、胴巻きを作る。袖はないが、パッチワークの布を巻いた様な奇抜な格好になった。

 肩から胸周りはヘビとトカゲの黒色と茶色の斑模様の鱗革で、その下はタイツのような質感の焦げ茶色のカエル革だ。


「しまった。革で袋でも作ればよかったか」


 カエルやヘビの骨を使えば針の代わりにはなりそうだった。そこでふと思い直す。今は逃避行中なので身軽な方がいい。あれやこれやと蒐集していては目的を忘れてしまう。

 今日はさっさと休もう。前世の記憶を思い出してから初の魔獣との戦闘だったので、気が昂ってしまって行動が大胆と言うか向う見ずな状態だった。

 そう自覚すると気疲れしていたのか、日がまだ明るいうちにニセソに寄りかかって眠ってしまった。



 目が覚めた時には日没後で、自分を囲うように干し草が敷き詰められていて、大腿の上で少年が頭を乗せて眠っていた。

 夕飯は渡してあった干し肉を食べたようだ。水はクラヴスやキャテナに頼めば安全なものをくれるだろうから問題なかったと思う。


 目が覚めたので服の調整をしながら見張りをしていたが、特に野営地近くに魔獣が近寄ることは無かった。

 見張りを植物たちに任せて、仰向けになり川の流れる音を聞いて微睡んでいると、いつの間にか空が白んでいた。


 7日目の朝がやってきた。自分も少年もまだ生きている。



 強制労働の無い朝は、実に気分がいい。開放感を喜びつつ興が乗ったので、朝食はタピオカを作ってみた。

 水を混ぜて粉を粒に加工して、後はお湯で茹でるだけ。3分もするとやや色は薄いが黒糖タピオカが完成した。


 深皿によそって、少年と二人並んでもちゅもちゅと食べる。ミルクティーがないと香りや風味、そして味が薄く感じるとも思ったが、今まで飢えに飢えていたので断然美味かった。

「カエルの卵おいしいねー」

「違うぞ少年、これはタピオカだ。デンプンと砂糖から作ったカロリーの塊だ」

 多分あのカエルの卵は毒があるから食べちゃダメだぞ。

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