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第一章 再びこの世界で生きるという事 一章24 魔獣の領域(表層)

 少年に導かれ、道無き道や獣道を突き進む。藪を漕ぎ、時に枝を折り、偶に纏わりつく吸血昆虫たちをキャテナやクラヴスが水域操作でそつなく捕食しながら進む。


 虫除けになる植物が欲しい。確かマタタビやハッカには蚊が忌避する成分があったはずだ。

 チョウジの精油やレモングラスも確か虫除け効果がある。そういった植物が生えていないか獣道を観察してみるも、期待したものは無かった。


 この世界ならではの除虫能力がある植物があるはずだが、如何せんそういった知識は持ち合わせていなかった。そういえば少年が寝床を変えるようになったからピレトリンを作る機会がなかった。今さっくり合成してしまった方が早いかもしれない。


 今のところ中・大型の魔獣の気配は感じられない。いや、あるにはあるが、生木の枝に火を着け、ほんの少し煙を漂わせると遠くの方でガサガサと物音がし、あっという間にそれらは離れていく。魔術さまさまである。


「おにいさん、川の臭いがするよ」


 煙の臭いで川の臭いを感じられないかと思ったが、存外あの独特な泥臭さは感じとれるようだ。自分たちは普段から薪を使う生活をしているので、木が焼ける臭いに慣れているのかもしれないが。

 

 ニセソからの追手が来たという報告が無いので(一方的な雑談は途切れなかったが)、なんとか一安心か。いや、たった今、馬が近付く振動をニセソが捉えたようだ。

 この林まで突っ込んでくることは流石にないと思うが、さてどう出るだろうか。


「休憩はもう少し先になりそうだ。少年、川まで直進したいが方角は分かるな?」

「うん、東北東。このまま行けるところまで行くね」


 途中、クサリヘビ様の魔獣がとぐろを巻いていた。

 毒蛇の魔獣は大抵どこにでもいるので対処方法は同じだ。接近される前に火炎魔術で焼く。火のついた松明でぶん殴るなどなど。

 自分は少し違う。

 水域操作でバスケットボール大の水を浮かべてもらい、瞬間沸騰させてからそれを蛇にかかるよう扇状に放水する。


 とぐろを巻いていたヘビは横に飛び退こうとしたが間に合わず、全身に泡立つ熱水をたっぷり浴びた。

 火傷を負った蛇は這う這うの体で茂みの奥に消えていく。


 炎弾を当てるより広範囲をカバーでき、かつ効果的なダメージを与えられる熱湯は、表皮の薄い魔獣には有効な攻撃方法だ。

 火炎放射系の魔術も範囲攻撃ができるので有効だが、熱湯は延焼することがないし、痕跡を僅かにできるのも魅力的だ。


 水はもったいないので水域操作で回収してもらう。飲料水は多いにに越したことはない。

 これらは真水なので、海水と混ざらないようクラヴスを中心にして衛星のように本体を包む水球の周りを漂っている。


「おにいさん、ヘビっておいしい?」

 ヘビを追い払った後、神妙な顔をした少年に尋ねられた。

「結構生臭いぞ。だが食える」

 確か血を抜いた後湯引きしてアクを抜くと、鶏胸肉やササミに近いとか聞いたな。つまり淡泊だ。

「そう……」

 ヘビが消えていった方向を物憂げに眺める少年に、枯葉に包んで網篭に入れておいた落雁を取り出して、口に放り込んでやった。


 ニセソから報告があった。兵士が焚火を熾して灌木林手前を引き返していった、とのこと。

 奴隷が2人、林の中に逃げ入ったことを報告に行くのだろうか。まあ、足跡はこの灌木林に入らないと2人分とは分からないはずだが。


 となると、馬を使って南の方に行くのかもしれない。

 周辺の村に連絡が行くのは今日の夕方が最速だろうか。そうなると北東の村や北西の村、西の領都へはもう少し時間がかかるだろう。


 この炭鉱の馬は2頭だけだ。確か、早馬の換えとして管理していると言っていた。

 もしかすると、昨日領都から伝令があったので、その伝令使が乗り換えていったのであれば今日使える馬は1頭だけだ。なるほど、追手が1人だったのも納得がいく。


 情報伝達で一番速いのが魔術であり、優秀な魔術師はそもそもこんなド田舎にはいないので未だに馬か人が走って伝えに行く。

 それらを加味すると、おおよそ2日で領内の門兵に伝わるだろう。


 まあ、どうでもいい。どうせキャラバンの村に着いたら忍び込んで堂々と通過させてもらうつもりだ。

 自分たちが向かった方向に捜索の手を進めるなら、まず行くのは南東の村だと判断するだろうから、そこで1日のロス。


 その後、領都に向かい馬を換えて南西に行くだろう。

 北東の村は逆方向だから、最後か。もしくは明日もう1頭の馬で向かうか。


 ならば、灌木林の中まで足を伸ばすことはないだろう。自分が兵士なら、痩せ細った子どもが魔獣の徘徊する林内を移動するとは考えない。その外周を隠れながら移動すると決めつける。

 一先ず逃げ切れたと見ていいか。


「川が見えたよ、おにいさん」


 無事、目的の川に到着した。昨日の雨で川原は泥沼のように湿り、灌木や草藪が茶色く汚れている。

 水溜まりも多く、いくつかの水溜まりに中型犬ほどの巨大なカエルが顔を出している。

 呼吸か拍動か、その度に咽喉元が動く。


「魔獣が多いな……」

「あのあの、どうするの?」

 ぎゅっと右手に縋りつく少年に、水筒と網篭を渡しておく。


「おう、ちょっくら追い払ってくるわ」


 久しぶりの戦闘だ。ぐるぐると肩を回して調子を確かめる。自分の意識で戦うのは初めてだが、剣奴時代以来の闘争だ。まあ、あまり好きではないのだが。


 クラヴスとキャテナを少年の護衛に置いて、自分は足元に落ちていた長さ1mほどの木の枝を拾う。流木だろうか、樹皮が剥げた薄黄色の材で、樹種が分からない。


「魔術師の杖ってヤツだ。これがないと、しまんねえからな」


 呪文を唱える。下級の幻惑フルゴォルだ。可視光線を屈曲させて視覚に頼る魔獣の目を誤魔化すだけの魔術。

 効果は直ぐに現れ、自分の位置が手前にずれたり、ぶれたりする。


 偽りの像に向かって、もっとも近くにいた1頭のカエルが、大口を開けて飛びついた。

 鋸歯がズラリと並んだがま口が音をたてて閉じられるも、幻のため空を食むだけだった。


 幻惑をすり抜けて泥濘ぬかるみの上に落ちたオオガエルは、その大きな眼球を爆ぜさせた。全身から白い煙が漂い、カエル由来の悪臭が川辺の泥臭さに混じる。

 視力を失ったオオガエルは自分の傍で蹲っているだけなので、杖の先を頭部に乗せる。


「電磁波で誘電体を振動させてるだけだ。何も難しいことはしていない」

 少年がおどおどと狼狽えていたので、伝わるかどうかは分からないが一応説明をしておく。


 幻惑の虚像にはマイクロ波をループさせている。これを通過すると体表や表皮内膜の水分が加熱、瞬間沸騰する。

 誘電加熱によって液体水が相転移し、気化して体積が増えるため眼球を内側から破裂させたというわけだ。もちろん、着地の衝撃や口の開閉動作も過加熱した体液を突沸させる要因になっている。


 大前提だが、マナで理を強化しているため、殺傷能力が極めて高くなっている。だが相手は魔獣だ。生命力を地球の生き物と一緒だと考えてはいけない。彼らも体内にマナがあるのだから理が違う。


 止めを刺すために杖先に氷の刃を作り、延髄に差し込んで相転移させる。

 蹲ったカエルの頭部が水音と共に爆ぜ散った。おおよそ18gの氷が22.4ℓの気体に変わり、脳内を一瞬で膨らませて頭蓋を内側から爆ぜさせたのだ。

 如何に生命力が理外にある魔獣といえども、脳の大部分を失えば死ぬ。


 後はその繰り返しだった。




「結局この辺りのヤツらを全部やっちまったな」

 体感1時間も掛かっていないが、クラヴスとキャテナに周囲を索敵してもらったところ、潜んでいるものもおらず魔獣は全滅していた。


 念のため幻惑の魔術フルゴォルをそのままに、狩った魔獣を集めることにした。

 なんせ久しぶりの肉だ。魔獣といえども肉は肉。カエルの肉は前世にベトナム料理(元はフランス料理だったか?)店で食べている。食感がいいのできっと少年も気にいるだろう。


 途中、カエルの血の臭いに釣られたヘビやらミズオオトカゲやらが、下流や対岸からやってくる。

 なるほど、改めて魔獣の住処にいることを認識できた。これは見張りがいないと突然襲われそうだ。


 その都度、誘電加熱を付与させた幻惑魔術に引っ掛かり、勝手に瀕死になっていくのを見ながら、カエルの表皮に含まれていた体液を水域操作で抜いて調理する。


 ちなみにカエルの皮はところどころ弾けて穴が開いたので、捨て置いている。そもそも石ナイフじゃ綺麗に剥ぎ取ることなどできない。


 脚を氷のギロチンで叩き切って、空中に浮かんだ水玉の中で湯引きする。

 誘電加熱でちゃちゃっと加熱調理。味付けは塩オンリー。クラヴスがカエルの血肉や腎臓から塩《NaCl》を取り出してくれた。便利だ。


 塩分保持のスキルは彼らの生命維持装置でもあるが、こういった応用も効くみたいだ。ちなみにキャテナは今、塩分保持のスキルを練習中らしい。



「それにしても、川と繋がってる水道があるのに、カエルの魔獣が炭鉱にやってきたことはなかったが、いったいどうなってるんだろうな」

「おいしー。カエルっておいしいー」


 中型犬ほどのカエルの脚の肉は食べ応え十分で、それをハムハムと嬉しそうに頬張る少年。自分も同じ気持ちなので2本目の脚に齧りついているのだが、少しは躊躇わないのだろうかと思ってしまう。


 なんせこのカエルの魔獣、どうも有毒らしい。らしいというのは、調理中に川上から流れてきたカエルが、対岸からやって来たヘビと遭遇し、これに体中からクリーム色の液体を汁出させて体当たりしていたことから推測した。

 ヒキガエルなんかは、耳下腺や背中側の皮膚の各所に毒が詰まったいぼがあり、捕食者が噛みついたり引っ掻いたりすると毒が飛び散るのだが、この毒袋を自ら相手に擦り付けるようにぶつかって破る猛者もいるらしい。


 そんな光景を見たので水域操作で毒抜きはしたが、やはり不安である。その不安もどこ吹く風と、少年はまったく毒とかを気にしていないので、毒抜き覚えような、とだけ言っておいた。


 たぶん皮剥いで流水で洗えば抜けるでしょ。最悪表面を炭化させてしまえばいい。中心が食えれば十分だ。

 尚、カエルとヘビはお互いを噛みあって絶命した模様。魔獣の生態は複雑怪奇。


 ついでに、ヘビとミズオオトカゲの魔獣も味見してみる。ヘビは骨が邪魔だが鶏軟骨とササミと鶏胸肉を合わせたような食感だった。味は淡白。甘辛いタレがあるとよし。

 トカゲは鉄臭い赤味だった。ヘビ同様鶏肉に近いと聞いたことがあるが、魔獣だからか前世の情報と異なるのだろう。水中に潜る都合上、筋肉に鉄分が多い《ミオグロビン》のかもしれない。


 いくつか塩を振って水域操作で乾燥させて、枯葉に包んで網篭の中に入れた。トカゲの皮もヘビの皮も穴だらけになってしまったが、何かに使えないだろうか。トカゲの爪は剥ぎ取っておいた。


 残った残渣はクラヴスとキャテナがバリバリと食べていた。どうやら魔獣を食べることで存在確度が上昇するようだ。

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