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第一章 再びこの世界で生きるという事 一章22 泥濘を踏みしめて

 網篭バスケットが完成したのでそろそろ寝ようと、少年に占領されて半分になった自分の寝床に横になったとき、ニセソから連絡が届いた。


『悪い報せと良い報せがあるけど、どっちから聞きたい?』


 良い報せを求めると、他の植物たち(シダとトクサ)が精神感応の熟練度が上がったので交信させろとうるさいから黙らせた、という事後報告。

 どこが良い報せなんだろうか。私欲に塗れた召喚獣の言動に関して色々思うところはあるが、不満を飲み込み冷静に続きを促す。

 いや、頭の中に直接複数の声が響くとか脳が破壊されそうだし、ナイスアシスト……かもしれない。まあいいか。


『正式な伝令があったわ。明日から石炭の採掘量を増やせって、お達しがあるはずよ』

 ニセソはいつもの調子で伝えてきた。

 

 明後日が脱走決行日だったが、猶予が無くなった。

 眠っている少年には悪いが明日の早朝、ここを出ることに決めた。

 ――いよいよだ。


 翌日未明。6日目が始まった。

 覚醒と同時に、精神感応でニセソとクラヴスに指示を出し、周辺の状況を確認してもらう。


 警邏の兵士はいつも通り。詰所と水場、そして見張り塔で眠そうにしている。

 奴隷も皆、寝静まっているとのこと。


 報告を聞きながらカードを確認する。植物3種は活動限界が1日分の2ゲージ、他7種はフルの6ゲージ。

 クラヴスは残り半日分の1ゲージ。キャテナはフルゲージだが初期性能であることと、どういった性格か分からないことが懸念事項か。

 クラヴスのように素直であればいいが。そもそも反抗的な召喚獣はいるのだろうか?


 代償は10座全てが黄緑色の1等星。自分のマナはなんとなくだが万全の状態だと思う。


 身体も肉付きは依然として悪いが、肌はしっとりとしてハリがある。

 毎日のメディカルチェック&ヘルスケア魔術で整えた肉体だ。腕や掌の甲の血色がとてもいい。


 旅装をチェックする。

 食糧が入ったヒョウタンはクラヴスに持たせている。こちらは水筒と食器入れの編篭バスケット、そしてオパールの石片ナイフが一つ。


 腰巻と下帯はSF風立ち風呂の時に洗ったので汚れも薄くなっている。

 改めて自分の現状を分析してみると、着の身着のままを体現したかのような姿に苦笑いしか出ない。


 万全とは程遠いが、最善を尽くそう。その証左をこれから待つ旅路で示す。


 篭と水筒を斜め掛けにして、空いた両腕で少年を横抱きに担ぐ。

 少年の草鞋は履いたままになっている。気に入ってくれたのは良いが、サンダルの上から履いていても靴擦れするんじゃないだろうか?


 まあ、靴擦れ程度なら治せるのでいいか。肉芽の増殖と角質の形成は既にマスターしている。

 元は自然治癒力を活性化させる魔術なので、特殊な回復魔術に比べるとはるかに扱いやすい。



 厩からさっさと抜け出す。忍び足など不要だ。いつも通り用を足しに行くような自然な足取りでいい。


 厩の屋根からふわりとクラヴスが降りてくる。水域操作も熟れたもので、水滴一つ残さず体に追従させている。


 ニセソたちは召喚維持範囲外に出るまで兵士の動きを探ってもらう。

 情報は武器だ。向こうの出方が分かるだけでも、精神的な負担はぐっと軽減される。


 兵士たちが追ってくるとしたら、朝食直後だろう。足跡もある程度の位置で途切れさせる必要がある。


 先ずは南へ進み、その後東進、自然の中に紛れながら北部の村を目指す。


 さあ、先ずは夜明けとの勝負だ。



 前日に降った雨でややぬかるむ地面を踏みしめ、未明の荒野を進み始めた。

 夜明けまで残り2時間ほどか。


 ひんやりとした夜気が身を包む。

 不安を掻き立てるような冷たさだが、それとは逆に、腕に抱いた少年の温もりが活力に変わっていくのを感じた。


 視界は良好。魔術によって赤外線で夜の世界も視認できる自分にとって、暗闇は身を隠すこれとない装備だ。


 順調に歩を進めていく。魔獣の気配も少ない。小型のネズミが地面を駆け抜けていくが、奴らは群れなければ脅威ではないので無視する。



 群青の夜空が仄かに白んでいく。鳥がさえずり始め、地に下りて水溜まりで水を飲んでいる。

 あれらも脅威ではない。

 小鳥やネズミは所謂死肉漁り《スカベンジャー》で、群れになって死にかけの生き物を襲う。

 基本的に憶病で、自分より大きくて動き回るものには一切近寄らないが、瀕死だとか死骸と分かればどこからともなく集まり、一日も経たずにそれを片付けてしまう。


 まあ、クラヴスが眼を光らせているので余程の事は起きないだろう。

 群体系の魔獣は範囲攻撃に弱い。水域操作だけで完封できるだろうと言うのが自分の見解だった。



 腕が疲れてくるころ、少年が目を覚ました。


「少年すまん。端的に状況を説明する。炭鉱から脱出して南を歩いてるところだ。まだ暗いから寝ててくれ。日の出前に東進するから、その時に起きてくれ」


 いつもより早い時間なので少年はふにゃふにゃ言っている。後で同じ説明をせねばなるまい。


「腕が疲れたからおんぶに切り替えたいが、動けるか?」


 そう訊くと、少年はもぞもぞと動いた後、腕を伸ばして首にしがみつく。

 ぐっと力が込められたのを確認し、腕を振って足を背中の方に流してやる。

 少年の両足が腰を挟むように回されたので、ずり落ちないように位置を調整する。


「少し揺れるぞ。舌を噛まないようにな」


 うなじが隠れるぐらいに伸びた後ろ髪に、少年の顔がぐりぐりとこすりつけられる。

 昨夜も風呂に入っているので汚くはないと思うが、手入れを碌にしていない自分の髪だ。


 肌と違いキューティクルが荒れた髪を整えることはできなかった。まあ、切った方が早いのでそのままにしていたのだが。

 頬擦りされると、ちょっと申し訳なく感じる。


 幾分か楽になった腕を解しながら、ただひたすら前のみを向いて歩く。

 時間が迫っている。

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