第一章 再びこの世界で生きるという事 一章20 休日
前世の記憶が戻ってから五日目の朝が訪れた。
なぜか懐が温かいと思ったら、少年の頭頂部が目の前にあった。
どうやら寝惚けて少年の寝床で寝てしまったようだ。
と、思ったら少年が自分の寝床に潜りこんでいた。
深夜も雨が降り続けていたので冷えたのだろう。用を足しに行き寝惚けて、と言ったところか。
断じて自分が深夜に少年を湯たんぽ代わりにするため、寝床に運んだわけではないので邪推は止めていただきたい。
今日は休みなのでゆっくり養生してほしいが、残念ながら自分は旅支度をしなくてはならない。
暖気を少年の周りに張ると、起こさないようにそっと寝床を抜け出した。
昨日の話し合いの所為というのもおかしな話だが、この近さは信頼を表した距離と受け取っておく。
早朝になったが雨は降り続いている。
この辺りでは、三日に一度、雨が一日中降り続く時期と、一時だけ土砂降りの雨が降り、それ以外の時間は晴れる不安定な時期がある。
前者は雨季で、後者は乾季と雨季の間に多い気象現象なので換雨季と呼ばれている。
それを踏まえて考えると、どうやら雨季に入ったらしい。
この時期は植物が一斉に育ち、窪地が湿地帯になったりする。
当然、出現する魔獣の種類も変化する。
本格的な雨季の亜熱帯林や湿地帯には、巨大な植物食性の魔獣だとか、ヘビやワニのような魔獣がうじゃうじゃいるそうだ。
さて、周囲は寝静まっている。警邏も詰所や見張り台以外には見当たらない。
彼らの守衛対象は食料庫と水道、そして詰所なのだからそこ以外はほぼノーマークだ。
厩から外に出ると、タイミングを見計らったように屋根から降ってきたクラヴスが頭の上に位置取る。
クラブスを包む海水が、土星の環のように広がり傘代わりになった。
おはようとテレパシーで伝えると、本日も励みまする、と何やら古風な言い回しで返事が来た。
アンモナイトだから寡黙騎士的なキャラなのだろうか。どちらかと言うと忍者なのだが、まあいい。
ニセソには、どうしよう。声をかけたらまた絨毯爆撃みたいな交信が始まるのではないかと迷っていると。
『起きたなら起きたって言いなさいよ』
と、いつも通りのトゲのある口調が飛んでくる。
身構えつつ、無難に皆おはようと送っておく。
さて、各々から返信が来て(ニセソを中継しているので大体トゲのある言葉が多いが)脳内がしばらく賑やかになる。その間にカードを確認すると、植物三種は後光が二つ減っていた。
昼間の分と夜の分なので特に問題なかったようだ。
そしてクラヴスの後光は四つになっていた。一画多く消費されている。
計算が合わないので尋ねてみると、雨水が水域内に供給され続けたため、塩分濃度が下がったそうだ。
排水もできるが折角なので塩分の保有量を増やそうと一晩中鍛錬していたのだとか。
カードのスキル欄には塩分保持LV1があった。
どの程度保持できるか調べようが無いが、昨晩降った雨程度なら濃度を維持できるという事らしい。
雨が降り続く中、足が汚れるのも気にせず炭鉱近くの藪や草地、灌木林を歩き回り植物を集められるだけ集める。
持ちきれなくなったらその場でクラヴスに水の塊を出してもらい、その中で植物を裁断、植物の繊維やデンプン、糖、そしてミネラルだけを水の塊の中に留め、それ以外の物を廃液として外に出してもらう。
水域操作も一晩中使っていたようだから、精度が良くなったのかもしれない。
もちろん自分のアシストがあるからなので、いずれは分離作業を全てクラヴスに丸投げできればいいなと思う。
水の中の植物の繊維をデンプンに分解する。
今回は黒糖タピオカの素をイメージして作る。砂糖を舐めるよりタピオカにして食べたほうが腹持ちもいいだろう。少し味気ないかもしれないので、黒蜜でもかければいいか。甘党の少年が喜びそうだ。
作った仮称タピオカ粉を縦30cmほどの寸胴型ヒョウタンにサラサラと詰めていく。水域操作で衣装の水分を瞬時に分離できたことから、粉を速乾させることができると思いやってみたが、驚くほどの効果だ。
ヒョウタンは植物の蔓を編んで作ったワインのボトルケース様の入れ物に包んである。肩紐もあるので持ち運びも簡便だ。
ただ上裸なので紐がくい込んだり擦れたりする。後で綿みたいに柔らかくした繊維で紐を包んでおこう。時間があれば肩当を作ってみてもいいかもしれない。
水入れ用のヒョウタンとタピオカ粉用のヒョウタン、そしてオパールの小さな石片ナイフ。これが今自分が持っている全財産だ。もちろん下帯と腰巻、草鞋も財産だったな。襤褸切れでも価値はあるのだ。
タピオカ粉がヒョウタンいっぱいになるまで作業を続け、最後に湿気を抜いたら蓋をして、先程分離した植物樹脂で封をする。
凡そ二人で二日分の食糧だ。タピオカだから水で嵩増しできるのもいい。
葛湯のようにして飲んでもいいので、夜の冷気で身体が冷えたら飲もうと思う。
そうなると食器も持っていく必要があるから、簡単な網篭でも作ろう。
目につく蔦を片っ端から集めていたら、周りが明るくなっていた。
雨の日の朝食は乾物が配られるので、早めに戻ったほうがいいと判断し足早に戻る。
厩の手前まで戻ると、丁度配給が始まっていた。
ヒョウタンをクラヴスに持たせて、屋根の上に待機させておく。
海水の中に突っ込んだが、水域操作で濡れないようにしてくれるだろう。
厩に何食わぬ顔で入る。一瞥されたが兵士から特に何も言われなかった。
仮称ヒョウタンケースを是見がしにぶら下げているので察したのだろう。
一応草鞋の話しの時に、ハンドクラフトの許可を取っていたので問題なかったようだ。
これについては、木皿や匙などが先輩奴隷たち謹製なのでそういう慣習なのだろう。
今日の朝食は干しデーツが十個。
以上である。
クソみたいな献立だがまだもらえるだけましだ。
少年に五つ渡し、残りを一息に口に含む。
種があったので少年の村にでも撒いてもらおうか。まあ、既にナツメヤシぐらい育てていると思うが。
この献立でも今日はほどほどに満腹なので、周りの同僚たちに比べたら落胆していない。
ヒョウタンに入りきらなかったタピオカ粉を落雁みたいに固めて、蔦を集めている間中チビチビ齧っていた。
これがそこそこ美味い。今度少年にも作ってやろうと隣を見ると、口の中一杯にデーツを詰め込んでニコニコしている少年と目が合った。
水筒用のヒョウタンから深皿に水を出して、白湯を作って渡してやる。
「ゆっくり食いな」
少年がもぐもぐしている間、木皿を持ち運ぶための網篭を編むことにした。
記憶を辿ると、今日は十日ぶりの休日になる。小物を作りながらまったり過ごしていると、少年がびしょ濡れになって帰ってきた。
用でも足しに行ってたのかと思ったが、どうやら体を洗ってきたようだ。
日中は比較的暖かいが、水に濡れて体温が奪われたのか震えている。
魔術で温風を出してやり、少年を乾かす。
夜ならクラヴスの水域操作で脱水できるのだが。
昼間には雨が止んだ。
しかし一晩降り続いた雨で採掘現場はぬかるみ、所々水溜まりができていた。
石炭の粉が混ざった水溜まりは油膜が張ってギラついている。
水がはけた部分は、泥炭のように黒々とした泥に覆われている。
「こりゃーだめだな。今日はこのまま休みだ休み」
人の良さそうな兵士の一声で、今日は休みになった。意外と偉い人だったようだ。
まあ、昼を過ぎているので作業時間は体感だが4時間あるかないかだ。
ちなみに時間の単位が地域によって統一されていないので、日時計で凡そを計っている。SI単位系など無い。
炭鉱中に点在する水溜まりは、風があればあっという間に乾くので、明日には多少泥は残るが作業ができるだろう。
やりたくはないが、仕方がない。
篭を編んでいる間、少年も自分を真似て隣で篭を編んでいた。
たまにポカポカ陽気に当てられて舟を漕いでいる。
自分の篭ができた頃には、少年はいつの間にか胡坐の中で丸まりすっかり眠りこけていた。
意外と甘えん坊なのかと思ったが、少年はまだ十一と言っていた。
こんな環境だから忘れていたが、年相応だった。




