第一章 再びこの世界で生きるという事 一章2 自分に何ができるのか
自分に何ができるのか。少年に何をしてあげられるのか。
一度冷静になり考えを巡らす。出来ることは何だろうか。
今は日の出前で、この後朝食の配給がある。なので、精々が自分に配られる食事を分けたり、安心して飲める水を与えたりするぐらいだ。
朝食が終われば間もなく採掘作業が始まる。出来ることは限られているので、作業中に何かできるか考える。
自分が手助けすることで少年の死期が延びればいい。それまでにこの理不尽の塊のような状況を打開する――しなくてはならない。
残念ながら、ここにいる奴隷を全員開放するだなんて、そんな大それたことは言えない。今の自分は本当に衰弱していて、いつ力尽きてもおかしくはないコンディションだ。
お粗末な案はあるが、その先が見えないようなものだ。
例えば反乱だ。奴隷たちと結託し、反乱を起こして鉱山の管理組織を討つのだ。
力を合わせれば警邏の兵を強襲し、命と装備を奪うことができるかもしれない。
こちらは丸裸だが、鉱山には手ごろな石がゴロゴロ落ちている。全員で石を投げつければ、何とかならないものか。
それから、自分の様に初歩的な魔術を使える人間が居れば、勝機もあるかもしれない。
だが、当然向こうにも手練れや魔術師が含まれているだろうから、戦力がわからない以上、疲弊した奴隷たちがいくら集まっても烏合の衆でしかないのかもしれない。鎧袖一触で無力化されるのが落ちか。
戦いを挑むのは下策だ。敵の情報以前に土地勘もなく、補給もない。
自分が勇猛果敢な戦士であれば何も迷うことはなかった。自分の腕を信じて、突き進めばいい。
だが現状はどうだ。自分は丸裸のヒョロガキだ。
剣奴としての戦いの基本は覚えた。剣の振り方、躱し方、そして受け方はわかる。残念ながら装備は石ころだけ。
コンディションは炭鉱で酷使され弱った肉体だ。腹も減っている。
端的に言って、酷い状態だ。経験上、新兵にすら負けるだろう。
ならば魔術はどうだ。一年ほどだが魔術も学んだ。魔術が使えると言っても湯を沸かす程度の発火の術式だとか、空気の塊を投射して軽い藁束を吹き飛ばす空砲の術式だとか。
後は幻惑や呪詛による精神攻撃が少し。
魔術の講習は教官が教鞭を執り板書を粛々と書く、なんてことはおこなわれない。
なんせ学校など教育機関は存在しない。学者を集めた学問の都というものがあるが、ようは学者同士が意見を交わし合い、実演し、どちらが正しいかを言い争うそんな世界だ。
学生とはその知識人たちの派閥員でしかない(もちろん弟子や跡取りはいる)。
大雑把に言ったが、真の賢人は一握りしかおらず、知識は支配階級によって独占されている。
よって魔術戦士が受ける講習とは、先達の実演を身をもって体験するという事だ。
その中から気付き、閃くことが出来なければ、魔術戦士失格なのである。要は脳筋バトルセンス野郎だけが伸びる。
残念ながら記憶が戻る前の自分は、山岳民族の朴訥とした田舎者でしかなく、学も無く、知っている世界は生まれ故郷の村と山、そして青緑色の小さな湖だけだった。
故に剣闘士としても魔術戦士としても芽が伸びる前に見限られてしまうことになったわけだ。
今なら多少、前世の知識があるわけで、化学や熱力学を使えばこんなしょぼい魔術でも効果的な運用もできるだろう。
魔術はイメージと、マナというエネルギーの使い方にこそ本質がある。
ただしその程度で魔術が使えるかというとそうではない。
イマジネーションは物理法則の改変後のビジョンであり、それを起こすためには現実を如何に解像度高く見られているかに帰結する。
よって優秀な魔術師とは学者であり、知識人であった。
話が逸れてしまったが今の自分なら、習っていない魔術も使うことができるだろう。前世の知識さまさまである。
だが、ままならないもので、この世界には適正というものがあり、それは職業という形で抽象化されている。
いわば、個人によって初期ステータスやその伸びしろが異なっているため、それらがゲームのマスクデータのように現状確認の仕様が無いのである。
ちなみに職業は、判別の儀と呼ばれる特殊な魔術によって明らかにすることができる。当然ながらこんなことができる人間は権力者に囲まれている。
彼らの職業は分からないが、鑑定士だとかなにかだろうか。
まあそれは今はどうでもいい。
話しを戻すと職業の大分類として、一般職、戦闘職、魔術師職、特殊技能職に分けられる。
予想でしかないが、一般職は器用度的なステータスが若干高くて後は平均的、伸びしろも各職業に特化している。
戦闘職はバトルセンス系統のステータスの伸びがいいと思われる。力だとか敏捷度だとか、バイタリティとかタフネスとかだろう。
魔術師職は知力や魔力保有量、魔力操作能力、魔術の才能や目端が利く。当然伸びしろも同様だ。
この体が鈍足と呼ばれる所以でもある。戦士としてのステータスが無かったのだから当然だった。
まあ、データ上はそうなのであろうが、ここはゲームの中ではなく、異世界であり、つまりはリアルである。
訓練や努力次第で並以上にはなれる。
ただし、余程厳しい修行を受けて生き残るか、前世の様なスポーツ医学に則った効率の良い努力の仕方が見つかればの話しだが。
残念なことに、修行や訓練をしている時間はないのだ。
タイムリミットは、少年と自分の活動限界だ。
現状、栄養価が偏っていて量も少ない食糧と、乾燥と熱射に曝される過酷な労働環境では、体力の回復は難しい。
色々考えたが、ここから逃げるしかないというのが結論だ。
ではどうすればいいだろうか。
逃走を確実に成功させるためには、少年の体力がいくらか戻ってからになる。
それは自分の食事を削ってどうにかするわけだ。
自分自身の限界を見極めなければ、自分も少年も十中八九犬死にとなる。
現状であれば十日以内にと言いたいところだが、五日後までに体力が戻らないのであれば、脱走は不可能と諦め別の手段を考えるしかないだろう。
方針は決まった。先ずは少年の状態を把握する。
それから少年の労役を可能な限り軽くさせるため、一緒に行動する。
周りの奴隷に周辺の情報をそれとなく聞き出そう。例えば故郷の話題からさり気無く周辺の地理を分析するのだ。
警邏の人間との間に軋轢を生まないよう、慎重な行動を心がける必要がある。
印象がよくなれば人情も湧くというものだ。
こういうのを何と言ったか……仁智勇だったか。
警邏の人間が安宅の関の富樫泰家ならば、少年は源義経、自分は武蔵坊弁慶だ。同情を誘う身の上話でも逃走前にたっぷりと聞かせてやろうそうしよう。
白紙の勧進帳は読めなくても、涙を誘う物語ならば情報化社会には溢れかえっていた。
五日もあれば同情ぐらい誘えるだろう。
相手が子持ちの父親ならばなお良し。人の不幸を糧にしているようなクズならばお手上げだが。
後は、少年の体力回復を促進するためにちょっとした魔術を考えてみる。治療の魔術もできなくはなさそうだが、今必要なのは体力だ。肉体の疲労を回復させたり、各臓器の機能健全化だとか。
ストレスの軽減もできるといい。やはり睡眠の質を上げる魔術がいるだろう。
亜熱帯と言えど周りはサバナのような荒涼とした土地で、保温力が無いのか夜は冷える。干し草だけが寝具の寝床は、満足な睡眠など取れない。
自分は上裸で今までよくも持ったなと思う。山岳地帯育ちの元剣奴は伊達ではないのだ。それももう限界なのだが。
つまり暖かく、質の良い睡眠こそ体力の回復には不可欠だ。
そんな魔術を今日中に考える。




