第一章 再びこの世界で生きるという事 一章19 ぎきょうだい
「つーわけで、少年の故郷に直行しよう」
ちょっとした作戦会議の結果、少年の故郷に向かってから姉御さんたちの行方を追うことに決まった。
少年の体力が徐々に良くなっているとはいえ、本来なら十分な休養がいるほど弱っているのだ。
安全かどうかはまだわからないが、勝手知ったる土地、信頼できる家族の存在、雨風の凌げる家屋、食料の確保ができるコミュニティーとこれほど条件のいい場所は実家しか思いつかなかった。
知らない土地で潜伏するのは、身分や立場を考えるとどうしても難しい。
収入源も無い状態だから、先ずは腰を落ち着かせて軍資金の調達こそが吉だと思うのだ。
長旅に備えて装備も必要だ。もちろん情報も集めなくてはならない。
それから、足りない戦力をどこかで調達したいと考えている。
化石やそれに準ずるものをどうにか手に入れなくてはならない。
アラビア半島で油田でも掘るか……ここは地球ではないが。
そんな冗談はさておき、少年の故郷の位置について確認する。
「ボクの生れ育った村は、帝都から南西の方角にあるから、ここからだと西北西に真っ直ぐ行って――」
とまあ、街道の立地によっては直進が不可能だったりするので、適宜迂回したり安全なルートを模索することになる。
もちろん長旅になると思われるので、必要な物資を調達するために村や街にも寄ったりする。
だが最初の難関として、この炭鉱周辺の村や街に立ち寄ると、もれなくスタート地点に戻されると言うクソみたいな設定のスゴロク状態だ。
「おにいさんの旅程通り、川沿いを北上してキャラバンが滞在している街を目指しましょう」
逃避行時の設定と言うことで、少年とは兄弟関係になっている。
自分は名付けの儀の前に奴隷として収穫されたので、蔑称しかない。
前世の名前、辰登を名乗ろうと思い少年に教えたところ、やや舌足らずな少年はタットと発音してしまう。
タッドとあまり変わらないので、結局名前以外で好きに呼んでもらうことになった。
少年も自分と同じく名付けられる前に奴隷となったので名前が無い。
実家に帰るからその時につけてもらえばいいなということで、自分は未だに少年と呼んでいる。
弟に少年と呼ぶのは変だから、人前では仮の名前を呼ぼうと思うが……直ぐには浮かばないので保留となった。
どうせ村まで街道を迂回しながら休み休み向かうので、二日か三日間ほど誰とも遭遇せずに進めるだろうと考えているが、どうだろうか。
で、キャラバンが滞在している村に向かう理由だが、木を隠すなら森の中、奴隷を隠すなら人混みの中がいいと考えた。
キャラバンは多種多様な人間が集まっているので、奴隷がどこの誰かまで把握できる人間は限られている。ちなみに奴隷と市民や自由民との違いは、衣服なので直ちに分かる。
もちろん奴隷には目立つ場所に印が付けられる。その印は誰の所有物か、どこの所属かという識別標なので主人とその関係者、それから登録を行った役所しか知らないことだ。
街を悠々通過したのち、外の街道はこの国の範囲外なので連れ戻されることもなくなる。
まあ、出国できるかどうかは出たとこ勝負だ。
植物たちを使えば門を飛び越えることも難しくはないだろう。
ちなみに川を渡る時も植物を出して橋を作るつもりだ。川幅10mくらいなら、ニセソとソテツとイチョウ二種、あと木生シダの一種であるヘゴを生やせば事足りるはずだ。
召喚する時にある程度サイズを変えられることは分かっている。カードにその情報が表示されるようにもなった。
樹高3mから4mで召喚した場合、召喚時間が半減するのだが一時間以上召喚するつもりはないので特にそこは問題なかった。
後は食料(デンプン以外)の調達方法である。
とりあえず脱走予定日は三日後を予定している。
明日は雨で休みになるので、その間にデンプンとグルコースを大量確保する予定だ。
つまり炭鉱周辺の植物を片っ端から資源化する。
代償のストックもフルに溜めて、召喚獣の召喚可能時間も同じように整えなくてはならない。
欲を言うともう一種類、召喚獣を増やしたかったが、こればかりは運だ。すっぱり諦める。
方針が決まったので今日はお開きとなった。
「おにいさん、おやすみなさい」
雨が本降りになってきたので寝床に避難した。少年も限界だったようで、身体を乾かす前に干し草に倒れ込んで眠ってしまった。
自分はと言うと、体が泥まみれなのでこの雨を使て全身を洗うことにした。
だが、そのまま体を洗うのでは到底清潔な状態にはならない。
そこでアンモナイトのクラヴスが持つスキルにひと手間加えて、体を洗うことにした。
カードに記載されたスキル名は、水域操作。クラヴスが水の珠を浮かべてその中に居るのもこのスキルによる。
その性能を確かめる狙いもあり、こうして水場の物陰で実演してもらっていた。
その性能はなかなかのものだった。
まず、人間一人を包み込めるほどの水塊を浮かべて、長時間維持することができる。
数秒ならホースからの放水さながら、10mほどの距離まで飛ばすことができる。威力は無いが牽制くらいにはなりそうだ。
なんせ本体から水を飛ばすのではなく、離れたところの水も飛ばすことができる。おおよそ半径5mほどだが、成長すればさらに遠くから水を引くこともできるだろう。
ただし、周囲に水があることが前提であり、本体を包む水は、海水と同じ3.5%前後の塩分を必要とするようだ。
どこから塩分を集めているか聞いたところ、地面から水と一緒に引き出したり、殻の中に貯め込んでいるのだとか。
さて、目の前にはラグビーの練習で使うようなタックルバック状の水柱が浮かんでいる。水域操作でクラヴスが作ったものだ。
これを魔術で41℃ほどまで温め、さらに極小の気泡を水が白く濁り切るまで発生させていく。
これぞ前世の知識、SFスマートバスの完成である。
早速入浴!
立ったままで入れる。
1μm以下の気泡が全身を包み込み、極小の気泡が破裂する衝撃波で付着した汚れを剥がしていく。
スマートバブルバスだ。しかもクラヴスが気を利かせて程よいジェット水流も起こしてくれる。
十秒ほどで全身はホカホカのツルツルに。これは、なんて快適なんだ。
召喚獣との共同作業によって、自分は文明的な清潔さを手に入れた。マナ消費も加熱と気泡の生成だけでお得だ。召喚獣のスキルの訓練にもなる。
出来ることなら毎日入りたいところだ。
「明日は食料調達だ。クラヴスにも手伝ってもらうから。頼むぞ」
承知、と一言返ってきた後クラヴスは煙雨の夜空にひょうと飛び去った。
どうやら厩の屋根の上で一晩を過ごすようだ。
召喚獣のレベリングは現界している時間も反映される。
補填された代償が尽きるまで現界すると、存在確度が上がることはニセソで確認済みである。
ニセソからの定期報告を聞くが、真新しい情報が無かったので夜間は休むよう伝えた。
さて、明日は夜明け前から行動する。
今日はもう寝ることにした。




