第一章 再びこの世界で生きるという事 一章17 集まった情報は
石を砕く硬質な音だけが聞こえる現場は、何とも時間の進みが遅い。
だが、今の自分は頭の中にぶち込まれた大量の情報を処理するのに必死になっていた。
ニセソ・シダ・トクサたち植物諜報隊が十人の炭鉱警備兵部隊からいくつもの情報を盗み聞いた結果だった。
曰く、炭鉱に新しい労働奴隷が送られてくること。
曰く、食料の定期便が一日程遅れているとのこと。
曰く、北側の情勢が大きく動いたこと。
曰く、北伐と銘打たれた大規模作戦が間近に迫っているとのこと。
曰く、鋼鉄の生産量を増やすために石炭の大口注文が入ったこと。
曰く、南西の古国、かつての大王国フルメナサハラが北伐のために大規模な派兵を決めて、その先鋒がコーリュテム海峡を渡った、とか。
曰く、白いやつがまた白くなってるとか。いやどうでもいいわ。
曰く、領主が扶持をケチってるとか。
曰く、来年の武闘大会はどこの国が優勝して神界大戦の英雄に選ばれるか、とか。
曰く、隣の村に東方へ向かうキャラバンがやって来ている、とか。
労働奴隷の補充は商品が入荷するかどうかに左右されるため不定期だが、今回は石炭の大口注文が入ったことが原因だろう。
どこから連れてくるかと思案するまでもなく、帝国領の北方で大きな動きがあったとのことだからそこらあたりか。
食料の定期便が遅れているようだが、北方侵攻や北伐に向けた需要の高まりで食料価格が高騰したのかもしれない。気になるが無一文にはあまり関係のない話しだ。
領主が扶持をケチっているのは、兵士たちの世間話で上位にランクする話題のためどうでもいい。
それにしても今回の北伐は規模が違うことを窺わせる。その一つが古国フルメナサハラが派兵を決めたことだ。
フルメナサハラを一言で表すと、旧大陸で唯一の人の領域である。
旧大陸とは人類史発祥の地として伝説に残っているが、それ以上詳しい情報は失伝している。
現在は魔王と呼ばれる強大な存在が各地に勢力を延ばし、魔王同士で覇を競っているらしい。所謂、魔境である。
情報源は神界大戦の英雄なので確かだろう。
そう、この世界は神々が現界に度々介入するぐらい神秘が濃いのである。
神界大戦とはその最たるもので、二年に一度、人類の中から秀でた才能を持つ人々を神々が選出し、神界に招聘する本物の神事のことである。
神界大戦の内容はその時々によって異なるが、多く伝え聞くのはスタンダードな陣取り合戦や、力比べとのこと。
珍しいものでは兵棋演習などがあったらしいが、定かではない。
神界大戦で功績を挙げた人間は、選出した神から恩寵を下賜され、現界に戻ることを許されるそうだ。
そういった神界帰りの英雄たちは、魔獣の領域を切り取って新たな国を興したりしてきた。
その制度を利用して勢力を伸ばしたのが現在の帝国であり、かつては古国であった。
強国は自分たちの権威と利益を守るため、神々がこれまで在野の有能な者たちを選出していたことを逆手に取り、武闘大会を開いて各地から英雄の雛を探し出すようになった。
しかし神界大戦は二年に一度であり、移動技術や道路が未発達であった一昔前は、当然各地で新しい国々が勃興するなど戦国時代のような有様だったそうだ。
逆を言えば、個人で国輿しができるほど神の恩寵とは凄まじいのである。
神の恩寵、それは情報であったり、神秘であったり、階位を上げて新たな人類種として最誕することであったりする。
残念ながら、自分が知っているのはそれだけだ。
とにかく各国は神界大戦に自国民を送り込むことに躍起になっているのである。
話しは変わって、この世界にも隊商が存在する。
それは、ここの兵士が情報通であることの一因でもある。
この数日、奴隷や兵士たちから情報を収集したことでわかったのだが、この国は東方と西方を繋ぐ隊商の中継地なのである。
さらに言うと南方への分岐路でもある。交易都市国家ビーフルという。
陸上交通の要の地であり、故に都市の周囲には開拓村が多く、ここの炭鉱は四つある開拓村の対角線上の真ん中に位置する。
元は村同士を繋ぐ交易路だったのだが、道の整備途中に石炭の露頭が発見されたというわけだ。
また、この開拓村は国境に近いため隊商が補給や交易のために立ち寄るのだ。
一応、剣奴時代や魔術戦士時代に古国フルメナサハラや隊商の知識は教わっていたが、この地がそれらと所縁があるとは知らなかった。
神界大戦だとか、隊商だとか、帝国が北伐するだとか、こうして今も世界は動いているのだと、しみじみ思う。
しかし、ここの日常は変わらない。
単純な労働力は世界を気にする必要が無いのである。
夕飯の時間だ。炊煙が昇る空を見上げると、昨日とは打って変わって曇天だった。
一日雨か、それとも午前中には雨は上がるか。
水場でゴシゴシと汚れ(日除けファンデーション)を洗い落として、少年と一緒に白湯を一杯、ぐいっとやる。
うまい。
「少年、今日は仕事が少し早く終わったみたいだから、まだ起きていられるよな」
心配は無用の様子だ。今日は休憩をいつもより多くとったのと、雲が太陽を隠してくれたので少し負担が軽減されたらしい。
「だいじょうぶ。どんなお話をするの?」
「これからの話しだ」
大げさに口を噤んでみせると、事を悟ったのか少年は神妙に肯いた。
さて、飯の時間である。
黙ってもぐもぐ。今日はいつもと同じ塩味の麦粥と、干しブドウが5粒だけ。
半分を少年の深皿に移したので自分の皿は相変わらず侘しい光景だ。後でデンプンを使ったお餅でも作って見るか。わらび餅みたいになるだろう。
「少年は肉と魚、どっちが食いたい」
「どっちも」
食い気味だな。
「少年は食えないものとかあるか?」
「……石?」
そら誰も食えんと思うぞ。いや岩塩とか……うーん。
ポツポツと他愛もない話しをしていたら、周囲の空気に独特の生臭さが混じっているのに気が付いた。
「雨、降ってきそう」
「ああ、そうだな」
確かこの生臭さはペトリコールとかその他色々が地面から放出されてするものだったか。
何人かは屋根のある寝床に早々と引き上げ、一部の兵士も大鍋を覆うようにテントを張っている。
お誂え向きだ。自分たちも移動することにした。
場所はクズ石捨て場だ。誰も近くにいないことを確認し、そこそこ大きな岩の影に座って隠れる。
少年が隣に座ったところで、もう一度岩の上から顔を出し周囲を見る。
見張りとして、今朝詰所に出した物とは違うシダ植物を召喚する。よく見るシダの葉に囲まれたゼンマイがひょっこりと出ている。
同時召喚の限界を知りたかったが、今のところまだ余裕がありそうだ。恐らく精神感応が一定数を超えると自分の脳が処理できなくなりそうだが、まあ慣れれば必要な情報を取捨選択できるようになり何とかなるだろ。
「今日は月も星も見えそうにないな。少し残念だ」
程なく日没を迎え真っ暗になるだろうから、少年の視界が確保されているうちに召喚術の話しをしてしまうことにした。
「少年、今から見せるのは他言無用だ。俺の秘密。切り札と言っても過言じゃない」
少年の返事を聞いてからカードを出す。誤解されないためにもちろん背中側からだ。
「俺は元魔術戦士だったが、こうして奴隷に墜ちた。その理由は召喚術師だったが召喚魔術を使えなかったからだ」
少年が神妙な表情で頷く。話しを続けても問題ないと判断し、一枚のカードを見せた。
名前欄が空白のカード。
イラストは、十の触手を持つ、ぐるぐると殻の中心に向かって渦を巻く古生物が描かれている。
空白の名前欄の横には100.000%とある。問題は無いはず。あるとすれば召喚後だ。
それに身構えた自分は、少年にだけ聞こえるほどの声量で呟いた。
「召喚」
途端、視界が水中に転じた。




