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第一章 再びこの世界で生きるという事 一章16 姉を助けたい

 昼。今日は珍しく太陽にうっすら雲がかかっている。もしかして明日は雨かな、と少し期待する。


 雨の日は仕事が休みになる。乾燥地ではあるが、降る時は勢いよく降る。


 前に一度、古い露天坑が一時の土砂降りであっという間に浸水したことがあった。

 なんせ周囲は堆積岩のため土より透水しにくく、大雨が降ると溝に沿って低い方へ一気に雨水が流れ込むのだ。


 穴は一瞬で池になってしまい、三人の労働奴隷が穴の中に取り残され、全員が溺死した。

 溺れた人間はパニックになり、浮かぶことができなくなる。さらに周りの人間を掴んでしまうので一緒に沈んでしまう。


 とある理由で鉱山などは深く掘られることはない。浸水事故があった場所も深さは梯子十段分ほどだった。


 ここの露天鉱脈は浅めに広く掘っているので、雨が降ったら砂を入れて乾燥を促すか、排水用の横穴を掘ることになる。


「少年、明日は雨が降ると思うか」


 何度目かの休憩サボりの折、少年に聞いてみる。


「降る、と思う」

 ちらりと空を見た少年がそう呟く。


「どうしてそう思うんだ」


 少年の向こう、兵士がこちらに来るのが見えたので、仕事を再開するよう合図する。

 骨の鶴嘴つるはしを持ち直し、おもむろに鉱脈へと先端を突き刺す。


道案内ナビゲーター職業ジョブだから」


 少年もコツリコツリと鉱脈から石炭を引きはがし始めた。


「道案内は一般職だったよな。確か方角を認識したり。ああそうか、直近の天気予測とかできる、だったか」


 方向感覚や空間認識能力の鋭い人間が多い職業だ。

 一般職なので身体能力のステータスは月並みだと思うが、地図がおいそれと手に入らない時代であり、気象レーダーや気象衛星など無い時代において、道案内のもつ感覚は実に重宝されている。


 また、道案内の派生に戦闘職の斥候スカウトだとか、魔術師職の占術師ミスティック祈祷師シャーマンなどがある。

 自分の見立てでは、ステータスが戦闘職型に偏ると斥候に。その逆が占術師だと思っている。


 あとは一般職扱いされている野伏レンジャーなどもあるが、その条件は一定期間の野外生活とかだろう。なお、野伏は戦闘職である。


「ふむ、いい職業ジョブじゃないか」


 それなりに優秀な職業なので、商人だとか軍人あたりが欲しがりそうなものだ。

 だが、少年はあまり嬉しそうではない。


 こちらの表情を見て少年は眉毛を下げた。どうやら自分の思案気な顔が怖かったらしい。

 そこまで強面ではないはずだが――全身真っ白だったわ。



「聞いて、くれますか」


 しばらく無言で作業をしていたところ、少年はぽつりぽつりと語ってくれた。


 もともと、ここに来る予定ではなかったこと。

 少年の故郷、村で生活していた時に姉たちと一緒に人狩りに遭って売られたこと。


 生き別れになった少年は、道案内の感覚を頼りに奴隷商から逃げ出し、そして別の人間に捕まったそうだ。


 道案内が重宝されることを知っていたので、その力を披露したのだが、自分たちが生活していた南西の国と北東の帝国首都圏では環境が違ったため、天気予測が悉く外れてしまったとのこと。

 おそらく、スキルレベルが低かったのだろう。もしくは何か条件を満たさないとだめなのか。


 結局、使えない子ども《ガキ》とレッテルを張られ、南東の属国、つまりここに送られて労働奴隷をしているのだとか。


「随分と波乱万丈だな」


 帝国の版図がなかなかに広大だと再認識する反面、送られる先の少なさが人類の生活圏の少なさを物語っていた。

 弱い魔獣たちから土地を奪ってきた結果、今の様な細長い生活圏ができたのだと、魔術戦士時代に教わった。


 それにしても、移送中に地図も無く事前情報も無い状態で、観察のみでおおよその自分の位置を認識していた少年は、なかなかのものだ。間違いなく鋭い感覚を持っている。


 そしてやや向う見ずなところがあるが、若いのだから仕方がない。経験を積めば一角の人間になれるだろう。


 偉そうなことを思っているが、人生二度目の自分が言うのだからそう的外れな見立てではないだろう……そのはずだ。


「面白くない話し、でしたよね」


「いいや、面白かったぞ。少年がなかなかの冒険野郎だってわかったからな」


 話し終わった後、色々なことを思い出したのか、周りから見てもしゅんと気落ちしている少年に声をかける。


「なんせ姉を救うために、単身巨悪の住処目指して突撃したんだろ? かっこいいじゃねぇか。そういうの好きだぜ」


 少年はなぜか赤面して俯いてしまった。若気の至り、黒歴史的なものと思っているのだろうか。


 とても気高い行動だと思うが、救出に失敗して重労働を課せられて身を滅ぼされそうになっていたら恥ずかしいか。


「少年は、姉御さんを今でも助けたいのか」


 俯きながら作業していた少年が、はっと顔を上げてこちらを見た。


 直ぐに首肯して、はたとその動きを止めた。

 徐々に視線が下がっていく。


 何かを言わんとして口を開きかけるが、きゅっと唇を噤んだ。苦悶の表情だ。

 その表情だけで、少年の心の内が垣間見える。

 姉たちの救出を諦めていないのだ。しかし自身の力不足を痛感し悩んでいる。

 

「少年、俺と手を組まないか?」



 たっぷり間が開く。少年は今、考えている。


 だから頭の中を一旦整理してもらうために強引に話しを締めくくることにした。


「よし、夕飯が終わったら少し話しをしよう」


 真面目な雰囲気はここで終わり。年相応の悪戯心を顔に張り付けてこう言った。


「俺の秘密を教えてやるよ」

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