第一章 再びこの世界で生きるという事 一章12 食糧生産魔術
夕飯を食べ終わった少年は、既にお眠モードだった。
うつらうつらと舟を漕いでいるので、寝床まで負ぶってやろうかと聞くと無言で首を横に振る。
厩まで並んで歩いて行くと、途中でガクリと力が抜けてもたれかかってきた。
「今日もお疲れ様だ、少年」
抱え上げて運び、いつもの寝床にゆっくり下ろす。
寝顔は初日より穏やかになったかもしれない。昼食は無いが、朝と夕の食事量を増やした効果があったのかもしれない。
言葉からまだ警戒心は抜けていないが、少しずつ信用してくれているようだ。
さて、今晩も内職に励もう。
茎の長いイネ科(?)の干し草を縄にして、草鞋を地道に編んでいく。
足りなくなったら水を飲みに行きがてら、草を集めて魔術で干していく。
ニセソのカードから三つ目の後光が消えていた。やはり後光は稼働限界を表しているのだろう。後光は残り三つ。どうやら丸三日は持つようだ。
ニセソに調子はどうだと聞くと、バカのせいで気疲れしたと返ってくる。
植物って気を使うのか、と内心驚く。
そもそも召喚獣である。生命の理から乖離した存在だから、そういう事もあるのかもしれない。
魔術で遣り繰りしていたが、やはりあれだけの食事では腹が満たされないのだ。
このままでは背中と腹が内側でくっ付いてしまう。
しかしそんなことは想定の範囲内。昨日の夜に魔術を掛けた木の枝を齧る。
別に尊厳を犠牲にして枝を齧っているのではない。これは分解の魔術で枝の成分をデンプンに分解した、非常食である。
木材はセルロースやヘミセルロース、リグニンの塊だ。
まあ、リグニンは多糖類ではないため分解しても糖は精製できない。現状では不純物だ。
それでも材中の70%以上はこれら多糖で構成されているのだ。分解してデンプンなど人間が利用できる糖質に作り替えることができれば、十分すぎる食糧が確保できる。
そして魔術は成功した。生木を齧るのは色々厳しかったので、摂取前にそれなりの量を糖化できると分かったのは大きい。
しかし、そうやって糖質だけ摂るのでは、結局体内で微量栄養素を合成したり、胃の中に大量の空気を取り込んで各種アミノ酸を合成しなくてはならないのだ。
それは時間も手間もかかる。食事はそれらを効率よく取り込む手段であって、魔術は一時凌ぎでしかないのだ。
けれどもその栄養を補完してくれる食料が無いのが問題なのだ。なので、水場近くの木を物色する。
黄色く変色した葉や、昆虫、それから新芽を探す。
まだ青い葉は苦い。黄色い葉は栄養は少ないだろうが、苦味は少し弱い。新芽は柔らかく、栄養もある。もちろん苦い。
虫は採れなかった。やっぱり乾燥地帯の虫は生息環境を見極めたり活動時間帯を押さえないと採れにくい。
ニセソに採ってきた植物を見せて毒があるか尋ねる。目の位置がわからないので葉っぱの近くに、触れるぐらい近づける。
毒の有無を訊くと、はたしてアンタならだいじょうぶでしょ? とお墨付きをもらった。
つまり毒はあるのか……、頑張れ俺の肝臓。あ、魔術で分解すればいいか。
葉っぱは水を入れた器の中で加熱する。味付けは素材本来の味だ。不味いのは確定的に明らか。なので舌に触れないよう魔術を使って胃に流し込む。
圧力鍋の要領で植物の繊維や組織をドロドロになるまで引き裂き、ついでに糖化させてやったからか、スムージーのように飲める。
舌に触れていないので味は知らないが、鼻を抜ける香りが青草だった。無理。もう食べたくない。
毒素の詳細が分からないのでニセソに尋ねると、アルカロイドが沢山と回答があった。アルカロイドなのだから脂肪酸の様な炭化水素に分解すれば無毒になると思い至ったので実行しておく。
しかし、毎回そんなことをしていられない。マナは有限であるし、食事のたびに解毒をしていれば、結局手間が増えて無駄である。
毒性の少なそうなイネ科植物を引っこ抜き、深皿の中で植物の繊維を取り出す。
抽出した液は胃の中に収める。ちょっと胃から湧き上がる臭いで吐きそうだ。あと、水をガブ飲みし過ぎた時のような感じの重たさがある。何度も言うが、芝生を刈ったときの臭いがずっと消えない。
クリーム色の細い繊維が取れたので、これを丸めて水を絞る。角砂糖一個分くらいの量が取れた。
うん、糖化は枝を使った方が手っ取り早い。だが、草本しか見当たらない場合の処理方法などを理解しておくのは重要だ。
生化学魔術【分解】を発動、食物繊維の化学結合を魔術で切っていく。今回は単糖であるグルコースを作っている。
分解すると掌の上で固まっていた糸くずが、サラリと白い粉に変わった。微妙に細かいゴミが残っているが、特に気にはしない。
粉を口に放り込む。ブドウ糖だから甘みが強い。果糖ならもっと甘いのだろうが、十分だ。
よしよし、一連の作業でマナはそんなに減った感じはしない。これで食べるものが無くとも、水と植物が手に入れば食料を増やせる。
脱走前に1㎏ほど作っておきたいが、入れ物が無いことに気が付く。
まてよ、ヒョウタンがあったはずだ。あれは飲み水を入れる用途でいくつか支給されたものだが、一個拝借して容器として使うか。もちろん拝借するのは、持ち主が決まっていない共用の容器だ。
さて、時間も時間なので寝床で草鞋を完成させたら寝よう。
明日には少年の分も作れるだろうから、いよいよ計画について打ち明ける準備が整ったところか。
今日の様子を見ると少年の調子はまだまだ危険域だ。せめて丸一日休息できたら。
だが、その考えを即座に捨てる。運に任せるのは人事を尽くしてからだ。
炭鉱がある乾燥地でまとまった量の雨が降るかどうかは、誰にもわからない。気象衛星が存在しない今世では、雨が降る直前でもない限り予想もできない。
自分は新しい魔術のお陰で調子もよくなってきた。少年を負ぶって脱走するぐらい、覚悟の上だ。しかし、使える選択肢は多い方がいい。少年の体力回復は逃亡の成功率を上げてくれるはずだからだ。
後は、戦力がいる。何とかこの炭鉱で、植物以外の化石を掘り出さなくてはならない。
ニセソを召喚した時に幻視したあの光景を思い出す。
ここの炭鉱は、太古の昔に流された森林の変わり果てた姿だ。きっと鉄砲水か洪水か、はたまた津波によって川底、もしくは海底に沈んだのだろう。
その大災害に巻き込まれた動物たちが、化石となって眠っているかもしれない。
とりあえず、先ずは掘り返されたクズ石を丹念に調べる作業から始めるべきだ。
石炭以外の石を見ればいいので、比較的探しやすいかもしれない。タッドの記憶には、採掘中に動物化石が出てきたという記憶がないのだが、まだ見つかっていないだけだろう。
前世でも多産地以外ではお目にかかる機会が少ないのだから。
草鞋を編みながらそんなことを考えるのだった。




