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第一章 再びこの世界で生きるという事 一章11 ご身分

 労働の時間である。


 少年と一緒にコツコツと骨の鶴嘴つるはしで石炭を掘り出す。

 一連の動きはいつも通り。だが、石捨ての回数が減ったのでその分を採掘にまわしたり、石炭を集積所に持っていく時間に充てられる。

 少年のペースに合わせ、休憩を挟みつつ着々と仕事を進めていった。


 それでもやはり疲労が溜まる。炎天下の作業なので日射病も恐ろしい。


 紫外線や可視光線を遮る日傘でもあればと思い、ふと思いつく。


 光を反射させる魔術か。

 魔力盾マナシールドという魔術がある。これは魔術戦士であれば大抵初期に習う魔術で、単にマナを固めて大小の丸盾を自分の周囲の空間に浮かべるものだ。

 消費マナが多く、効果が長続きしない緊急回避用の魔術である。ただ、投石や投げ槍、魔力投射マナボルトなども防げるため汎用性は高い。


 さて、そんな魔術の効果を限定することで、マナの省力化をしつつ、長時間発現しているものを考える。

      

 ふと、泥や砂埃だらけの体を見る。

 そういえば、動物は暑い日に泥を体に塗っていたな、と。


 そこで、この体表についた泥や砂埃に魔術的な意味を付与することにした。

 すなわち日焼け止めファンデーションである。


 可視光や紫外域光を反射させたり吸収させればいいので、白か黒に色を変えると効率がいい。

 だが黒にすると熱に変換されるので白一択か。


 早速体表に付着した砂の粒子に光の反射を付与したところ、自分の体を見た少年が何事かと目をむいた。


「が、がい骨かと思いました」


 そらそうなる。全身に付着していた砂や泥が真っ白になり、それを纏っている見すぼらしい痩躯そうくの自分は、骨格標本もかくやといった身なりである。


 当然そんな悪目立ちしていると、警邏けいらの兵士たちが足早に近付いてくる。

 一定の距離まで来ると立ち止まって身構えた。


 そのうちの一人が代表として近付く。

 昨日の夜、草や蔦を取りに行くのを監視していた、あの人の良さそうな兵士だ。


「そこのお前、急にどうした。なんて格好してやがる」


 職務質問、否、事情聴取である。

 しかしこちらにやましい気持ちはこれっぽっちも無い。これには深い訳があるのだ。

 断じて独りディア・デ・ムエルトス(※メキシコのお祭り)をしていたのではない。


「こいつは、日除けのまじないだ」


 警邏の兵士たちが困惑している。

 人の良さそうな兵士がううむと唸っている。


「昨日言ってたな、元魔術戦士だったとか。だがそれは、下賤げせんな部族のまじないと何が違うのだ……」


 魔術戦士の扱う魔術は、大抵が戦場で映える派手なものばかりだ。それは手柄を獲った時のアピールが目的であり、また敵の士気を挫くパフォーマンスでもある。


 なので、地味で陰気な呪術やおまじないの類は、帝国に属する人間――とくに戦闘職の者――からすると馴染みが薄かったり、おふざけと思われたりする。


 今回は蛮族の化粧と思われたようだが。


 はたして、これの益を説いたところで若者の屁理屈と一蹴されそうだなと思う。体感温度がぐっと下がったように感じるから皆もやったらいいのに。


 そもそも、獣が泥浴びをしているのは人間みたいに傘や帽子、マントを作れないからであって(汗腺が人間より少ないことも理由だが)、どちらが秀でているとか劣っているからとかの次元ではない。

 土俵が違うのである。今の自分は家畜同然かそれ以下の扱いを受けているのだから、これ以上のことができないので見逃して欲しいものだ。


「何がダメだ」


 そう訊くと、人の良さそうな兵士は言葉を詰まらせて、周りの同僚に目配せする。兵士たちは何も言わず首を振り、構えを解いた。


「……他意は無いんだな?」


「日除けの呪いで何をどうしろと」


 呆れたような溜息がそこかしこで漏れる。バカが奇行を始めたと思ったのだろうか。


「次は事前に、何をするか申告しに来い」


「この程度の事を申告せにゃならんのか。俺は三才児じゃねぇぞ」


「おい! 立場を弁えろ」


 語気を荒げた兵士が鋭い視線を放つ。

 腰を落とし武器を構える。青銅の矛の切っ先が向けられている。七歩先から、砥がれた矛先がこちらの喉を狙う。


 薄らと緑青が浮かぶ黒褐色の金属は、人の皮膚程度、筋繊維程度何の障害にもならない。

 そして自分の皮膚ともなれば、健常なものより数段劣る。魔力盾の発動が間に合わなければ、自分は喉を貫かれて死ぬだろう。


 兵士は本気だ。自分を人ではなく処分対象として見ている。屠殺を待つ家畜の気分だ。悲しいやら遣る瀬無いやら。


 やや手入れ不足のそれから視線を外し、敵意が無いことを伝えるように手を挙げた。


「わかった、わかった。だからその物騒な矛は下ろしてほしい」


「ここには、ここの掟があるのだ。どのような経歴があろうとも奴隷である以上、勝手は許されない」


 と、まあ、こんな感じで些細なことでも刃傷沙汰一歩手前になる。

 昨晩の行動、植物の採集許可は正しかったということだ。


 緊張が弛み、人の良さそうな兵士が周囲に持ち場に戻るよう指示を出す。警邏の兵士たちが散り散りに持ち場に戻って行き、推移を遠巻きに見ていた奴隷たちは飛び火しないように顔を伏せる。

 現場は水を打ったように静かだったが、兵士の怒号でカンカンと石炭の採掘作業が再開された。


「少年、どうだ、一休みできたか」


 何言ってんだコイツみたいな目を向けられた。

 すまんな、自分も疲れとったんじゃい。


 その後は特に問題を起こすことなく。

 少年とたわいないお喋りをしつつ、適度に働いた。



 ちょくちょく様子を見に来るようになった人の良さそうな兵士に水を向けつつ働く。


 出身を聞いたり、特産品を聞いたり、領都がどんなところだとか、観光したことがあるのかとか。

 当然質問のすべては、周辺の地理や情勢を把握するためだ。

 向こうの態度が硬化してしまって最初の内はぞんざいな応答だったが、喋っているうちに自分のことを粋がっている子どもだと、認識が変わっていったようだ。

 子どもの内は印象操作がし易くていい。向こうもバカな子どもだとしか思っていないだろうし。


 そんな感じで本日の労役も無事終わった。



 晩飯の時間だ。

 少年は今日も務め切ったが、ヘロヘロなので背負っていく。


 もちろん最初は抵抗されたが、飯抜きよりいいだろと言うと静かになった。


 すまんな臭くて。いや自分はセルフメディケーションの魔術で体臭の原因物質や菌を悉くリサイクルしているんですけどね。

 だから臭くねぇし。少年は、うんまあ、風呂入ってないからね仕方ないね。

 あと、少年はとても軽かった。


 麦粥と副菜のデーツを三つ貰って、手頃な岩石を背もたれにして地べたに座って食べる。


「よく噛んで食えよ」


 分けた麦粥を足しても大盛にはならないそれをかきこむ少年に、よく噛んで食べることの重要性を説明する。


「――ということでよく噛んで食べると満腹感と消化吸収効率が上がってだな、ってもう食べ終わってるじゃないか」


 ほんの数秒喋っている間に少年は深皿の中身を綺麗に平らげていた。が、頬を膨らませもぐもぐ咀嚼している。


「……そうだな、少しずつ食べたほうがいいぞ」


 少年はこくこくと肯いた。

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