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第一章 再びこの世界で生きるという事 一章10 二足の草鞋

 翌日、まだ日が昇る前に目が覚めた。

 夜明け前は寒い。乾燥地は植物の少なさや湿度が少ない分、放射冷却で一気に冷えこむためだ。


 昨日に比べて寝起きの虚脱感が少ない。筋力は依然弱っているが、目眩や頭痛の類も無く、意識も明晰だ。魔術さまさまである。


 しかし衣服が無いことと筋量が少ないため、体温が低下して手足の先が冷たい。

 この冷え込みで死ぬ人間もいる。少年が心配になった。


 魔術を行使して少年を暖気で包む。栄養不足で体が弱っているから、ヒートショックが起きないようにゆっくり温めていく。


 手足を丸めて縮こまって眠っていた少年が、ゆっくり手足を伸ばしていく。温まったおかげで身体の強張りが解れ、眠りやすくなったのだろう。


 昨日同様水場に行って水を飲む。寝起きの白湯は代謝を高めてくれる。


 日が昇っていないのでニセソは眠っているだろうと思って声をかけなかったのだが、去り際に声をかけてとテレパシーが飛んできた。

 昨晩おこすなとか言ってなかったか、この植物。


 警邏けいらがいないことを確認して石炭クズを回収する。

 宝座を一枠分残しておけば作業中に出た石を処理できる。


 時計は無いが、白み始めた夜空を見る。後1時間から2時間ほどで朝食の時間だ。

 その間、寝床で少年に快適な眠りを提供しながら草鞋を編むのだった。


 草鞋作りは下っ端剣奴のほとんどが辿る道のりである。


 サンダルや靴が買えない剣奴は、自前で装備品を作ったり、古いものを修理して使っている。

 草鞋は小遣い稼ぎにもなるので雨の日の内職で作ったりする。


 それに裸足だと、角の鋭い小石や木片をばら撒かれて動きを制限されたりする。


 昇級が懸かる模擬戦でそんな失態をすれば、ずっと侮られて生きることになる。

 まあ、それは過去の話しだ。今に目を向ける。


 そう言えば、と少年の方へ目を向ける。

 細く骨ばった脚の先、泥汚れが目立つそのサンダルは、形を保っていることが不思議に思えるほどの状態だ。

 自分のと同じような状態のサンダルなので、少年にも草鞋が必要か。


 ならば思い立ったが吉日というもの。早速足のサイズを確認する。


 近付いて少年の脹脛ふくらはぎを掴み脚を持ち上げる。

 枯れ枝のようだ。この脚で毎日過酷な労役をこなしているのだと思うと、胸の奥に怒りや遣る瀬無さがふつふつと湧く。


 こんな小さく、か弱い子どもすら使い潰そうとするのか。


 確かに少年の出身地はここではない。さらに言えば数年前まで他国だったようだ。

 この属国の領主はつまり、他国の人間にはまるで関心が無く、家畜同然と見ている。


 物思いに耽っていると、脚を持たれていた少年が目を覚ました。


「ッ! やっ……!」


 驚きの声と共に、脹脛を掴んでいた手を蹴り掃われてしまった。


「おっと、悪かった。草鞋を作ってやろうと思って足の大きさを測っていたんだ」


 こちらに脅える目を向けられ、距離感を測り損ねたことを反省する。

 憤りに呑まれて、相手への配慮まで頭が回らなかった。


「すまん、この通りだ」


 胡坐をかいて深々と頭を下げた自分に、少年は声をかけるでもなく、さりとてその場から離れていくわけでもない。

 動きが無いので頭を上げて見てみると、少年は眉根を寄せて大きな目をぱちぱちと瞬かせていた。


「……あの」


 ようやく声がかけられるも、向こうは悩むように小首をかしげ。


「その、どうして、草鞋?」


 確かに。

 自分の昨日からの行動を見ると、ずっと少年を困らせてきたに違いないが、今朝の行動はさらにその上を行ったのかもしれない。


「俺の履物も少年の履物も、もうボロボロだろう? だから作ろうと思ったんだ。足を怪我すると厄介だし」


 たぶん少年はそんなことを訊きたいんじゃないんだろうな。

 ますます怪訝な表情をしている少年に、とりあえずこれ飲んでと温め直した白湯を渡した。


 昨日までの様子を見て、といってもちゃんと少年を見たのは昨日が初めてだが、真面目で実直な性格だということがわかった。

 こんなバカげた環境でも文句一つ零さず、目の前のことに直向ひたむきに取り組んでいる。


 確かにサボっていたりすると兵士から体罰があったり、ノルマが達せられないので食事を貰えなくなるだろうから真面目に働かざるを得ない。

 子どもだから恐ろしい大人から目を付けられないよう、従順な姿勢をとっているのだろうか。


 だが、少年の澄んだ目はそうは言っていない。

 おびえて陰った目ではないのだ。


 少年の心の拠所は一体何なのだろうか。

 生きることをまだ諦めていない、気高い精神を垣間見て、少年の事をもっと知りたいと思った。


 先ほど無礼を働いた野郎が、差し出してきた器をやや迷いながらも受け取ってくれた少年に笑みを返す。


「腹、減ったか?」


 こくこくと白湯を飲み干した少年は、気恥ずかし気に肯いた。


「よかった、食欲があるなら安心だ。今日も俺の分のメシ、半分食っていいからな」


 またしても眉毛を寄せて、こちらをじっと見てくる少年の顔が面白くて笑ってしまった。


「ほら、食器を取りに行こうぜ」


 炊煙の匂いがしてきた早朝の炭鉱は、敷き藁の踏みしめる音とともに今日も動き始めた。



 たいして美味くない飯だが、隣の奴が美味そうに食っていると、不思議と美味く感じるものだ。

 配られた薄い塩味の麦粥はいつも通りの味で、お楽しみの今日の副菜は干しデーツが三つだった。


「腹は膨れたか?」


 昨日、少年が甘党だと見抜いた自分は、二の徹を踏まないよう干しデーツを二つ差し出しながらそう訊いた。

 満足そうな表情でこちらを見る少年。少年はあまり喋らないが、表情は年相応にころころ変わる。


 さて、少年を甘やかして自分の心は満たされたが、腹は膨れていない。そんな今の自分は空気を食っていた。

 満腹中枢を無理やり刺激し、胃に取り込んだ空気を片っ端から生化学魔術で栄養素に合成している。


 昨日は肺から空気を取り込んだが、今度は胃を使っている。

 胃の中には今しがた摂取したばかりの麦粥と干しデーツが入っているので、ちょっと胃が動くたびに猛烈な違和感が押し寄せるのだが、それでも空気を食べ続けていた。


 食べた炭水化物を分解し窒素原子をくっつけて、強引に各種有機態窒素を合成し続ける。糖質が減少するのは致し方がない。空気中の二酸化炭素が少なすぎるのが悪いのだ。

 光合成ならぬ魔力合成をする自分をきっと少年は気味悪がっているだろう。傍目から見ると、ただでさえ痩せ細ったお腹がちょっと膨らんでベコッとへこむを繰り返しているし、延々腹式呼吸をしている不審者だ。

 慣れて貰う他ない。


 あと光合成のコツとかあるってニセソに聞いたら、バカなの? と辛辣な言葉が返ってきた。

 バカやろうお前俺は生きるのに必死なんだよ。

 一応アドバイスは貰ったが、気孔開いて水吸って光を浴びろとのこと。参考にならなかった。

 でもアドバイスをもらったので水場に行ってお礼を言いつつ水をかけてやったらちょっと嬉しそうだった。


 因みに、カードを見たが新しい情報は後光が一つ消えていたくらいだった。特に何もなければ24時間ほどで二画を消費しているようだ。

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