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第一章 再びこの世界で生きるという事 一章1 燃えるような憤り

 石炭の露天掘り鉱山で、労役中に前世の記憶が戻った。


 肉体の限界が近付いていたせいか、死の縁で見る走馬灯のように、地球で過したおおよそ二十年ほどの記憶を辿った自分は、動揺を隠すように何かの骨でできた鶴嘴つるはしを鉱脈に引っ掻けて梃子てこの要領で岩肌を崩した。

 黒褐色の石炭を含んだ岩石が崩れ、足元に落ちて鈍い音をたてた。後で母岩から剥がさなくてはいけないことに辟易としてしまうのは、今生の自分がこの作業に少なくない時間従事していた証左か。


 それにしても目眩が酷い。記憶が戻ったことによる精神や魂、脳の不調ではない。この肉体は過酷な労働環境下で疲労が溜まり過ぎていた。

 もう何日ももたない。そんな確信めいた危機感がある。

 腹が鳴る音に目線を下げれば、浮き出たあばら骨と、落ち窪んだと評せるような腹部が見えて、腰巻に隠れた太腿は見えないが、脛や足首は骨に皮が張り付いたようにしか見えないほど痩せていた。


 この身体は衰弱している。前世の知識と今の自分のスペックをすり合わせ、飢餓感をどうにか散らそうと試みる。


 魔術の知識や剣奴としての知識、生まれ故郷の知識に職業の知識がある。

 やや偏っているが全くの無知ではなくてよかったと思う。

 これを元に現状を分析して何ができるか考える。


 この炭鉱では満足な食事がもらえない。本来ならあり得ないことだ。

 兵士が巡回している様子が目の端に映る。彼らの仕事は魔物に対する備えではなく、奴隷を見張る存在だ。ここの労働奴隷には、様々な制約があった。


 記憶が戻る前の自分には剣奴としての経験があった。

 戦闘に関する知識や経験を少なからず積んでいたにもかかわらず、彼《自分》には逃げるという選択肢がなかったようだ。

 それもそうだ。そもそも地理がよくわからない。

 この炭鉱には目隠しをされて連れてこられたのだ。自分の故郷である山岳地帯とは似ても似つかない、赤茶けた色の乾燥した荒野にこの炭鉱はあった。


 七歳のころ、当時覇を唱えた帝国によって村が占領され、自分は戦利品として持ち出された。

 帝国ラティナは覇業のために大量の戦士を募っていた。当時も今も人の領域中に軍を送り、端から占領地にして人々を集めている。


 その被害者の一人である自分は、三年間帝国の衛星都市にて剣闘士としての訓練を受けた。

 短剣の扱い方、盾の扱い方、網の扱い方、ボーラの扱い方、言語(会話のみ)はそこそこできるようになったが、周りの剣闘士より弱かった。


 十一歳のころ、闘技場の下働きをするようになった。

 剣の手入れ、防具プロテクターの手入れ、盾の補修などはこの時に覚えた。


 十二歳のころ、身長が一気に伸びた。しかし、食事の量は逆に減らされた。

 闘技訓練で頭角を現さなかったため、周りの剣闘士より冷遇されたのだった。


 十三歳のころ、職業判別の儀を受けることになり、廃絶の召喚師であることが判明した。

 その結果から純粋な白兵戦力である剣闘士ではなく、中近距離戦闘職や戦闘支援職である魔術戦士に転換されることとなった。

 他より身体能力が劣っていた理由が魔術士職であったわけだから、適性の判断をもっと早くからできたらいいのにとあの頃は思ったものだ。後から知ったが、どうやら爆発的に増えた人口に現場が対応しきれなかったらしい。

 それもそうだ。判別の儀は手軽にできるものではないし、そもそも事後処理の資料作成はすべて手作業だ。言葉が通じない占領地の民草を先導するのも一苦労だったろうにと、今なら思う。


 十四歳のころ、魔術戦士として訓練を受けたが、廃絶の召喚師自体が今まで前例がなかったそうだ。

 同じ召喚術系統の術式工程が一切合致せず、結局最大の強みである召喚術は発動することができなかった。


 ちなみに魔術戦士としての訓練は、魔力操作の基本と、基礎魔術の習得、後はそれを使った中近距離戦闘訓練や、支援行動を学んだ。

 その後野外訓練にて結果を残せず、残念ながら労働奴隷として鉱山への異動となった、というのが自分の今生における足跡だ。

 そんな境遇の自分は珍しいかもしれないが、他人から使えないと烙印を押された人間が、ここには沢山いる。

 時代に翻弄されたと言うと何やら特別感が出るが、要は帝国が欲をかいて国外の田舎者を手当たり次第に集めた結果、教育にかける資源も金も時間もノウハウも足りなかったために、自分の様な中途半端な若者が単純労働者として消費されることになった。


 それにしてもこの扱いは余りではないかと思う。

 帝国の衛星都市とはいえ都会を見聞する機会があったのだが、どうもこの世界は未だに古代から中世の過渡期にある様子。

 地球での話しだが、古代から中世の間は、ある程度奴隷身分も労働者として重用されていたと教科書か資料集だったかに記載があった。

 もちろん、土地柄や領主の指針によって待遇が天と地ほどの差があったそうだ。そうなると、当然ここは地の底になるだろうか。

 悪徳領主に買われた自分の不幸を呪うしかなかった。


 悪徳領主許すまじ――そんな怒りを燻ぶらせる熱量が、かつてはあったのかもしれない。

 しかしこの現状を体感して思い続ける胆力があれば、おそらく自分はもっと直情的に生きていたはずであり、剣奴として生涯を終えたことだろう。

 かつての自分は牧歌的で、まさしく朴訥ぼくとつとした田舎の子どもでしかなかった。齢七つにして田舎から“収穫”されたのだから無理もないと思うべきか、今頃になって心が擦れたことにより覚醒したと言うべきか。

 まあ、そんなことはどうでもいい。物も金も無く、寄る辺も無い十代そこそこの若者が、衰弱した状態で何ができるのかという当然の帰結を抜きにしてもこの場所から逃亡しうるとは思えない。

 なんせこの炭鉱、採掘道具はなにかの骨だ。兵士は金属の矛を持っているが、一般的な青銅ブロンズ製である。

 そもそも鋼鉄など都心にしかなく、周辺国の技術レベルは正しく古代で止まっている。


 服は布を巻いたトガのようなもの。

 ただし自分は奴隷身分なので襤褸切れの腰巻と下帯姿。そして上裸である。だいたい周りの人間もそうで、ぼろぎれを纏っている者もいるが体が大きい人間は上裸が多い。


 重労働に少ない粗食、衣服も配給されず、住環境も厩のような場所で雑魚寝である。

 衛生環境も悪い。寝返りをうつとノミが跳ねる。ただただ最悪である。

 ちなみにシラミは鉱物粉塵が汗や皮脂で固まるためなのか、泥浴びの要領で奇跡的につかなかった。

      

 食事は日に二回で、具がほとんど入っていない塩味の麦粥と、干しブドウかデーツが数粒貰える。

 デーツがあるから、おそらく亜熱帯から熱帯の乾燥地帯なのだろう。地球で言う中東や小アジア、アラビア半島辺りの西アジア、もしくは北アフリカかもしれない。

 インドの可能性もあるし、アフリカ西部とかアフリカ東部のような場所かもしれない。まあ、そもそも異世界なので地球の地理など今更役には立たない。

 まあ、植生や生物地理区的な部分は参考になる。事実、自分が知っているこの世界のおおよその動植物は地球の物と似ている。当然同一ではないが収斂とは実に秀逸だ。

 自分の思考が前世に引っ張られているため、異世界の諸々をそう解釈しているに過ぎないのだが。


 そんな粗食だからタンパク質が圧倒的に不足していた。辛うじて体調を維持できている所を見るに、麦粥の麦は精麦されていないふすま(大麦に似ているので糠と言うのが正しいか)がついた麦なのだろう。

 玄米ならぬ玄麦である。胚芽もついているぞやったね栄養満点だ。


 そんな大切な食事を入れる木の器や、木の匙は、ごつごつで規格もなにもあったものではない。

 実はここ、食器も支給されない場所で、今使っている食器は心優しい先輩が遺した物らしい。


 この食器や、いくつかの道具は、先達が休日の時に作ったとのこと。

 露天掘り故、雨の日は採掘ができない。そのため採掘物の運搬作業がなければ丸一日お休みである。ただし、乾燥地帯らしいので雨はめったに降らない。現実は非情である。なお小雨なら普通に働く。

 故にケガ人も多く、治療もされない。時折魔術で治療できる人間がたまたま、偶然、稀にいるが、大抵その後別の職場に異動となる。異動先がどんな所か聞かされないので知らない。そして、彼らの顔を再び見ることはなかった。


 ちなみに今の季節、雨は五日に一度、半日降り続くかどうかだ。雨の多い季節、だと思う。

 水は生水が基本で、水道は引かれているが川の水だ。

 燃料は配給されないので火で煮沸することができない。

 魔術で加熱殺菌できる人がいて、自分もその一人なので安心して水を飲んでいた。


 が、たまに泥臭い水の日がある。上流で大雨が降ったのかもしれない。

 ちなみに水を入れる器はヒョウタンである。


 この炭鉱は実に最低だが、一つだけマシな慣習がある。

 ここの奴隷は賃金が支払われない。しかし、石炭の採掘中に価値がありそうなもの(宝石の類)を幸運にも手にした人は、それの所有権と売却権を持つのだ。


 宝石は露頭や二次鉱床の河川だとか、海岸以外では稀にしか存在しない(砂漠などでは隕石によって生成される宝石もあるが)。

 領主の所有する鉱山は、主に産出する金属鉱石や化石燃料だけに権利が及ぶ。宝石とは大地の精霊や神々からの贈り物であるという俗信があり、これを掘り当てた人間はその宝物を授かったということなのだ。

 一種の自然崇拝のようだ。

 価値ある宝石であれば、市民権との交換ができる。当然宝石の塊が手に入れば一財産を築くことができる。

      

 残念ながら石炭鉱床で産出する宝石の類は、場所にもよるが精々がオパールや琥珀などである。ここで出るオパールは珪化木の一部が変化したものが一般的だ。

 珪化木はそこそこ出るが、火と呼ばれる遊色があるオパールは少ないし、質の良いものはさらに少ない。

 珪化木は邪魔な物として捨てられる。研磨すれば見事な調度品に加工できるが、そんな技術はないようだ。


 そんなラッキーも期待できない労働現場だが、人員の入れ替わりは早い。

 最も、病気やケガでリタイアするのが理由だが。

 知識を持つ奴隷は別の場所に移されたりするが、その知識が発揮されることも無くここで最期を迎える者のほうが多い。


 なにせここは最下層だ。技術や使えるスキル、魔術師としての才能や、知識もない人間はここで使い潰される。


 自分もその一人だ。

 そして今まさに子ども――おおよそのコミュニティーで十歳から大人や労働者として扱われる――が集まっているうまやのような寝床の一角で蹲る少年は、自分よりも若いだろうにその生涯をこんなくだらない場所で終えようとしていた。


 それを見て、つい昨日、前世の記憶を得た自分が感じたことは、燃えるような憤りだった。

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