騎士養成学校に通う青年騎士、呪いの魔導書によって少女騎士になってしまう
「ねえ、いつまでここにいるつもりなのさ?」
呆れた様子で、青年――エルト・アルフェントはため息を吐いた。
一見すると少女と見間違うような、中性的な外見をしているが、エルトは立派な騎士公爵家であるアルフェント家の次期当主であり、男だ。金色の髪を後ろで結び、騎士の養成学校の制服を身に纏っている。
そんな彼の視線の先には、古びた本棚に並べられた、これまた古びた書物を無作為に手に取っては、放り投げる親友――オリバー・ケレインズの姿であった。
ツンツン頭、と表現できる黒髪の青年で、貴族ではないのだが、何故かエルトとはウマが合った。
オリバーと共にやってきたのは、現在は封鎖されている旧魔導図書館の中。養成学校の敷地内ではあるが当然、立ち入りは禁止とされている。
「もうちょっと待ってな。せっかくここまで来たんだし、面白そうな本を探しておきてえ」
「ここは立ち入り禁止なんだよ? 君が珍しく『本を探したい』なんて言うからついてきたのに……」
「事実だろ。古い書物には、特別な魔法について記されてることもあるんだ。今度の試験でそんな魔法を扱えるようになってりゃ、俺の評価も上がるかもしれねえ」
「君の評価は十分な方だろ。まあ、剣技については、だけど」
「だから、魔法について学ぶんだろうが」
オリバーの返答を受けて、エルトはまた深くため息を吐いた。
一応、やる気を出しているようだし、見張り役だけは買っておく。見つかれば――退学とまではいかないだろうが、反省文を何枚か書かされることになるだろう。
エルトにとっては全くメリットのないことではあったが、親友の頼みならば、と静かに見守ることにした。
ただ、待っているだけなのは暇なので、エルトはエルトで適当に、近くにある書物を適当に読み漁る。
「ん……?」
すると、古びた書物の中に、やけに真新しい書物があることに、エルトは気付いた。
ここが封鎖されてから、すでに何年か経過していると聞くが、何故か埃を被っておらず、微量ながらに魔力を帯びている。
「なんだ、この本……?」
――この時、エルトがわずかでも危機を察知し、『本に触れる』という選択をしなければ、あるいは彼の運命が変わることは、なかっただろう。
「――っ!」
本に触れた途端にバチンッ、と電撃でも流されたような感覚を受けて、エルトは咄嗟に本から手を離した。
バチバチと手に黒い雷のような魔力が走ると、それはやがて静かに消えていく。
「……なんだ、今――の?」
異変は、すぐに感じ取れた。
エルトの身体だからこそ、というべきだろうか。たった今発した声と、それに喉にも何か違和感がある。
むず痒いような感覚。それに、声が少し甲高くなっていた。
「あ、あー……何だ? 何か、変な感じだ」
他にも、全身に変な感覚があったが、すぐに消えていく――本を触った時に、残された魔力が影響したのだろうか。
「あれ……本が」
見ると、エルトの触れた本はすでに黒ずんでいて、まるで燃やされたようになってしまっていた。黒ずんだ本に手を伸ばそうとすると、
「え、何か袖が少し、伸びた……?」
いつの間にか、少し掌が隠れてしまうくらいに、袖が伸びていた。
「……いや、まさか」
エルトの勘は鋭い方で、すでに自分の身に何が起こったのか、理解しつつある。
わずかに身体が縮んだのかとも思ったが、声の感覚だけでなく――全身に向けてみると、大事な部分の感覚がなくなっていることに気が付いてしまった。
「……ふぅ。いや、少し落ち着こう」
エルトは小さく息を吐き出して、心を落ち着かせる。そして、そっと自分のズボンの中を確認して――
「……やっぱり、ないな」
その事実を認識した。
「いや、え? どういう、こと? さっきの本に触ったから?」
普段は冷静で、周囲からの信頼も厚いエルトだが、さすがの彼も動揺を隠せなかった。
たった今、確認した事実――エルトは、『女の子』になっている。
すぐ近くにあった、埃を被った鏡を袖で拭き、自身の姿を確認した。ほとんど、見た目的な変化は見られない。
けれど、どことなく『可愛く』なっている気はする。
元々、少女に間違われることのあったエルトの見た目が、より少女に近づいた、というのは正しいだろう。
そして、実際にエルトの身体は、少女のものになってしまっていた。
「どうした? 鏡なんか見て」
「うわあああっ!」
「うおっ、急に大声出すなよ」
「あ、す、すまない……」
オリバーに話しかけられ、エルトは思わず声を上げてしまった。慌てて取り繕い、声音もできるだけいつもの感じに近づけようとする。
「やっぱり色々探したが、何か微妙な感じだな。お前の方は?」
「え、ぼ、僕は何も、見てないし触ってないけど」
「おいおい、さっきなんかの本持ってただろ」
「も、持ってないってば!」
エルトは頑なに否定する。自分の身に起こった出来事で頭がいっぱいだったが、とにかく『女の子になった事実』は隠さなければならなかった。
エルトは騎士公爵家の次期当主であり、それは『男』であるが故に保証された身分なのだ。
それなのに、立ち入り禁止区域に入った挙句、そこで『女の子になってしまった』など知られては、こればかりは反省文で済むか分からない。
見た目だけでなく性別が完全に変わる魔法など聞いたことがないし、下手をすればどこかの『研究所』にでも送られるかもしれない――そんな考えまで辿り着いて、エルトはとにかく事実を隠蔽することにした。
時間の経過で、元に戻る可能性だって十分にある。
「と、とにかく、何もなかったのなら、もう帰ろう。見つかったら怒られるしさ」
「あー、そうだな。悪いな、こんな時間まで突き合わせて。帰ったら、風呂にでも入ろうぜ」
「いや、今日は、遠慮しておこうかな」
「あん、何だよ? ここまで付き合ったのに風呂は一緒に入れねえのか?」
「い、いいだろ、別に! それより、早く戻ろう!」
エルトはオリバーの背を押して、一刻も早く、この場を離れようとしていた。
ここで見つかれば、何か盗んだのではないか、と身体検査される可能性だってある――それは非常にまずいことだ。
「分かった、分かったから押すなって。それはそうと……」
「な、なんだよ?」
オリバーがエルトの顔をマジマジと見るとで、思わず視線を逸らす。
「お前、なんだか可愛くなった」
「……! き、気持ち悪いこと言っているんじゃないっ!」
「いってぇ!」
エルトは思わず、オリバーの腰を蹴飛ばした。
バレたのではないか、と心臓が高く鳴りっぱなしだ。
それから寮に戻ったエルトはオリバーと早々に分かれ、部屋に籠って早々に眠りに就いた。
明日には元に戻っていてほしい――そう願ったが、現実はそんなに甘くはない。
翌日、変わらずに『女の子』のままだったエルトは、悩んだ末に一つの決断をする。
――いつも一緒にいるオリバーでも、女の子になったという事実は気付かなかったのだから、ひょっとしたら隠し通せるのではないか、と。
時間の経過か、あるいは元に戻る方法が見つかるまでの間、『女の子になった事実』を隠し通す――それが、エルトの選択だった。
こうして、騎士の養成学校で優秀な青年騎士として知られるエルトは、少女騎士になってしまった事実を隠し通しながら、生活を続けることになる。
「大丈夫だ、僕なら隠し通せる……!」
数日後、大浴場で親友のオリバーに女の子になった事実を知られることになった。
いつもの好きなネタ短編です。