ようこそワクワクアイランドへ
ろいずお嬢ちゃま(X5976BG)が絵を描いてくれましてん。
その絵を元手に一つ話を書きました。
ヒャッホーである。
私はとうとう念願の転移だが記憶回復だか、よくわからないけれどそういう類いの何だかに成功した。
どういうことかと言うと、とある島に無事に着いて船酔いからの解放に安堵のため息を吐き出した途端、過去がいきなり思い出せなくなり上書きされたのだ。
あったはずの記憶がないので、ここにいる理由や背景なんかが全くわからない。
焦りながらも進んでいく案内に付いて歩き、話しながらも現在自分自身の記憶喪失を冷静に受け止めている。
いや、逆に喜んでいると言っても過言ではない。
なんせ目の前に広がるは、めっちゃ広大な土地とその手前にはこれから住むであろう貧相なあばら家。
あれはたぶん後々改築しなきゃダメなやつだ。
「遠いところから、このワクワクアイランド島にアンタもよう来なさったな。
それで、名前は?」
声をかけられて振り向くと、そこには島の長老っぽい人が立っていた。
「ぇ……っと、アタシ?」
しばらく発声してなかったのか、だいぶ掠れたような声が出る。
ゆっくりと頷かれて本名を言うべきか少し悩んでから、この体が本来持つはずの過去を全く思い出せないため、アタシはゲーム名を答えることに決めた。
この名前はゲームでデフォルトのない場合、いつも使う名前だ。
「アタシは……みーこ、です」
「そうかそうか、それではみーこさん、ここの島で好きにしなさるといい。
野菜作り、釣り、料理、探索、それから山の方では鉄鉱石なんかも掘れるぞ。
じゃぁこれは入植記念だと思って、気にせず受け取りなされ」
渡されたのは【薬草】と書かれた袋入りの種と、【レタスン】と書かれた苗と【トマトン】と書かれた苗が5つずつ。
これはいわゆるレタスとトマトだ。
渡されたものと眉をしかめるようなネーミングセンス、それを聞いて1つのゲームを思い出し納得する。
【ようこそ、ワクワクアイランド☆】というセンスに難のある題名のゲームを。
アタシはゲームが大好きだ。
特にクラフトものには目がない。
このゲームは一切の説明がなく『考えるな、肌で感じろ!』という、かなりの無茶ぶりで横暴なコンセプトを元に、生き物を育てたり作物を育てたり、島を探索したりする内容だった。
ちなみにこのゲーム、初めに探索に行くと、だいたいが殺されるという【初見殺しの代名詞】とも呼ばれている。
そんなゲームではあったが、クラフト大好きマンのアタシは『諦める』という気持ちにはなれず、必死に食らいついて見事肌で感じられるまでやり抜いた。
おまけに恋愛要素もあって、結婚もできちゃう。
まぁ本当によくやるよってレベルで貢いで貢いで話しかけてデートに誘って、と『何だよ、クラフトマニアにそんな時間も暇ないよ⁉だいたいアタシはヒモを探しに来てるわけではないからねっ!』なんて憤りを感じる瞬間も無きにしもあらずな恋愛だった。
そして秋の収穫祭で告白するイベントがあるけど、これもやはり自分から告白する。
まぁ上手くいった時は『時間もお金もかけたもんな……』とニヤニヤが止まらなかったけど、そこまでして手に入れた相手とどんな関係になるんだったかは忘れた。
だってしょうがないじゃん。
クラフトの方が楽しかったのだから。
そんなゲームへ今回移住だか転生だか憑依できた事に、どこかであぐらをかいて惰眠を貪っている神様に感謝を向ける。
アタシはこれからクラフトに命をかけるんだ!
「よしよしよし!
タマゴとトマトンを組み合わせて出来た【たまトマスープ】を5個納品だ‼」
毎日あれこれ忙しい。
納品クエストやお遣いクエストの他にも駆除クエストとかもあり、他にも畑の雑草抜きに水やり、ニワトリや牛も飼い始めたのでのんびりしてられない。
そんな生き物たちも知能指数やら免疫力アップの餌をあげたので、昼間は勝手に小屋から出て夜になる前に戻ったりと優秀だ。
おまけに病気にもかからないので、ほとんど世話のかからない子たちとなってる。
助かる、ありがたい。
たまトマスープを5つ持って家を出る。
納品クエストは、家の前のデカい箱に入れておくと納品が完了だ。
アタシはたまトマスープをこぼさないように納品箱に納めた。
再び開くとお金が入っている、不思議納品ボックスである。
果たしてこのたまトマスープ、いったいどこに行くのか……?
疑問に思ったら負けだとは思うけど、やはり疑問だ。
それから家に戻ると、コメンとムギンを改良エネルギーチップと一緒に研究ボックスに入れた。
こうして改良を加えると、味や旨味なんかが僅かづつ増えていくのだ。
それを2〜30株程度植えると、運が良ければ2つくらい上位種ができる。
それを今度は種になるまで育ていき、特別位種、最高位種とランクをあげていく。
この世界、基礎がゲームだからか不思議なことばかり起こる。
けど難しいことは分からないし考えても無駄だから考えない。
それにこのゲームは肌で感じるゲームだ。
肌で感じられてこそ醍醐味が分かるゲームなのだ!
再び外に出たら今度は林に行って落ちている木を集め、薪置き場にしまう。
この木は不思議なことに薪として使える形で落ちている。
本来【薪】を作るには乾かす時間や薪割りが必要だったり、なかなか大変なものだ。
というか、こんなクラフト生活に薪割りクエストまであったら時間も体力も続かない気がする。
「こんにちは」
「あぁ、やぁみーこ!
今日は買い物かい?」
明るく声をかけると、男の人が振り向いた。
アタシが声をかけたのは攻略対象の一人で雑貨店の店主・リッケワンズという名の男だ。
島で唯一の癒やし系とでも言うべき男性で、オリーブ色の髪を後ろに一本で結わえて小さな尻尾みたいにしている。
彼のブラウンの眼差しは穏やかで優しげだ。
アタシは今日初めて見るアイテムの値札兼名称に視線を向ける。
それは【散水ならお任せ手間いらず君】と書かれた、ちょっとネーミングセンスが壊滅的だか農業用アイテムだのようだ。
欲しい、けど高い。
「これって、新入荷?」
リッケワンズは嬉しそうに頷いた。
彼には『お日様みたいに明るい雰囲気の中に潜む寂しげな横顔』という謳い文句がついている。
この他にも『危うげな秘密をまとい留まり木を持たぬ渡り鳥』とか『荒波に鍛えられし刹那に生きる男』とか、これまたネーミングセンスを疑うような異名のついた攻略対象者がいて、アタシはつい彼ら異名持ちを可哀想な眼差しで見てしまうのだった。
クラフトは楽しいゲームだけど異名は絶対付けられたくないし、実はアタシにもあったとか言われたら泣く。
リッケワンズの店は農作物の種を購入したり生き物も買ったり、逆に育てた農作物や育てきれない種なんかを売ったりもできる商売相手だ。
たまにレアアイテムなんかも売ってるので、時間があるならチェックするべき店でもある。
「この【散水ならお任せ手間いらず君】ってどう使うの?」
「あぁそれね、前回みーこが買っていった【土ひっくり返してアナタの代わりに働きます君】と使い方は一緒だよ!
エネルギーを補填したら1日散水してくれる優れモノだ。
けど1台しかないからお早めにね」
「そっかぁ、それじゃ仕事頑張らないとねハハハハ……」
アタシは若干燃え尽きたような笑みを浮かべる。
お早めにも何も、この島で作物を栽培してるのも牛や鳥なんかを育ててるのもアタシ一人だ。
よってこの【散水ならお任せ手間いらず君】をわざわざ買うのもアタシのみとなる。
何なら誰かアタシにプレゼントしてくれ……と言いたいところだが、このゲームはアタシが貢いでなんぼなのだ。
会話をするためにはアタシから話しかけねばならないし、好感度なんかもこちらからアクションを起こさない限り上がることはない。
悔しいかな、アタシは物理的プレゼントを与えなくてはならないのに、彼らは誰もアタシには物理的プレゼントなんてくれないのだ。
唯一くれるというものは、話が進んだなか頃に好感度の目安としてもらえる、攻略対象者のイメージに合わせた【花】くらいだ。
腹の足しにもならない。
ちなみにリッケワンズとめでたく恋愛関係になると、オリーブ色の花が貰えて買えるレアアイテムが増える。
クラフトマニアとしては外せない一人だ。
けどまぁ恋愛はアタシは、今恋愛を考えるような気分でもないし、さすがにレアアイテムが増えるって特典で男は選ばない。
それにナヨナヨしいのは苦手だ。
収穫祭まで時間はまだまだある。
焦りは禁物だ。
「みーこさん、あなたまだこの島で何かしようって気なんですか?
早々に諦めたほうが身の為ですよ?」
『荒波に鍛えられし刹那的に生きる男』が異名の漁師・カシュから魚をいくつか買って帰り道を軽快に歩いていると、ツンツンとした声が聞こえてげんなりしながら振り向く。
「こんにちは、『まだ』とは何のことですかね?」
アタシに向かって投げかけられた質問の声の主、それはこの島唯一の医者・フォアロンだ。
いつもチャイナ服のような裾の長い服を着ており、黒に近い濃青色の長い髪は後ろに束ねられている。
フォアロンはこの周辺の島々を巡って往診しており、この島にも週に2日来ていた。
アタシは彼の存在を覚えてなかった。
ということは、もしかしてフォアロンはゲームではモブ扱いなのかもしれない。
実際、ゲーム時はこの主人公は1度も風邪を引かなかった。
この体に医者は必要ないから登場しないのかも、と思えば納得できた。
「こんな片田舎の島に女性が一人でのこのことまぁ、危険この上ないと言ったでしょう?
家に閉じこもっているのが一番では?」
「でもここは平和ですよ?
みなさん顔見知りですし、とても優しい方ばかりです」
アタシの顔はなぜか島内で知れてる。
けど噂になるほどの可愛げはないし、着回してる服も流行りもすたりもないような中古の服だ。
誰かから襲われるような要素などないし、だいたいここの島は把握している。
本来あったはずの記憶がなくなったのだから、少しでも知り合いは多くしておいた方がいい。
もし帰れと言われても困る。
「そういった安易な気持ちが危険だという事が分からないですか?」
フォアロンの呆れたような眼差しが刺さって思わず口がへの字に曲がる。
「大丈夫ですってば。
それにこの間も探索で山の方へ行きましたけど、怪我なんかしないで無事に戻ってきましたし。
アタシだって、ある程度の力はついてきています」
「あなた、まさか一人で山に⁉」
「そ、そうですけど……」
この山はある程度の装備がないと踏破できないし、山道も毎回変わるという不思議な山だ。
アイテムもろくに持たない初期に行くと、だいたいがファーストコンタクトの魔物に殺される。
現状がいくらゲームっぽくとも、リスタートのある本当のゲームだとは思えなかった。
なのでアタシはだいぶ丁寧な下準備をしてから山にむかったので、全くと言って良いほど問題のないまま中程まで踏破できた。
「それがどれほど危ないことなのか分からないのですか!」
「だ、だってアタシの探索に付き合ってくれるような暇な人なんてこの島にはいませんし、それにちゃんと薬液とか弓やナイフも持って行きましたからね、なんの問題もありませんでしたよ!」
「あなたという人は……ちょっと体を見せなさい!」
むんずと掴まれてアームカバーをまくられる。
「え、ちょ……は?」
驚きのあまりアタシはまともに現状を把握できなかった。
強引に柵に座らせられ、丁寧に首周りや膝や足を見られる。
本来ふくらはぎまであるスカートがまくれて、見える膝小僧が白く眩しい。
打ち身など見当たらない事に、片膝をついて足を確認していたフォアロンはため息を吐いてから目を眇めた。
下から睨め付けられてドキリとする。
「嫁入り前なんですからね、痕に残るよう怪我でもしたら、外見なんて特に気にしないような男を見つけなきゃ、いつまでも貰い手が見つかりませんよ。
あぁこんなに日焼けして……ホラ、日焼けなんてしなければこれ程に白いのに!」
いつもは隠れてるはずの部分を見られて何となく恥ずかしくなる。
ヒザなんて見られてもそこまで恥ずかしくない場所なのに、今は見られちゃだめな場所を見られたような気分だ。
「も……もうもうもうっ、もう良いですってば!
傷も痕もなく健康そのものだったでしょ!」
「今回は何もない様子ですけど、僕は週に2日程度しか来れないんですからね。
何事にもしっかり気をつけてくださいよ」
「あ、アタシだってそれなりに強くなってますから大丈夫です!」
「はぁ、慢心してはいけません。
そういう気の緩みが怪我の元ですよ?」
ため息の後にジィっと睨まれ、悲鳴のように「分かりました!」と叫んでから立ち上がったフォアロンの背中を押す。
港の方にはまだ患者さんもいるかもしれない。
その人たちを待たせてはいけないと追い立てる。
「ほら、アタシばかりじゃなくて、街の皆さんの診療に行ってください」
色々言いたそうなフォアロンが「気を付けてくださいね」と念を押すように言って去っていった。
私は町へ繋がる道を見つめる。
モブのフォアロンなのに一緒にいると調子が狂う。
ようやく貯めたお金で【散水ならお任せ手間いらず君】を買った頃、島は夏真っ盛りを迎えていた。
夏といえば、この時期に夜中に出かけるとオバケイベントとかがある。
オバケは苦手だ。
だからアタシは素直に寝ることにしている。
── もう嫌、ワタクシが何をしたというの?
シクシクとすすり泣く声が聞こえた。
辺りを見回すと、一人の女の子がしゃがみ込み泣いている。
あぁまたこの夢か、とデジャヴを感じた。
── 家族にもあの方からも見捨てられ、こんなへんぴな離れ小島に流刑のように送られて……。
ワタクシはただ、あの方を汚らわしい売女から守ろうとしただけなのに。
あちらこちらの貴公子のお方たちに手を出しているあのマナー知らずの女からあの方だけは、と守ろうとしただけなのに……。
極たまに絶望の強い女性の嘆きの夢を見る。
慰めたいけどアタシの手は彼女の体に触ることなく空を切ってしまう。
小さく縮こまり、一人寂しく涙に濡れる女性の様子に胸が痛む。
「ねぇ、大丈夫だから、ね?」
当然何に対して大丈夫なのか、言っている自分が分からないけれど、これほどに嘆き悲しむ女性にどのような慰めの声をかけて良いかもわからない。
震える背中に手を寄せる。
当然通り抜けてしまうので無意味だとは思うけど、それでも思いは通じてほしいと願う。
── 一人は嫌よ、こわいわ……。
こんなの生きていける自信なんてない。
「大丈夫だから、ね?
アタシが一緒にいるよ?」
一生懸命に声をかけていると〈チィチィチィ!〉と聞き慣れた音が聞こえ始め、真っ白い光が辺りを覆う。
頭の中で『あぁ目が覚めるんだな』と思ったところで不意に気がついた。
あれ?
そういえばさっきの人、今のアタシの背格好にそっくりじゃない?、と。
「……何か、夢見た……」
〈チィチィチィチィチィチィ〉
ムクリと起き上がる。
疲れすぎて日頃夢も見ずに眠っているんだけど、今回は夢を見た気がうっすらと残っていた。
その間もけたたましい音が家の中に鳴り響いているせいで頭が働かない。
まぁ寝起きということもあるけれど。
〈チィチィチィチィチィチィチィチィ〉
「……うるさい」
アタシは仕方なく枕元にある【心地よい鳥の声で目覚めも快適君・2,3バージョン】のスイッチを切る。
どこが心地よい鳥の声だろう。
けたたましいの間違いではないか?
朝は苦手だ。
動く気力はまだ起きていない。
たぶん寝てる。
ゲーム内では主人公って寝ないまま活動してても問題なかったし、どんなに遅く寝ても起きるのは必ず同じ時間だった。
けれど、今はたぶん無理。
なんなら1日くらいゆっくりしても……と思うけど、今日は動物小屋を修繕しないといけないんだった。
夏は嵐がくる。
このまま初期のままのあばら小屋で嵐に合うとニワトリや牛が飛ばされたり、パニックになった馬がいなくなるので普通小屋に改築しなくちゃならない。
アタシはめちゃくちゃ可愛がって高い飼料を与えている。
おかげでみんな毛艶が良くて、頭も良い。
あぁ最高に可愛いマイスイートハニーたちなのだ!
例え嵐のせいで小屋から吹き飛ばされいなくなっても、馬も牛もニワトリも探しに行けば島のどこかにはいる。
けれど探しだすのは至難の技だ。
色んな場所に飛ばされているため、1日仕事になり、それこそ探索山の頂上へなんて飛ばされて放置したりすると、野生の馬だとか野生のニワトリになる。
そうしたらもういうことは聞かなくなってしまうのだ。
ちなみに村長さんに小屋や家の改築も迷子探しも頼める救済措置もある。
そうすると業者が来て全部やってくれるから楽だけど、依頼料がばかにならないしクラフトマニアを自称するアタシにその選択はない。
改築はゲーム絵では煙が立って工具が乱れ飛んで、下の方に終了時間が出るけれど、今は違う。
かといって本当の現実とも違うので、かなり建て替えは簡単だ。
今にも倒壊しそうだった小屋が、小洒落たログハウス風に変わっていく。
嬉しくてにやけが止まらない。
クラフト最高!
ここに来て良かったぁ♡
本来なら持ち上げられないような大きさの板を持ち上げ、ヌフヌフと止まらぬ笑みを浮かべつつ屋根の留め金を打ち付ける。
こんな小屋が普通に半日でできるとか現実では絶対ありえないだろう。
「なんて所に登ってるんですかっ⁉」
思わずビクッと体が震える。
声の発せられた方向を見つめると、眼下に慌てた様子のフォアロンが駆け寄ってきていた。
「えっと……とりあえず今は屋根を直してるだけですけど……?」
「今すぐ降りてきてくださいっ!」
「え、何で?
でももう少しで……」
ダメ押しにもういくつか留め金を打ち付けておきたい。
嵐は初めての経験だから、念には念を入れたいのだ。
「危ないですから直ぐに降りてください‼」
青筋を立てフォアロンが屋根の下を行ったり来たりしている。
その怒気にヒェッと肩をすくめ、仕方なしにハシゴの傍までズルズルとゆっくり滑り降りた。
まぁとりあえずのところは完成している。
「あぁ危ない、危ないです!」
「そんな大げさな。
こんなの危なくないですよ」
「良いから気をつけて!」
女性はスカートスタイルが基本のこの世界なので、アタシは裾を片方に軽く結んでいる。
ハシゴの下から見上げるフォアロンに『あっちに行ってくれないかなぁ』と思ったけど、あの様子だと何か言っても聞こえてなさそうだし、自意識過剰と思われても嫌なので『まぁ見えることはないだろう』と腹をくくり気兼ねなくハシゴを降りていく。
ハシゴから降りきって振り向くとフォアロンは少しだけぎこちない雰囲気で息を吐いた。
それからフォアロンはザッと簡単にアタシの体を確認する。
「アナタはなんでこんな危険な事を……」
「えっと……だってアタシしかする人いないですもん」
「業者に頼めましたよね?」
「そんなのお金がもったいないです」
それに何度も言うけどアタシのポリシーに反する行為だ。
クラフトを誰かに任せるなど、ショートケーキのイチゴを食べないのと同じ!
「お金、お金……そうですか。
はぁ、今にも落ちそうなアナタの姿をみて、寿命が縮みましたよ」
「それはすみません」
結んだスカートの裾を解く。
ズボンが欲しい。
けどそんな格好をしてたらまたお節介フォアロンに叱られそうだ。
前から思っていたけどフォアロンは口うるさい。
なんだかアタシの事を出来の悪い妹とでも思っているかのようだ。
「いえ、怪我がなくて良かったです」
少しだけ頬に赤みが戻ったフォアロンに、機嫌良くアタシは「後は我が家を建て替えるだけです!」と笑いかけた。
ちなみにまだ技術的に、動物の小屋は普通小屋しか建てられない。
一個上のランクである高級小屋にするには技術に合わせて資材も足りなく、最高級の小屋なんてまだまだ先の話だ。
「アナタ、まさかあのボロ家の建て替えも自分でするつもりですか?
というか我が家より先にこっちを直してるというんですかっ⁉」
表情険しいフォアロンに凝視され、思わず笑みが引きつる。
もしかしてもしかするとフォアロンはアタシが何かするのが気に入らない?
それにしたって、仮にもアタシが毎日楽しくも必死に生活している家に対して、以前から『ボロ屋』とか『掘っ立て小屋』とか、大変失礼な言葉だ。
フツフツと怒りが込み上がる。
気分は急降下だった。
そりゃアタシだって倒壊寸前危険物件だとは思ったりしてる。
けどそれは自分だけの特権だ。
住んでない人には余計なことなど言われたくない。
それに建て替えできる家は悪いものではない。
クラフトが好きのアタシには、最高の家なのだ。
なんせどんな家を作ってもいい。
「もう放っておいてください!
アタシが住むんですからアタシがやりたいんです!
でも大丈夫、アナタのご心配にはおよびません。
次はフォアロンの居ない日にでも建て替えますから!」
憤るアタシの言葉を聞いて、フォアロンの眉間にシワが寄る。
「何言ってるんです?
それって全く大丈夫じゃないですよね⁉
本当に何言ってるんですか!」
「あ、『大事なことだから2回言った』みたいな顔してる〜!
どーーせアタシが何してるかフォアロンも知らなきゃヤキモキしませんよ」
アタシは呆れたような眼差しになった。
面倒くさい男は嫌われるぞ!
だいたい話しかけてもないのにフォアロンはアレコレと口うるさい。
まるで……と思いかけ、それからある違和感に気づく。
「カシュ、こんにちは!」
船が停泊してある港で『荒波に鍛えられし刹那に生きる男』に、元気よく声をかける。
彼の体は筋骨隆々といった様子で、さすが荒波は伊達じゃない。
髪は日に焼けて傷み、毛先にかけて透き通るような金髪だけど、それがまた男らしさのようなものを醸し出している。
「よぉみーこ!
何だ、魚でも入り用か?」
「はい、中くらいのやつを5匹ほどください。
あと今日のサルベージ品はありますか?」
ニカッと笑みを浮かべ「おうよ、ちょっと待ってな」と応えるカシュに、私は素直に待つことにした。
カシュはたまにだけど海底に沈んで、網に引っかかってきた物を売ってくれる。
それらは自宅にある改良機器の改造に役に立つのだ。
「これだ、これ。
【古代の遺物A】が1個と【古代の遺物B】が2個」
見た目色の違いしかないけれど、何か重要なパーツをアタシは3つとも買い取ることにする。
ちなみにこれもたぶんアタシしか買わない。
噂では引きこもりの発明家がどこかの島にはいるらしいけれど、その発明家はこの古代の遺物は全く興味ないと聞く。
その発明家の作った品物が、レア品としてリッケワンズの店で売られるのだ。
「ほら、魚はコレだ」
袋につめられる魚5匹。
カシュの横顔を見つめた。
魚は新鮮そのもの。
「ありがとう」と伝えながらお金を渡す。
「まいど、また買いに来いよな」
軽快な言葉と共に魚とサルベージ品を手渡された。
ちなみに1匹は食べて残りは納品ボックスに入れる予定で、研究していた【レモ〜ン】(疲労回復・微小)がようやく昨日実ったので、魚と和えることに決めている。
カシュとの話を終えてはいたがアタシはその場から動かずに、ジィっとカシュを見つめていた。
カシュは黙って働いている。
けれど気にしてこちらに話しかけてくれるような素振りはない。
そう、この島にはアタシに自ら進んで話しかけてくる人はいないはずなんだ。
フォアロンはごく自然な様子でアタシに話しかけてきていた。
「……バグ?」
アタシが話しかけねば会話に発展しないはずなのに、と首をかしげる。
アタシの事など眼中になく、黙々と動き続けるカシュを眺めながら頭を悩ますけれど、元来頭の良くないアタシは早々に諦めて『まぁそのうち肌で感じるだろ』という結論に至り、港から移動を始めた。
その後アタシはフォアロンに軽く嫌味を言われつつ、リッケワンズからレアアイテムを買い取り作物を改良したり家を改築したりと、忙しい毎日を送っていった。
夏はまたたく間に過ぎていく。
朝イチから鎌を片手に【コメン】という、お米によく似た穀物を刈り取る。
本来は田んぼでできるはずなのだけど、さすがゲームだ。
畑で収穫できた。
ヨイショ、と屈んでいた体を持ち上げて腰を叩く。
日差しは夏と比べ、柔らかな陽気だ。
よし、収穫機を買おう。
腰が死ぬ。
ゲームではそれほど問題なく終わるはずの収穫だけど、マジでしんどい。
この間からリッケワンズのお店に【君の手を煩わせることなく進む収穫機くん】が売っていたはずだ。
なんせ無駄遣いはしてないので貯えはある。
【古代の遺物】で改良すれば、品物や品目を問わずに収穫してくれる優れ物になるはずだ。
ウニャウニャと1人考えていると酷く苛立たしげな声が聞こえた。
「みーこ!
ようやく見つけました‼
昨日は何をしていたというんですか!」
『およよ?』と声をしたほうへ顔を向ける。
フォアロンだ。
かなりのご立腹な様子にどうしたのかと首を傾げた。
久しぶりの怒髪天モードだ。
勢いよく近づいてきたフォアロンに「おはよう、今日は早いね」と声をかける。
船はまだ島から出てないような時間帯だから、フォアロンはこの島の宿屋に泊まったのかもしれない。
珍しい事もあるもんだ。
「今までどこに行ってたのです?」
「え?
ずっと【コメン】と格闘してたけど……もしかして屈んでたから見えなかった?」
「……そ、それでは昨日は何をされてたのですか⁉」
「昨日……?」
「そうですよ。
ま、まさか他の男と会っていた……とか⁉」
「他の人……?
いや、普通に【キュウリン】とか収穫してたけど、フォアロンの言うとおりやっぱり収穫機は必要かも。
最近は収穫で1日が終わりそうなんだもん。
おかげで昨日もだけどさ、毎日が夢も見ずにぐっすりってやつだね……って、それが何かあったの?」
「ちょっと待って下さい。
アナタ、昨日1日家にいたってことですか?」
「畑と納品ボックスと家を行き来してたよ」
「いちおう聞きますけど、昨日が何の日かご存知で?」
「昨日?
昨日……昨日……」
少し風の冷たい1日だった。
日差しが強かったから体感的にはちょうど良くて、収穫が終わったあとにバルコニーのハンモックで少々……いや日暮れまで寝てしまった。
とりあえずフォアロンにはナイショである。
また彼から『危機管理がなってない!』とか叱られるのがオチだ。
昨日が何だったのか答えに到らないアタシを見て、フォアロンはため息を吐いた。
「良いですか?
……収穫祭ですよ……」
「あぁなるほど、収穫祭か〜……え"⁉
収穫祭ぃぃい?」
フォアロンの言葉にアタシは目をむく。
収穫祭……だと……⁉
それは確かこの1年の稔りをみんなで祝うお祭りではないか?
恋のイベントがあったはずの収穫祭か?
「フォアロンの言い間違えであって欲しいのですけど……。
え~~、嘘!
待て待て、なんてことだぁ、すっかり忘れてたよ!
忘れていつもの1日だったじゃんかぁ‼」
【コメン】を握りしめながら叫ぶ。
「アナタは……本当に抜けていますね」
フォアロンの言葉に言い返す言葉もない。
けど思わず言い訳してしまう。
自分の事をアホだと理解してても他人に指摘されるのはいただけない。
「だ、だって今めちゃくちゃ楽しいんだよ⁉
【トマトン】もようやく最高レベルになって美味さも収穫量も激増してるし、他のだってかなりの収穫量なんだし?
おまけに疲れて帰る家は改装が済んでめちゃくちゃ好みになって、居心地は最強クラス……『もうこのまま家にいて良いよね?』って感じになるせいで、つい引きこもっちゃうし」
言ってて納得してしまう。
なんか、今が1番良い気がしてきた。
そうだそうだ、身の丈に合っていて丁度いい。
それにこれはアタシの物語だ。
好きにさせてくれ!
本音を言えばリッケワンズもフニャフニャしててあまり好みじゃないし、カシュは無口で毎日一緒にいるのはしんどい気がする。
他の攻略対象者を探すのも、時間の無駄だと思っていて探してない。
もう今が心地良いなら無理矢理に結婚なんてしなくて良い気もする。
そう思うと収穫祭を忘れてた事がそれほど悪くない気もしてきた。
「うん、わざとです!
わざと行かなかっただけですから!」
ニッコリとした笑みをフォアロンに向ける。
「アナタね、さっきの忘れてたって叫んだの、聞いてましたよ?
それとだいぶ内容が違いますけど?」
呆れたようなフォアロンの眼差しには慣れっこだ。
なんせ彼は自宅の改築に邪魔……もとい手伝いに来て、あれこれと口出ししてきてうるさかったし、なんだかんだ言いながらも山の探索にも同伴してくれて、意外と強いからビックリさせられたし、週に1日か2日しかこの島にいなかったのが、気づけば週に3日くらい見かけるというかうちに来る。
おかげでフォアロンのあしらい方はマスターした。
「気のせい気のせい」
アタシの様子に肩をすくめ「すぐに調子が良くなる」とボヤくフォアロンも見慣れたものだ。
「……手を」
フォアロンに言われて、何事かと思いつつ【コメン】を握りしめてる手を差し出す。
アタシの顔は『どうだ美味そうだろう?』というドヤ顔だ。
ちょっと不服そうなフォアロンは、【コメン】を受け取ると足元にある小山に置いてから、アタシの手にはまっている軍手を外して掌にひと組のピアスを置いた。
太陽にかざすと、中が透けるような深い青の石。
フォアロンの目の色だ。
「これは……」
「受け取ってください」
「……ピアス?」
この世界の結婚の約束はピアスだ。
本来はアタシが攻略対象者にむちゃくちゃ毎回に話しかけて好みのプレゼントを頻繁に贈って、たくさんの行動を起こしてから収穫祭に告白して渡される物。
ちなみにこれを耳につけた時が結婚とされる。
ちょっと待って、何もしてない。
フォアロンには結構な頻度で呆れられたり叱られたりしてばかりだ。
山の探索したり、収穫を手伝ってもらったり、家の改築にあれこれと言い争ったり。
その色んな事のお礼に夕食をご馳走したり、山で採れたレアアイテムを譲ったりしただけだ。
見かけるたびに話しかけて、しつこく絡んで相手の出方を探って、興味あるアイテムを買って相手に贈るような事は一切してない。
「無理か?
受け取れないか?」
敬語の抜けた言葉と、真剣な眼差しに背が震えた。
震えは嫌悪とかではない。
それは分かる。
心臓が頭に血を運びすぎてめまいのようにクラクラした。
いきなりの事に血ばっかり頭を占めて、思考は追いつかない。
「す、好かれている要素が見当たらないんですけど」
「ずっと見てたんだ。
最初は放っておけない少し気になる存在程度だったが、今じゃ傍にいてほしい存在だ。
あと……一緒にいて飾らないでいられるから、かな?」
そういえばフォアロンは見た目に似合わず毒舌気味だ。
「フォアロンは……さ、最初からアタシに飾ってないじゃない」
「そうだな、みーこを好きになる予定は無かったんだ」
フォアロンの言葉に思わずアタシは『なら今は好きって事⁉』と動揺する。
彼にはアタシも素で接していた。
というか初めからフォアロンの事を『態度悪いやつだ』と思っていたので、わざわざこちらが態度良く接することもないと、アタシ自身普通に飾ることなくいたからかもしれない。
「驚きデス」
「だろうな。
予想もしてなかったみたいだし」
額にかかる前髪がフォアロンの手で横に流される。
少し汗で濡れているのが気になるし心配になった。
手の中のピアスを見る。
すごく嬉しい。
ビックリするほど嬉しくて、口がにやけてしまう。
なんだアタシ、アタシってフォアロンの事、けっこう好きだったんだ。
「なんというか、フォアロンのキャラが崩壊してるよ」
「さすがに緊張したかな。
昨日も居なかったし、興味のある相手が居なかったからかと思ってた。
まさか忘れてたとはね」
ハハハっと軽快に笑うフォアロンには嘘が見えない。
「と、とりあえずコレは受け取り、ます。
あの……その、ありがとう。
このお返しを……買って今度贈るね」
もらったピアスを握りしめる。
「あぁ良かった。
こんなに嬉しい事は久しぶりだな。
お返し、楽しみにしてます」
今まで1番柔らかな笑みを浮かべるフォアロンは、アタシを抱きしめてから「しまった、仕事が待ってるのでした。急ぎますので今はここで」とお別れを言いつつ、往診のため近隣の島へ向かう船へ向かって行った。
現実と思えず惚けるようにしてフォアロンを見送っていたアタシは「あっ!」と叫び再び鎌をふるう。
収穫祭に行こうと行くまいと、初めて両思いだと知ろうと知るまいと、時に恋を失うことがあっても、何でであろうと天気も農作物は待ってくれないのだ。
もう少しで冬になる。
そうしたら閉じこもって好きな人と暖かな春を待つのも楽しいだろう。
この島に来れて良かった。
来週そちらに流される、ある令嬢がそこの島から出ないよう監視してほしい。
それが島民に下された命令だった。
本来はあり得ぬような事態が起こり、とある人物の感情を慮るような刑が下された。
【ワクワクアイランド】とはよく言ったものだ。
何も知らない観光客も訪れることはあるが、ここは高貴な立場の人物のために作られた大きな監獄。
『もう二度と会うことはできないだろうが、せめて望むものは与え不自由ない生活を……』と家族から願われており、少女のためにと多額の金が島を治める長へと託されていたが、結局少女は何一つ与えられる事は無く金は着服されていた。
そんな事も一切気付かず健気に生きる彼女に、私は図らずも惚れてしまった。
「金の管理を私に任せてくれますか?
私があの子の夫になるんですよ」
「し、しかし金はもう半分も残ってない……」
島の人たちも知らぬことを、医師であるということから『どんな高い治療薬がかかろうと惜しみなく使うように』と告げられ、金が託されていると教えられていた私は現在長の元へ訪れている。
冷や汗を流し、しどろもどろになる長へ呆れた眼差しを向けた。
「これはこれは、だいぶ豪遊されたんですねぇ」
少女に倒壊寸前の家以外何一つ与えず呆れたものだ。
「彼女のお父上に告げられたくないのであれば、早々にお出しなさい。
アナタはもう彼女に関わらなくてよろしい」
「わ、分かった!」
長は喜びを示すような笑みで、慌てて金の入った袋を出す。
これは後で結婚祝い金としてあの子に渡そう。
せめてと願った親の愛情の形だ。
「いやぁこの間じーーっと見つめられてなぁ、俺たちがあの子を監視しているのがバレたかと思って内心ヒヤヒヤしたよ。
余計な関わりを持つなとも言われてるだろ?
本当あれは焦った焦った」
カシュは頭をかきながらため息を吐く。
長の家から出ると、ちょうどカシュと出会い「少女と結婚するかもしれない」とを告げていた。
かもしれない……とはいうけど、私の中では決定事項だ。
「なんか聞いてた話とだいぶ違う素直な子じゃないか!
大事にしてやれよ。
きっと変な輩に絡まれたりしたのかもな、可哀想に」
ちょっと残念そうに、けれどその気持ちを覆い隠すように明るくカシュは私の肩を力まかせに叩いた。
カシュは健気なやつに弱い。
先手を取っておいて良かった。
それに昨日の収穫祭に彼女が来なかった事も、諦めの要因の一つになったのかもしれない。
島から出ることだけを願い、けれど出ることは叶わない、王の非嫡出子であるリッケワンズにもいちおう声をかけてから、私は仕事のために隣の島に行くため船に乗った。
もしかすると彼女はこの島を監獄だと気づいているのかもしれない。
もしかすると彼女は何一つ気づいていないのかもしれない。
けれど楽しそうだから、いつも明るく元気にしているのだからこれはこれで良かったと思えた。
ようこそ、ここはワクワクアイランド。
島を出る以外なら好きなことをして生活できる幸せの島なのさ。
最後の最後にネバっとさせちゃった!
読んでいただきありがとうございました。