初めてのダンジョン
ギースの掛け声で5人と私は進み始める。
明かりを灯す魔法使い見習いが先頭だが、前を歩かれるとまぶしいので先頭に出ることにした。
洞窟とか坑道というそうだが、こういった大きな穴に入るのは初めてだ。左右を見ると、小さな横穴もあるようで何か動物が時々顔を出す。ネズミのようなやつもいるが、巨大な虫のようなのもいる。真上にも穴があるので油断できないな。
「あ、何か天井を走った!」
ハルトがいう。さっきから光が届くか届かないというところを何かが素早く移動している。光が嫌いなのか。何か一匹が岩陰から飛び出してきたのでパンチを食らわせる。
「うわ、なに今の? 巨大なネズミ?」
メルノラが驚く。確かに見たところネズミだが、街にいるのに比べるとサイズは3倍以上あるな。それに大きな牙が生えている。ただ、こいつは天井を走っていたやつとは違うやつだ。
「闇ネズミか。人通りが少ないから0層にいるんだな」
潜んでいた岩陰に光が入りそうだったから移動したのだろう。ただ、パンチでふっとばしたあと隙間に逃げ込まれたが、そこにいる限り身動きできなさそうなのでとどめを刺してやる。とびかかり押さえつける。街のネズミよりサイズが大きいので力は強いが、これくらいなら何とでもなる。押さえつけたところにパンチを何度も食らわせる。
ポライムを倒して経験値とやらが上がったおかげで爪の威力も強くなっている。3回ほど爪をたてて攻撃したところで動かなくなり、こいつもポライムのように分解して獲得した経験値が表示される。一匹で獲得できるのは3か。街のネズミは死んでも分解しないが経験値は獲得できる。何が違うんだろうな。
それはそうと、これで経験値が200をこえ、「鉄の爪」とやらを獲得してさらに爪の力が強化されたらしい。爪を見ると人間が使う金属の武器のように輝いている。爪とぎは苦労しそうだ。思いっきり爪を出すと元の5倍くらい長くなるが、なぜかすべて引っ込めることができる。どこに格納しているんだ?
「天井を駆け回ってるのはダンジョン大ムカデね。動きは速いけど光が苦手だから明かりがある限り大丈夫」
これはリスタ。時々5層まで行ってるそうだから詳しいのだろう。
薄暗いところをはい回ってるのを見ると、大ムカデというだけあって大きい。体長は人間の身長以上ありそうなやつもいる。
「噛まれるととてつもなく痛いから気を付けろ」
ギースがみんなに警告する。ムカデは以前いたところでも外に出た際に見たことはあるが、サイズはずっと小さかった。さっきから時々見える頭をみると、大きな牙ようなものが見える。確かに噛まれると痛そうだ。
「この大ムカデって、毒もってるのいますよね」
剣を構えたハルトがちょっと不安そうだ。
「ああ、頭に黄色と黒の縞模様のあるやつだが、このあたりにはいない。もっと深い層に住んでる」
ギースがこたえる。
「あ、わたし血清持ってるから毒ムカデに噛まれたら声かけてね」
メルノラがいう。聖職者とやらはけがとかを直す役割なのだろうか。
「回復術とかは使えねえのかよ」
ギースが指摘する。
「もちろん使えるけどね。そうそう、傷薬も持っているから安心してね」
「とにかく進むぞ。影になる後ろは危険だから、ハルト、後ろは頼んだぞ」
「は、はい」
ハルトはこの集団の一番後ろか。ちょっと気になるが、剣も持っているし問題ないだろう。
緩やかな斜面を下っていく。時々分かれ道があるが、3層と案内された方に進んでいく。時々闇ネズミが飛び出してくるので、「鉄の爪」に慣れるためにとびかかる。パンチ一発で倒せる。ワンパンチで倒すというのはなかなか気持ちのいいものだ。
「ここから1層だ」
ギースが地面に置かれた大きな石に刻まれた案内を指さす。
「ここからちょっと勾配がきつくなって、階段も増えてくるから足元に気を付けろよ」
先頭を進むが、なんか大ムカデが増えているような気がする。
「ちょっとみんな止まれ。なんか変だな」
ギースも様子が変なことに気づいたか。
「ちょっとムカデが多すぎる」
リスタがそういうってことは、ほんとに多いんだな。
「ベルナ、明かりをちょっと暗くして、すぐに今の明るさに戻せるか?」
ギースが先頭にいる魔法使い見習いに声をかける。
「は、はい。できますけど」
「やってみてくれ。あまり暗くするなよ」
「はい」
そういうと、杖の先の光がちょっと弱くなる。すぐに元に戻すと、近づいてきていた大ムカデが慌てて暗いほうに引き返したが、地面から天井までびっしりと埋め尽くしているのが見えた。まるでムカデで作られた洞窟のようだ。
「なんだこりゃ。大ムカデだらけじゃねえか」
ギースがいう。こんなにいたとは私も驚いた。
「う、後ろもです。地面から天井までびっしりとはい回ってました」
これはハルト。後ろもか。
「だ、だ、だいじょうぶなんでしょうか」
魔法使いが震えている。震えに合わせて光も明るさが振動しているかのように、ちょっと暗くなったり元の明るさに戻ったりしている。
「おいおい、しっかりしてくれよ」
明るさの変動に驚いたギースがいう。
「は、はい。緊張が魔法力の発動にも影響を与えたようです」
「明かりだけは消さないでくれよ」
「あ、あの、予備の松明を準備してもらえると、わ、わたし、い、いえ、みんなが安心します」
魔法使い見習いがリスタに向かっていう。
「そうね。私も安心するかも」
そういうと、リスタは背負った荷物の横の小物入れのようなところから、ここに入る前に見せてもらった携帯用の松明を取り出して引き延ばすと、先端に布を巻き、油をしみこませる。
「これでいつでも灯せる」
「とにかく進むぞ」
ギースの言葉で進み始める。
「それにしても、この数は多すぎよね」
これはメルノラ。
「数もそうだが、こいつらは単独で行動するはずなんだ。そこがおかしなところだ」
ギースもいつもと違うと考えているようだ。
「これは単にいっぱいいるとかじゃなくて、群れで行動する生き物のような動きに見える」
「大ムカデって人間を襲うんですか?」
ハルトが心配そうな感じで質問する。
「ふつうは虫とか小動物を狩るんだが」
剣でムカデがいるあたりを差しながらいうギース。
「大きめの動物は死骸しか食わないはずだけど、もしかして狩りをおぼえたのかも」
リスタがいう。
「おい、5層までしょっちゅう行ってるならなんか話聞いてないか?」
ギースがリスタに尋ねる。
「10層あたりで大ムカデが群れで狩りをしてるっていう噂を聞いたことはあるけど、誰も信じてなかった」
「ほんとだったってことか」
「あまりうわさが広がってないってことは珍しいってことですよね。それがなんでよりによってここに」
剣を構えたハルトがいう。
「さあな。このあたりの横穴が10層あたりまでつながっているのかもな」
ギースは側面に開いている数ある小さな穴を剣で示す。
「おい、聖職者ってのはこんなときに何か役に立たないのか?」
「噛まれた時の回復は任せて」
メルノラが自慢げにいうが、そういうのを期待して聞いたわけじゃないだろう。
「いや、襲われないようにするとか戦う系とかはないのかよ」
ギースの反応からすると、やはり期待した返事じゃなかったようだ。
「攻撃系は一匹単位でないと効かないのよね」
メルノラがこたえる。
「役に立たねえな」
「後は操れるかも、って思ったけど大ムカデのようなのは無理なのよね」
「なんだよ、まったく」
「戦うには数が多すぎるし、このまま3層まで進めばいいんじゃないかな。明かるいところには来ないようだし」
リスタが提案する。大ムカデと戦ってみたい気はするが、確かに相手は多すぎな気はする。
「3層まで引き連れて行って大丈夫でしょうか?」
ハルトが心配そうだ。
「キャンプは明るいし、人も多いから問題ないだろ」
ギースがいう。確かに、連中は明るいところが苦手なことは確かだ。
「ここから2層だ」
ギースが石板を指さす。
「ちょっと、なんか横穴増えてない? 上にも結構あるような気がするわけだけど」
メルノラの声に見回すと、確かにムカデがときどき顔をだす小さな穴の数が増えているように見える。明るいのが苦手なので頭を出すやつは少ないが、体の後ろ半分が洞窟側に垂れ下がっていて、明るいところでも取り囲まれているような感じだ。
「確かにな。このあたりは横穴が多いのかもな」
ギースはそういうが、しばらく進んでもこの小さな穴の数は減る様子がない。
「こんなに横穴が多いのはおかしいな」
ギースもちょっとおかしいと思い始めたようだ。
「なんか新しい感じよね」
リスタがいう。ダンジョンによく来ているという彼女がいうからにはその通りなのだろう。
「てことは、こいつらが掘ったって..」
ギースが言いかけたところで明かりが暗くなる。
「う、うわわあああ」
ベルナが杖を振り回している。杖の先端の光っているところに大ムカデが巻き付いている。上から降ってきたようだ。明るさが落ちたことで前と後ろのムカデも近づいてきた。横穴から覗くムカデも目立つ。これはまずいと思ったところで、もう一つの明かりがつく。リスタが松明に火をつけたようだ。
「松明つけたからもう大丈夫」
だが振り回される杖の明るさが一定にならないので、影にいるやつらがこっちの方に来たり戻ったりしている。一匹暗いほうに戻り損ねたやつがいたので、パンチを決める。闇ネズミと違ってこいつらは平たいから、上からひっかくようにパンチすると真っ二つになるが、真っ二つになっても這いずり回っている。なんなんだこいつら。頭のある方に再度パンチをくらわすとようやく細かく分解する。獲得できた経験値は5か。ポライムとか闇ネズミよりは上ってことか。
「おい、振り回すのをやめろ。落とせないじゃないか」
ギースが剣で杖に巻き付いたムカデを落とそうとしている。
「止めたら手まで降りてきます!」
「いったん杖を地面に置け!」
「だ、だめです。魔法使いたるものそう簡単に杖を手放すわけにはいかないんです! 杖を手放していいのは食事とお風呂と...」
「じゃあ、地面にたたきつけろ!」
ベルナの説明を最後まで聞くことなく遮るギース。
「杖を粗末に扱うわけにはいかないんですー!」
「ったく。おいハルト、杖を動かさないようこいつを押さえろ!」
「は、はい」
ハルトは剣をしまうと杖を振り回しているベルナに後ろから近づく。腕を大きく振り回しながら体もあちこち動くので、片手で体を抱え、もう片手で腕を掴もうとしている。
「わ、ちょちょっと! どこ触ってるんですか!」
慌てて掴んでいたベルナの右腕から手を放すハルト。
「え、え? 腕を掴もうとしてただけど」
「そっちじゃなくて!」
そういうとベルナはハルトの左腕をつかんで体から話す。ベルナから離れるハルト。
「あの、体が動かないように抑えようとしたんだけど」
戸惑うハルト。
「ハルトくーん、腕をまわした場所が問題だったわけ」
メルノラを見ると、片方の腕を胸のあたりから背中の方に手をまわしている。つまり、ハルトがベルナの胸のあたりに腕をまわしていたことが良くなかったということか。
「え? でも特になにも.. あ、ごめんなさい!」
メルノラとベルナでは胸のあたりの形状が異なるが、そのあたりが関係しているのだろうか。
「もういいです!」
人間にも触られるのがいやなところがあるということなのだろう。
そんなやり取りがある間に、ギースが横から杖をつかみ巻き付いていた大ムカデを剣で払い落す。杖に巻き付いていた大ムカデも落ち、ようやく明るさが復活するかと思ったが、杖の光は弱くなっている。
「おい、暗くなってるぞ!」
ギースが叫ぶが、杖の明るさは変わらない。
「は、はい、そ、そろそろ魔法力の限界かもです!」
「勘弁してくれよ」
「わわわ」
「降ってきた!」
薄暗くなったからか、上から次々と大ムカデが降ってきた。魔法使い見習いは杖を振り回してムカデが再度巻き付かないようにしているが、明るさは回復しない。振り回す杖で叩き落される大ムカデは私が対処している。ハルトらも天井から落ちてくる大ムカデを剣で切っているが、真っ二つにしても動き回るので、地面に落ちたやつは私がとどめを刺す。ほかにも暗闇から地面を這ってくるやつらも私が相手している。小さな穴から這い出すやつらも増えているので、私がもっとも多くやつらを相手にしているように思えるが、この鉄の爪とやらで一撃で真っ二つにできるので数は多いが何とかなっている。
「真っ二つにしたら尻尾の方は放っておけ! 頭のある方だけとどめを刺せ!」
ギースが叫ぶ。相手はでかいというか長いので胴体を狙うのは簡単だが、真っ二つにしても頭のあるほうが動いて攻撃してくる。薄暗いので、頭のある方かどうかなんて確認しているひまはないのだがな。
すでに薄暗いが、さらに一瞬暗くなった。松明の方にもムカデが落ちてきたようだ。松明は火を燃やしているから、火に触れたムカデはすぐに地面に落ちたが、火の勢いが弱まってしまう。リスタは慌てることなく松明の火に何かしたようで、すぐに火の勢いは元に戻る。ただ、魔法使いの杖の明かりに比べると松明の光は薄暗く、ムカデが次々とこちらに向かってくる。弱いとはいえ松明の光があることで一斉に向かってこないのが幸いだ。
「ハルト! 足!」
ギースが叫ぶ。
「え? あ、うわああ」
ハルトを見ると、足にムカデが巻き付き上の方に這い上がろうとしている。
助けてやるか。ハルトの足元までひとっ飛びするとパンチ。あ、しまった。鉄の爪とやらはこれまでの爪と違って長くなってるんだった。ムカデは真っ二つになったが、ハルトの防具も傷つけてしまった。
「みゃあ」
悪かったな、とひとこと詫びたがハルトはそれどこじゃないようだ。
「とにかく先に進むぞ」
ギースがそういうと先頭に立って進んでいく。
「もう2層に降りてしばらく経つんだしあと少しよね。走ればいいんじゃないの? きりがないよ」
剣を振り回しながらメルノラがいう。
「走ったら大群に突っ込むだろ」
ギースは冷静だな。白兎亭の大部屋に長く住んでるやつは稼ぎがないとか能力がないとか色々と言われてバカにされているようだが、このパーティーでのこいつの行動を見るとそれほど悪くないように見える。白兎亭が気に入っているからといつもいってるが、実際そうなのかも知れない。もっとも、パーティーとやらに参加するのは私も初めてだし、能力のあるやつがどんな行動するのか知らないのだがな。
「でも、ムカデは明かりから逃げてくでしょ?」
メルノラはあきらめきれない
「急に動いたら混乱して大群が襲ってくるかもしれねえだろ」
「それじゃあ、ちょっと早く歩こうよ。で、少しずつ速度を上げていけばいいんじゃない?」
メルノラが提案する。
「お、それはよさそうだな。よし、じゃあ、ちょっと早く歩くぞ」
そういうとギースは先頭で歩き出す。
「うわっ、噛まれた」
ハルトが叫ぶ。上から落ちてきたムカデに腕を噛まれたようだ。すぐに払い落したようだが、壁際にいたやつに気を取られて気づかなかった。守ってやれなくて悪かったな。
「痛ってー、むちゃくちゃ痛てー」
「任せて」
メルノラは手に持っている小さな杖を噛まれた腕に近づけが何か唱えると杖がちょっと輝く。
「あ、ありがとう」
「ちったあ役に立つじゃねえか」
ギースはそういうと向かってきた二匹の大ムカデの頭を連続して剣で切る。
「ったく。かんたんな仕事だと思ってたのにな」
「おい、魔法使い!」
ギースがベルナに呼びかける。
「は、はい」
「攻撃系の魔法は使えるんだよな?」
「もちろんです。でも、使うにはこの明かりを消すことになりますが」
「すでに薄暗いから消えてもたいして差はねえ。で、この状況を何とかできそうなのはあるのか?」
「火炎魔法はどうでしょうか」
「ここでか? 狭いし勾配があるし相手も多いし燃やしたらこっちも巻き込まれかねない」
「後ろなら大丈夫です! 炎や煙は上にいきますし」
ベルナが提案する。
「後ろだけ倒してもなあ。もっと、いっきに解決できそうなのはないのかよ。吹き飛ばすとか粉々にするとか」
「えと、えーと、あ、火の玉を飛ばせます。そうすれば逃げていくんじゃないでしょうか」
「追い払うだけかよ」
「動きがまるで何かに操られてるような感じがするのよね。統一感があるというか」
松明を持つリスタがいう。
「群れで動く大ムカデもいたってことだろ」
「そうかもしれないけど」
「もしこの群れを統率してるのが近くにいるなら、私が何とかできるかも」
これはメルノラ。こいつはさっき大ムカデのようなのは操れないっていってなかったか?