同郷の人間? その4
日差しが強くなってきた。最近は窓辺で過ごす際、日の光から逃げている。
夏が近づいてきているのだろう。以前いたところでは、外に出ると暑くても部屋の中に戻れば涼しかった。白兎亭もそうならよいのだが。
「右、もうちょっと上!」
「こんな感じか?」
外から騒がしい声が聞こえてくる。
朝から白兎亭の前に人間が集まっていたが何をやっているのだろう。様子を見に外に出ることにする。
「上げすぎ! ちょっと下」
「ああ、そんなところだ」
通りに面した白兎亭の二階の壁に大きな板のようなものが取り付けられている。板には絵や文字が書かれているが、どれも店の名前のようだ。剣や鎧の絵は武器や防具の修理をしている店だ。後は、服とか薬草とかの店の名前か。白兎亭の食堂で話されているのを時々聞く。
「あ、シイラちゃん、おはよう」
この声はエルナか。隣にはアリナさんもいる。
「みゃあ」
おはよう。
エルナは新しい服を買ったようだ。ギルド本部とかで働いている人間が着ているような服装だ。
「こんな感じになるんですね」
アリナさんが二階の壁を見上げる。
「10日で10シルバとはいえ、単なる壁がお金になるなんてねえ」
壁を見上げたアリナさんがいう。お金になる? どういうことだろう。
「そうなんです。おかげさまで評判が良くて、白兎亭で7件目なんですよ」
エルナがこの看板とやらに関わっているのか。瓦版を出している会社じゃなかったのか。
「他にも壁があればいいんですけどね。もう、窓をふさいじゃおうかしら」
アリナさんが二階の窓が並ぶところを見上げる。
「それでは建物の中が暗くなっちゃいますね」
「まあ、そうよね。でも多少暗くてもいいかな」
「はは...」
笑うエルナだが、笑っていないアリナさんを見てすぐに笑うのをやめる。
「それじゃあ、私はこれで」
そういうとアリナさんが白兎亭の中に戻っていく。
「はい」
「あ、リスタさん、おはようございます」
振り返るとリスタが白兎亭から外にできたところだ。
「おはようございます。エルナさん」
そういえば白兎亭の食堂で二人が話しているのを何度か見かけたことがある。
「エルナさんが描いた服の絵ですけど、ちょっと試しに作ってみたら評判よくて」
「そうですか!」
「作るのも簡単だし、寝間着にちょうどいいって評判ですよ」
「ね、寝間着ですか...」
エルナが驚いたような顔をしている。寝間着というのは、人間の女が寝る時に着る服だったか。
「ええ。つくりも簡単ですから、今引き受けてる服の補修が一段落ついたら10着くらい作ってみようと思ってるんですよ」
「そうですか。売れるといいですね、寝間着...」
「売れたらお礼としていくらかお支払いしますね」
「気にしないでください。また今度違う服の絵を描いてきます」
「楽しみしてますね。それじゃあ」
リスタが白兎亭に戻っていく。
「うーん。ファッションデザイナーはちょっと無理かなー」
そういうとエルナはため息をつく。
エルナが白兎亭から引っ越していってからしばらく経つ。
白兎亭の宿泊費10日分を二度支払い、その間出版社で働いた後、引っ越していった。出版社の仕事の方がここで働くよりも多くお金を得られるようだ。
出版社の仕事の方は順調で、毎日忙しいそうだ。
一緒に暮らさないかと誘われていたが、私は今も白兎亭に住んでいる。引っ越し先には、彼女の休みの日に何度か訪ねたことがある。以前いた世界で住んでいたところと似たような雰囲気の部屋だった。場所は街の広場の近くにある建物の三階で、聞くところによると、そのあたりはこの街でも中流と呼ばれるクラスの人たちが住んでいるところらしい。もっとお金を持っている人間は広場を取り囲む建物に住んでいるそうだ。
「これ、日本でよく見かけたんじゃないかと思うんだけど、看板なんだよ」
エルナが壁に取り付けた板を指さす。
「みゃあ」
なるほど。以前いたところでも建物の壁にこういった板が張り付けてあったな。
「広告代理店の方はうまくいきそうなんだよねー。今は瓦版と看板への広告だけなんだけど」
看板を見上げるエルナ。
「今、タイアップとかイベントとかを企画してるんだー」
聞いたことのない言葉だが、笑顔でしゃべっているところをみると楽しいことのだろう。
「後、グルメ記事とかファッションコラムも書いてるんだけど、評判いいんだよー。この世界にこんなのなかったからね。ただ、パソコンもスマホも電話もないから、効率が悪くて時間かかるんだよねー。おかげで休みは週1日だよ」
知らない言葉が並ぶ。
「まあ、会社も調子いいし人並み以上の収入は得られるようなったからいいけどねー」
休みが少ないというわりには機嫌がよいので、忙しいのは悪いことではないのだろう。
「他にもさ、瓦版に連載小説とかどうかな、って考えてるんだ。元いた世界で大ヒットした映画とかドラマとか漫画をまるパクしたの書いてみようかなーって思ったんだけど、時間が取れないのよねー」
腕を組むエルナ。
「まるパク小説書いてればさ、他に転生者がいたら気づいてもらえると思うんだよねー」
よくわからないが。
「それから、魔法使いってすごいね。本物の魔法って初めて見たよ」
厨房ではベルナも働いていたかと思うが、仕事では彼女の火炎魔法は使わないか。
「でさ、魔法って、魔物とかと戦ったり怪我とか病気を治したり、後、どこかの漁港から魚を運ぶのに氷を作ったりとかしてるそうじゃない? これをさ、もっと生活に取り入れられないか考えてるんだ」
「みゃあ」
生活に取り入れる? エルナは魔法使いではないのになにをどうするのだろう。
「ここって電気ないし最近暑くなってきたしさ、生活を快適にするために魔法とか何かの結晶とかを活用できないかなーって思って、いろいろ相談してるんだー。生活を快適にするとかって概念がないみたいなんだよねー、ここの人って。家の中も、夏は暑くで冬は寒いのが当たり前って思ってるみたい。まあ、日本の家も断熱性能は最悪とかいわれてたから、ここと大差ないかもだけど」
色々考えているようだが、なにをどうしようというのだろう。
「あと、水道とトイレも何とかしたいよねー。それから、ガスがないから家でお茶を入れるのも一苦労よ」
そういうとため息をつく。楽しいことばかりでもなさそうだ。
「あさっては休みだから、シイラちゃん、また遊びに来てよ」
「みゃあ」
そうだな。朝食の後、行ってみるか。
「それじゃあ、この後もお店の取材とかがあるから」
そういうと、エルナは手を振って通りを歩き始めた、と思ったら立ち止まり振り返る。
「あ、そうだ、シイラちゃん、一緒に来ない?」
肩にかけている鞄を指さす。
そうだな。鞄の上に乗ってやろう。
「瓦版でひとつコーナーを担当してて、この街の店の紹介とかしてるんだけど、そのコーナーを独立させて、この街の情報誌、タウン誌を出そうって提案してるんだ」
相変わらず知らない言葉続く。確かに人間の言葉は分かるが、内容をすべて理解できているわけではないということにエルナは気づいてないようだ。
「あ、ここだ」
何かの店の前で立ち止まる。この匂いは以前いたところでも嗅いだことがある。食べものを売る店のようだ。
「パン屋さんなんだけど、この街のパン屋さんって、基本食事用のシンプルなパンしか売ってないんだよね。日本にあったような総菜パンとかサンドイッチのような加工したのって全くなかったんだよ」
パンというものを売っている店ということか。私はパンを食べないのでどんな種類があるのかを説明されてもわからないのだが。
「で、この街でよく食べられてる、何とかってひき肉と野菜をいためた料理があるんだけど、それをパンの生地で包んで焼いたらおいしいはずって提案したんだ。総菜パンよね。ピロシキに近いかなー。料理はすぐ近所の煮込み亭って食堂から仕入れられるよう話を付けたんだー。で、それが評判になってて、それを取材に来たんだよ」
どうやら、以前いた世界にあった食べ物をつくるよう提案したということか。大忙しだな。
「こんにちわー」
店に入っていくエルナ。
「あ、エルナさん。おかげで大評判だよ!」
パンをたくさん乗せた板のようなものを持っている男がいう。笑顔のところを見ると機嫌がよいようだ。
「それはよかったです!」
「それに煮込み亭のおやじもご機嫌だ」
これは食堂のことだな。パンが売れているということは、その食堂からの仕入れも増えているのだろう。
「今日はその取材と、広告のお願いに来たんです。ね、シイラちゃん」
突然話しかけられる。
「みゃあ」
私はついて来ただけだが。
「お、かわいい猫ちゃんだね」
それはよくいわれる。
初めてこの街に来た時は人間に邪険にされたものだが、やはりここの人間もわれわれ猫のことが好きなようだ。
それから、取材とやらでパン屋の男の話を聞いたり、看板とか瓦版にこの店の広告を載せることについて話していたようだ。
時々私に同意を求めるようなことをいうので、その度に適当に返事していたのだが、それがかわいく見えるようで始終相手は上機嫌だった。取材とやらが終わり、広告の獲得もできたようでエルナも機嫌がいい。
そんな感じでその日は他に3件のいろんな店とか会社を訪ね。広告を獲得できたようだ。
「シイラちゃんのおかげで和やかな雰囲気になってよかったよ」
「みゃあ」
それはよかった。
なんか仕事に協力させられているような気もするが、鞄に乗せて運んでもらって寝そべって適当に返事しているだけともいえる。
この街になじんできたのか、なじみのある街に似せようとしているのかどちらかは分からないが、同じ世界出身の人間がうまくやっているようで何よりだ。




