冒険譚、寒い国から来た男の話
夕方から夜にかけての白兎亭の食堂は朝や昼とは雰囲気が違う。
夜になると、食事よりも会話が主でその合間に食べたり飲んだりしているようだ。食べることよりも飲む方が多く、大勢の人間がしゃべるので声も大きく騒がしい。また、決まった席にはつかず立ったままで飲み食いしたりしている人間も多い。
騒がしい夜の食堂だが、人間の話を聞くのはそれなりに楽しい。
さて、今日はどのテーブルにしようか。あのテーブルがにぎやかなようだ。立っている人間の足元をすりぬけ、テーブルの下に入る。ここにいれば踏まれたり蹴られたりすることもない。このテーブルには荷物置き場の棚がテーブルの下にあるので、そこに登ることにする。
「アルタリアのダンジョン?」
「聞いたことねえな」
「誰か知ってるか?」
「知らねえ」
「初耳だな」
ここはダンジョンの近くにできた街だが、ダンジョンは他にもいくつかあるということだったな。確か、ここのダンジョンは、長さは三番目だが深さは一番だったか。アルタリアのダンジョンというのはどんなところなのだろう。
「なんだ、誰も知らないのか」
男があきれたような感じの口調でいう。
「よく知られているダンジョンはここも含めて5つだ。3つは特に有名だな」
男が説明を始める。ダンジョンは全部で5つもあるのか。
「ダンジョンは5つ以外にもあって、アルタリアのダンジョンってのは、大陸の北西、バスカン山脈を越えたさらに先にある」
聞いたことのないところだ。
「バスカン山脈だって? 確か馬を使っても100日以上かかるって聞いたことがある」
この前の暗号表を運んだ仕事では馬車に乗って移動したが、あれを100日も続けるのか。
「それは手前の宿場町までだ。そこから山脈を超えるにはさらに10日はかかる」
「で、山脈を超えたさらにその先か」
「険しい山道を通っていくんだが、もはや街と呼べるようなところはない」
「大雪が降るところだろ」
「ああ。年中雪が残っているような寒いところだ」
「俺にはそんな寒いところは無理だな」
私も寒いのは苦手だ。
「街がないって、装備とか補給はどうすんだ」
「もちろん自給自足だ」
「それはきついな」
「何かあったらおわりだ」
「ギルド本部はあるのか?」
「そうだ。どうなんだ?」
ちょっと静かになる。男の返答を待っているのだろう。
「ない」
男がこたえる。
「え?」
「どうすんだよ」
「勝手にやれってことか」
「なるほど」
「ある意味、真の冒険者だな」
「確かにな。ここだと雇われ冒険者だ」
「最も近いエンベルンの本部でアルタリアの仕事が出る場合もある」
男が追加で説明する。
「で、そのアルタリアのダンジョンはどんな感じなんだ?」
この話を聞きたかったのだ。
「天然の洞窟で、地図も不十分だ」
「どんなのがいるんだ? 魔物は」
「魔物は、大トカゲとかサソリ、ワームとかだ。多少見かけは違うがな」
「他にはいないのか? この辺にはいないような凶暴なのとかでかいのは?」
「そういったのは見たことも聞いたこともないな」
「なんだそりゃ」
「それじゃあ、わざわざそんな遠くまで行く奴はいねえだろ」
「だから街もできないのか」
「なんだよ」
「すげえのがいるのかと期待したんだが」
「まったくだ」
テーブルの周りから人が去っていくようだ。このテーブルの話はこれで終わりなのだろうか。まあ、ありふれた魔物しかいないのなら特に面白い話になりそうにはない。
「アルタリアのダンジョンの特徴は、そこでしか取れない結晶、それも希少な結晶があることなんだよ」
話は終わってなかったようだ。
「結晶?」
まだ近くに残っていた男がたずねる。この前ベルナらと一緒にダンジョンに行った際、結晶を採取して持って帰ってきたな。ギルド本部で買い取ってくれたんだが、珍しいものは多くの金と交換できるということだった。
「ああ。どんな魔物が作っているのかはまだ知られていなんだが」
「どんな結晶なんだ?」
「いくらで売れるんだ?」
「気になるな」
「俺はその結晶を使って道具を作り売ってるんだ」
「結晶を売るんじゃないのか?」
「結晶ってのは色々と加工されたり精製されたりしているのは知ってるだろ?」
「ああ」
結晶はそのまま何かに使うというものではないのか。この前売った結晶はどう使われたのだろう。
「そういったのは、結晶そのものよりも何倍も高い値段で売れるんだよ」
「まあ、それはその通りだが」
「誰でもできるもんじゃないだろ」
「たしか、結晶を使った精製ってのはそれなりの設備とか道具とか知識がないと無理って話だ」
「そうだったな」
また周りに人が集まってきた。
「それなりの道具とか知識はあるんでね」
「ほう」
「なるほどな」
「で、どんな道具を売ってるんだ?」
「道具というか、こういったものだ」
男が足元に置いていた大きな鞄を持ち上げる。
「指輪? 腕輪もあるな」
「これは笛か?」
「武器とかの実用的なものかと思ってたんだが」
「実用? 実用という意味ではこいつらは実用的なんだよ」
「指輪とか紐の腕輪、笛がどう実用的になるんだ?」
指輪はメルノラがたくさんつけていたな。腕にもたくさんいろんなものを付けていたが、あれが腕輪というものだろう。この男はアクセサリーを作って売っているのだろうか。
「そうだな。まずこの腕輪だが、これを付けていればダンジョンの毒をもつ魔物、サソリとかムカデだな。そいつらが寄ってこなくなる」
「腕輪をつけてるだけで?」
「ああ、その通りだ」
「そんな馬鹿な」
「聞いたことねえな。そんなのは」
「アルタリアのダンジョンにある希少な結晶を使った品はあまり出回ってないから、知らないのも無理はない」
「なるほど」
「そうなのか」
「この指輪は何の役に立つんだ? 見た目はどうってことないが」
「これをつけて武器を使えば、威力が1割増しになる」
「ほんとかよ」
「経験値の外付けみたいなもんだ」
男が説明する。経験値を上げる道具ということか。ベルナが使えばよさそうだな。
「すげえな」
「そんなのがあるのか」
「二つ付けたら2割増しか?」
「もちろんだ」
「ほう」
「だが、つけるのは二つまでにしておけ。体が持たない」
「なるほどな」
「この笛は魔物が嫌う音を出すんだ」
「追い返せるのか?」
「ああ。小さいのは寄ってこなくなる。でかいのは、吹いた瞬間一瞬動きが止まる」
「なるほど。それなりに使えそうだ」
「いざって時にあると助かるな」
「そうだな」
「そんな笛があるなんてな」
「俺も初耳だ」
「とっておきはこのネックレスだ」
「ネックレスって、紐じゃねえか」
「きれいな紐だろ。この深い紫色はエオス産の染料でないとでないんだ」
「で、どんな力があるんだ?」
「これはな、ここに集まってるのは野郎しかいないよな?」
「なんだなんだ」
周りにさらに人が集まってきた
「これは2つ一組でな、この金属の留め具、結晶を溶かしこんでいるんだが、これには数字が書いてあって同じ数字同士が組になっている」
「それで?」
「ひとつは自分がつける。もう一つは、意中の女、まあ男でもいいんだが、につけさせるんだ」
「ほう」
「で?」
「どうなるんだ?」
「じらすなよ」
「なんか面白そうな話か?」
さらに人が集まってきた。
「なになに?」
女の声がする。
「これは男だけの話だから向こうにいっててくれ」
「なによ」
「どうせいやらしい話でしょ」
「その通りだ」
女は離れていったようだ。
「で、どうなるんだ?」
「同じ数字のネックレスを付けた者は...」
「おう」
「どうなるんだ?」
「自分の経験値が、媚薬効果として同じネックレスを付けている人間に伝わるんだ」
「え?」
「それって、つまり」
「経験値がそれなりにあれば、惚れ薬的な効果を発揮するってことか」
「まあ、そういうことだ」
「それは興味深いが...」
「相手がネックレスを付けてくれるかどうかだな」
「確かにな」
「これは、女が付けるには地味すぎる」
「宝石を付ければ何とかなりそうか」
「その手があるか」
「そうだな。それならなんとかなりそうだ」
「で、いくらなんだ?」
「ネックレスは1組3アランだが、この街は初めてだから特別割引で1アランでいい」
「1アランか」
「うーむ」
「笛は60シルバ、腕輪は70シルバ、指輪は80シルバだが、これらも半額でいい」
「指輪を1つもらおうか」
「俺は2つ」
「指輪ってどんなだっけ?」
「武器の威力が1割増すってやつだ」
「なるほど。俺も1つくれ」
「おれは笛を1つ」
「よし、ネックレスをくれ」
「おお!」
「やるな」
「おれもネックレスだ」
「指輪1つ!」
「笛!」
テーブルの周りに集まる人間がさらに増えてきた。どうやらこの男が持ってきたものはたくさん売れるようだ。
「道具を使うにあたって、ひとつ注意点があるんだ」
「なんだ」
「一回しか使えねえとかないだろうな」
「まったくだ」
「アルタリアのダンジョンで採取した結晶だから、ここのダンジョンや、ダンジョンで獲得した経験値になじませる必要があるんだ」
「なじませる?」
「なんだそりゃ」
違うダンジョンでできた結晶を他のダンジョンで使うには、こういった準備がいるということなのか。
「なあに、ここのダンジョンの中に三日間程置いて置けばいいだけだ」
「そんなことか」
「三日かぁ」
「いやいや。三日間置いたものを持って来いよ」
「そうだな」
「そうだそうだ」
確かにそれはその通りだな。買ったらすぐに使える方がいいだろう。
「そうするつもりだったんだが、今日がこの街に来た初日で、予想外に話が盛り上がったってことなんだよ」
「なるほどな」
「まあ、5層とかのキャンプに二泊すればいいわけだから問題はねえか」
「確かにな」
「この点にご納得いただいた方に販売します」
三日間ダンジョンに置かないといけないという条件も、特に販売には影響がなかったようですべて売り切れたようだ。
男は、明日は早朝からここのダンジョンで結晶の採取するから早く休みたいということで、その後すぐに出て行った。
結晶というのが色々なことに使われるというのがわかって面白かった。
次の日。
いつものように、食堂の窓辺に寝そべっていると、一人の男が外から駆け込んできた。こいつは大部屋に宿泊している男だ。
「おい、たいへんだ!」
「なんだよ昼間っから」
「あの男、昨夜指輪とか売ってた男!」
「この指輪か?」
昼食を食べていた男が手を前に出す。
「あいつ、詐欺師だってよ!」
詐欺師? 初めて聞く言葉だ。
「はあ?」
「今なんてった?」
離れたテーブルにいた男が立ち上がる。
「さっき、ギルド本部に行ったんだが、ライゼルからの通信で届いたっていう手配書があったんだ」
通信というのはあの炎を点滅させて文字を送るやつのことだな。手配書というのは何だろうか。
「なんて書いてあったんだ?」
男らが集まってくる。
「えっと、指輪とか腕輪、昨夜男が売ってたようなやつ、嘘の効果があるっていって売りつける男に注意しろって」
「くそっ、あのやろう」
「それで三日なじませる必要があるとかいってたのか」
「なるほど、すぐにばれないようにか」
「もう街から出てっただろうな」
「やられたな」
「まあ、30シルバだしな」
そういうと男はポケットから笛を取り出す。
「この指輪は40シルバだ。くそっ、大部屋10日分だぞ」
「まあ、騙されたにしては安く済んだほうだ」
「小銭稼ぎの詐欺師かよ」
「くそが!」
「まったくだ」
「ネックレス買ったやつらは朝早くにダンジョンに出掛けてったな」
「三日後が見ものだ。お前らそいつらには内緒にしとけよ」
「そうだな」
「はは」
どうやら詐欺師とやらは嘘をつくやつのことか、あるいは嘘をついて物を売るやつのことらしい。
金がないと生活ができない人間は、あの手この手で金を稼ぐ方法を考えるものだ。




