運び屋の仕事 その1
朝。食事の後、いつものように日当たりのいい通りに面した食堂の窓辺に寝そべる。
白兎亭に住んでいる人間は、昼間は出かけるか部屋にいたとしても寝ているか何か作業をしている。以前いたところにあったような、外の様子や他の人間や動物が見える大きな板のようなものの前で何もせずにじっと座っていることがない。ここは住みやすいところだが、人間の足の上に乗る機会が減ったことがちょっと残念だ。
そんなことを考えながら窓辺でまどろんでいると、白兎亭の住民が朝食を食べに食堂に入ってくる音が聞こえる。目を開けると、カイが食堂の入口にきたのが見える。彼も最近は順調に仕事をこなしているようだ。剣術を教えてもらったし、ちょっと近況を聞いてやるか。リスタの作業場に移動し変身、服を着て食堂に戻る。
カイのいるテーブルは窓際ではないので、向かいの椅子の背もたれに跳び上がり腰を掛ける。椅子は私には低すぎるのだ。
「おはよう」
「ん? シイラくんか。おはよう」
私に気づいたカイが食事の手を止める。
「最近、仕事の方は調子いいのか?」
「ああ。あれから測量士が何度か仕事を紹介してくれたこともあって順調だ」
「それはよかった」
「あと、そうだな、小規模なものなら5つくらいの仕事をこなせばここから引っ越しできそうだ」
やはりそうか。白兎亭には多くの人間が住んでいるが、たいていの人間はあまり長くは住みたがらない。長く住んでる人間も少なくはないが。
「ここが騒がしいから出ていくのか?」
メルノラが引っ越したのは、ここが騒がしいのとおしゃれじゃないという理由だったが。
「それもそうだが、なによりここは貧しいものが宿泊するところだからな」
カイがちょっと前かがみになって声を小さくする。貧しいとか裕福とかいうのは、持っている物やお金の量で決まるのだったか。
「ヴァンストレーム領、領主カリン・メットブラムの三男が住むにはふさわしいところではないのだよ」
領主というのは、人間の縄張りのボスのことだったな。
「お、ダンジョンのとき以来だな」
ギースが同じテーブルに食事のトレイを持ってくる。長く住んでいる人間の筆頭だな。
「おはよう」
カイと私があいさつする。
「おう。仕事の話か?」
「世間話だ。この後、ギルド本部に行く予定ではあるが」
カイがこたえる。
「俺も久しぶりに行ってみるかな。そろそろ毎日掃除するのにも飽きてきたし」
白兎亭の仕事を1日やれば大部屋の宿泊費1日分は稼げる。けがをした人間とか仕事がうまくいかない初心者にとってはいい仕組みだと聞いた。ギースはそのどちらでもないが、彼によると住むところにこだわりはなく、大部屋のような寝床があればそれだけでいいのだそうだ。それは私も同意見だ。人間は自分だけの縄張りを作って物を集めたがるやつが多い。
この前三人がいっしょにやったダンジョンの仕事の話をしばらくした後、三人でギルド本部に向かうことになった。
本部に入ると、仕事が掲示された壁の前に移動する。
しばらく眺めているとカイが指を指す。
「これは報酬がいいな」
掲示を見る。何かを届ける仕事で報酬は100アランとある。1アランは100シルバだから、100アランだと10000シルバになるのか。最初の仕事もダンジョン3層に届け物をする仕事だったが、これに比べるとはるかに安かった。
「たしかに」
私も報酬が多いことに同意する。報酬自体に興味はないが。
「ん? ああ、これは年に4回ある仕事だが、報酬が高いのには理由がある」
ギースがいう。
「ちょっと遠いようだが、距離があるからか?」
カイが質問する。
「危険な仕事なんだよ」
ギースが掲示から目をそらすことなくこたえる。
「なにが危険なのだ?」
疑問に思ったので聞いてみる。ダンジョンではないようだが、危険な魔物が出てくるのだろうか。
「殺してでも盗もうってやつらに狙われるんだ」
「なんと」
カイが反応する。
「それで剣士とか魔法使い向けとされている」
ギースがこたえる。
「運ぶものは、暗号表と書いてあるな」
カイが掲示の案内を読む。聞いたことのないものだ。
「遠方の街と通信するための狼煙ってのがあるんだが」
ギースが説明を始める。通信? 聞きなれない言葉だ。
「昔はかんたんな連絡ができる程度だったんだが、今は火を焚いて扉の開け閉めで複雑な文章も送れるようになったんだ」
火で文章を送る? さっぱりわからない。
「なるほど」
カイは理解したようだ。後で聞いてみるか。
「その火を焚いているところは烽っていうんだが、やぐらのようなやつだな、そこに届ける仕事なんだ」
「暗号表か」
カイが掲示をあらためて見る。
「ああ。火の点滅がどの文字とか言葉を表すのかってのを示す表だ。文字は本のようなのに書かれていて、烽には何十冊もおいてあるそうだ。で、暗号表を元に照らし合わせるんだ」
「それを年に4回も変更するのか」
カイがちょっと驚いたような感じで質問する。
「ライゼルまでの連絡網はな。他は年1回だったかな」
ギースが腕を組む。ライゼルはリスタの出身地だったか。
「なるほど。首都との通信はより厳重にするということか」
首都というのはなんだったか。人間の縄張りのボスがいるところだったか。
「ああ。暗号表を使って通信を盗み読みするというのが狙いだそうだ」
「だが、さっきの説明だと暗号表だけでは読み取れないと思うが。文字を書いた本も必要になるのではないか? 何十冊もあるとのことだったが」
カイが指摘する。
「本も持ってるのかどうか詳しくは知らねえが、なんかやり方があるらしいんだな」
ギースの説明を聞き、カイは考え込んでいるようだ。
「相手が人間でも対処する自信はある」
カイがいう。まあ、彼なら大丈夫だろう。
私はどうかな。人間が相手か。カイと剣術の練習では戦ったことはあるが。
「それに、この報酬は魅力的だ」
カイが改めて掲示を眺める。これだけの報酬があればすぐにでも引っ越しできるのだろう。
「それはそうなんだがな」
ギースはためらっているようだ。
「100アランか、いいなこれ」
この掲示を見た周りの人間の声が聞こえてくる。
「やめとけ。前回は8人死んだってよ」
「確か、けが人も20人以上出たらしいな」
「ダンジョンに行く方が安全じゃないか」
「まったくだ」
「それに、100アランってのは成功報酬だ。失敗したら0なんだよ」
「そう。で、あと、期日までに届けないと報酬なしだ」
「そうなのか? 俺はやめとく」
「死亡8人にけが人20人以上か。失敗したら報酬がないというのに、多くの人間が引き受けたということだな」
会話を聞いたカイがいう。
「報酬がいいからな」
ギースはまだ悩んでいるようだ。私は報酬に興味はないが、カイがやるなら手伝ってやってもいい。
「俺はやめとく。命をかけてまで稼ごうとは思わねえ」
腕を組んで考えていたギースがいう。
「やるなら、それなりの腕の魔法使いと組んだ方がいい」
ギースがカイの方を見る。
「エドガルくらいのやつなら問題ない」
この前ダンジョンに一緒に行った若い男の魔法使いだな。コルレアの方が経験が豊富だと思うが、ギースは彼女とは一緒に行動しなかった。
「呼びました?」
見るとエドガルがいる。
「おう、元気にやってるか?」
ギースもエドガルに気づいたようだ。
「ええ。お久しぶりです。あ、カイとシイラも一緒ですね」
「ダンジョンのとき以来だな」
これはカイ。
「久しぶり」
私もあいさつする。
「さっそくだが、この仕事に興味はあるか?」
カイがエドガルにたずねる。
「ああ、これですか。私も気になっていました」
「カイも興味を持っていてな、やるなら魔法使いと組んだ方がいいって話をしてたんだ。危険な仕事なんでな」
ギースが割り込む。
「なるほど、そういうことですか」
考え込むエドガル。
「やるなら皆さんご一緒ですか?」
「俺はやらねえ」
ギースがこたえる。
「私は、やってみたいと考えている」
カイはそういうと思った。それなら私も。
「私も興味がある」
「そうなんですね」
考え込む様子のエドガル。
「二人がやるなら私もやりましょう」
「そうか。それは助かる」
カイが即返事する。
「よろしくな」
私もひとこといっておく。
「俺はやらねえが、知ってることは説明してやる。昼飯を白兎亭で食いながらがいいだろう」
ギースがいう。
カイとエドガルがうなずいている。私もうなずいておく。




